2006年10月アーカイブ

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164.jpg この頃スポーツで苦労しながら復活して勝利を得た日本選手が2人いる。1人がフィギアスケートの日本代表安藤美姫選手である。彼女は今年の2月に行なわれたトリノ五輪でメダルを期待されながら15位に終わった。当時彼女に対し日本国民のバッシングは強く「もう彼女は終わりだ。浅田真央をはじめ若いスケーターに主役は移るだろう」と言われていた。それに対して「どうしても自分の“最高の舞”をして見返したかった」という思いを込めて、五輪後彼女自身原点回帰を心に誓った。その手始めとしてスケートを最初に習ったコーチの下で再度ジャンプなどの修正を行なった。またロシア人の振付師に依頼してダイナミックなスケートを習い、食事などの管理も徹底した。そのせいで体もスリムに絞られスムーズな滑りができるようになった。その結果が今回の優勝につながりミキティの完全復活となった。

 もう1人、日の目を見た選手がいる。アメリカNBLのセントルイス・カージナルスの田口壮選手である。田口はプロ野球オリックス・ブルーウェーブでは攻・走・守そろった選手として鳴らした。同期のチームメイトにはイチロー選手がおり、2人はゴールデングラブ賞の常連であった。シュアなバッティングと好守の外野手としてプロ野球を代表する選手でもあった。2001年オフ、FA宣言し当時高額の契約金と年棒を用意した阪神タイガースと、低額年棒であった大リーグカージナルスのどちらに入るか選択に困った。“安全な保険”を取るか“苦難な道”を取るか悩んだ末、何苦楚(なにくそ)という意気込みで大リーガーの道を選んだ。しかし1・2年目は開幕ベンチすら入られず、マイナーからのスタートだった。3年目の2004年6月にやっとメジャーデビューを果たした。しかし現実は厳しくマイナーとメジャーを行き来するなどレギュラーに定着できずに終わった。しかし田口はこの不調の中でも負けなかった。自分のハンディキャップである語学力を向上させチームメイトと積極的にコミュニケーションをはかった。そのせいでラルサ監督の信頼を得て3年目には開幕ベンチ入りを果たせた。もちろんレギュラーではなく守備要員や代打であったが109試合に出場した。そして4年目には143試合に出場し2割8分8厘の成績を上げレギュラーとして定着した。そして5年目の今年は134試合に出場し2割6分6厘をマークし、昨年果たせなかったワールドシリーズにレギュラーとして出場しチームに貢献した。まさに苦難の末たどり着いた世界一達成であった。

164b.jpg ともに苦難の道を歩みながらたどり着いた結果であった。どの世界の分野においても基礎や努力なしにして成功はありえない。目的意識をしっかりすることで運がつき環境がつくられていくようだ。誰しも復活や成功を夢見るがなかなか到達し得ないものである。今回の2人の優勝に拍手を送りたい。

Drの四方山日記(164)

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163.jpg 21日(土曜日)以前からお誘いを受けていた劇団Turboの公演を観劇した。この公演している駅前劇場は東京・小田急線の下北沢にあり、ここは私自身過去に車で通過したことはあるけれども東京にいながら行ったことがなかった。その下北沢駅南口を降りて目の前にある劇場だとは聞いていたが、実際に降りたら右も左もまったく分からなかった。周りは若者で街の地図らしきものがあったがそれでも分からなく、開演までの時間に余裕もあったので下北沢の街を散策した。この街の道は驚く程狭く迷路らしき路地が多く、どこへ行っていいか見当が付かないくらいだった。そこで一緒に行く予定だった友人に電話して来てもらって食事方々ショッピングを楽しんでから行くことにした。
 その日の公演場所であるビルの3階にある小劇場に入った。全席入って80?90名ぐらいだろうか。中は若者に限らず私のような中年というか熟年者も大勢観に来ていた。開演は7時半のはずだったが32分に始まった。出し物が劇団Turboの得意とする職人シリーズで今回はバキュームカーの汲み取り人である清掃局員の人情話であった。
 劇団Turboは1985年座長である井上僚章と富田誠が劇団東京ヴォ?ドビルショーに若手の団員として在籍していた。この劇団は老舗で今もテレビで活躍する佐藤B作・山口良一が在籍し、現在WAHAHA本舗で活躍中の久本雅美や柴田理恵も在籍していたという。88年この2人が劇団Turboを結成し、現在の職人シリーズを作り上げた。ペンキ屋、花火職人、チンドン屋、消防士などを取り上げ人情物に仕上げている。日常に埋もれた人々の生活を笑いをふんだんに盛り込み、様々な職業の人々の喜び・悲しみ・苦しみ・生きがいなどをストレートに演じ、観る人の心に感動を与える作品として作り続けているようだ。何しろこういう小劇場の芝居は私自身初めてだったので最初は驚いた。客席は真っ暗で素舞台に箱椅子などを持ち込む方式で、大舞台の大掛かりなセットがないかわりにビニールシートや照明をうまく使っていた。特に今回使われていたバキュームカーのホース3本はまさに本物の雰囲気をかもし出していた。ともあれ1時間20分の芝居を終えたときは舞台と客席が一体となりまさに感動と感激の渦となった。初めて観た芝居であったが役者の心が何か我々観劇者に伝わった感じがした。芝居を終えてから出演者の1人である赤うさぎの茜さんのお誘いでこの日の打ち上げの宴に参加させてもらった。ここではそれぞれの出演者の苦労話や稽古時の話、この物語の話など劇団員みんな口角沫を飛ばして話していた。その席には同じ舞台出身で現在映画にテレビに大活躍の俳優三浦浩一氏も同席し、お芝居の辛さや喜びや感動など舞台人でないと味わえない話が沢山出た。やはり本物は凄いなと改めて感動した。ところでなぜ開演が2分遅れたのか、ある劇団員が披露した。それは観劇者の1人が5分前にトイレに行き2分過ぎて帰ってきたため幕が開けられなかったというエピソードを語ってくれた。これがまさにウンの話である。こういうことは小劇場でしか味わえない良さではないだろうか。素晴らしいお芝居をもっともっと大衆に観て欲しいし演じて欲しいと私自身感じた夜であった。
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過去の記事 Drの四方山日記(125) - 三軒茶屋の赤うさぎ

