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昨夜NHKの放送を見ていたら、横田めぐみさんの夫であった金英男氏の記者会見の場面が出ていた。そして親である横田滋夫婦がその場面をくいいるように見ている姿が放映されていた。1977年(昭和52年)に横田めぐみさんが北朝鮮に拉致され、親である横田夫婦は幾多の困難を経た後国に呼びかけ、5人の拉致被害者を無事帰国させたその拉致被害者家族会の代表者として同じ国民として頭が下がる。まさに“親子のつながり”があればこそである。
また26日渋谷区の路上でカリスマ美容外科医の長女が誘拐され、身代金を要求する事件があった。私はこのセレブと称される美容外科医はあまり知らないが、テレビなどでこのところ話題にされているらしい親子である。確かにこの事件そのものに対しては私でなくても人の親として許されるものではない。人間には生きていくために必死に生活している人もいれば、何不自由なく生活する人間もいる。それを丘の上ばかりから下を見下ろした人間には下々のことは分からないと思うが、人間は成功すれば成功するだけ周りや世間に対して気配りが必要なのではないか。ただ有名になることが、いかに危険をはらむかということも承知しなければならない。事件が起って初めて、自分の愛する子供の存在が大きいことを理解したのではないだろうか。そういえば最近、親子の絆を題材にしたアメリカ映画『フライトプラン』が公開され人気を呼んだ。このストーリーは最新式のジャンボ旅客機内で自分の愛する娘が突如姿を消し、機長や乗務員が必死に探すが見つからず、挙句の果てに母親が乗客や乗務員に精神錯乱者扱いされ、乗客の1人である保安官に拘束されるが、母親は困難な中必死に機内の隅々まで探し、最後には愛する娘を見つけ出し自分を信じてくれなかった機長をはじめ乗客たちの信用を得ていくドラマである。これもまさに親子のつながりがあったからこそである。
親子というものは同じ血筋だけではなく、同じ遺伝子でつながっているものである。特に母親と子供の関係は強く、お腹を痛めて産んだ子供には父親以上の親子のつながりが強いようである。もう一度親子の絆について考えさせられる出来事であった。
■関連サイト
フライトプラン-amazon.co.jp
Drの四方山日記(69)
昨日の朝ラジオの放送を聞いていたら、興味あるトピックスを流していた。それは皆さんがいつも利用している缶詰についてである。缶詰は1804年フランスの二コラ・アペール氏によって考え出されたという。この当時はフランス大革命の真っ最中でナポレオンがヨーロッパ戦線を東奔西走し戦いに明け暮れた時代である。何せこの時代はヨーロッパでは新鮮な食物が不足し保存食的な乾燥、塩蔵、くん製などで、当時の生活をまかなっていた。
昨夜は、しばらくぶりにテレビで野球中継を見た。巨人―横浜戦である。結果は横浜の1点差勝ちで終わり、とうとう巨人の今季2度目の7連敗である。特に月間16敗はチームワーストタイであり、敵地12連敗は球団史上ワースト記録だ。解説者の話によると原監督は連敗脱出のために最近出番のなかったベテランの仁志選手と清水選手に監督自らマンツーマン指導をしたという。まさに“弱ったときの神頼み”であるが、不幸にもベテランの力を持ってきても“チームに活”を入れるまでには至らなかった。原監督の熱い思いだけで果たしてこの苦境を乗り切れるのだろうか。2年前、日本のプロ野球が2リーグ制から1リーグ制にしなければ存続できない状況であったが、なんとかその状況を打破したとき、よりプロ野球をエキサイティングにするための一つとしてセパ交流戦が導入された。これによりいったん野球離れしたファンをもう一度プロ野球に戻したことは大成功であった。昔から人気のセリーグ、実力のパリーグといわれた通り、交流戦によってそれぞれのリーグの順位が大幅に変わり交流戦まで首位を走っていた昨年は中日が優勝を逃し、今年は巨人が首位から脱落する状況に追い込まれている。確かにプロ野球のためには交流戦は見る者の野球を楽しくさせてくれるが、巨人のように人気があるチームにとっては他球団が最高の投手をぶつけてくるのでなかなか勝てない状況に陥ってくる。過去に華々しく初監督で優勝した原監督ですら、今回のようなジレンマに陥るのである。逆にヤクルトやロッテのように上昇できないで苦悩していたチームが、交流戦と共に生き生きと生き返り連勝していく例がある。今巨人に求められるものは原監督自身優勝した当時をもう一度思い出し原点に回帰して臨むか、またV9時代の牧野茂氏か須藤豊氏のような名参謀で経験豊富な人材を登用して、監督と選手の相談相手や実戦への戦略をたてるヘッドコーチ的役目が必要である。それが、今一度強い巨人に戻す手立てではないだろうか。
