2006年6月アーカイブ

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69.jpg 昨夜NHKの放送を見ていたら、横田めぐみさんの夫であった金英男氏の記者会見の場面が出ていた。そして親である横田滋夫婦がその場面をくいいるように見ている姿が放映されていた。1977年(昭和52年)に横田めぐみさんが北朝鮮に拉致され、親である横田夫婦は幾多の困難を経た後国に呼びかけ、5人の拉致被害者を無事帰国させたその拉致被害者家族会の代表者として同じ国民として頭が下がる。まさに“親子のつながり”があればこそである。

また26日渋谷区の路上でカリスマ美容外科医の長女が誘拐され、身代金を要求する事件があった。私はこのセレブと称される美容外科医はあまり知らないが、テレビなどでこのところ話題にされているらしい親子である。確かにこの事件そのものに対しては私でなくても人の親として許されるものではない。人間には生きていくために必死に生活している人もいれば、何不自由なく生活する人間もいる。それを丘の上ばかりから下を見下ろした人間には下々のことは分からないと思うが、人間は成功すれば成功するだけ周りや世間に対して気配りが必要なのではないか。ただ有名になることが、いかに危険をはらむかということも承知しなければならない。事件が起って初めて、自分の愛する子供の存在が大きいことを理解したのではないだろうか。そういえば最近、親子の絆を題材にしたアメリカ映画『フライトプラン』が公開され人気を呼んだ。このストーリーは最新式のジャンボ旅客機内で自分の愛する娘が突如姿を消し、機長や乗務員が必死に探すが見つからず、挙句の果てに母親が乗客や乗務員に精神錯乱者扱いされ、乗客の1人である保安官に拘束されるが、母親は困難な中必死に機内の隅々まで探し、最後には愛する娘を見つけ出し自分を信じてくれなかった機長をはじめ乗客たちの信用を得ていくドラマである。これもまさに親子のつながりがあったからこそである。

親子というものは同じ血筋だけではなく、同じ遺伝子でつながっているものである。特に母親と子供の関係は強く、お腹を痛めて産んだ子供には父親以上の親子のつながりが強いようである。もう一度親子の絆について考えさせられる出来事であった。

■関連サイト

フライトプラン-amazon.co.jp

Drの四方山日記(69)

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68.jpg 昨日の朝ラジオの放送を聞いていたら、興味あるトピックスを流していた。それは皆さんがいつも利用している缶詰についてである。缶詰は1804年フランスの二コラ・アペール氏によって考え出されたという。この当時はフランス大革命の真っ最中でナポレオンがヨーロッパ戦線を東奔西走し戦いに明け暮れた時代である。何せこの時代はヨーロッパでは新鮮な食物が不足し保存食的な乾燥、塩蔵、くん製などで、当時の生活をまかなっていた。

そこでナポレオンは、長期間航海する水兵や兵士の偏食による栄養不足で発生する「壊血病」を防ぐために、新鮮な野菜、肉、魚、果実を長期保存できる方法はないかと考え公募した。その時にアペール氏が考えたのは食料の瓶詰めの方法である。それは食品を容器に充填した後密封し加熱処理するものである。これが缶詰の誕生である。

その後1810年イギリスのピーター・デュラン氏が容器にブリキを用いることを考案した。1821年にはアメリカに缶詰製造が伝わり、1861年に南北戦争の最中、軍用食糧として缶詰の需要が急増し、その後アメリカ全土に缶詰産業が広がり食品工業として大きく発展することになった。我が国では1871年(明治4年)長崎において松田政典氏がフランス人の指導でイワシの缶詰を作ったのが最初といわれている。その後明治10年には北海道で日本初の缶詰工場が誕生し、北海道名産のサケが缶詰にされ日本中に広まっていった。庶民として缶詰が手に入るようになったのは昭和初期で、魚介類に始まり果物の缶詰などが生産され海外へも輸出された。現在ではアルミニウム製のアルミ缶、鉄製のブリキ缶、またスチール缶が作られ、さらに缶切りで開けていた物もイージーオープン缶として登場した。ラベルも印刷した紙を巻き付けた方法から、缶に直接金属インキを使用した方法になってきた。

 放送を聴いて一番興味があったのは、当初缶詰は手に入れたが“缶切り”がなくノミやトンカチで開けようとしたり壊したりして開けられた。そのため最初は缶詰の中身はミンチ状のコーンビーフ的なものに限られ、液状のドリンク類は入れられていなかった。日本に缶詰が登場して48年後にやっと缶切りが出回ったというエピソードには笑わされた。ともかく缶詰は今や保存食に始まり、レトルト食品、ガラス瓶詰めのものとして我々の食卓になくてはならない存在になっている。

Drの四方山日記(68)

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67.jpg 昨夜は、しばらくぶりにテレビで野球中継を見た。巨人―横浜戦である。結果は横浜の1点差勝ちで終わり、とうとう巨人の今季2度目の7連敗である。特に月間16敗はチームワーストタイであり、敵地12連敗は球団史上ワースト記録だ。解説者の話によると原監督は連敗脱出のために最近出番のなかったベテランの仁志選手と清水選手に監督自らマンツーマン指導をしたという。まさに“弱ったときの神頼み”であるが、不幸にもベテランの力を持ってきても“チームに活”を入れるまでには至らなかった。原監督の熱い思いだけで果たしてこの苦境を乗り切れるのだろうか。2年前、日本のプロ野球が2リーグ制から1リーグ制にしなければ存続できない状況であったが、なんとかその状況を打破したとき、よりプロ野球をエキサイティングにするための一つとしてセパ交流戦が導入された。これによりいったん野球離れしたファンをもう一度プロ野球に戻したことは大成功であった。昔から人気のセリーグ、実力のパリーグといわれた通り、交流戦によってそれぞれのリーグの順位が大幅に変わり交流戦まで首位を走っていた昨年は中日が優勝を逃し、今年は巨人が首位から脱落する状況に追い込まれている。確かにプロ野球のためには交流戦は見る者の野球を楽しくさせてくれるが、巨人のように人気があるチームにとっては他球団が最高の投手をぶつけてくるのでなかなか勝てない状況に陥ってくる。過去に華々しく初監督で優勝した原監督ですら、今回のようなジレンマに陥るのである。逆にヤクルトやロッテのように上昇できないで苦悩していたチームが、交流戦と共に生き生きと生き返り連勝していく例がある。今巨人に求められるものは原監督自身優勝した当時をもう一度思い出し原点に回帰して臨むか、またV9時代の牧野茂氏か須藤豊氏のような名参謀で経験豊富な人材を登用して、監督と選手の相談相手や実戦への戦略をたてるヘッドコーチ的役目が必要である。それが、今一度強い巨人に戻す手立てではないだろうか。