Drの四方山日記(163)

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162.jpg 長崎県のある女子高の来春の入試で「箸の持ち方」を検査項目に取り入れる。生活習慣や食育に対する最低のマナーが身に付いているかどうかを見極めることが狙いらしい。そしてその結果を合否の判定に加えるという。この高校は来春普通科に40人募集しており、入試には「数学・国語・総合問題」があり、それに「箸の持ち方」を加えるというもので、試験時間は3分を予定している。試験内容は箸で豆をつまんで移動させる際、持ち方及び上手に使いこなせるかを試験官がチェックするというものだ。
 なぜこのような試験を採用するのか分からないが、私の想像によると日本人は礼儀正しく勤勉で親切な国民であると昔から外国人に認識されていた。特に女性は大和なでしこといわれるくらいおしとやかで礼儀を重んじ、お嫁さんにするなら日本の女性と言われるくらいであった。しかし最近ではどうも自らの利益だけを追い求める強欲な国というイメージが定着し、国際社会から幾多の非難を浴びているのが現状である。最近国内においても政治の乱れ、凶悪犯罪の多発、家庭及び学級の崩壊など目を覆いたくなるようなニュースが毎日のように報道されている。ではなぜこういう状況になったのだろうか。日本人一人ひとりが日本文化の素晴らしさを忘れ西洋文化を重んじた結果、わずかな乱れや歪みが生じ現代の日本の惨状をつくったようだ。日本人の基本は家庭にあり、そこに核をつくることで家庭と家族の絆を強くしている。箸の使い方は家庭において親が子に伝える最初のしつけである。正しく教えることで正しく考え行動を始める大切な行為なのだ。その意味からも基本中の基本である箸の使い方こそ我が国独自の食文化の一つと言える。子供が成長し社会に出た時、食事の席で箸の使い方一つ知らないと笑われ、その人の家庭のしつけが疑われる。それくらい箸の使い方は重要な役目を果たしていると思う。箸の歴史は日本人独特の美意識と礼儀作法を育んできた。それが日本料理の文化を作り出したものといえる。
 私はこの女子高がこういうことを試験科目に入れることは個人的に大賛成だ。それによって1人でも多くの女性が正しいマナーを身に付けることは素晴らしいことだと思う。

Drの四方山日記(162)

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161.jpg 1960年から70年代にかけて一世を風靡したプロレスラーが26日慢性腎不全のため亡くなった。その伝説のプロレスラーの名は大木金太郎(キム・イル)である。
 1958年同郷の英雄「力道山」に憧れて漁船で韓国から日本に密入国した。しかし1959年入管法違反で逮捕された。その時拘置所から手紙で力道山に身元引受人を依頼し、同郷のよしみで身元引受人となり釈放された。そして力道山の主宰する「日本プロレス」に入門した。その翌年にはその後大活躍したジャイアント馬場、アントニオ猪木が入門し「若手三羽烏」として活躍した。その後アメリカ武者修行をしWWAヘビー級世界王座を獲得するなど活躍したが、1963年12月力道山が暴漢に襲われ死亡し、それをきっかけに彼は心のよりどころを失って祖国韓国へ帰国し「大韓プロレス」を旗揚げして韓国プロレス界の発展に尽力した。
大木金太郎は真面目なくらいまっすぐな人間で力道山を崇拝し、どんなことでも耐え抜き朝鮮半島出身の英雄となっていた。現役時代、彼はほとんど反則をしなかった。それについてのある逸話がある。当時の大統領朴正煕(パク・チョンヒ)が青瓦台に大木をたびたび呼んでは「小さな韓国人が外国の巨人をやっつけることは、我々がやればできるという精神を植えつけてくれる。しかしプロレスは反則がとても多いので子供たちの教育上よくない」と解いた。それをきっかけに彼は反則を一切しなかったという。
 大木金太郎といえば「頭突き」といわれるくらい強烈な頭突きで対戦レスラーを恐怖がらせた。もともと大木金太郎という選手はキーロック・回転海老固め・X固めなど多彩な技を繰り出すテクニシャンで知られたが、ある日試合中にガラスの灰皿で頭を叩かれた。しかし彼が平然としていたら、それを見た力道山は「お前の得意技は“頭突き”だ」と進言された。それ以来彼は頭突きをメインに数々の名勝負をこなしていった。特に彼は野球のピッチャーが剛速球を投げようとするフォームをまねた一本足頭突きを編み出し、レスラーとして名を馳せた。当時世界チャンピオンであった名レスラー、ルー・テーズに頭突きを連発しテーズの怒りを買い、逆に額にパンチを受け大けがをおって病院送りにされたこともあった。またブッチャーやブラジルとの頭突き合戦も当時のプロレスファンを沸かせた。しかし、皮肉にもこの頭突きが元で脳血管疾患などの後遺症に苦しみ、彼の寿命を縮める結果となった。日本プロレス時代、下積み生活で苦楽をともにしたアントニオ猪木とは義兄弟の契りを結んでいた。ともかくこのレスラーはプロレスを愛し力道山を人生の師と仰ぎ、死ぬ間際まで日本及び韓国のプロレスの発展に尽くした。現在活躍しているプロレスラーや格闘家も彼の存在を忘れてはならない。