診療を終えて、東京・三軒茶屋に用事があるので電車を利用した。小田急線の豪徳寺で乗り換えて東急世田谷線に乗ることにした。ただ豪徳寺駅を降りて乗り換えようとしたが世田谷線に豪徳寺という駅はなく、初めて乗る路面電車に戸惑った。なんとか駅から3分ぐらいのところにある住宅街の真ん中に停留所といった感じの小さな駅があった。そこが乗り換えの山下駅である。
7月1日にたばこが値上げされるという。それに合わせたかのように某製薬会社が喫煙者の意識調査を行なった。それによると、依然たばこの値上げ後も過半数が喫煙を続けると答えたが、今回のたばこの値上げで禁煙を考えている人が35%にも上ったという。
22日(日本時間23日早朝)ドルトムント競技場で日本対ブラジル戦が行なわれ、決勝進出へわずかな望みを託したが、4対1とブラジルに完敗した。日本の予選3試合は全てにおいて課題を残した大会であったように思う。その一番大きな課題が試合後半のもろさである。前半でいい試合をしていても後半、特にラスト10分を切ったときに決まって相手チームに大量点を取られて負けるのが日本のパターンである。では、なぜそういうことが起るのか。その一つに選手の精神面のもろさがある。つまり「勝つんだ」という気持ちが、「勝つだろうか」というジレンマに陥ったことである。確かに日本のサッカーは日々向上しているが何といっても日本のプロサッカーの歴史はたかだか10年である。他のサッカー王国と比べるとシュート、パス、連係プレイなど、どの技術を比較してもまだまだ日本は世界に追いつけない状況にある。しかしマスコミ等がどうも日本サッカーを過大評価して、まさに世界レベルの域に達したかのように報道し我々国民を熱狂の渦に巻き込み、負けると手のひらを返したように沈黙するやり方はどうも私にはついていけない。もっと日本サッカーの実力をきちんと報道し温かい眼でサポートしたら、にわか仕込みでない本当のファン(サポーター)がつくのではないだろうか。
日本チームはまだまだ成長過程にあり、アジアだけで満足せず世界に通用するチームになったときが本当の実力がついたといえる。ワールドカップという舞台で経験を積み超一流のチームのプレイを見ることで、これからの本当の実力を持った世界で通用する日本チームが出来上がるのではないだろうか。日本サッカー協会も今回の敗戦を教訓にしてJリーグのレベルを上げ、世界との差を縮めることを課題にして、日本サッカーの再生に勤めて欲しい。
何年か前までは会社で残業するよりデートなど自分の時間を優先して過ごしたい若者が多かったが、最近の民間の研究機関の意識調査で「デートより残業」を選ぶ若い人が増えてきたようだ。どんなドライな若者でも不況になると仕事を優先しないとやっていけないことを少なからずも認識してきているようである。会社を辞めてフリーター(社会とコミュニケートしているが組織に組み入れられていない人たち)やニート(社会とコミュニケートしないで自己にこもろうとする人たち)にはさすがになりたいとは思わないようである。やはり景気の動向が気になり、会社の都合を優先しなければという心境になるようだ。
どんな時代になっても日本人は“まじめ人間”のようである。これは日本人特有の姿であるかもしれない。年配者から若者へ和洋屈折しながらも日本人の勤勉さは受け継がれているようだ。ただ、時代を反映してか仕事内容も大幅に変わり、出世より自分の能力、個性が生かせる業務や楽しくできる仕事をしようとする若者が増えてきている。われわれ団塊の世代の人間と違って、合理性の中に自分というものをしっかり入れていることは素晴らしいことである。たとえ他人にどう思われようとも明るい気持ちで積極的に行動し、自分らしい生き方をすることは自分のため、延いては人のためになる。
最近若い世代から中高年にかけて静かなブームになっているものに『プチ断食』がある。若い世代は一種のダイエットに、中高年は健康維持のために用いているようだ。もともと断食は昔から宗教の修行の一つとして用いられたもので、その中でも有名なのがイスラム教のラマダーンである。