Drの四方山日記(67)

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66.jpg 診療を終えて、東京・三軒茶屋に用事があるので電車を利用した。小田急線の豪徳寺で乗り換えて東急世田谷線に乗ることにした。ただ豪徳寺駅を降りて乗り換えようとしたが世田谷線に豪徳寺という駅はなく、初めて乗る路面電車に戸惑った。なんとか駅から3分ぐらいのところにある住宅街の真ん中に停留所といった感じの小さな駅があった。そこが乗り換えの山下駅である。
ともかく電車慣れしていない私はきょろきょろしながら切符売り場を探した。

しかし切符売り場はどこにもなく困り果てていたら1人のおばさんが「ここに並ぶのよ」と教えてくれ言うとおりに列に並んだ。すると電車が入ってきて運転席の入り口が開き一人ひとり乗り込んだ。要領の分からない私はみんなのやるとおり140円のお金を料金箱に投入した。そして切符が出るのを待っていたら「もういいですよ」と運転手さんに促され車内に入った。まるで“おのぼりさん”の気分だ。東京にもこんな都電というか、ワンマンバス的電車があるのかと上京したての39年前が走馬灯のようによみがえった。

 さてこの世田谷線の歴史は古く、明治40年に玉川電気鉄道として渋谷?玉川間に開業し、その後大正13年、砧線として開業。現在東急世田谷線として三軒茶屋?下高井戸間を走っている。東京都内には都電の荒川線とこの世田谷線の2線が「路面電車」として残っているようだ。現在ではリニューアル車両300系が導入され青・水色・赤・黄色・緑など色とりどりの車色をした電車が走り、世田谷区民のみならず東京都民にも親しまれている。確かに乗ってみて電車というか大型バスに乗った気分である。何しろ一区間が短く長いところで0.8km、短いところで0.3kmという距離である。最近は歳とともに昔のものを懐かしむ自分があるようで、やたら名所や旧跡および昔からの古い史跡を訪れることが多い。ともかくとろりとろりと電車が走り終点の三軒茶屋駅には約束の時間をとうにすぎて到着した。友人に話したら、「東京に40年近く住んでいるのに世田谷線を知らなかったの?」と 半ば馬鹿にされた。でも古いものを知ることはいいことだなあと改めてこの電車に感謝した。
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Drの四方山日記(66)

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 昨日の日曜日、久しぶりに休日が取れたので遅めの起床をし、1時間のウォーキングを楽しんだ。昼食後、仲間と千葉県幕張市にある新しいタイプのショッピングセンター(会員制倉庫型店舗)に出掛けた。このショッピングセンターは会員制で1980年代に急成長を遂げた店舗である。

このショッピングセンター「コストコ」は最初1976年カルフォルニア州サンディエゴにある飛行場のいらなくなった格納庫を改造して作られた。名前が「プライスクラブ」という倉庫店であった。続いて1983年に「コストコ」の名でワシントン州シアトルにオープンした倉庫店がある。この両店がそれぞれアメリカで急成長し、1993年に新しく合併し「プライスコスコ」という名で206倉庫店を有して年間1兆6000億円を売り上げた。その後海外へ進出しカナダ・イギリス・韓国・台湾など世界中に数百店舗を有する企業として成長した。日本には1999年福岡に1号店がオープンし、現在は5店舗ある。今後は各地に出店が予定されているという。

この倉庫店「コストコ」の企業理念は「常に経費を節約しその分を会員の皆さんに還元していく」というもので会員制のシステムを取り“会員の皆様への可能な限りの低価格”を目指しているという。この店の特長は各種商品の低価格、会員証が世界の数百店舗で使用可能、商品について満足できなければ全額返還するなどユニークな方法で多くのファンを獲得している。まさに新しいタイプのショッピングセンターである。

 何しろ倉庫を改造しているので広く鮮魚、精肉、青果などの食品から家電、日曜雑貨、インテリア、貴金属、OA機器など品目も多彩で、驚くなかれおもちゃやシニアの介護用品まで販売している。私の家族も「コストコ」好きでクリニックで必要な用品や家庭用品を購入しに時々出掛けている。最近はどうも世知辛い世の中のせいか、このような倉庫式店舗やアウトレット的ショッピングセンターなど激安店があちこちで増えている。おそらく日本の消費者は物価が高すぎると感じている人が増えてきたのではないだろうか。このような店舗が増えることは我々にとってもおおいに生活の援助になるので、日本の企業と良い意味で競争して国民に喜こばれる店になって欲しいものである。

■関連サイト
http://www.costco.co.jp/- コストコホールセールジャパン

Drの四方山日記(65)

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64.jpg 7月1日にたばこが値上げされるという。それに合わせたかのように某製薬会社が喫煙者の意識調査を行なった。それによると、依然たばこの値上げ後も過半数が喫煙を続けると答えたが、今回のたばこの値上げで禁煙を考えている人が35%にも上ったという。

もちろん大都市と地方とは格差があり、大都市圏の方が地方都市より禁煙の傾向が低いといわれている。最近ではレストランやファーストフード店などでは喫煙席が減らされたり、飛行機や新幹線など交通機関でも全面的禁煙になったりしている。なぜこうも禁煙が騒がれるのか? それは昔から言われるように「百害あって一利なし」という言葉が認識されているかのようだ。たばこはナス科の一年草で花は管状で赤または白色、全草有毒で食用には向かない。昔は観賞用または薬用に栽培されていた。葉はニコチンを含みそれを加工して喫煙用に用いた。日本には16世紀に九州に渡来したといわれている。言うまでもなくたばこの成分は人間の体に害になる。肺がんに始まって脳卒中、アトピー性皮膚炎、喘息、不妊症など病気を引き起こすことが分かってきている。。たばこは喫煙者だけの問題ではなく吸わない周りの人間に影響をが出ることを忘れてはならない。特に家庭での喫煙は子供の体におおいに影響をもたらすことを考えて欲しい。