Drの四方山日記(161)

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Dr.中島ブログ(中島カイロプラクティックセンター広報担当 HP事務局)

W5.jpg 富山県立高岡南高校で発覚した履修単位不足問題で、日本中の高校が戦々恐々となっている。すでに全国各地の公私立高校で、必修科目が履修されず単位不足となっているのは10県65校で約1万2000人の生徒に影響が出ている。その中には必修を装った報告書を県の教育委員会に提出している「架空履修」もあったという。ではなぜそういうことが起こったのか。その一番の原因は、2002年度に当時の文部省がスタートした公立学校の週5日制が影響しているようだ。休日が増えたことで大学受験に不利なカリキュラムを強いられ、課題を消化することができないため今回のようなことが起こった。学校側も県の教育委員会に正規のカリキュラムと異なる、いわゆる「裏カリ」が常態化していったようである。ある予備校の関係者は今回の問題について「入試では世界史・日本史・地理のいずれかを選択すれば良い場合が多く、指導要領が大学受験の現実に対応してないことが原因だ」と言っている。元を正せば、文部科学省の高等学校学習指導要領第3款「各教科・科目の履修」の中にある「生徒の実態及び専門教育を主とする学科の特色を考慮し、特に必要がある場合には、その単位数の一部を減じることができる」に問題があるようだ。それなのに文部科学省は「必履修教科・科目が履修されていると思っていた。ありえない話だ。学習指導要領を守ってくれなければ、理科でも同様の問題が起きる可能性がある」と他人ごとのように言っている。自分たちが週5日制にもっていき授業時間数を減らして“ゆとり教育”をしたためではないか。まさに何をか言わんやである。すべて日本の行政はこれ然りである。ましてや大学受験の教育を推進するためには学校側も無理なカリキュラムを組まざるを得ないという状況をつくったのが今回の混乱の元である。「大学受験さえクリアすれば」の発想は政治家の「選挙に勝ちさえすれば」の考え方と何か共通しているように思える。もう少し親身になって将来の青少年の育成を考えて指導して欲しいものである。

 今回の問題は、私の故郷富山県の高校で発覚したのも自分としては何か感じさせられるものがある。ましてや日本でも富山県は教育県として名を馳せている地域である。この高校はもともと女子高であったが、数十年前に男女共学となり進学校として名を馳せつつあった。昨日私の中学時代の友人にこの学校について聞いたら、数年前に東大に1人合格したことで有名となったとのことであった。東大や京大は世界史が受験科目であるため、単位不足で受験ができないため補修を受講して単位を取ったという経緯があったようだ。このことが今回発覚の発端となった。

ともかく日本の教育もアメリカのGHQ時代につくられたものではなく日本の社会にあった、そして世界に通用するものをしっかりつくってほしいものである。時を同じくして安倍総理が「教育の改革」を公約に掲げていることは現在の日本には必至の事項であり、早急にやってもらいたいと願うばかりである。
参考資料:文部科学省 高等学校学習指導要領

話題シリーズ(5)

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160.jpg 今年は気象の変化からか北海道のお米がよく収穫できたらしい。北海道の米といえば今まで通称「やっかい道米」といわれあまり重宝されなかった。しかし、今年の気候は暖かくて日照時間が長く、寒いはずの北海道も米の収穫が多かったらしい。まさに“温暖化”さまさまである。


お米といえば「コシヒカリ」、「ひとめぼれ」、「あきたこまち」などが代表される。しかし、今年は意外や意外、北海道の「ほしのゆめ」と「ななつぼし」が17年度の食味ランキングのAランクに入った。特に札幌・東京・大阪での試食調査によると北海道米は府県産米に比べておいしく冷えても食味が非常にいいと高く評価された。何年か前までは冷めると味が落ちるとこき下ろされた北海道米が品質改良や土壌の条件などの工夫でおいしさが向上したらしい。

では北海道米の特徴について言うと、「ななつぼし」は北海道の代表品種で「あきほ」と「ひとめぼれ」を掛け合わせた物で食味と収量性のバランスの取れた奨励品種で、「ほしのゆめ」は冷害や耐冷性に優れ粘りが強くて口当たりがいい。その他に北海道の幻のお米といわれている「八十九」や、雪のようにきらきら輝く粒ぞろいと味のよさが自慢の「きらら397」 がある。「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」などはお米そのものが美味しいのに対し、北海道米は“そろ米”といわれ、他の食品とかみ合わせたハーモニー米として今急成長し、外食産業など営業用の米としては最高であるようだ。また、無洗米としても北海道米は需要が多い。

