2006年5月アーカイブ

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44.jpg 人間の欲望や業を絡めた個性豊かな作品を作り続けた日本いや世界の巨匠今村昌平監督が亡くなった。日本映画の宝といわれた黒沢明監督に憧れ映画界に入った今村監督は「盗まれた欲望」で監督デビューし、その後「神々の深き欲望」「復讐するは我にあり」「日本昆虫記」など情熱をみなぎらせた数々の秀作を手掛け、83年に「楢山節考」、97年に「うなぎ」が日本人で初めてのカンヌ国際映画祭で二度、最高賞であるパルムドール(グランプリ)を受賞し、名実ともに“世界映画の巨匠”の仲間入りをした。
 私も若い時から映画好きで、よく今村作品を鑑賞した一人である。特に印象に残って何度も観た映画に「復讐するは我にあり」がある、リアリティーを出すため、ロケーションを実際の場所を使って撮影を敢行したという。この作品は狂気と正気のせめぎ合いを見事に表現した素晴らしいもので、今でも私の心の中に印象深く残っている。また、監督は好んで個性豊かな役者を選んで登用し、独特な人間臭さを持つ映画を作り続けた。

44b.jpg 最近では柄本明主演の「カンゾー先生」が印象に残っている。医者の息子であった今村監督が「医は仁術」を実践したこの作品は、同じ医療者として患者さんと関わりを優しくリアルに描いているのに感動したのを覚えている。また監督はカンヌ国際映画祭でのインタービューの中で「枯れたといわれたくない。不良老人と呼ばれたいね」と語っている。ここ数年日本映画も復活の兆しが出てきた時だけに惜しい人を失ったものだ。

Drの四方山日記(44)

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43.jpg このところ国内外問わずやたらと地震のニュースが聞かれる。先週の27日(土曜日)早朝インドネシア・ジャワ島中部で発生した地震(マグニチュード6.3)は日を追うごとに被害が増え、インドネシア政府は国家非常事態を宣言した。29日夜の時点で死亡者は5000人を超え、負傷者は1万人、3万5000棟の住宅などの建物が損壊、避難民は約5万人に上ったと報じている。おそらく実際の被害はもっと多いのではないかと推測される。ではじ何故こうも地震が多発するのか?! おそらく世界の地震学者にも分からないのが現状のようだ。海外のみならず、わが国でも毎月のようにどこかで地震が発生しており、日本国民を不安がらせている。

 地震は地球の表面がいくつかのプレートに分かれ、そのいくつかのプレートが盛んに動くことにより相対運動が起こり、その結果として発生する急激な断層活動を言う。簡単に言うと「圧力によって岩体が破壊される」ことだ。地震の予兆として地鳴りや動物の異常行動など宏観異常現象などが多いとされている。よく我われが地震のニュースで聞く言葉にマグニチュード(M)と震度がある。マグ二チュードは地震そのものの規模を表し。震度は観測地点での揺れの大きさを表すもだ。日本には4つのプレートがあるといわれている。そのうちの2つ(太平洋プレート、フィリピンプレート)が日本列島の下に沈んで、もしこのプレートがせめぎあいが起こると恐ろしい地震になる。

 関東である東京でも時折軽度の地震があり、恐怖に苛まれる。大地震は地震大国日本に住む以上いつでも覚悟しなければいけない。ジャワ島の地震を対岸の火事とせず、いつでも対応できるよう避難準備や備蓄、家の耐震補強などをもう1度チェックする必要がありそうだ。

参考資料
千葉大学理学部地球科学科・服部研究室  
福岡管区気象台

インドネシア共和国の情勢-外務省

Drの四方山日記(43)

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42.jpg 正午過ぎ深川の不動尊に行くため慌ただしく車で出掛けた。田舎富山の病院にくも膜下出血で長期入院し、療養する母の「当病平愈」を祈願するべき護摩を焚いてもらうためである。この日は縁日だったらしく多くの参拝者で坐る余地のないくらいの人々が本堂を埋め尽くしていた。
深川不動尊は真言宗で、成田山新勝寺の出張所として建立された。真言宗は大日如来で「祈ると必ず霊験をいただける」というもので神や仏に祈ることによってご利益が得られ、東京のみならず関東一円から毎日参拝者が訪れるようである。私の母も一日も早く回復し、以前のような元気な姿になって欲しいと願うばかりである。

参拝の後、友人と深川から車で10分足らずで行ける月島に足を伸ばした。月島は明治25年、隅田川河口につくられた町で、江戸情緒豊かな独特の下町の景観を残すところで、今に清き人情が息づいている。その中心にある通りに所狭しと「もんじゃ焼き」の店が建ち並び、今や若者の町として賑わっている。もんじゃ焼きは「文字焼き」の発音がなまったもので、ある駄菓子屋が鉄板に薄く溶いた小麦粉を垂らし、子供たちが文字を書く練習をしながら食して楽しんだことが始まりとされている。