 今回のたばこ増税による値上げで喫煙者の禁煙が促進すれば、もっと国民の健康増進に貢献できると私は確信している。世界をみてもたばこ税の増税によるたばこ値上げが消費量の減少に一役かっていることは事実である。イギリスの例でいえば1981年に20%もの値上げをおこなった結果、消費量が16%も減少したという。私も25年前まで超ヘビースモカーで1日3箱吸っていた。当時は喘息持ちだったせいもありいつも“ゼイゼイ”と苦しんでいた。しかしたばこを吸わない今はゼイゼイ音もなく健康で快適な生活を送っている。

■関連サイト
たばこ税増税に伴う製造たばこの小売定価改定の認可について-JT日本たばこ

Drの四方山日記(64)

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63.jpg 22日(日本時間23日早朝)ドルトムント競技場で日本対ブラジル戦が行なわれ、決勝進出へわずかな望みを託したが、4対1とブラジルに完敗した。日本の予選3試合は全てにおいて課題を残した大会であったように思う。その一番大きな課題が試合後半のもろさである。前半でいい試合をしていても後半、特にラスト10分を切ったときに決まって相手チームに大量点を取られて負けるのが日本のパターンである。では、なぜそういうことが起るのか。その一つに選手の精神面のもろさがある。つまり「勝つんだ」という気持ちが、「勝つだろうか」というジレンマに陥ったことである。確かに日本のサッカーは日々向上しているが何といっても日本のプロサッカーの歴史はたかだか10年である。他のサッカー王国と比べるとシュート、パス、連係プレイなど、どの技術を比較してもまだまだ日本は世界に追いつけない状況にある。しかしマスコミ等がどうも日本サッカーを過大評価して、まさに世界レベルの域に達したかのように報道し我々国民を熱狂の渦に巻き込み、負けると手のひらを返したように沈黙するやり方はどうも私にはついていけない。もっと日本サッカーの実力をきちんと報道し温かい眼でサポートしたら、にわか仕込みでない本当のファン(サポーター)がつくのではないだろうか。

63b.jpg日本チームはまだまだ成長過程にあり、アジアだけで満足せず世界に通用するチームになったときが本当の実力がついたといえる。ワールドカップという舞台で経験を積み超一流のチームのプレイを見ることで、これからの本当の実力を持った世界で通用する日本チームが出来上がるのではないだろうか。日本サッカー協会も今回の敗戦を教訓にしてJリーグのレベルを上げ、世界との差を縮めることを課題にして、日本サッカーの再生に勤めて欲しい。

Drの四方山日記(63)

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62.jpg 何年か前までは会社で残業するよりデートなど自分の時間を優先して過ごしたい若者が多かったが、最近の民間の研究機関の意識調査で「デートより残業」を選ぶ若い人が増えてきたようだ。どんなドライな若者でも不況になると仕事を優先しないとやっていけないことを少なからずも認識してきているようである。会社を辞めてフリーター(社会とコミュニケートしているが組織に組み入れられていない人たち)やニート(社会とコミュニケートしないで自己にこもろうとする人たち)にはさすがになりたいとは思わないようである。やはり景気の動向が気になり、会社の都合を優先しなければという心境になるようだ。

特に新入社員の『働くことの意識』では「仕事を通じて人間関係をおおいに広げたい」、「社会や人から喜ばれる仕事がしたい」、「いざというときのために専門技能を身に付けたい」が上位を占めている。また、仕事中心かどうかの調査では「仕事と生活の両立」が圧倒的で「仕事中心」や「生活中心」を大きく上回っている。

62b.jpg どんな時代になっても日本人は“まじめ人間”のようである。これは日本人特有の姿であるかもしれない。年配者から若者へ和洋屈折しながらも日本人の勤勉さは受け継がれているようだ。ただ、時代を反映してか仕事内容も大幅に変わり、出世より自分の能力、個性が生かせる業務や楽しくできる仕事をしようとする若者が増えてきている。われわれ団塊の世代の人間と違って、合理性の中に自分というものをしっかり入れていることは素晴らしいことである。たとえ他人にどう思われようとも明るい気持ちで積極的に行動し、自分らしい生き方をすることは自分のため、延いては人のためになる。

Drの四方山日記(62)

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61.jpg 最近若い世代から中高年にかけて静かなブームになっているものに『プチ断食』がある。若い世代は一種のダイエットに、中高年は健康維持のために用いているようだ。もともと断食は昔から宗教の修行の一つとして用いられたもので、その中でも有名なのがイスラム教のラマダーンである。


61b.jpgこれは一ヶ月間行なわれるものでイスラム教徒の代名詞にもなっている。ただ宗教的修行は「断食」ではなく「絶食」という表現が使われる。正式な断食は<断食に入る前・断食中・断食から回復>という手順によって行なわれる。しかし巷でいうプチ断食は短期断食でジュースや一食ないし二食の食事を抜いてすることのようである。プチ断食の目的は“体重を減らす”ことよりも“体調を整える”ことにあるが、自己流に解釈して自己流の方法を行なうと、ダイエットの効果もないし逆に危険を伴うこともある。断食のメリットは体への負担を少なくすることであり、毎日使っている胃腸を休め、内臓本来の持つ活力をよみがえらせることにある。若い人で何度となくダイエットに失敗している人には、このプチ断食は逆効果になるのでやらない方がいいようだ。

若い人のダイエット目的の簡単な断食の方法は普段の食生活の量を少しずつ減らす方法である。自宅でできて危険がほとんどなくリバウンドもしにくいので最高の方法かもしれない。中高年にとってこのプチ断食は血糖値や中性脂肪の減少、便秘解消効果があり、また毎日の煩雑な生活から開放されストレス解消にもなるので一種の精神療法の役目もしてくれる。またデトックス(解毒)にも効果があるようだ。