北海道は今、プロ野球日本ハムの躍進などでまさに旬である。観光や乳製品・鮮魚などの産業に加え、北海道から新たにお米をはじめいろんな分野が成長してきたことは日本にとっても素晴らしいことである。これから日本は統合されていく時代に入り、広大な国土を有する北海道はますます有効に活用される日が近いのではないだろうか。

Drの四方山日記(160)

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159.jpg 新聞の社会ニュースに面白い内容があった。「夫婦げんかで先に謝るのは夫」というタイトルで、ある生命保険会社経済研究所の世論調査で以下のことが分かった。この世論調査は全国の30代?60代の既婚男女800人を対象に行なったものだ。その調査によると夫婦げんかで“妻が先に怒り出す”と答えた人は43%、“夫が先に怒る”と答えた人より6ポイント高かったという。仲直りでは妻が先に謝るは13%で、夫が先に謝る30%の半分以下だった。世代別で見るとけんかが最も多いのは30代で、若い世代ほど女性上位のようである。これもアメリカナイズした日本の風潮ではないだろうか。

 おとなり中国では、夫婦げんかについて20歳?64歳を対象に調査を行ない、現在の中国の男女間の状況が分かった。今放送されているテレビドラマ「誰に言っても解らない」で夫婦間の暴力を主体に、夫婦とは何かを考えさせる番組で今や中国では大変な人気であるようだ。特に都市部より農村の方が夫の暴力が多いようである。

 日本でも中国でにも女性は男性に絶対服従の思想があった。つまり妻たるものいかなる状況でも夫に従え例え殴られても「死をも厭(いと)わず従う」というのがあたかも平然とまかり通ったものであった。しかし、日本は戦後の経済の復興と同時に男女平等の社会的風潮と共に、女性が強くなり今や夫が妻に従う状況が若い世代に浸透している。それが叶わぬときが夫婦の離婚の危機が訪れるようである。私の恩師がいい事を私に教えてくれた。若いときの“恋愛”は恋が中心である。恋という字は心が下にくるため「下心」といい、愛という字は心が真ん中にくるため情が湧き「愛情」となる。それを分からぬまま夫婦になり恋で終わって離婚したり、愛となって本当の夫婦になるという。その延長線上で“円熟ある夫婦”になるのである。夫婦とは他人と他人が一緒になるわけだからお互いの理解がないと、夫婦としてやっていけない。では夫婦げんかのときは謝るのはどちらからか、私は悪いと思った方から謝るのが最も平和的解決だと思うし、後味を悪くしないためにもそれがいいのではないか。また時代が時代だけに夫婦げんかのときは出来るだけ素直になることだ。ともかく女性は口達者なのだから男は偉いのだなどと威張っていないで、すっきり謝るのもかっこいいのかも知れない。

Drの四方山日記(159)

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158.jpg 日曜日の早朝、南熱海の会合に出席する為、車を走らせて向かった。会議終了後友人たちと山越えをして伊豆・大仁の温泉“百笑の湯”に行った。この共同浴場である健康ランドは歴史ある伊豆大仁金山跡地に立つ温泉施設である。何年か前、地元の友人からいいお湯があるから行かないかと誘われて以来、何ヶ月かに1度静養を兼ねて利用するようにしている。東京にも同じような健康ランドやお風呂を主体にした遊興施設が最近多くできているようだが、この大仁の温泉浴場は広大な敷地に内湯、トルマリン風呂、浮遊感覚が味わえる塩風呂、麦飯石や備長炭を使ったサウナ、紅茶・コーヒー風呂などユニークなものからいくつかの露天風呂(草津の湯など)や国内最大級の屋内砂風呂(飯砂・水砂・珪砂を使った鉱泉浴)がある。それに今度新しく岩盤浴、プールでの水中ウォーキング、フィットネスなどが加わり多種多彩なお風呂や施設が揃っている。また月に2回落語家を呼んで寄席も行なっている。一般的サラリーマン家庭や子供が多くいる家庭などはそうそう温泉やリゾート施設には行けないので、我々にとっては最高の“安らぎ”や“癒し”を与えてくれる処かもしれない。ましてやこの静岡・伊豆一帯には何十ヵ所の立寄湯的感覚の温泉が存在し、我々庶民にはまさにお楽しみ多彩なお湯処である。汗を流して明日への活力を高めるのには最高の静養地であるようだ。是非皆さんも行ってみてはいかがだろうか。

Drの四方山日記(158)

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157.jpg 18日アメリカ・ラスベガスでとんでもない事件が起こった。ピカソの名画中の名画「夢」に誤って肘が当たり銀貨大の大きさの穴を開けてしまったのだ。この作品は1932年にピカソが愛人であったマリー・テレーズを描いた肖像画で、持ち主であるスティーブ・ウィン氏が1997年に4840万ドル、日本円にして58億円で購入したもので、美術品コレクターである彼の最も大切にしていた名画であったという。

