JR福知山線脱線事故にみるマスコミの行き過ぎた報道

4月25日の脱線事故は107名という犠牲者を出し、未だ数多くの重軽傷を負った人々がいるという、JR発足以来の大惨事となったのである。

確かに悲惨な事故ではあったが、事故解明と称して毎日毎日運転に関わった当事者のみならず、JR西日本の職員全体の資質及びプライベートに至るまで罪人のごとく扱う取材には、いささか疑問を感じずにはいられない。

遺族や被害者の立場に立った報道は確かに重要である。しかし、客観性や冷静さを欠いた報道は今回の事件の本質を見失わせているように思えてならない。今度の事故で一番大切なのはなぜ事故が起きたのかという点ではあるが、現状ではただJR西日本のダメさ加減を、ボーリング大会や職員の宴会などの不祥事をことさらに誇張し、騒ぎ立てているだけのような印象である。このような報道の発端は、JR西日本が利潤のために安全性を軽視して、効率性を高めすぎた事をマスコミが問題視していることにあるようであるが、効率を追及するのは会社の繁栄はもちろんの事、国民にとって利便性を高めるという観点から、必要不可欠なものである。

最近のマスコミ報道をみると、加害者に対してあまりにも恫喝的な姿勢になっているようである。自分もミスを犯すかもしれない存在であることを忘れ、感情的に攻め立てる姿には強い違和感を感じる。もう一度冷静に報道の原点に立ち返って、公正に報道をすべきである。それらのことを肝に銘じて真実を追いかけて欲しいものである。

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2009年6月

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