61c.jpg 理想的なプチ断食は、自然に食べる量を減らし早食いをせずしっかり噛むことを心掛ければ腹六分になる。それでももう少し食べたいなあと思うところで止めるとそれが腹八分になる。昔の言葉に「腹八分に医者要らず、腹十二分に医者足らず」というのがある。腹いっぱい食べることはどんな場合でも健康には良くない。まず“小食は健康の原点”ということを忘れずにプチ断食をするのもいいだろう。ともかく現代の日本人は5人に1人が肥満であると医療機関の調査によって発表されている。肥満は病気の原因にもなるので、プチ断食のやり方をきちんと把握して行なうことが健康の秘訣である。

※近日中に当センターのNMNでダイエットコーナー(連載や情報など)を開設します。ご期待ください。

Drの四方山日記(61)

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60d.jpg 一昨夜、日本対クロアチアの対戦が終ったが、未だ興奮冷めやらぬためか、連日テレビの各局でこの試合の場面を放映している。ワールドカップも11日目を迎え、決勝リーグ進出16チーム中半分の8チームが決まった。しかし、日本のいるF組は未だ決まらず22日(木曜日)に結果が出る。それにしても日曜日のクロアチア戦の引き分けは残念というか悔しい思いをした一戦であった。


60b.jpg試合後、テレビ・ラジオ・新聞など各マスコミは一斉に日本チームの健闘をたたえる報道や、出場した選手もコメントしているが「負けなかったことを評価したい」や「引き分けてよかった」など私には全く理解できないことだ。現実はもう後がなく首の皮一枚どころか99%決勝進出が不可能なのにそのことを選手自身は強く認識してないようである。まさに「サムライブルー」のユニホームが泣いている。日本代表のユニホームであるブルーは実は青色ではなく、藍さである。藍さは海色、瑠璃色、空の色で活力を意味し、『飛翔の力』を表わす。つまり“飛べば必ず天に到らん”といって飛ばなければ天に届かないですよという意味合いを持つ。日本人の顔立ち、心情に藍が最も相応しく、おそらく日本サッカー協会もそのような意味から選んだのではないかと思われる。

 さて今回のクロアチアとの試合について老婆心ながら分析してみると、先ず言えることは海外組と国内組との考え方や連係プレーの相違がみられたようだ。海外組の中心的存在は中田(英)選手で国内組は今回のチームの主将である宮本選手である。2人には戦略的に考え方に大きな違いがあり、前者は「相手より多く走って積極的に戦う」現実論をいい、後者は「90分フルに走ることは難しい、自陣に下がって守っていくことが最重要である」と理想論を描いていたが、このことが試合の結果として出た。

60c.jpgもう後がない日本代表であるのだから、選手や監督は開き直ってブラジルとの試合を戦っていかなければならないし、もっとミドルシュートを打って積極的に試合をし、決定打をつくって欲しいものである。内容はどうであれ、勝つことしかない現状をよく把握をして、ジーコ監督の采配に日本国民は期待したいものである。決勝リーグに残るか、残らないかはどうでもいい、明後日(木曜日)のブラジル戦には今までの最高の試合をし、応援している1億人の国民を魅了してくれることを願っている。0.01%のWBCの再来を信じて、日本がんばれ!!

Drの四方山日記(60)

KE180617.jpg 最近予防医学の大切さが叫ばれていますが、近年歯科の分野にも「予防」という考え方が取り入れられ、予防歯学として研究されるようになってきました。歳を取れば歯を失っても仕方がないという考え方が日本でも浸透し、半ば諦め的な状況でした。しかし、歯科の先進国である北欧の予防医学が日本に導入され、今まで歯の治療やインプラント中心の方法が大きく予防歯学に変わりつつあるようです。北欧、中でもスウェーデンでは1970年より大規模な予防プログラムを導入し、国民の歯の健康状態が飛躍的に向上してきました。

世界で初めて虫歯の予防の重要性を提唱したのがスウェーデンのイエテボリ大学といわれています。1960年から長期にわたる研究調査を実施し、対処療法中心だった歯科治療が根本的に覆されてきました。その第一の重要な点は「虫歯や歯周病など口腔疾患予防には歯垢除去(プラークコントロール)が最も有効だ」ということが発表されました。その1つとして歯垢の付着と歯肉炎、虫歯の発症状況関係について追跡したことでした。2週間に一度プロによるクリーニングやブラッシングを指導したグループと、一般的な治療だけをしたグループとに分けその比較を行ないました。その結果前者のグループが圧倒的に良い状態を表したのです。これを元に歯のメンテナンスによる治療の重要性が証明されました。

 日本の歯科では一度治療して「何かあればまた来院して下さい」といわれます。しかし、また同じ状況になりうることが当然考えられます。治療後きちんとメンテナンスを続けていれば再発や新たな病気を予防することができるのです。これは歯科の分野にとどまらずカイロプラクティックの分野でも同じことがいえると思います。最近日本でも歯科衛生士が増え、あちこちのクリニックで見られるようになりました。歯科衛生士は単なる治療の助手ではなく直接患者さんの口腔治療を責任を持ってする資格であると位置づけられてきています。ただし、大きい歯科医院では可能ですが少人数でやる歯科医院ではなかなかこの歯科衛生士を導入することは難しいのです。北欧では20歳未満ならメンテナンスや治療は無料だといわれています。それは子供の時から歯の治療をすることが何より大切だと考えられているからです。日本も政府が本格的に歯科の分野に力を入れて北欧並の治療にすれば、歯の丈夫な子供が増え大人になっても虫歯に悩まされることがなくなり、また歳を取っても歯が抜けるということが最小限に食い止められるのではないでしょうか。歯は通常永久歯が28本あります。その歯の生存は日本では80歳で8本、スウェーデンでは15?20本だといわれています。確かに最近の日本では毎食後歯磨きを欠かさない人が増えています。しかし弱りきった歯茎をごしごし磨くと知覚過敏になったり歯肉を傷つけたりしてしまうので、きちんとプロの指導を受けてするべきです。

