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第88回全国高校野球選手権大会は21日決勝戦の再試合で早稲田実業が見事熱闘を制し、夏の甲子園初制覇を遂げた。1915年の第1回大会から通算27度目の出場で初の全国制覇を果たした。57年王貞治(現ソフトバンク監督)を擁して春の選抜大会では優勝していた。
今大会で早実のエース斉藤祐樹選手は7試合通算948球を1人で投げぬき注目を浴びた。クールでイケメンの彼が優勝するために無駄なことを一切省いて、効率よく力を発揮した投球はまさに「戦術家」である。おそらくこれから駒大苫小牧の田中将大投手同様に将来のプロ野球のスターとして活躍が期待される。
今大会でクールな王子様として女子高校生から絶大なる声援を受けた、祐ちゃんこと早実のエース斉藤投手が甲子園アイドルとして新たな伝説をつくった様にこれまでも甲子園では多くのイケメンが活躍し、いわゆる甲子園のアイドルとしてもてはやされた。
戦前では14歳の史上最年少エースとして堂々ベスト4に進出し、甲子園の元祖アイドルとして人気を博したのは大阪・八尾中の稲若博(29年春)が最初だといわれている。戦後は小さな大投手として無名校を頂点に導いた長野・飯田長姫の光沢毅(54年春)に全国の女性が熱狂した。その後明大を経て社会人で活躍するも事故で両目を失明、明大の替え玉入試事件などに関係して世間から忘れ去られた。
56年夏に早実の王貞治とのライバル左腕対決を制し準優勝した岐阜商の清沢忠彦は、女学生から多くのファンレターが届けられたという。その後、元巨人軍で活躍した神奈川・法制二の柴田勲(60年夏・61春)が甲子園のアイドルとして決定的なものとした。
60年?70年代は69年夏決勝で松山商業との延長18回で0対0、再試合で惜敗した青森・三沢のエース太田幸司が甘いマスクで日本中の女性を魅了した。しかし、プロ野球では大成しなかった。翌70年には和歌山・箕島の左腕として甲子園を沸かせた島本講平投手が春の選抜を制し、夏の大会には警察官20人が試合後のバスを徹底ガードするほどだった。いわゆる親衛隊の走りといわれた。73年春・夏で活躍した広島商業の左腕佃正樹。74年夏は東海大相模の原辰徳が親子鷹で甲子園4度出場し注目を浴びた。その爽やかさは現在でも巨人軍の監督として引き継がれている。
77年には前橋工業で甲子園に3度出場したイケメン投手がいたが、2年前に強盗殺人容疑で逮捕。無期懲役の判決を受け獄中生活を送っている。
80年夏には早実の1年生投手荒木大輔が人気を独占。その後皆さんご存知のPL学園KKコンビが活躍人気を博した。近年では宮城・東北のダルビッシュ有投手が注目を浴び“ちょいワルエース”という名前を頂戴し、現在日本ハムで活躍している。
以上、甲子園はアイドルとして伝説をつくった歴史がある。今大会の“祐ちゃん”も正統派アイドルとして甲子園の歴史に名を残すであろう。
参考資料:スポーツ報知
Drの四方山日記(111)