 事の起こりは、近々この絵を別の美術品コレクターに1億3900万ドル、日本円にして165億円で譲渡する契約をまとめたばかりであり、ウィン氏もこの絵を手放すことになって友人たちに最後のお別れの気持ちを込めて見ていた矢先、自ら誤って絵に倒れこみ肘で絵の中央部に穴を開けてしまった。ではなぜウィン氏は倒れたのだろうと誰もが疑問視することであるが、実は彼は64歳という年齢もさることながら目の病気(周辺の視力を損なう網膜色素変性)を患っておりどうも足元がふらついて倒れこんだのが事の真相らしい。その時の彼の言ったことがユニークである。「ちくしょー、やっちまった。でも、やったのが私でよかったよ」と言ってのけたという。これが他人であったら訴訟問題となっていたのではないだろうか。これこそまさに「夢」が「悪夢」になった話である。でもウィン氏自身がこの事実を公表しなかったが、この現場に居合わせた映画監督が彼自身のブログに書いて明るみに出たというのも、これまた驚きである。もともとウィン氏はラスベガスのカジノに2つの豪華ホテルを所有する大富豪であるため、あまり影響ないのではないかと考えるのが我々一般人であるようだ。ところでこの穴の開いた名画は一体どうするのかと老婆心ながら考えるのは私だけだろうか。これも彼の事務所の発表によると、ウィン氏が契約をご破産にし名画を修復して自分のホテルに飾る決意をしたと報じている。ともあれ人騒がせな事件であった。
参考資料:10/20 毎日新聞 海外ニュースより

Drの四方山日記(157)

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156.jpg 最近、自分の価値観についての本が売れているという。その1位が『東京タワー?オカンとボクと、時々、オトン』、2位が『五体不満足』、3位が『ぼくの靴音』と続いている。

では自分の価値観とは何か。最近発表されたある文化センターの調査によると、日本人の価値観の特徴を5つに分類している。


1つは集団志向。これは社会や家族といった中に対し自覚と責任を持って関わっていこうというものである。ただこの志向は周囲の考えに頼りがちなところがある。
2番目は自立志向。危険を伴ってでも積極的に努力・挑戦するタイプで何かにつけて前向きにトライしようとする。
3番目は快楽志向。現在を楽しむことに重点を置き、貯蓄や人間関係を大切にしない。
4番目は自適志向。気の合った仲間と楽しんだり情報交換をして暮らすタイプ。
最後は安着志向。努力や苦労を好まず周りの意見に同調し依存するタイプである。

 日本のように経済が成熟しいろいろなライフスタイルが出来上がってきた現代では、なかなか自分らしい考え方や暮らしができないのが現状である。心の豊かさやゆとりを持とうとしても社会がなかなか許さず、自分が感心を持ったことでも思うようにいかないのである。ましてや男と女となると、生まれつきの本能や役割が違うので自ずと価値観に差が出てくる。私の尊敬する恩師が“男女に差別なけれど、区別あり”という言葉を講演の中でよく話されている。家庭は母を中心に心をつくり、社会は国を中心にものをつくる。「父は敬、母は愛」と説いておられる。また劇作家で有名なシェイクスピアも名言として“世の中に幸せも不幸もない。ただ、考え方でどうにでもなるのだ”というのがある。幸せか不幸かを決めるのは他人ではない。自分がいいと思えばどんな状況下でも十分に幸せになれるということである。大切なのは自分がどう感じているかなのだ。それが自分の価値観であると解説している。

 人はそれぞれ大切にしている価値観にのっとって生きている。その価値観が尊重されないと当然居心地が悪くストレスが溜まってくる。それが今のストレスの原因だ。ともかく相手の価値観を受け入れるためには自分の価値観に気づくことが大切である。それがお互いに自分らしく生き、愛情も増していくことにつながるのではないか。

参考資料:マネックス ラウンジ「自分の価値観を知ろう」 なるほど『人生訓』 佐々木将人著

Drの四方山日記(156)

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155.jpg 近代的な世の中になっても日本の伝統文化はいまだ生き続けている。その代表的なものに盆栽がある。今朝テレビのトピックスでこの盆栽を特集していた。盆栽は日本のみならずヨーロッパ、アメリカなどでも知られ、今や世界共通語として「BONSAI」が愛好されている。
 盆栽の歴史は古く、起源は平安時代にさかのぼり遣唐使が中国より持ち帰ったのが最初といわれている。その後日本の風土や自然観によって日本独自の盆栽が出来上がった。江戸時代に庶民の文化として3代将軍家光が奨励して花開いたといわれている。その後日本の伝統園芸文化として根付き今日に至っている。盆栽の“盆”は鉢、“栽”は鉢の中で育てる植物を意味しているといわれている。盆栽の種類は3つに分かれる。四季を通じて鑑賞でき比較的育てやすいクロマツやヒノキなどの「松柏盆栽」、四季ごとに変化する木々を取り入れた盆栽でカエデ、モミジ、ケヤキなどの「雑木盆栽」、植え方や容器などを工夫して草の本性を素材とした盆栽でフウチソウ、タンポポなどの「草もの盆栽」がある。

 盆栽では最も古く、江戸時代の嘉永年間から松と梅をあしらった盆栽で有名な清香園がある。その後1965年に日本文化の発展と芸術の普及を寄与するために日本盆栽協会が設立された。その協会では日本最古の歴史と格調を誇る「国風盆栽展」を毎年開催している。

 今や日本のみならずフランスやスペイン、ドイツ、イタリアなどで盆栽はビジネスとして成り立つくらい普及している。日本の伝統文化が世界で認められることは素晴らしいことで、日本が誇るものとしてますます発展して欲しいものである。私も老後は盆栽づくりに専念したいものと今からひそかに考えている。
参考資料 ・日本盆栽協会 協会のご案内・国風盆栽展 ・清香園 盆栽の歴史と清香園の歴史より

Drの四方山日記(155)

