日本に残る「女紋」

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121.jpg 「地方に生きる人々」と題したほのぼのとした情報を1つお伝えしたい。それは『女紋(おんなもん)』である。母から娘へ“女系のしるし”を表したもので大まかに分けると2つあり、1つは「母系紋」と「替え紋」の継承される習慣、もう1つが継承されることが少ない紋である。これには実家の紋、私紋、アレンジ紋、通紋があるという。


 日本人であれば誰でも家代々の家紋を持っている。ただ、若い人には家紋の意味がわかっていない人が多い。家紋とは日本の文化が生んだ封建社会の象徴であった。しかし、現代のように封建制度が崩壊した世の中では本来の意味を失いつつある。それは現代社会が男女平等をうたう世の中であるため、かつての男社会に根付いた家紋に対して反発があったからである。しかし、『女紋』は男社会に反発しながら生き延びてきた継承された印である。

 では、『女紋』の歴史について述べると、起源は「源氏に敗れた平氏が残党狩りを避ける目的で余計に揚羽蝶(平家の家紋)を伝承させた」といわれる。平家の時代、女系は強く血統を大切にしていて、後世に残すため影の習慣として息を潜めてきたようだ。それが後の江戸時代に武家が嫁を嫁がせる際に、実家の家紋を持って行かせたのが始まりだといわれている。つまり家と家との繋がりの証であったようだ。もう一つは花嫁道具一式すべてに実家の家紋を施し、離婚法度の目的で家紋が使われた。つまり、離婚法度は女の所有物を勝手に持ち出して紛失すれば、生涯離婚はまかりならぬといういわれからきている。
『女紋』が一般に使われだしたのは江戸時代中期といわれ、東日本と西日本とでは習慣の違いがあった。当時東日本は武家文化、西日本は商人文化と東西別の文化が根付いていた。そのため東日本では武家社会、男社会であり家紋を大切にした。それに対して西日本の商家では表向きが男性優位であってもその裏では女性の力に大きく左右されていたため、女性が主人を立てながら家族、使用人の面倒や財政をも握っていた。そのため母系継承から『女紋が』生まれたのではないか。
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その『女紋』が最近静かなブームを起こしているようで、着物のデザインや小銭入れ、帯や紐、パンツ、手ぬぐいから、なんとどら焼きなどのお菓子にも家紋や『女紋』が焼印されて販売されている。今では女性の間でも一つのファッションとして流行しているようだ。余談になるが、女性が誰しも欲しがるルイ・ヴィトンのモノグラムは日本の家紋を元に作られたデザインだ。そのうち今には『女紋』のデザインも登場するのではないだろうか。

参考文献:(有)染色補正 森本 http://www.omiyakamon.co.jp
女紋特設ページより

Drの四方山日記(121)

2009年6月

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