これは一ヶ月間行なわれるものでイスラム教徒の代名詞にもなっている。ただ宗教的修行は「断食」ではなく「絶食」という表現が使われる。正式な断食は<断食に入る前・断食中・断食から回復>という手順によって行なわれる。しかし巷でいうプチ断食は短期断食でジュースや一食ないし二食の食事を抜いてすることのようである。プチ断食の目的は“体重を減らす”ことよりも“体調を整える”ことにあるが、自己流に解釈して自己流の方法を行なうと、ダイエットの効果もないし逆に危険を伴うこともある。断食のメリットは体への負担を少なくすることであり、毎日使っている胃腸を休め、内臓本来の持つ活力をよみがえらせることにある。若い人で何度となくダイエットに失敗している人には、このプチ断食は逆効果になるのでやらない方がいいようだ。
理想的なプチ断食は、自然に食べる量を減らし早食いをせずしっかり噛むことを心掛ければ腹六分になる。それでももう少し食べたいなあと思うところで止めるとそれが腹八分になる。昔の言葉に「腹八分に医者要らず、腹十二分に医者足らず」というのがある。腹いっぱい食べることはどんな場合でも健康には良くない。まず“小食は健康の原点”ということを忘れずにプチ断食をするのもいいだろう。ともかく現代の日本人は5人に1人が肥満であると医療機関の調査によって発表されている。肥満は病気の原因にもなるので、プチ断食のやり方をきちんと把握して行なうことが健康の秘訣である。
一昨夜、日本対クロアチアの対戦が終ったが、未だ興奮冷めやらぬためか、連日テレビの各局でこの試合の場面を放映している。ワールドカップも11日目を迎え、決勝リーグ進出16チーム中半分の8チームが決まった。しかし、日本のいるF組は未だ決まらず22日(木曜日)に結果が出る。それにしても日曜日のクロアチア戦の引き分けは残念というか悔しい思いをした一戦であった。
試合後、テレビ・ラジオ・新聞など各マスコミは一斉に日本チームの健闘をたたえる報道や、出場した選手もコメントしているが「負けなかったことを評価したい」や「引き分けてよかった」など私には全く理解できないことだ。現実はもう後がなく首の皮一枚どころか99%決勝進出が不可能なのにそのことを選手自身は強く認識してないようである。まさに「サムライブルー」のユニホームが泣いている。日本代表のユニホームであるブルーは実は青色ではなく、藍さである。藍さは海色、瑠璃色、空の色で活力を意味し、『飛翔の力』を表わす。つまり“飛べば必ず天に到らん”といって飛ばなければ天に届かないですよという意味合いを持つ。日本人の顔立ち、心情に藍が最も相応しく、おそらく日本サッカー協会もそのような意味から選んだのではないかと思われる。
もう後がない日本代表であるのだから、選手や監督は開き直ってブラジルとの試合を戦っていかなければならないし、もっとミドルシュートを打って積極的に試合をし、決定打をつくって欲しいものである。内容はどうであれ、勝つことしかない現状をよく把握をして、ジーコ監督の采配に日本国民は期待したいものである。決勝リーグに残るか、残らないかはどうでもいい、明後日(木曜日)のブラジル戦には今までの最高の試合をし、応援している1億人の国民を魅了してくれることを願っている。0.01%のWBCの再来を信じて、日本がんばれ!!
最近予防医学の大切さが叫ばれていますが、近年歯科の分野にも「予防」という考え方が取り入れられ、予防歯学として研究されるようになってきました。歳を取れば歯を失っても仕方がないという考え方が日本でも浸透し、半ば諦め的な状況でした。しかし、歯科の先進国である北欧の予防医学が日本に導入され、今まで歯の治療やインプラント中心の方法が大きく予防歯学に変わりつつあるようです。北欧、中でもスウェーデンでは1970年より大規模な予防プログラムを導入し、国民の歯の健康状態が飛躍的に向上してきました。
ある新聞の社会面に04年8月に交差点内で起こった歩行者同士の衝突事故の記事が掲載されていた。転倒し負傷した93歳の女性が「骨折で右足に障害を残った」として相手の27歳の若い女性に賠償を求め、裁判所は15日に慰謝料の支払いを命じた。
あさっての日曜日は父の日である。ある保険会社の意識調査によると、父に送る漢字は感謝の「謝」が第1位で、第2位が愛情の「愛」、第3位が健康の「健」であった。では息子が父に送る言葉は尊敬の「尊」、娘は優しいの「優」であると結果が出た。父の日は母の日と違って意外と忘れられる存在のようだ。日本人的感覚からいくと感謝の気持ちがあっても上手く言葉に表せなかったり、照れくさくてプレゼントなど物を渡すなどの行為はなかなかできない国民性であるようだ。しかし最近ではやっと素直に感謝を表す若者たちが増えてきているようだ。