42b.jpg今日では「月島のもんじゃ焼き」は全国的スポットとして注目を集めている。最初に入った店は小さなビルの2階で昔からもんじゃ焼きを営んでいるらしく店は賑わっていたが、残念ながら従業員は若く茶髪で派手なT-シャツを着た今流の子でサービスも悪るかったので、もんじゃ焼き1つを食べて店を出た。次に以前から時々顔を出す海鮮もんじゃで有名な店に入った。ここも繁盛していたが、中年のおじさんがあまりの忙しさにどうもやる気がないらしくサービスが悪くガッカリした。それでも海鮮のお好み焼きと焼きそばを平らげた。
どうも私にはこの月島のもんじゃの味が忘れられないようである。

■関連サイト
http://www.monja.gr.jp/-月島もんじゃ振興会協同組合

Drの四方山日記(42)

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41.jpg この頃、やたらと怖い事件が多発している。佐賀県の小5男児ひき逃げ事件、奈良市の小1女児誘拐殺人事件、秋田県の小1殺人死体遺棄事件、仙台市の小4幼児転落死など、似たような子供の事件が多発している。これだけ事件が多いと国民は感覚が麻痺して「またか」と思ってしまう。特に親子による事件には何か考えさせられるものがある。確かに今の社会は昔の社会とは異なり、お金や時間、人間関係などが全く変化して親は子に、子は親にストレスを感じている。正直今の家庭は核家族化により、子供達を育てていく経済力や時間が不足し家計は窮している。その結果思わぬ事件が多発しているのではないだろうか。私の尊敬する人物が次のように語っている。
親になるのは簡単だが、親であることは難しい
最近、親とは何であるかをわきまえない親が増えている。体だけが成長してしまい大人になりきれないのは、その親が責任を果たしていないからだ。どうも現代の親は自分の子供さえ良ければいいと思うらしく、他人の子はどうでもいいという風潮に変わりつつあり、人間として社会に対する責任を全うしていないように思う。どんな人間だって悩みや不安を抱いて生きているものだ。
 人間の絆は心と心の結びつき、および人間相互の愛着のように思える。人間と人間がつなぐ感情的なつながりは愛情と信頼関係によってできている。もっと社会や環境が人に対して優しくあればこのような事件は起こらないのではないだろうか。

※佐々木將人氏(神明塾々長・山蔭神道宮司)の作品集より一部抜粋
Drの四方山日記(41)

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40.jpg 最近、いろいろなところで「愛国心」という言葉を耳にする。先日も夜のゴールデンタイムのニュース番組で「愛国心」が取り上げられていた。「愛国心」というと我々は右翼というイメージが先行するが、実を言うと「愛国心」には2つの意味や考え方がある。1つはナショナルリズムに代表される「愛国心」と、パトリオティズムである「祖国愛」がある。前者は社会的な考え方による「愛郷心」、もう1つが政治的な考え方による「忠誠心」である。分かりやすく言うと、自国の国益のみを追求する国粋主義であり、戦中戦後の教育に多大な影響を与えたものである。それに対して後者は自国の文化・伝統・情緒・自然をこよなく愛するもので、世界中の国民が誰しも持てるものである。

昨年末より『国家の品格』という本が話題になり、現在200万部のベストセラーを記録している。しかし、「愛国心」を教育の場である学校の通知表に組み入れ、社会科の観点別評価の1つに盛り込んでいるという。確かに「愛国心」は国を愛し自覚を持つことを目標に挙げているが、愛国の情は個々人で違っていてもよく、それを敢えて評価すること自体が不自然のように思う。もっと教育者が指導要領を確実なものにして学校現場で指導して欲しいものである。

「愛国心」は全ての日本人が持っているもので、その国に住めば当然愛着が出てくるものであり、
もっと「祖国愛」を大切にし、自己の心の中に持ち続けて生活を営んで欲しい。

Drの四方山日記(40)

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39.jpg 先週の日曜日早朝、東京の新大久保駅でホームから酒に酔った若い女性が線路に転落した。偶然居合わせた韓国人留学生が線路に飛び降りその女性を救出した。近くに日本人が20人ほどいたが誰も救助しなかったという。皮肉にも5年前同じ駅で同じように韓国人の若者と日本人カメラマンが一人の日本人男性を救った。しかしその時救助した2人は電車にはねられ死亡した。


 今回の韓国人留学生の勇敢な行為は5年前の李青年の思いが後押ししたようで、“無我夢中”で線路に飛び降り助けたと語っている。幸いにも救出された5年前と今回の2人は軽傷で助かった。事故を目前にし同じ日本人でありながら誰一人助けようとしなかった行為は、まさに今の日本の現状を表している。人間の命は何よりも尊いものであり、人種は違えど身を挺して助けることこそ人間が持つ“仁愛の心”ではないだろうか。しかしながら若さもあるであろうが、自分の命を助けてくれた人にお礼を一つ言わない今回の件に対し、腹立たしく思うのは私だけだろうか。日本人として、恥じるべきことである。今日本と韓国の関係は冷え切っており、韓国人の反日感情は強くなっている時だけに、今回の日本人救出のニュースは日韓友好を促す一助になるであろうことは間違いない。