 最後に言えることは、私自身の経験上悪くなってから治療を受けるのではなく“一度治療したら二度と悪化させないこと”がもっとも重要だということです。

〈参考文献〉
 『朝昼晩 歯と歯磨き科学デンタルマガジンNo.17』歯と身体の科学 スウェーデン予防歯学

健康コラム

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59.jpg ある新聞の社会面に04年8月に交差点内で起こった歩行者同士の衝突事故の記事が掲載されていた。転倒し負傷した93歳の女性が「骨折で右足に障害を残った」として相手の27歳の若い女性に賠償を求め、裁判所は15日に慰謝料の支払いを命じた。

このニュースを読んで驚きと同時に呆気にとられた。90歳を越えたお年寄りが健康な成人とぶつかった場合、いかに大きな衝撃といっしょに負傷するかは目に見えてわかることである。ましてや若い女性は友人とぺチャぺチャ話しながら全くまわりを注意せずに歩きお年寄りに衝突したという。社会的にとってもまさにルール違反である。私も歩道を歩いていてよく自転車と衝突しそうになったり、携帯電話を片手に話をしながら歩く若者とぶつかったことが何度かある。幸い私も若いので何ら体に異常もなくその場を通り過ぎたが、これが80歳、90歳のお年寄りだとしたら当然けがをしても不思議ではないと思う。

きちんとした規則はないが社会の常識として「健康な成人は道を歩く際、高齢者や幼児、身障者らに進路を譲ったり、減速や止まったりすべきである」明記こそしてないが大人として当然のルールであり当然守らなければいけないことである。この事故はこれから高齢者になろうとする我々団塊の世代におおいに関わってくるように思えてならない。もっと人間同士注意して歩行すれば何ら問題が生ずることではない。もちろん車についても同じことがいえるのではないか。

Drの四方山日記(59)

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58.jpg あさっての日曜日は父の日である。ある保険会社の意識調査によると、父に送る漢字は感謝の「謝」が第1位で、第2位が愛情の「愛」、第3位が健康の「健」であった。では息子が父に送る言葉は尊敬の「尊」、娘は優しいの「優」であると結果が出た。父の日は母の日と違って意外と忘れられる存在のようだ。日本人的感覚からいくと感謝の気持ちがあっても上手く言葉に表せなかったり、照れくさくてプレゼントなど物を渡すなどの行為はなかなかできない国民性であるようだ。しかし最近ではやっと素直に感謝を表す若者たちが増えてきているようだ。

 では父の日はいつから始まったのだろうか。1909年アメリカのJ.B.ドット夫人が5月の「母の日」に対し「父の日」がないのはおかしい、母に感謝するのだから父にも感謝するのは当然ではないかと教会の牧師さんに嘆願したのが始まりだといわれている。ドット夫人の家庭では自分たちが幼い頃に母親を亡くし父親が男手一つで男の子5人、女の子1人を育てた。その末っ子であったドット夫人が貧しく再婚もせず子供のために働き続けたお父さんに感謝したい気持ちを表した。その気持ちが全米に広がり1972年にアメリカの国民の祝日となった。日本では1950年に父の日が設定され、1980年に現在のように定着した。日本では父の日に黄色の花を贈るといわれている。またお隣中国では黄色は「幸福の色」とされ“喜び”“希望”“楽しみ”“向上心”の意味が込められているという。

昨今、親子間の事件が相次いでいる中、この「父の日」を機会に、マスコミなどは“親子の固い絆”の必要性を報道し、お互いの感謝の気持ちを伝え合う心のメッセンジャーとなれれば、痛ましい事件や家庭内暴力などが幾分かでも起らなくなるのではないだろうか。

■関連サイト
父の日特集2006-楽天市場

Drの四方山日記(58)

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57.jpg 今、にわかに男性の料理が人気を集めブームになっている。テレビの番組も各局で趣向を凝らして男性の有名人やタレントを登場させている。どうも“料理ができるカッコよさ”が女性にモテているのが原因のようだ。一昔前までは料理は女性の仕事、プロ職人以外は「男子は厨房に入るべからず」というのが定説であった。しかし現代の世の中は欧米ナイズしてキッチンや厨房に入って美味しい料理を調理することが若い女性にモテるようである。また定年を迎える世代や既に定年を迎えた人たちにとっては高齢社会を快適に過ごすためには絶好の機会であり、夫婦円満のためには必須条件になってくるようである。

 若い世代男性の調査では10代は「男も料理ができた方がかっこいい」、20代は「男も料理する時代だと思う」、30代は「自分で美味しいものを作れるようになりたいから」である。食に関しては食べることだけではなく、自分で美味しいものをつくることや人に食べさせることに関心が集まっている。

 次にシニア男性の調査では「ほとんど料理をしない人が減り、月に2回程度する人が増加」、「1人になっても困らない自信がついた」、「料理のレパートリーが広がったことで食文化に興味を持つようになり、生活の楽しみができた」などの回答を得たという。

 生きるための基本である食事は、毎日作ることで自分や家族の健康を守り、食べる喜びを与えてくれる大切なものである。老若男女問わず料理をする姿はカッコ良く、見る者の心に響くものだ。

Drの四方山日記(57)

Oisix(おいしっくす)/Okasix(おかしっくす)

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56.jpg 4人の若者が深夜無断で鉄道の線路内に立ち入り、レールに座って騒いでいたのを地元の住人が見つけ警察に通報した。取り調べで4人は「アメリカ映画『スタンド・バイ・ミー』を思い出し青春の思い出づくりのため線路内に入った。」と話した。聞くところによると、この若者たちは現在京都の有名大学に在学の3年生だという。彼たちのいう映画『スタンド・バイ・ミー』は1886年に大ヒットした映画で、心に傷を持った12歳の少年4人が好奇心から線路伝いに死体を探しに出るというストーリーで、その道中に少年たちの「早く大人になりたい」といった純粋な願望を表す言葉・行動・心理などが少年たちの友情という形で表現された映画である。このように恵まれない子供たちの行動心理を描いた作品なのに、今回の大学生たちはどの場面を真似てこのような行為に出たのか理解に苦しむ。彼たちは何も不自由がない時代に生まれ、何の苦労もなく育っただけに、何か刺激を求めて今回のような突拍子のない行動に出たのではないだろうか。彼たち4人は大学で一体何を学んでいるのか。通学している大学は国際主義とキリスト教主義を建学の精神として、その教育理念である「豊かな知識を持つと共に自由と愛そして個々の人格を重んじ熱い心を持って国際社会に貢献する人を育むこと」を目的としてその精神からいくと今回の行動は社会のルールを無視した良識ある判断を怠ったのであるから、何を言わんかやである。確かに最近の若者は自由と平等をはき違えて発言や行動をしている節がある。せっかく最高学府で学んでいるのだから、もっと人間的に成長し社会に役立つ人間になって欲しいと願うばかりである。