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154.jpg アメリカの「ディズニーランド」が園内のレストランなどで、子供向けメニューの砂糖や脂肪分を制限すると発表した。その代表格にフライドポテトがあげられ、代わりに栄養価値の高い人参を用いるという。あまりにも子供向けのメニューにカロリーや脂肪分が多く肥満の原因になるとされたためである。今までの食事とセットのフライドポテトを人参、コーラなどの炭酸飲料を水、低脂肪牛乳や果汁ジュース(100%)に代えて売り出すという。


 ここで注目すべきはフライドポテトから人参になぜ代えられたのかということだ。その秘密は調理法にあるようだ。ポテトを揚げるときに風味をつけるため、植物性の油ではなく牛脂を使うらしい。また最近の情報としてファーストフードやコンビニでよく出るポテトチップやフライドポテトなどに発ガン性物質が含まれているということである。炭水化物質(でんぷん)を焼いたり、揚げたりなど高温で調理することで通常の食べ物の何百倍の発がん物質を発生するとスウェーデンの国立食品局で発表され、イギリス、アメリカ、ノルウェーなど各国の研究や調査機関でもそれが確認されている。その大きな原因はアクリルアミド濃度にある。しかし日本古来の調理法である「ゆでる」「煮る」の場合はアクリルアミドはあまり検出されないらしい。

 ポテトフライはもともと和製英語であり、アメリカではフレンチフライ、イギリスはチップス、フランスではフリットと呼ばれている。アメリカのようにフレンチフライというと一見フランスが起源のように聞こえるが、実際はベルギーである。アメリカ開拓者時代、ベルギーからの移民たちがこのフライドポテトを持ち込んだらしい、その際、時たまフランス語を話していたことからフレンチフライと命名されたらしい。参考までに日本にはこのフレンチフライは1966年 森下仁丹食品が製造して売り出したのが最初だ。

 アメリカから入ってきた冷凍フライドポテトは今やマクドナルドを中心に日本の外食産業にはなくてはならないくらい需要が伸び日本人には誰でも1度は口にしているといわれている。フライドポテトは今やポテトチップと共に若年層の嗜好品として無くてはならない存在にはなっているが、その反面病気や肥満の原因になり得るのも事実である。

Drの四方山日記(154)

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153.jpg 社会ニュースで興味ある記事があった。「上司の口臭・体臭・ふけ」拒否というもので、ある製薬会社の20代?30代の女性会社員305人を対象にした独自の世論調査で、次のように結果が出た。それによると経営者や上司の身だしなみで気になる点トップ3が書いてあった。トップが口臭・体臭で全体の92%、2番目がふけで83%、だらしない服76%という結果であった。
 アメリカでは『ボスの日』という日があって、会社の部下がこの日だけは上司に対する不満を忘れてボスにその労をねぎらい感謝するというものでカード、フラワー、パウンドケーキなどを上司にプレゼントするというものである。これは1958年アメリカで父親思いの娘が会社を経営している父親と部下との間がうまくいかないことに悩み、何とかその関係を打破しようと考えた末『ボスデー』を設立することを思いつき、10月16日を『ボスデー』とした。

 日本でも最近の若いOL達は上司に対して身だしなみを気にするようになったらしく、やたらファッション雑誌などで掲載している。ちなみに理想の上司を男性有名人にたとえたランキングではトップが、プロ野球ヤクルトスワローズ監督古田敦が選ばれ、2位に所ジョージ、3番目に王貞治監督、4位に阿部寛、そして5位が渡辺謙という結果であった。

 私もトップの端くれとして普段より服装や髪型、装飾品などの身につける物などに気をつけている。特にめがねに凝っており毎日変えるようにしている。これは身だしなみだけではなくその日の気分を変えるための手段だと思っているからである。また、月曜から金曜まではジャケットやスーツなどをきちんと着て、土曜日だけはラフな着こなしで思い思いの若向きの服装をして出勤している。髪型も私の患者さんで友人である女性スタイリストにお願いして、派手ではなく地味でもなく私にあった髪型にしてもらっている。最近はネクタイを着用しない会社が増えているが、私は学生時代ではないけれども、制服に代わるスーツを着用することで気持ちを引き締め周りに対して不愉快な感じを起こさせないように気をつけている。そのせいか最近は上着や装飾品、シューズなどを自分で見つけるようになってきた。やはりトップたるもの超一流とはいかないけれどもそれなりの物を着こなし身につけることで、対人関係のためはもちろんのことクリニッ内においていつも爽やかな気持ちで仕事をするために気をつけている。これが最高の仕事のできる秘訣ではないだろうか。世の男性諸君もたまにはお洒落を。
参考資料:10/16夕刊フジ 10/16毎日新聞雑記帳より

Drの四方山日記(153)

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152.jpg 日曜日の朝9時に起床して、かねてから友人に誘われていた『スキルウォーク』の講習会に参加した。この日の講習会で指導するのは元競歩のオリンピック選手であり、東京大学大学院運動生理学科で研究をしている方とスキルウォーク協会認定講師2人であった。今回の講習会には老若男女を含め約30名が参加した。まず『スキルウォーク』の前のストレッチやウォーキングについての予備知識に実演を織り交ぜて分かりやすく説明を受けた。特に男性2人のインストラクターによる実際のスキルウォーキングはスピード感があり、無駄な力のいらない歩法に参加した全員が見とれていた。やはりプロはすごいなあと改めて感心した。

