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人間の欲望や業を絡めた個性豊かな作品を作り続けた日本いや世界の巨匠今村昌平監督が亡くなった。日本映画の宝といわれた黒沢明監督に憧れ映画界に入った今村監督は「盗まれた欲望」で監督デビューし、その後「神々の深き欲望」「復讐するは我にあり」「日本昆虫記」など情熱をみなぎらせた数々の秀作を手掛け、83年に「楢山節考」、97年に「うなぎ」が日本人で初めてのカンヌ国際映画祭で二度、最高賞であるパルムドール(グランプリ)を受賞し、名実ともに“世界映画の巨匠”の仲間入りをした。
私も若い時から映画好きで、よく今村作品を鑑賞した一人である。特に印象に残って何度も観た映画に「復讐するは我にあり」がある、リアリティーを出すため、ロケーションを実際の場所を使って撮影を敢行したという。この作品は狂気と正気のせめぎ合いを見事に表現した素晴らしいもので、今でも私の心の中に印象深く残っている。また、監督は好んで個性豊かな役者を選んで登用し、独特な人間臭さを持つ映画を作り続けた。
最近では柄本明主演の「カンゾー先生」が印象に残っている。医者の息子であった今村監督が「医は仁術」を実践したこの作品は、同じ医療者として患者さんと関わりを優しくリアルに描いているのに感動したのを覚えている。また監督はカンヌ国際映画祭でのインタービューの中で「枯れたといわれたくない。不良老人と呼ばれたいね」と語っている。ここ数年日本映画も復活の兆しが出てきた時だけに惜しい人を失ったものだ。
Drの四方山日記(44)
このところ国内外問わずやたらと地震のニュースが聞かれる。先週の27日(土曜日)早朝インドネシア・ジャワ島中部で発生した地震(マグニチュード6.3)は日を追うごとに被害が増え、インドネシア政府は国家非常事態を宣言した。29日夜の時点で死亡者は5000人を超え、負傷者は1万人、3万5000棟の住宅などの建物が損壊、避難民は約5万人に上ったと報じている。おそらく実際の被害はもっと多いのではないかと推測される。ではじ何故こうも地震が多発するのか?! おそらく世界の地震学者にも分からないのが現状のようだ。海外のみならず、わが国でも毎月のようにどこかで地震が発生しており、日本国民を不安がらせている。
正午過ぎ
今日では「月島のもんじゃ焼き」は全国的スポットとして注目を集めている。最初に入った店は小さなビルの2階で昔からもんじゃ焼きを営んでいるらしく店は賑わっていたが、残念ながら従業員は若く茶髪で派手なT-シャツを着た今流の子でサービスも悪るかったので、もんじゃ焼き1つを食べて店を出た。次に以前から時々顔を出す海鮮もんじゃで有名な店に入った。ここも繁盛していたが、中年のおじさんがあまりの忙しさにどうもやる気がないらしくサービスが悪くガッカリした。それでも海鮮のお好み焼きと焼きそばを平らげた。
この頃、やたらと怖い事件が多発している。佐賀県の小5男児ひき逃げ事件、奈良市の小1女児誘拐殺人事件、秋田県の小1殺人死体遺棄事件、仙台市の小4幼児転落死など、似たような子供の事件が多発している。これだけ事件が多いと国民は感覚が麻痺して「またか」と思ってしまう。特に親子による事件には何か考えさせられるものがある。確かに今の社会は昔の社会とは異なり、お金や時間、人間関係などが全く変化して親は子に、子は親にストレスを感じている。正直今の家庭は核家族化により、子供達を育てていく経済力や時間が不足し家計は窮している。その結果思わぬ事件が多発しているのではないだろうか。私の尊敬する人物が次のように語っている。
最近、いろいろなところで「愛国心」という言葉を耳にする。先日も夜のゴールデンタイムのニュース番組で「愛国心」が取り上げられていた。「愛国心」というと我々は右翼というイメージが先行するが、実を言うと「愛国心」には2つの意味や考え方がある。1つはナショナルリズムに代表される「愛国心」と、パトリオティズムである「祖国愛」がある。前者は社会的な考え方による「愛郷心」、もう1つが政治的な考え方による「忠誠心」である。分かりやすく言うと、自国の国益のみを追求する国粋主義であり、戦中戦後の教育に多大な影響を与えたものである。それに対して後者は自国の文化・伝統・情緒・自然をこよなく愛するもので、世界中の国民が誰しも持てるものである。
先週の日曜日早朝、東京の新大久保駅でホームから酒に酔った若い女性が線路に転落した。偶然居合わせた韓国人留学生が線路に飛び降りその女性を救出した。近くに日本人が20人ほどいたが誰も救助しなかったという。皮肉にも5年前同じ駅で同じように韓国人の若者と日本人カメラマンが一人の日本人男性を救った。しかしその時救助した2人は電車にはねられ死亡した。
今年に入って異常気象が続いている。この5月は快晴の日が7日しかなく、それも大型連休の5日を除けば、たったの2日しかないことになる。なぜこうも梅雨のような天気が続くのだろうか!? 日本の周りには、五つの空気のかたまり(気団)があり、6月になると小笠原気団とオホーツク海気団が、高気圧から吹き出す風に乗っかって日本付近でぶつかって前線をつくる。これが梅雨前線で、両気団が海上にあるため、水蒸気を多く含みます。それが大雨の原因となる。通常は6月の梅雨期に起こるものが、今年は5月のゴールデンウェーク以降にきたため、ここ3週間くらいの陽気となって表れているようだ。
昨夜私の恩師である行徳哲男先生(日本BE研究所所長)の73歳の誕生会が