Drの四方山日記(56)

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55.jpg 昨夜はサッカーW杯1次リーグ第4日目に入り、いよいよわが日本が登場した。日本中の期待を一心に集めたオーストラリア戦は後半の残り6分に逆転され痛恨の敗戦になった。では何故日本は勝利することが出来なかったかをスポーツ好きの私が分析してみると、先ず考えられるのが両監督の采配にあると思う。相手方ヒディング監督は計画性がありそれを実行することで運を呼び込む。それに対してジーコ監督は世界を魅了したスター選手だっただけに「自由」を与え、選手自身の応用力と適応力に賭けた。しかしこのW杯の大舞台では日本選手は十分に力を発揮するまでには成長していなかったようだ。

 この試合に関して、ヒディング監督はいつも使う3?4?3の布陣をやめ中盤より3?5?2に切り替え日本の中田選手や中村選手を徹底的にマークし、つなぎのサッカーをさせなかった。特に後半に2人の選手を起用して得点力を補強した。秘密兵器といわれる長身192cmのケネディ選手を投入して肉弾戦に持ち込み、疲労が蓄積した日本にダメージを与えた。それに対してジーコ監督は自分の描く最小得点である1点に抑えることができず、焦りが加わってかつて経験したことのない敗戦になってしまった。それと今回の試合を見て感じたことはヨーロッパサッカーを経験した選手と国内のリーグでプレイしている選手の溝をうまく埋めることができず、つなぎのサッカーができなかったことが大きな敗因の一つではないだろうか。日本のサッカーはやはり南米サッカーに近く基本に忠実で肉弾戦を用いることを非常に嫌った。しかし日本が初出場した1998年のフランス大会ではヨーロッパサッカーである肉弾戦を経験していないため惨憺たる成績で終わり、その後2002年の日韓W杯でヨーロッパサッカーを用いてそれなりの成績をもたらしたのは記憶に新しい。今回はサッカーの神様といわれるジーコ監督を迎えて、南米とヨーロッパサッカーを念頭に入れた陣営を組み立てて望んだ大会である。

 まだW杯は始まったばかりである。この敗戦を教訓にして次のクロアチア戦とブラジル戦に向けチームを立て直して望んで欲しいものである。

Drの四方山日記(55)

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54.jpg 日曜日の朝7時に起床して、毎月1回の「お散歩の会」に参加した。今回は相模原公園の花菖蒲とその周辺の散策を楽しんだ。ただこの日は朝から雨が降りだしていて、果たして決行されるのか不安を抱いて8時46分の電車に乗車した。1時間後、集合場所である神奈川県の原当麻駅(JR相模線)に到着した。途中電車に乗り慣れない私は1本電車に乗り遅れながらも何とか辿り着いた。今回の参加者は9名であった。それぞれの違う職業の人たちが都会の雑踏を離れてゆっくり自然に触れる時間を共用しようと集まっているせいか、のんびり散策を楽しんだ。先ず雨が降っているせいもあり、女子美大アートミュージアムに行くことにした。ここでは「KIMONO小袖にみる華、そのデザインの世界」展が開催されていて室町・桃山・江戸時代の公家、武家、町民などの小袖41点などが展示され、我われの美意識を高めてくれた。次に隣接する市立麻溝公園と県立相模原公園を散策した。麻溝公園には大花壇(季節の花で彩る絵模様)、ふれあい動物広場、グリンタワー相模原(55メートルの展望塔)などがあり、特に動物広場には珍しい野鳥類が直接柵内で観察でき、日頃からのストレスを解消してくれるのには最適であった。そしてこの公園と橋(リリちゃん橋)でつながっているのは相模原公園である。この公園は3つのメインがあり、1つは花々が噴水を縁取るように咲く虹の花壇とグリーンハウスの熱帯植物園、そして118品種、2600株の花菖蒲が咲き競う「水無月園」がある。特に今回は全員が期待していた花菖蒲は公園の人に聞くと6部?7部咲きといわれたが、実際に観察して十分堪能することができた。日頃なかなか四季の花に接することが少ない私たちには十分満足できる散歩であった。
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Drの四方山日記(54)

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53.jpg 夜、何気なく雑誌を読んでいたらある記事に目が入った。それはアメリカの大起業家で世界中に愛されている「マクドナルド」の創業者レイ・クロック氏についてである。アメリカではヘンリー・フォード(自動車王)やビル・ゲイツ(IT革命の先駆者)及びロックフェラー(石油王)と並び称される人物である。


 彼は最初紙コップやアイスクリーム用ミキサーなどをセールスしていた。52歳(1954年)のときハンバーガー屋を経営するマクドナルド兄弟と出逢った。ハンバーガーの味もさることながら、ショップのシステマチックな手順方法に感動して、フランチャンズの独占契約を結び、より優れた味と品質管理を徹底して行い全米から全世界への進出の礎を作った。

 その彼が理念としていたのが「幸運は汗への配当である。汗を多くかけばかくほど幸運を手に入れることができる」である。この理念を基に海外にフランチャイズチェーンを展開して世界一の外食王となった。このアメリカの大起業家が言った言葉が、日々額に汗する人たちには大きな励みになる。最近の起業家のようにわずかな汗で大金を手に入れようとしたり、同じ汗をかいても、働く人の汗の結晶である公金をかすめ取るのに流す汗もある。人間は額に汗をかいて仕事することにこそ働く喜びを感ずるのであり、満足がいくのではないだろうか。

■関連サイト
http://www.mcdonalds.co.jp-日本マクドナルド
USAオフィシャルページはこちら

Drの四方山日記(53)