Drの四方山日記(39)

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38.jpg 今年に入って異常気象が続いている。この5月は快晴の日が7日しかなく、それも大型連休の5日を除けば、たったの2日しかないことになる。なぜこうも梅雨のような天気が続くのだろうか!? 日本の周りには、五つの空気のかたまり(気団)があり、6月になると小笠原気団とオホーツク海気団が、高気圧から吹き出す風に乗っかって日本付近でぶつかって前線をつくる。これが梅雨前線で、両気団が海上にあるため、水蒸気を多く含みます。それが大雨の原因となる。通常は6月の梅雨期に起こるものが、今年は5月のゴールデンウェーク以降にきたため、ここ3週間くらいの陽気となって表れているようだ。

 この陽気で野菜(アスパラガス、キュウリ、サヤエンドウなど)の出荷が遅れた他、毎日の温度差や湿気によって体調が崩れ、精神的に不安定になったり、首や腰の症状や消化器系(胃や腸)の異常を起こしたりと肉体面にも影響をもたらしている。その反面、曇天続きで5月に多い「お肌の大敵」である紫外線を雲が太陽光をさえぎるため、女性のお肌を守ることができる利点もあるのだ。
ともかく、この異常気象で「何か」大きな弊害が起こらないことを祈るばかりである。

参考資料:「中国新聞」「気象庁」「毎日新聞」

Drの四方山日記(38)

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37.jpg 昨夜私の恩師である行徳哲男先生(日本BE研究所所長)の73歳の誕生会が京王プラザホテルで130名の参加者が集まって盛大に行なわれた。

行徳先生は戦前、戦後を通じて日本の政財界に多大な影響と功績を与えた哲学者安岡正篤氏や中村天風氏の再来といわれている方である。先生の教えは「人間の感性を取り戻す訓練を完成させる」というもので、今や政財界だけでなく、スポーツ界、芸能界、起業家に至るまで信奉者が数多く持つ哲学家である。

先生は目立ちたがらないうえに謙虚で、優しすぎるほど優しい性格であって、マスコミ嫌いである。今回の誕生会は誕生日から一ヶ月遅れの集いであったが、門下生(BE訓練の体験者)を中心に各界で活躍する著名人の方々が先生の誕生を祝うため集まった。改めて先生の偉大さが分かった気がする。先生との出会いは今から24年前、当時私が吉祥寺で診療していた頃、兄の紹介でお会いしたのが最初で、その時先生は「声帯結節炎」に罹り声が出ない状態であった。そこで私に診て欲しいということで治療を行なった。

37b.jpgその結果、先生のBE訓練で出す太い低音(オペラのバリトンに近い)の声が復活し、喜ばれたのが、昨日のことのように鮮明に覚えている。それ以来、私は先生の教えを受け、先生は私に体を預ける間柄から「師弟」関係が生まれたのである。先生は講話の中で「逆順入仙」ということを言われた。人並みなことをしていれば体は、衰え頭は呆ける。しかし人並みなことの逆をすれば仙人域に入ることができるということらしい。私の親父であり、師匠である行徳先生にはもっともっと元気で我われ凡人を見守って欲しいものである。
37syoM.jpg 行徳先生の書
■関連サイト
行徳先生の著書-Amazon.co.jp

Drの四方山日記(37)

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36b.jpg 昨日の日曜日家族で“銀ブラ”を楽しんだ。私は何かセンスのいい洋服を買いたいよぁ?とか、美味しいものを食べたいときは、不思議と銀座に出掛けることにしている。18歳で東京に出てきて最初に住んだのが銀座であった。昭和通りに面した8丁目の小さな医院に住み修行しながらの7年間学校へ通った思い出の地である。

 銀座というと、柳、煉瓦街、ガス灯というのが有名で明治・大正・昭和中期までは西洋式建築の街であった。しかし、今は当時と全く様変わりして海外の有名ブランドの店があったり、現代風のビルが立ち並び、土・日・祝日ともなると歩行者天国が実施されたりして訪れる人たちを和ましてくれている。この歩行者天国は私が住んでいた1970年(昭和45年)の8月の日曜日、交通渋滞と大気汚染の減少や安心して散策やショプピングが出来るようにという趣旨から銀座通りの1丁目から8丁目までの1100メートルを歩行者天国とし、銀ブラを楽しむ人々ために開放したのが始まりである。その数年後には「大銀座祭」が始まり日本国中の“郷土の祭り”を招いてパレードが開催され話題を呼んでいる。昨日は大道芸人、舞妓さんの撮影会やテレビの撮影などがあちこちで見られた。銀座はやはり文明開化から続く“ハイカラ”な街である。
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Drの四方山日記(36)