今、にわかに男性の料理が人気を集めブームになっている。テレビの番組も各局で趣向を凝らして男性の有名人やタレントを登場させている。どうも“料理ができるカッコよさ”が女性にモテているのが原因のようだ。一昔前までは料理は女性の仕事、プロ職人以外は「男子は厨房に入るべからず」というのが定説であった。しかし現代の世の中は欧米ナイズしてキッチンや厨房に入って美味しい料理を調理することが若い女性にモテるようである。また定年を迎える世代や既に定年を迎えた人たちにとっては高齢社会を快適に過ごすためには絶好の機会であり、夫婦円満のためには必須条件になってくるようである。
4人の若者が深夜無断で鉄道の線路内に立ち入り、レールに座って騒いでいたのを地元の住人が見つけ警察に通報した。取り調べで4人は「アメリカ映画『スタンド・バイ・ミー』を思い出し青春の思い出づくりのため線路内に入った。」と話した。聞くところによると、この若者たちは現在京都の有名大学に在学の3年生だという。彼たちのいう映画『スタンド・バイ・ミー』は1886年に大ヒットした映画で、心に傷を持った12歳の少年4人が好奇心から線路伝いに死体を探しに出るというストーリーで、その道中に少年たちの「早く大人になりたい」といった純粋な願望を表す言葉・行動・心理などが少年たちの友情という形で表現された映画である。このように恵まれない子供たちの行動心理を描いた作品なのに、今回の大学生たちはどの場面を真似てこのような行為に出たのか理解に苦しむ。彼たちは何も不自由がない時代に生まれ、何の苦労もなく育っただけに、何か刺激を求めて今回のような突拍子のない行動に出たのではないだろうか。彼たち4人は大学で一体何を学んでいるのか。通学している大学は国際主義とキリスト教主義を建学の精神として、その教育理念である「豊かな知識を持つと共に自由と愛そして個々の人格を重んじ熱い心を持って国際社会に貢献する人を育むこと」を目的としてその精神からいくと今回の行動は社会のルールを無視した良識ある判断を怠ったのであるから、何を言わんかやである。確かに最近の若者は自由と平等をはき違えて発言や行動をしている節がある。せっかく最高学府で学んでいるのだから、もっと人間的に成長し社会に役立つ人間になって欲しいと願うばかりである。
昨夜はサッカーW杯1次リーグ第4日目に入り、いよいよわが日本が登場した。日本中の期待を一心に集めたオーストラリア戦は後半の残り6分に逆転され痛恨の敗戦になった。では何故日本は勝利することが出来なかったかをスポーツ好きの私が分析してみると、先ず考えられるのが両監督の采配にあると思う。相手方ヒディング監督は計画性がありそれを実行することで運を呼び込む。それに対してジーコ監督は世界を魅了したスター選手だっただけに「自由」を与え、選手自身の応用力と適応力に賭けた。しかしこのW杯の大舞台では日本選手は十分に力を発揮するまでには成長していなかったようだ。
日曜日の朝7時に起床して、毎月1回の「
夜、何気なく雑誌を読んでいたらある記事に目が入った。それはアメリカの大起業家で世界中に愛されている「マクドナルド」の創業者レイ・クロック氏についてである。アメリカではヘンリー・フォード(自動車王)やビル・ゲイツ(IT革命の先駆者)及びロックフェラー(石油王)と並び称される人物である。
サッカーのワールドカップ(W杯)がいよいよ9日ドイツで開催される。そこに日本代表の1人(?)ロンメル(ミニチュアダックスフント)が参加することになった。参加といっても競技に出るのではなく、広報犬として国際交流に貢献すべく常駐するのである。このロンメル君は10歳のオス(人間で言えば64歳)で過去に2002年の日韓大会の際、日本代表が合宿をしていた場所に飼い主である日本サッカー協会の手嶋氏(広報部長)が選手の癒しになればと連れてきたのが最初である。その甲斐あってか日本は1次リーグを突破し、その後ロンメル君が参加した試合(18試合)は無敗で今なお“不敗神話”を続けている。今回のアジア最終予選でも、日本代表監督であるジーコ氏がロンメル君の写真をひそかにポケットに忍ばせていたという。そこで日本サッカー協会が“玄を担ぐ”という意味で参加してもらうことになった。ただ、高齢のため今回の海外遠征が最後になるという。
昨夜、診療を終えてから友達の待つ三軒茶屋に向かった。久しぶりに2人で飲もうと約束をしていたからだ。9時ごろ合流して軽く腹ごしらえをして、以前1度友人たちと行って印象深かった「赤うさぎ」というカウンター席のパブへ行くことにした。この店は玉川通りと世田谷通りが交差するところのすぐそばで、狭い路地に安ウマ系の飲食店がひしめくレトロ調の不思議な一角にある。この三軒茶屋は世田谷区の中でも古い歴史と下町の香りを残す街で、三軒の茶屋があったことからこの地名がつけられた。関東大震災後下町から多くの商人が移住してきて発展した背景がある。そのせいか今なお庶民的な店が多く存在する。