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52.jpg サッカーのワールドカップ(W杯)がいよいよ9日ドイツで開催される。そこに日本代表の1人(?)ロンメル(ミニチュアダックスフント)が参加することになった。参加といっても競技に出るのではなく、広報犬として国際交流に貢献すべく常駐するのである。このロンメル君は10歳のオス(人間で言えば64歳)で過去に2002年の日韓大会の際、日本代表が合宿をしていた場所に飼い主である日本サッカー協会の手嶋氏(広報部長)が選手の癒しになればと連れてきたのが最初である。その甲斐あってか日本は1次リーグを突破し、その後ロンメル君が参加した試合(18試合)は無敗で今なお“不敗神話”を続けている。今回のアジア最終予選でも、日本代表監督であるジーコ氏がロンメル君の写真をひそかにポケットに忍ばせていたという。そこで日本サッカー協会が“玄を担ぐ”という意味で参加してもらうことになった。ただ、高齢のため今回の海外遠征が最後になるという。

 余談になるが、このダックスフントはもともとドイツの農夫が「アナグマ」を取るための狩猟犬としてつくられたもので、非常に賢く人間にとって癒しの役割をする犬として今なお我が国でも根強い人気がある。偶然にも私の家庭にも9歳のミニチュアダックスフンドのエース君がいる。茶目っ気がありいたずら好きではあるが、仕事で疲れた私や家族を和ませてくれたりして、家族の一員として十分癒しの役目をしてくれている。

 さあ、9日のドイツ対コスタリカ戦を皮切りに世界中が待ちに待った熱戦が開幕する。日本も12日(月曜日)オーストラリア戦を初戦に競技が始まる。このロンメル君が日本の救世主となってWBC以来の興奮を再現して欲しいと願うばかりである。

Drの四方山日記(52)

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51.jpg 昨夜、診療を終えてから友達の待つ三軒茶屋に向かった。久しぶりに2人で飲もうと約束をしていたからだ。9時ごろ合流して軽く腹ごしらえをして、以前1度友人たちと行って印象深かった「赤うさぎ」というカウンター席のパブへ行くことにした。この店は玉川通りと世田谷通りが交差するところのすぐそばで、狭い路地に安ウマ系の飲食店がひしめくレトロ調の不思議な一角にある。この三軒茶屋は世田谷区の中でも古い歴史と下町の香りを残す街で、三軒の茶屋があったことからこの地名がつけられた。関東大震災後下町から多くの商人が移住してきて発展した背景がある。そのせいか今なお庶民的な店が多く存在する。

 さて、お店の話に戻すが、この「赤うさぎ」はママ一人で切り盛りするパブで、本職は劇団に所属する女優さんである。ママがある舞台で演じた役柄が○○うさぎであったことからこの店の名前がつけられたと私たちに教えてくれた。ちょっと粋でそれでいて思いやりのある女性で、何となく足を踏み入れたくなる雰囲気を持つ。店の中にはボトルが棚に所狭しと並び、そのほとんどが赤兎馬(せきとば)というラベルが貼られたものであった。

51b.jpg赤兎馬は「三国志」に登場する最強の馬を例えたもので、馬中の赤兎といわれている。ともかくこの店は不思議とまた来たくなる雰囲気をかもし出しており、時間を忘れさせてくれる何かがある。疲れた体を癒し元気を起こさせてくれるこの店は私や友人にとって一種の滋養強壮の役割をしてくれる。

Drの四方山日記(51)

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50.jpg このところ街で風呂敷を持った若い女性を多く見かける。私の患者さんの中にもいろいろなロゴ入りの風呂敷を持った人がいる。何故こうも風呂敷が活用され出したのか。その理由に環境問題があるようだ。ごみの減量対策を考える上で包装紙やレジ袋に変わる代用として国がメディアを通じて風呂敷の使用を推奨している。

風呂敷の語源は風呂に敷く敷物で、衣服を脱ぎ着するのに床に敷いたことからこの名が付けられた。もともとお風呂は仏教の伝来と共に中国から伝えられたものであり、禊や儀式のために僧侶が体を清めるもので、戦乱の後民衆にも施浴が許された。その頃は“蒸し風呂”のようなもので蒸気を拡散させるため「すのこ」や「むしろ」などが床にしかれたのが本当の風呂敷の始まりであるようだ。室町時代大名たちが大湯殿に入るために衣服を間違えないために家紋入りの絹の布に脱いだ衣服を包んだ。これが「平包み」といわれ風呂敷同様、物を包む目的から現代のような風呂敷包み、いわゆる風呂敷ができあがった。

最近は呉服屋だけでなく一般のストアでも売り出されている。昨年の暮れから環境大臣の呼びかけでごみ減量に手軽に取り組めることを訴え大きくPRしだしてから、エコとファッションの融合を目的に百貨店や専門店が売り場を拡張したりイベントを開いたりして販売に力を入れたため、若い世代特に女性に火がつき今やブームになっている。古臭いイメージから脱却するために、トランプ柄、スヌーピーなどのキャラクター柄を用いたものまで登場した。ブームになる前、風呂敷は贈答品を包んだり弁護士が書類を包んだりして愛用していたものであったが、今や風呂敷は環境問題に欠かすことのできない日用品として重要視されている。昔からの古いものの復活は現代社会に何か一石を投じたようだ。

参考資料:東京ふろしき振興会

■関連サイト
風呂敷専門店ふろしき屋






Drの四方山日記(50)

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49.jpg 先週の土曜日(3日)に起こったエレベーター事故についてマスコミが取り上げ、いろいろと論議が起こっている。16歳の高校生がエレベーターの床と天井部分に挟まれ死亡したこの事件は、痛ましく家族の心情を思うと察するに余るものがあるが、この住宅公社では過去3年間に41件の故障やトラブルが発生していた。もちろん管理会社は月2回の点検に万全を期してやっていたようだが、なぜかまたまた事故が発生してしまった。