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35b.jpg 夕方、仕事を終えてからクリニックの近くの居酒屋へ行った。中学時代の素晴らし仲間と会うためである。年1?2回在京の同級生が集まって懇親会を行なっている。

卒業して42年、関東の地域に住み仕事に家庭にと日々生活を送っている仲間たちだ。今回は15名参加し華やいだ雰囲気になった。我われ団塊の世代に育った人間だけに世の中の浮き沈みや遷り変わりをつぶさに見てきた。
それぞれの職業では中堅以上、中には会社の社長やオペラ歌手など名を馳せている者もいる。しかし、集まればみんな昔の懐かしい同級生である。

お酒が入り、美味しい料理をいただいてくると、中学時代の“○ちゃん”や“○君”になり、何かタイムトンネルにでも入ったように昭和39年に戻ってしまうのは不思議である。

それだけ人生の荒波を乗り越えてきた、言わば戦友のような存在なのかもしれない。
最近は同窓会ブームであるらしく、同窓会を仕切るビジネスまで表れ、繁盛しているという。今、世の中が格差社会や会社の倒産など殺伐としている。こういうときこそ信頼できる友人や幼馴染、同級生など昔の仲間が頼りになっていてくれるのかもしれない。あと十数年をどうエンジョイして生きていかれるかが我われの残された課題である。
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Drの四方山日記(35)

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34.jpg 最近の子供のお金に関する調査が金融広報中央委員会(日銀などでつくる組織)より発表された。それによると「お金よりも大切なものがあるか」の質問に小中高生の8割が「ある」と答えた。ライブドアの堀江氏の出現以来「勝ち組」「ヒルズ族」などと成功者がもてはやされる風潮であるが、現代の子供の金銭に対する意識は予想した以上に堅実だということが分かった。

ライブドア事件以来、子供の心境が変化したのかもしれないが、やはり堅実にやることが大切だと改めて子供が理解したようだ。しかし、中高生にはやはり「お金をもうけることは素晴らしい」と思っている人が多いようだ。

 また、1ヶ月の小遣いの平均額は、小学校高学年で約1,200円・中学生約2,700円・高校生約5,600円だという。使い道は小中学生でマンガや飲食が多く、高校生以上になると友人との外食など交際費に使うという。ただ、小中高に共通して使われるものに、携帯電話がある。自分で払えない場合は、ほとんど親が出すようだ。また日本の若者は親の影響か、貯蓄志向が強いのはどんな時代になっても同じであるようだ。私自身も幼少の頃は親から1,000円もらえば800円使って200円を貯蓄に回したのを覚えている。やはり日本人は外国人に比べて生活意識が強いようだ。

Drの四方山日記(34)

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33.jpg 朝、テレビ番組で高度先進医療で胎児の治療が可能という特集を放映していた。以前友人の内科医から21世紀は胎児の治療は十分可能になるだろうということは聞いてはいたが、それが現在日本で年100近い症例が出ていることに驚いた。ではなぜ胎児治療が大きく動き出したか。それは診断技術の進歩によるといわれている。1970年代に胎児の様子を直接観察できる超音波装置の普及で、出生前に異常を発見して、治療を始めようという動きからだといわれている。歴史的には60年代英国で胎児輸血を行なったのが最初で、その後1985年に米国で胎児の尿管手術が行なわれてから欧米で本格化した。わが国では、胎児については健康保険対象としなかったため普及が遅れた。1988年になって初めて国立循環器センターで実施された。その後日本胎児治療学会や研究会などが創設された。

 確かに今は未熟児医療の進歩で妊産婦の死亡率が下がったが、赤ちゃんの保護がどちらかいうと遅れがちであった。幸いにも高度先進医療によって胎児の生存率が60%になったということは妊婦さんや高齢出産を含めてこれから産もうとする女性にとっては良報であることは間違いない。また我々カイロプラクテックでもかなり以前から妊婦に治療を行なうことで胎児の生長に良い環境を作ることを行なってきた。言わば最も歴史ある胎児治療であるといえるかも知れない。妊婦・胎児・乳幼児の治療は成長する上では最も大切なプロセスであると思う。

■関連サイト
乳児期のカイロプラクティック-中島カイロプラクティックセンター

Drの四方山日記(33)

W2.jpg 日本サッカー協会が6月9日に開催されるワールドカップドイツ大会に派遣する日本代表23名を発表した。その発表会場に報道陣50人が詰めかけた。テレビ局もNHKを始め民放2局が生放送するなど関心の高さがうかがえた。なぜこうも日本がW杯ドイツ大会に注目するのか。それは3月に開催されたワールドベースボールクラシック(WBC)の日本の優勝が影響してるように思える。まさかと思った日本代表による世界一は日本国民を熱狂させた。