その結果、先生のBE訓練で出す太い低音(オペラのバリトンに近い)の声が復活し、喜ばれたのが、昨日のことのように鮮明に覚えている。それ以来、私は先生の教えを受け、先生は私に体を預ける間柄から「師弟」関係が生まれたのである。先生は講話の中で「逆順入仙」ということを言われた。人並みなことをしていれば体は、衰え頭は呆ける。しかし人並みなことの逆をすれば仙人域に入ることができるということらしい。私の親父であり、師匠である行徳先生にはもっともっと元気で我われ凡人を見守って欲しいものである。
昨日の日曜日家族で“銀ブラ”を楽しんだ。私は何かセンスのいい洋服を買いたいよぁ?とか、美味しいものを食べたいときは、不思議と銀座に出掛けることにしている。18歳で東京に出てきて最初に住んだのが銀座であった。昭和通りに面した8丁目の小さな医院に住み修行しながらの7年間学校へ通った思い出の地である。
夕方、仕事を終えてからクリニックの近くの居酒屋へ行った。中学時代の素晴らし仲間と会うためである。年1?2回在京の同級生が集まって懇親会を行なっている。
最近の子供のお金に関する調査が
朝、テレビ番組で高度先進医療で胎児の治療が可能という特集を放映していた。以前友人の内科医から21世紀は胎児の治療は十分可能になるだろうということは聞いてはいたが、それが現在日本で年100近い症例が出ていることに驚いた。ではなぜ胎児治療が大きく動き出したか。それは診断技術の進歩によるといわれている。1970年代に胎児の様子を直接観察できる超音波装置の普及で、出生前に異常を発見して、治療を始めようという動きからだといわれている。歴史的には60年代英国で胎児輸血を行なったのが最初で、その後1985年に米国で胎児の尿管手術が行なわれてから欧米で本格化した。わが国では、胎児については健康保険対象としなかったため普及が遅れた。1988年になって初めて国立循環器センターで実施された。その後日本胎児治療学会や研究会などが創設された。
日本サッカーの歴史は明治時代にさかのぼり、1873年イギリス海軍軍人ダグラス少佐が伝えたといわれている。日本が国際大会に始めて参加したのは大正6年、第3回極東大会である。その後昭和に入って、第8回極東大会で国際大会で初勝利を収めた。その後昭和11年
とはいうまでもない。その点今回は納得いく選出になったと思える。ともあれ6月の本番には最大限の力を出し切って、是非WBC野球同様にサッカーワールドカップでも奇跡を起こし世界一になって欲しいものである。
参考資料:
このところのやたら痩身の記事や広告が目に付く。年齢に関わらず女性にとって痩身は最も気になるもので、「いつも美しくありたい」「今のままでの生活で痩せたい」と願うのは当たり前かも知れない。最近のダイエットの方法として飲料・お茶、ダイエット食品、サプリメント、運動法、ダイエット運動器具など多種多彩なやり方が行なわれている。
昨日は久し振りに「
このところ国内の自殺者が8年連続で3万人を超えている。WHOの統計によると2000年には世界中で100万人が自殺しているといわれる。わが国でも近年自殺願望者が増え、今や大きな社会問題になっている。特に中高年の自殺者が激増している。90年頃までは最も多かった20代の自殺者が減少し、変わって30代が3割に達し、若年層と中年層のはざまで不安に追い詰められている。
ただ、一人の自殺者の背後には必ず多くの未遂者がいるということを忘れてはならない。また、自殺によって恋人や家族、仲間、友人など大きな心のショックやダメージを受ける人も少なくないということも忘れてはならない。得てしてマスメディアでは自殺者だけを大きく取り上げるが、それによって多大な影響を受ける人たちが必ずいるものだ。
戦後、格差社会をなくすため中流社会を作ってきたが、ここへ来て貧富の差がくっきり出てきて、勝ち組が負け組みに対しいたわる心がなく負け組みに挫折感を味あわせることが自殺者を増やしているように思えてならない。もっと人と人とのつながりを大切にすることで自殺者を減らすことが出来るのではないだろうか。
毎週木曜日9時から放送する「
昨夜仕事後、ある集まりに参加するために居酒屋に行った。その店の壁に素晴らしいことが書いて貼ってあった。「女性の生き方」についてを10代から80代までそれぞれ簡潔に綴ったもである。10才は楽しく、20才は美しく、30才は強く、40才は賢く、50才は豊かに、60才は健やかに、70才は和やかに、そして80才は愛らしくとあり、最後にさらに“やさしく輝かしく美しく生きましょう”とあった。まさに、女性の生き方を上手く表現しているなぁ?と感じた。自分らしく生きることが、他人のためになり、家庭や社会になくてはならないものになる。
今、夢中になっているドラマがある。
先週の日曜日の朝、川沿いをウォーキング中自動二輪車の教習所の側を通り、大きなバイク音をとどろかして颯爽と走るライダーの姿を見た。私はまだ高校生の頃250ccのバイクに憧れた。残念ながら親に反対されてバイクには乗れなかったが、いつかは“かっこよく”乗りたいなぁ?と思い続けてうん十年過ぎた。
最近親子、特に母娘(幼児から小学生)で流行しているゲームが注目を浴びている。それは
5月2日の夜から5日まで故郷富山に帰った。富山県はいまだ雪肌が四方の立山連邦に残り素晴らしい景観は懐かしいあの頃がそのままだった。特に私の育った砺波平野はチューリップで有名な
2日目は町外れで田畑の真ん中にある地元でも有名な「
このところ天候不順や気象の変化で四季がなくなりつつある。
29日?30日の二日間長野の