赤兎馬は「三国志」に登場する最強の馬を例えたもので、馬中の赤兎といわれている。ともかくこの店は不思議とまた来たくなる雰囲気をかもし出しており、時間を忘れさせてくれる何かがある。疲れた体を癒し元気を起こさせてくれるこの店は私や友人にとって一種の滋養強壮の役割をしてくれる。
このところ街で風呂敷を持った若い女性を多く見かける。私の患者さんの中にもいろいろなロゴ入りの風呂敷を持った人がいる。何故こうも風呂敷が活用され出したのか。その理由に環境問題があるようだ。ごみの減量対策を考える上で包装紙やレジ袋に変わる代用として国がメディアを通じて風呂敷の使用を推奨している。

先週の土曜日(3日)に起こったエレベーター事故についてマスコミが取り上げ、いろいろと論議が起こっている。16歳の高校生がエレベーターの床と天井部分に挟まれ死亡したこの事件は、痛ましく家族の心情を思うと察するに余るものがあるが、この住宅公社では過去3年間に41件の故障やトラブルが発生していた。もちろん管理会社は月2回の点検に万全を期してやっていたようだが、なぜかまたまた事故が発生してしまった。
朝のウォーキングを終え、午後より大学時代の後輩の家族と一緒に食事をした。東京の郊外八王子にある豆腐屋である。東京ではめずらしく江戸情緒を偲ばせる料理屋で、玄関ののれんをくぐり石段を下りると、江戸時代を思わせるような下町の風景が目に入ってきた。ひょうたん池、しだれ柳、赤鳥居、太鼓橋が見事に再現され、建物は江戸の庶民が楽しんだであろう古風な格子戸風なもの、離れの部屋や白壁の土蔵もある。ちょっとした江戸気分が味わえる処である。豆腐料理も「豆水とうふ」「くみあげとうふ」「あげ田楽」に季節の香りを味わう料理と多彩であった。
ある生活文化研究所が「理想の親父」の意識調査(20歳以上)を実施したところ、「理想的なお父さん」のイメージランキング第1位が「頑固・42%」2位「真面目・35.5%」3位「頼もしい」4位「優しい」5位「厳しい」・・・9位「恐い」10位「温かい」であった。男女別では女性の第1位は「頑固」2位「優しい」3位「真面目」で男の1位はやはり「頑固」2位「真面目」であった。娘から見ると“頑固ですぐきれるし、怒鳴るし、それでいて気が弱くて、いいところが一つもない。しかし怒りながらもいつも子供たちのことを心配してくれる。”
私の親父のイメージは職人気質で仕事には厳しく、妥協を許さないものである一方、我々子供たちには優しく、手を一つ挙げないお父さんであった。特に自分が窮地に立った時に的確なアドバイスをくれたことに今でも感謝している。では自分の息子にとって親父である私はどうか。おそらく頑固で恐く融通の利かない親父だと思っているかもしれない。なかなか自分を評価するのは難しいものだ。しかし絶えず子供のために良き理解者になろうと努力はしているつもりだ。女性が強くなった現代でも親父は威厳を守って家族のために頑張ってほしいものである。
昨日、民間委託による駐車違反の取締りが開始された。当初は山口市を除く、45都道府県所在地や政令指定都市102市町と都内12区の計240署管内で行なわれる。しかし、実際は民間監視員の不足から主要大都市しか取り締まることができないようだ。この新制度は国民にとって実際に役に立つのか無駄なのかはこれからの動行によって決まってくる。確かにこれだけ多い車社会で仕事、買い物、飲食において路上に駐車することは異常に難しく、特に東京や大阪などの大都市では駐車場を確保することが困難な場合が大々にしてある。それを考えず、「発見即摘発」するのは、車に乗る1人として疑問を感じる。確かにこの頃の路上駐車は目に余るものがあるが、運送業や荷降ろす職業などの取り締まりは死活問題ではないかと思う。もっと国民が納得し理解を得る方法を考える必要があるのではないか。警察庁も単なる外国での実例をまねするのではなく、国情を特に道路状況を考慮し取り締まるべきである。私は違法駐車を取り締まることに反対しているのではなく、もっと国や都道府県が現車輛台数に見合うくらいの駐車スペースを確保してから取り締まらないと、マスメディアが報じているように、民間人が違反を認定することへのドライバー側の反発などから、現場でトラブルが起こるとも限らないと危惧しているのだ。