W2b.jpg 日本サッカーの歴史は明治時代にさかのぼり、1873年イギリス海軍軍人ダグラス少佐が伝えたといわれている。日本が国際大会に始めて参加したのは大正6年、第3回極東大会である。その後昭和に入って、第8回極東大会で国際大会で初勝利を収めた。その後昭和11年ベルリンオリンピック大会に参加し、ヨーロッパチームと戦い金星を挙げた。そして1964年東京オリンピックでベスト8、そして1968年メキシコオリンピックで銅メダルを獲得、一気にサッカーブームとなった。既に1958年に小・中学校でサッカーが体育の正課となった。そして1986年奥寺康彦氏がプロ選手第1号として活躍し、その後Jリーグが創立された。

ワールドカップには過去2回出場し、2002年にはベスト16になっている。ではどのスポーツでも国際大会の代表選考には悲喜こもごもがある。初出場の1998年大会では当時サッカーキングといわれた三浦知良選手が世代交代を理由に涙を飲んだ。2回目の2002年には若き司令塔といわれた中村俊輔選手が監督の好き嫌いを理由に落選。そして今回ジーコ監督が期待をかけていた久保竜彦選手をコンディションが不十分を理由に落選させた。サッカー監督が絶対的権限を持つ代表選出には監督の私的な考え方が入ってくる。世界のチームの監督を見ても監督と選手との間にはよく確執が指摘され選手が他のチームに放出されたり、監督自身が更迭されたりとサッカー界ではそういったことが他のスポーツより多い。今回は過去2回の場合と違い、ジーコ監督は久保選手が選出しなかった理由を「腰痛などで体調が万全でないことから久保選手の良さを生かせない」と分かりやすく説明している。選手に納得いく説明が今後の選手生命にとって大きな影響を与えるこW2c.jpgとはいうまでもない。その点今回は納得いく選出になったと思える。ともあれ6月の本番には最大限の力を出し切って、是非WBC野球同様にサッカーワールドカップでも奇跡を起こし世界一になって欲しいものである。 
W2d.jpg 参考資料:
 「毎日新聞」「日本サッカー・ブック」
 「Yahoo!!ニュース2006FIFAワールドカップ」


話題シリーズ(2)

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32.jpg このところのやたら痩身の記事や広告が目に付く。年齢に関わらず女性にとって痩身は最も気になるもので、「いつも美しくありたい」「今のままでの生活で痩せたい」と願うのは当たり前かも知れない。最近のダイエットの方法として飲料・お茶、ダイエット食品、サプリメント、運動法、ダイエット運動器具など多種多彩なやり方が行なわれている。


しかし飲むだけで痩せる、代用食品のみ使用で痩せるなど道理に合わない痩身法が蔓延っているのが現状は弱ったものだ。元々ダイエットは病人の食事療法として考えられた方法なのにいつの間にか「痩せる」という代名詞になってしまった。

ダイエットの効果的な方法としては激しい活動や運動は空腹のときに行うのが良く、食事は体が冷えないうちに取り始め、食前にはあまり冷たい水を飲まない方が良いのです。肉料理や脂っこいものはダイエットの敵のようにいわれているが、少しの量で食欲が満たされるので、むしろ上手に活用すべきだと思う。

 最近の20代や30代の女性は、ダイエットのやりすぎと思われるような人が目立つ。ダイエットブームや根強いヤセ願望のせいで肥満度が急激に低下し、20年前と比べるとヤセ型の女性が15%も増えているようだ。テレビ、雑誌、ダイエット本などの民間痩身法に惑わされないように、自分の生活習慣にあった方法でダイエットをするべきだ。

※近日中に当センターのNMNでダイエットコーナー(連載や情報など)を開設します。ご期待ください。

Drの四方山日記(32)

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31.jpg 昨日は久し振りに「お散歩友の会」に参加した。この会は散歩の好きな人たちが月1回あちこちの場所を散策して楽しむ会である。今回は今までとは趣を変えて「あしながPウォーク10」という10キロ歩くボランティアウォークに特別参加した。このウォークの会は1932年ニューヨークでチャリティー目的に始められたもので、今や世界各国の地で行なわれている。特に「あしながPウォーク10」は学生の運営する団体が市民や企業に汗(ボランティア)とお金(寄付)をつのって出し合い、災害遺児・病気遺児奨学金を集め彼らに進学の夢を」叶えさせてあげる目的でつくられた。

 今回は全国100ヶ所で10キロウォークが行なわれ、私たちグループ(14名)は東京の7会場の一つ隅田川コース(上野公園―河童橋通り―浅草―花川戸公園―隅田川―墨田区役所うるおい広場)を選び参加した。今回のこのコースの参加者は100人位でお年寄りから子供連れの家族まで幅広く、中には身障者も混じり和やかに10キロのウォーキングを楽しんだ。途中浅草の雷門前では偶然テレビの撮影に出会ったり、隅田川公園ではフリーマーケットを見たりと、最近ではあまり見ない情景に遭遇することが出来た。東京に住んでいながら意外に東京のことを知らない人が多い中、普段見ることが出来ない場所をウォーキングすることは素晴らしい経験だった。