 私も毎日歩いていてそれなりの効果はあったが、いまひとつ腰が重くなったり、ももが張ったり、靴がきつくなったりと今まで悩みはあった。しかしその悩みも今回の講習である程度解消されたようだ。最初の開始当時では参加者全員はてんでんばらばらで、どう見てもきれいな歩き方や正しい歩き方には程遠いものがあった。しかしだんだん指導を受けていくうちにみるみる上達し、2時間指導を受けた後は見違えるように全員がかっこよくスピーディーに歩くことができ、やはり参加した甲斐があったなあとみんなで喜んだ。私も友人2人を連れて参加させてもらったが、2人とも終了時は姿勢も良くなんだか体が引き締まったように思えたのは錯覚だろうか。

 指導の中でインストラクターが「理想的な歩き方をすると両肩の真ん中のポイントと骨盤の中心のポイントがブレなくなって、体が引き締まってきますよ」とおっしゃった。これは私の提唱するバランスダイエットと相い通ずるものがある。人間は体の垂直線である正中線が整い、体が中心に引き寄せられ上と下とのつながりがしっかりできると、脊柱の神経や血流が活発に流れだしてホルモンの分泌を促し、内臓の機能が高まってくる。それが肥満解消にもなり理想的な健康体を作ることになる

 今回の『スキルワォーク』はあらゆるスポーツの基礎運動として考案されたが、実際には健康向上やダイエットにもおおいに役立つもので、もっと各都道府県などが社会貢献事業として大いに取り入れてくれれば運動不足ぎみの現代人にとって良報になることは間違いなさそうだ。
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過去の記事 Drの四方山日記(125) - スキルウォーク

Drの四方山日記(152)

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151.jpg 12日(木)札幌ドームで行なわれたパリーグ・プレーオフで日本ハムがソフトバンクを下し、25年ぶり3回目のリーグ優勝を果たした。北海道に本拠地を移して3年目の快挙である。昨年に続いて今年も外国人監督による優勝は日本人としては何か複雑な思いがする。それはいまだ大リーグの力を借りないと勝てない日本プロ野球の姿そのものである。

 今回の日本ハムのパリーグ制覇は監督の采配、選手の奮起、それに地元の応援があったればこそ達成できた偉業ではあるが、私は何よりも今回の優勝に誰よりも喜び、素晴らしいプレーそしてパフォーマンスで盛り上げてくれたのは新庄選手だと思う。“新庄選手の力”なくしてはリーグ優勝は達成出来なかったのではないだろうか。新庄選手はアメリカ大リーグのニューヨークメッツを追われるように退団し帰国した。その傷心の時に最初に声をかけて誘ってくれたのが日本ハムであった。その好意に対して報いるためにも日本ハムの試合を楽しくし、そして日本一にするためファン2000人を集めての公開入団発表で「札幌ドームを46000人でいっぱいにして見せます」と公言した。その後の新庄選手のパフォーマンスは皆さんのご存知の通りである。それが新庄流のファンを呼ぶ方法でありサービスと私も心得ていた。どうやら彼は目立ちたがり屋というだけでなく、自分自身を追い詰めて結果を出す「有言実行」を通すタイプのようである。

確かに新庄選手には長嶋、王、松井、イチロー選手のような凄い成績は残せないが、彼にはファンを満足させるエンターテイナーとしてのスター性がある。もちろん野球人としてもそこそこの成績を上げているし、何よりも俊足と150キロ近い球で走塁者を殺す強肩は抜きん出ているし、ジャンピングキャッチなど独特の守備はピカ一である。またチャンスでのパンチ力ある打力は新庄選手ならではのものである。

 何よりもこの男の素晴らしさは日本ハムに入団してからの北海道ファンを大切にすることはもちろん、球団のために彼自身が札幌ドームの広告看板2枚(年間1000万円)を個人的に契約して協力している。他にも3年間継続して“新庄シート”を自分の守備位置に近いところに126席を年間買い取り自費で支払って野球少年らを招待している。広告料、制作費、新庄シート料を合わせて3年間で総額1億1500万円支払っているという。これまでの自分の年棒の4分1を球団や北海道のファンのために還元していることは凄いことである。今までそういうスケールの大きい野球人がいただろうか。本当に“野球を愛した男”である。21日から始まる中日との日本シリーズに「日米融合」させて最高のプレーとパフォーマンスを北海道のみならず日本全国の野球ファンを魅了させて欲しいものである。それが彼の現役ラストイヤーの野球人生にかけた姿にふさわしい。
過去の記事 Drの四方山日記(15) - パフォーマンス男の突如の引退宣言

Drの四方山日記(151)

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150.jpg 昨夜、夏に“南アフリカの旅”をご一緒した方の妹さんがシャンソンをやっておられて「コンサートを開くのでおいでになりませんか」というお誘いを受けて東京・内幸町ホールに友人と出かけた。
 シャンソンは私自身正直言ってあまり知らない音楽の分野である。ただ私が子供の頃、NHKの紅白歌合戦で芦野宏、高英男、越路吹雪、岸洋子さんなどが歌っていたのを覚えているくらいであった。しかし昨夜聴いた菅尾玲子さんはシャンソン界では有名な人らしく日本全国でリサイタル公演やコンサートを開催し、全国8ヶ所でシャンソン教室を開いて後進の指導に情熱を注いでおられる偉大なシャンソン歌手である。
 シャンソンの由来は、中世からルネッサンス時代にかけて歌曲として作られ歌われたもので、その語源はいわゆる世俗的楽曲の総称で、特にフランス語で歌われたものを“シャンソン”と名付けた。ただフランスでは、特定のジャンルの曲を示すものではなく、歌全般を指しているようだ。

