日本サッカー協会が6月9日に開催されるワールドカップドイツ大会に派遣する日本代表23名を発表した。その発表会場に報道陣50人が詰めかけた。テレビ局もNHKを始め民放2局が生放送するなど関心の高さがうかがえた。なぜこうも日本がW杯ドイツ大会に注目するのか。それは3月に開催されたワールドベースボールクラシック(WBC)の日本の優勝が影響してるように思える。まさかと思った日本代表による世界一は日本国民を熱狂させた。
日本サッカーの歴史は明治時代にさかのぼり、1873年イギリス海軍軍人ダグラス少佐が伝えたといわれている。日本が国際大会に始めて参加したのは大正6年、第3回極東大会である。その後昭和に入って、第8回極東大会で国際大会で初勝利を収めた。その後昭和11年ベルリンオリンピック大会に参加し、ヨーロッパチームと戦い金星を挙げた。そして1964年東京オリンピックでベスト8、そして1968年メキシコオリンピックで銅メダルを獲得、一気にサッカーブームとなった。既に1958年に小・中学校でサッカーが体育の正課となった。そして1986年奥寺康彦氏がプロ選手第1号として活躍し、その後Jリーグが創立された。
ワールドカップには過去2回出場し、2002年にはベスト16になっている。ではどのスポーツでも国際大会の代表選考には悲喜こもごもがある。初出場の1998年大会では当時サッカーキングといわれた三浦知良選手が世代交代を理由に涙を飲んだ。2回目の2002年には若き司令塔といわれた中村俊輔選手が監督の好き嫌いを理由に落選。そして今回ジーコ監督が期待をかけていた久保竜彦選手をコンディションが不十分を理由に落選させた。サッカー監督が絶対的権限を持つ代表選出には監督の私的な考え方が入ってくる。世界のチームの監督を見ても監督と選手との間にはよく確執が指摘され選手が他のチームに放出されたり、監督自身が更迭されたりとサッカー界ではそういったことが他のスポーツより多い。今回は過去2回の場合と違い、ジーコ監督は久保選手が選出しなかった理由を「腰痛などで体調が万全でないことから久保選手の良さを生かせない」と分かりやすく説明している。選手に納得いく説明が今後の選手生命にとって大きな影響を与えるこ
とはいうまでもない。その点今回は納得いく選出になったと思える。ともあれ6月の本番には最大限の力を出し切って、是非WBC野球同様にサッカーワールドカップでも奇跡を起こし世界一になって欲しいものである。
参考資料:
「毎日新聞」「日本サッカー・ブック」
「Yahoo!!ニュース2006FIFAワールドカップ」
話題シリーズ(2)
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