Drの四方山日記(31)

ここ近年、若者の献血離れが進んでいる。その理由に「針を刺すのが痛くて嫌だから」、「何となく不安だから」、「健康上で出来ないと思ったから」、「恐怖心」がある。このことは厚生労働省の「若年層献血意識調査」でわかった。この調査で驚いたのが献血を知らないと答えたのが26.2%にも上ったことだ。

献血は1964年(昭和39年)の閣議で「輸血用血液は献血によってのみ確保する」と決定して行なわれるようになった。その時以来日本赤十字社が献血の受け入れている。その後平成14年、献血など血液事業の基本理念として設定された。「安全な血液製剤の安定供給の確保などに関する法律」(新血液法)が施行された。もともとわが国の血液事業は買(売)血方式から始まったといわれている。当時は商業血液銀行が一手を引き受けたが、輸血後の肝炎の続発や頻回献血者の健康悪化が問題になったり、血液を営利に売買したため社会の批判を浴びた。その為政府は倫理面と安全面の確保を重要視し現在の血液事業とした。

献血には成分献血、400ml献血、200ml献血がある。400ml献血と200ml献血は血液中の成分を献血していくものである。日本赤十字社では献血基準を満たした人に輸血時の安全性を考え400ml献血を勧めている。

しかし、最近は若年層の献血離れが多いため、様々な無料サービスを実施している。大阪では高級ホテルの宴会場の一室を無料提供し、献血後の水分補給のためジュースやお茶およびコーヒーや紅茶を配布するなどのサービスを提供し献血活動をしている。ただ、ここの総支配人は外国の方のようでなるほど!とうなずける。またユニークな献血サービスとして献血ルームをつくり雑誌・漫画・ビデオを提供したり、ハンバーガーやドーナツを無料で食べられるコーナーを作りデザートとしてハーゲンダッツのアイスクリームを用意しているところもある。その他にも若い女性を対象として「ネイルカラー」「カラーセラピー」「手相占い」などのイベントが目白押しである。

なぜ無料サービスを充実させてまで献血が必要なのか。2004年輸血用血液の84.8%が50歳以上の医療に利用された。それに対して献血者の80.8%が50歳未満であったという。このまま少子高齢化が進めば、高齢者が利用する血液を若年層だけでは支えきれなくなるのは必至だ。人間は病気をしないと病人の気持ちを理解することが出来ない。自分が血液を必要とする時に血液がもらえず外国からの輸入に頼る事態になった場合、エイズ感染などいろんな問題が生じてくる。他人の痛みを自分のものとしてもう少し真剣に考え、献血の重要性を再認識し、いつかは自分も血液の利用者になるということを痛切に考え献血に協力して欲しいものである。

※「読売新聞関西版」「スポニチ」「日本赤十字社」「産経新聞」「厚生労働省」などの記事を参考にして作成しました。

健康コラム

se1.jpg このところ国内の自殺者が8年連続で3万人を超えている。WHOの統計によると2000年には世界中で100万人が自殺しているといわれる。わが国でも近年自殺願望者が増え、今や大きな社会問題になっている。特に中高年の自殺者が激増している。90年頃までは最も多かった20代の自殺者が減少し、変わって30代が3割に達し、若年層と中年層のはざまで不安に追い詰められている。

 15歳から54歳までの死因は自殺が1位か2位に位置している。特に最近増加しているのは中年の自殺である。その理由としては「格差社会の影響」が一番多く、次に定職に就きにくく自分の生き方が確立しにくい状況での自殺、また職場や社会での悩みや不安によるものや対人関係などから仕事でのミスによって追い詰められるものまで、多種多様のものがある。

se2.jpg ただ、一人の自殺者の背後には必ず多くの未遂者がいるということを忘れてはならない。また、自殺によって恋人や家族、仲間、友人など大きな心のショックやダメージを受ける人も少なくないということも忘れてはならない。得てしてマスメディアでは自殺者だけを大きく取り上げるが、それによって多大な影響を受ける人たちが必ずいるものだ。

 では、自殺の要因は何か。一つがうつ病。自殺した人の90%が何らかの精神的疾患や精神障害を患っている人だ。二つ目が生活的要因。これは自殺をしやすい性格的なものを有する人、つまり攻撃性や衝動性が強くコントロールできない人を指す。三つ目には喪失体験。身体的喪失は体の機能を失わせるとか、健康の急激な衰えや経済的喪失が考えられる。四つ目が家族因子による。家族の中で自殺した人がいるとおのずと遺伝子が働き、同じことをしたくなる原因を作る場合である。他の要因としては、仕事による疲労困憊、絶望、孤独など心の疾患によるものなどがある。