過去にもエレベーターやエスカレーター、自動回転ドアなど自動装置の事故が多発し問題になっている。人間が作る文明の力は便利であるが、反面絶えず危険を伴うものである。特に事故に遭遇するのは高齢者や幼児に多く今や社会問題になっている。ましてや今回の事故は一番成長期の活発な年代にも関わらず事故が起きたということは、何らかの原因がありその原因を究明しない限り事故は再び起こり得る。決まって事故が起った時、マスコミは原因を追究してみないで責任追及ばかりしたがるのはいかがなものか。二度と事故を起こさないためにももっと原因を追求してみんなが気をつければならない。しかし、どんなに気をつけても事故や事件は起り得るものである。自分自身の中でしっかりした気持ちで生活していくことが何よりも大切だと思うのは私だけであろうか。

■関連サイト
駆動の仕組み-社団法人日本エレベーター協会

Drの四方山日記(49)

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48.jpg 朝のウォーキングを終え、午後より大学時代の後輩の家族と一緒に食事をした。東京の郊外八王子にある豆腐屋である。東京ではめずらしく江戸情緒を偲ばせる料理屋で、玄関ののれんをくぐり石段を下りると、江戸時代を思わせるような下町の風景が目に入ってきた。ひょうたん池、しだれ柳、赤鳥居、太鼓橋が見事に再現され、建物は江戸の庶民が楽しんだであろう古風な格子戸風なもの、離れの部屋や白壁の土蔵もある。ちょっとした江戸気分が味わえる処である。豆腐料理も「豆水とうふ」「くみあげとうふ」「あげ田楽」に季節の香りを味わう料理と多彩であった。

 我われは日本庭園の中にある離れ部屋で食事を堪能した。たかが豆腐と思うなかれ、豆腐の素材を調理して凝った籠や陶器(有田焼、九谷焼など)に盛って私たちの目を楽しませ、味を堪能させ楽し雰囲気や風流を感じさせてくれた。東京の雑踏の中で生活する毎日から離れてのこういう場所での憩いは、一時の疲れを癒してくれる最適な隠れ家かもしれない。
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Drの四方山日記(48)

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47.jpg ある生活文化研究所が「理想の親父」の意識調査(20歳以上)を実施したところ、「理想的なお父さん」のイメージランキング第1位が「頑固・42%」2位「真面目・35.5%」3位「頼もしい」4位「優しい」5位「厳しい」・・・9位「恐い」10位「温かい」であった。男女別では女性の第1位は「頑固」2位「優しい」3位「真面目」で男の1位はやはり「頑固」2位「真面目」であった。娘から見ると“頑固ですぐきれるし、怒鳴るし、それでいて気が弱くて、いいところが一つもない。しかし怒りながらもいつも子供たちのことを心配してくれる。”
つまり頑固なりにも頼りがいがあって「優しく家族を見守ってくれる。」これが理想的な父親であるようだ。

 では人物像(著名人)では1位が野球の星野仙一氏、2位が所ジョージ氏、3位は宇津井健氏、高倉健氏であった。7位にテレビのドラマ「親父」で好演した渡哲也氏が入っている。

47b.jpg 私の親父のイメージは職人気質で仕事には厳しく、妥協を許さないものである一方、我々子供たちには優しく、手を一つ挙げないお父さんであった。特に自分が窮地に立った時に的確なアドバイスをくれたことに今でも感謝している。では自分の息子にとって親父である私はどうか。おそらく頑固で恐く融通の利かない親父だと思っているかもしれない。なかなか自分を評価するのは難しいものだ。しかし絶えず子供のために良き理解者になろうと努力はしているつもりだ。女性が強くなった現代でも親父は威厳を守って家族のために頑張ってほしいものである。

Drの四方山日記(47)

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46.jpg 昨日、民間委託による駐車違反の取締りが開始された。当初は山口市を除く、45都道府県所在地や政令指定都市102市町と都内12区の計240署管内で行なわれる。しかし、実際は民間監視員の不足から主要大都市しか取り締まることができないようだ。この新制度は国民にとって実際に役に立つのか無駄なのかはこれからの動行によって決まってくる。確かにこれだけ多い車社会で仕事、買い物、飲食において路上に駐車することは異常に難しく、特に東京や大阪などの大都市では駐車場を確保することが困難な場合が大々にしてある。それを考えず、「発見即摘発」するのは、車に乗る1人として疑問を感じる。確かにこの頃の路上駐車は目に余るものがあるが、運送業や荷降ろす職業などの取り締まりは死活問題ではないかと思う。もっと国民が納得し理解を得る方法を考える必要があるのではないか。警察庁も単なる外国での実例をまねするのではなく、国情を特に道路状況を考慮し取り締まるべきである。私は違法駐車を取り締まることに反対しているのではなく、もっと国や都道府県が現車輛台数に見合うくらいの駐車スペースを確保してから取り締まらないと、マスメディアが報じているように、民間人が違反を認定することへのドライバー側の反発などから、現場でトラブルが起こるとも限らないと危惧しているのだ。

■関連サイト
道路交通法改正-警視庁

Drの四方山日記(46)

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54.jpg6月に入るとうつ病的な人が増える傾向にあるようだ。いわゆる5月病の延長である6月病が始まる。この病は医学用語にはない。あるとすれば適応障害(不適応反応)である。体が気候、食物、外敵、生活条件などの環境に応じて自らの欲求を満足させていくのが適応であるが、その対応が上手くいかない状態を適応障害という。よく学生や新社会人が4月から新生活がスタートして仕事に慣れようとして一所懸命に頑張るが、5月頃から6月にかけてその反動からストレスがもろに溜まってうつ病的症状になってくる。

6月病は身体的なものと精神的な症候があるといわれ、身体的症状としては疲れやすい、朝が起きれない、めまい、食欲がないなどで、精神的にはやる気がまるでない、イライラする、不安や焦りを感じるなどが主な症状である。特に今年は気候の不順や気圧の変動から6月病が増えそうである。その上梅雨に入ってくるとますます憂鬱になってきそうである。私はこういう時期だからこそ好きなことを積極的にやったり、時間が空いたら旅行に出かけたりしてストレス解消を図ろうと考えている。これからくる暑い夏を乗り切るためにも今から元気を出して楽しい毎日を送ろうと思う。

Drの四方山日記(45)

2009年6月

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