 これらの事に対し、政府は昨年末より自殺予防の総合対策を発表したり、NPO法人などが自殺対策の基本法の設定に向けて活動している。しかし、実際にはこの問題に十分に対応が出来ないでいるのが現状である。

se3.jpg 戦後、格差社会をなくすため中流社会を作ってきたが、ここへ来て貧富の差がくっきり出てきて、勝ち組が負け組みに対しいたわる心がなく負け組みに挫折感を味あわせることが自殺者を増やしているように思えてならない。もっと人と人とのつながりを大切にすることで自殺者を減らすことが出来るのではないだろうか。


参考記事「5月10日毎日新聞」

世相シリーズ

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30.jpg 毎週木曜日9時から放送する「渡る世間は鬼ばかり」を楽しみにしている。このドラマは1990年の放送から15年半の長きに渡り、日本の社会に何らかの波紋や影響を与えてきたものである。今回は第8シリーズに入り“家族の愛”をテーマにし、年老いた老人と成長した中高年の5人の娘たちが織り成すストーリーで、それぞれの家族の生活を追いながら日常の暮らしの中で抱える問題や悩みなどを紆余曲折しながら解決していくものである。

 以前はこのドラマを怪訝に思っていた。あまりにも現実離れしたストーリーに怒りすら感じていた。しかし自分も家族を持つ身のせいか、このドラマに少なからず自分のまわりや家族の思惑が重なるものを感じて、ついつい見てしまう不思議な番組となった。私自身も親が歳を取り今は入院している状況の中、自分の親兄弟、妻や子供に対する考え方や行動が交錯している姿を垣間見る思いである。このように少なからず我々視聴者に感動や提言を与えてくれるドラマを、長いスタンスで放送してくれることはありがたい限りである。

Drの四方山日記(30)

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29.jpg 昨夜仕事後、ある集まりに参加するために居酒屋に行った。その店の壁に素晴らしいことが書いて貼ってあった。「女性の生き方」についてを10代から80代までそれぞれ簡潔に綴ったもである。10才は楽しく、20才は美しく、30才は強く、40才は賢く、50才は豊かに、60才は健やかに、70才は和やかに、そして80才は愛らしくとあり、最後にさらに“やさしく輝かしく美しく生きましょう”とあった。まさに、女性の生き方を上手く表現しているなぁ?と感じた。自分らしく生きることが、他人のためになり、家庭や社会になくてはならないものになる。

私の恩師(宮司)が男女の差を分かりやすく道歌で表現している。『男女に差別なけれど区別あり』つまり人間に差別があっていいはずがない。しかし、男女の区別はあってしかるべし。父は敬、母は愛であると・・・ まさに私も同感である。確かに女性は家庭の中心である。外に働きにいくもよし、家で子育てするのもよし、しかし社会や家庭においては「調和」と「協力」が必要である。女性はいつまでも笑顔で輝いて生きて欲しいものである。

参考資料:「人生訓」佐々木將人著

Drの四方山日記(29)

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28.jpg 今、夢中になっているドラマがある。
NHKが放送している朝の連続テレビ小説「純情きらり」である。昭和の激動の時代に健気(けなげ)でありながら純朴に生きた一人の若い女性のストーリーで、主人公「桜子」が数々の人生の試練を経験しながら成長していく過程を描いたドラマである。今日(10日)の放送は桜子が上野の音楽学校を受験するシーンであった。受験を受けるべき時間に自分の不手際で遅れ、焦ってミスする場面である。通常だと試験は試験でミスすれば当然不合格になるのだが、最近のドラマは何故か合格させてハッピーになる。ところがさすがNHKである。どうも合格させないようだ。明日になってみないとハッキリした事はわからないが・・・!? 

 前回の「風のハルカ」といい、このところ視聴者に感動を与える番組を制作してくれていることは素晴らしい限りである。こういう何かを我々に感じさせるものを提供してくれることは今の時代に必要である。年配者だけでなく、現代の若者にも是非見てもらいたいドラマである。

Drの四方山日記(28)

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27.jpg  先週の日曜日の朝、川沿いをウォーキング中自動二輪車の教習所の側を通り、大きなバイク音をとどろかして颯爽と走るライダーの姿を見た。私はまだ高校生の頃250ccのバイクに憧れた。残念ながら親に反対されてバイクには乗れなかったが、いつかは“かっこよく”乗りたいなぁ?と思い続けてうん十年過ぎた。
 
そして、この年代になって「中高年ライダー」として復活したというニュースをみた。日本自動車工業会によると50代以上の中高年ライダーが急増し、バイク人口の支流を占めていた10代?20代をしのいで、今や36%に増えたという。シニア予備軍(40歳?50歳以下)を含めるとなんと60%近くに達するという。まさに中高年の独壇場の様相を呈している感がある。

 特に50代がバイクに乗りたい理由として、「若いとき乗りたくても乗れなかった夢を実現したい」や「いろいろなものに余り興味がなくなり、昔の特撮映画のようにかっこよく疾走したい」など単純なきっかけであるようだ。しかし、若者と違いハーレー・ダビッドソンBMWなど最高のバイクを乗りこなし、ツーリングを楽しみ“解放感”を求めたいようである。ただ、一つ若い頃と違い無理な乗り方は出来ないし、体が衰えていることを認識して乗って欲しいものである。これからの楽しい人生を送るために!!

Drの四方山日記(27)

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26.jpg  最近親子、特に母娘(幼児から小学生)で流行しているゲームが注目を浴びている。それはラブandベリー(Love and Berry)といって14歳の女の子2人の洋服・髪形・靴などを集めたオシャレカードをゲーム機に入れて着せ替えたり、ダンスやおしゃれを楽しむというものだ。今や父親まで巻き込んで大流行している。これは(株)セガが以前に男の子向けに出した「甲虫王者ムシキング」の女の子バージョンである。今やその売り上げは1億5300万円(42店舗)といわれている。お母さんやおばあさんまでもを抱き込んだ戦略は見事である。

 今度はアパレル業界に参入してオリジナル商品(カードと同じ服)を販売するショップをつくって全国展開している。日本人の商魂にはただただ驚かされるばかりである。
でも、今の日本の殺伐とした時代にこういう明るい話題もいいのではないか。ただ親も子供に溺れて消費過ぎないようにと願うばかりである。

Drの四方山日記(26)

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25a.jpg 5月2日の夜から5日まで故郷富山に帰った。富山県はいまだ雪肌が四方の立山連邦に残り素晴らしい景観は懐かしいあの頃がそのままだった。特に私の育った砺波平野はチューリップで有名な散居村があるところでもあり、今なおふる里の面影を残す。その田畑に赤・白・黄・紫色など色とりどりなチューリップが一面に咲き誇り、帰郷した私の心を和ましてくれた。また隣町である庄川は、今鮎の繁殖期で3軒ある川魚屋は帰省客でいっぱいであった。これも風情があっていいものである。

25b.jpg2日目は町外れで田畑の真ん中にある地元でも有名な「越中国一宮高瀬神社」(越中国内の式内社34座の神を祀る)に参拝した。この神社は縁結びと福の神で地元の氏神として崇められている。正月の初詣での時には人ひとで動けないくらい北陸一帯から参拝客が集まる神宮である。私が幼少の頃から成人になる前までお世話になった神様であり思い出深いのもがある。

 3日目は昔よりかなり風変わりした町を散策してみた。すると5日の子供の日のせいかあちこちに鯉のぼりが見られた。都会に比べ地方は五月の端午の節句は大きな鯉のぼりが垣根を越えて各家の庭の上になびかせて親が子供の成長を願う地方ならでの光景である。

今年のゴールデンウークは南風の影響で日差しが強く全国的に快晴の日が続いたせいか、どこに出かけても人ひとで混雑していた。私にとっても都会の雑踏を忘れて一時の心の洗濯をするのには最適な帰郷の旅であった。

Drの四方山日記(25)

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24.jpg  このところ天候不順や気象の変化で四季がなくなりつつある。
昔は四季ではなく正月とお盆で区切りをつけて二季であったといわれる。

四季(春、夏、秋、冬)といえば思いあたるものに季語がある。季語は通常和歌や俳句に用いられ、その季節を象徴するものである。日本は四季がはっきりしている国だから生まれた。

 だがここ数年このはっきりしていた四季が失われつつあり、日常の生活や活動に影響をきたしている状況である。
春は梅・桜・土佐水木・春の波・木の芽和、夏は紫陽花・南天の花・暑中見舞い・浴衣、秋は木犀・いちじく・無花果・松茸飯・柚子味噌、冬は寒牡丹・山茶花・冬の波・寒稽古・冬帽子など各四季には季語があり、自然の風物が日本にある。しかし、最近の気候の変化はそれすらも変えてしまう。だんだん日本のよさが消えていくようで淋しい。

■関連サイト
http://www.jma.go.jp/-気象庁

Drの四方山日記(24)

※5月3日より5日迄、ブログはGwの為お休みさせていただきます。

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23.jpg 29日?30日の二日間長野の東御市湯の丸高原にある当クリニックのログハウスへスタッフの研修のため行ってきた。東京と異なり空はきれいで、気持ちよく、やはり田舎はいいなぁ?と実感した。一日目は現地の小さなストアーで新鮮な野菜や肉類、鮮魚をスタッフ全員で買出して夕方からバーべキューをすることにした。火を熾すのも近くの蒔や枯れ木を集め、現地で購入した炭で行ない、いわゆる地産地消を実体験した。

 やはりその土地で採れたものを使って調理をしたものはとてつもなく美味しく、食欲が増進する。
 ある植物生態学者の発表によると東京23区と田舎の森林との炭素蓄積量の差は3.3倍違うという。白樺の森林でバーべキューは格別である。私もこのログハウスは年に1?2回しか訪れることはないが、東京で蓄積したストレス解消には必要だなぁと改めて気付かせられた思いがする。

Drの四方山日記(23)

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