 この夜のコンサートは第1部と第2部に別れ、それぞれ7曲ずつ14曲披露された。中には懐かしい曲やよくいろんなショーで歌われている曲もあり、聴衆はすっかり“菅尾玲子”の世界に入り込んだようで、2部では戦後の名曲を聴衆全員がという趣向が取られ、舞台と客席が一体となった素晴らしいエンターテインメントであった。また彼女の素晴らしいトークに私は心を打たれた。最後の曲「マイウェイ」を終えた後、余韻が残っていたせいかアンコール曲が入りあっという間の2時間であった。
 やはりその道の本物が歌う歌は素晴らしく、先日聴いた元X-JAPANのToshiさん同様、“歌は愛を語り人生を語る”ということをつくづく感じた夜であった。

Drの四方山日記(150)

K03.jpg 自分の意志と関係なく、突然叫び声を上げたり、顔をしかめたりする「トゥレット症候群・Tourette Disease」が子供たちの間で増えてきている。
この症候群は最近注目されているチック症の一つで脳内の神経伝達物質の異常によるものではないかという云われているが、はっきりした原因が分かっていない。


トゥレット症候群は自分の意志と無関係に、まばたき、首振り、人に触る行為をする運動チックと、のどや鼻を鳴らしたり、咳払い、急に叫ぶ音声チックの2種類を主症状とする。

通常は幼少期に発症するもので平均年齢は7歳前後とされ、ほとんどの場合14歳までに発症する。発症時まばたきなどの目の運動から始まり、次に頭や顔の運動チックが出てくる。最初から音声チックは発症することは少ないようである。また遺伝性についてはないようである。

そういえば今から23年前お母さんに連れられて、当時13歳の中学生に当たる男の子が来院した。彼はチック症であり、待合室に待っている時から落ち着きがなく、急に奇声を発したり、自分で自分の左手で右の額を叩いたりしていたのを覚えている。彼の場合は初診時から運動チックが強く、突然かんしゃくを起こしたり動き回ったりして私を含めた周りのスタッフは大変だった。治療は主にコミュニケーションをとることを重視し、握手をしながら私の親指で相手の手の硬さを確かめたり、指で信号を送って相手にこちらの気持ちを伝えることから始めた。約2年間定期的に診た。この子も発症している原因がどうも家庭にあるのではないかと当時は考えた。その理由は母親が非常に優しいのに父親は何かにつけて厳しく、ちょっとミスをすると容赦なく怒ることが彼の病気をより悪化させていたと私は思っていた。確かにこのことは原因の1つではあるが、そればかりではなかった。

ある日院内のBGMが突然おかしくなりものすごいキーキーした音を発した。すると治療で横たわっていた彼が突然発狂した。それはどうも彼にこういう症状をつくった原因であるようだ。つまり音声が原因のチックであるということが分かった。それ以来音による治療を加えたらおだやかになり日常の生活がある程度できるようになってきた。これはチック症でもトゥレット症候群の一種だったものではないだろうか。確かにこの症候群は治癒は難しいとされ世界の名立たる医学者も臨床研究に専念しているが、なかなか解決の糸口がつかめない。日本でもNPO法人「日本トゥレット協会」という組織があり活動しているようだ。このような症候群はまさに現代病の1つであるかもしれない。
参考文献:『小児科学』医学書院 『今日の小児診断指針』医学書院 毎日新聞

健康コラム

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149.jpg 国土交通省はナンバープレートに表示する地名を地域により新たに対応できる制度を2006年10月10日より導入した。導入の理由は地域振興や観光振興の観点から必要に迫られた地方からの要望によるものだ。今回は全国に認めるのではなく17ヶ所のみ導入が認められた。主だったところでは仙台・会津・金沢・那須・岡崎・伊豆・堺・下関などに「ご当地ナンバー」の登録が許された。つくばや柏などいくつかは平成19年2月よりの導入になるらしい。しかし「ご当地ナンバー」を得るには該当する市町村以外は認めないらしい。「ご当地ナンバー」の導入が認められた地域では「運転マナーの向上」「低公害車の普及促進」など施策の展開が要求されており、その為には地域の“一体感”を必要とされる。

もともと新ナンバー導入は以前より当時の運輸省で自動車のナンバープレートのあり方の見直しとしては検討されていた。その理由としては3つ挙げられる。1つは日本と欧米で異なるナンバープレートの規格を統一して国際化する。2つめはITチップの埋め込みなどによるナンバープレートの電子・高度化。3つ目が色や模様及び記号の種類などの自由化である。その一端として1999年に「とちぎ」が最初に導入された。それは地方、特に地域のまとまりを最重要点として当時の運輸省が新ナンバーの導入を認めたらしい。

では欧州諸国ではどのようなナンバープレートが使われているかというと、横長の物が一般的でアルファベットと数字を自由に使ってオーナーのオリジナル(クラブ名、お店の看板、表札、ペットの名前など)の文字をプレスして用いている。アメリカではもっとユニークで州の自然や歴史的な特徴をシンボリックな絵柄で表現していたり、標語をあしらったものなどのプレートがある。また観光地などでは海や山、鳥や植物、それに風景をあしらったものなど何でもありの世界のようだ。

 確かに日本のナンバープレートにおいては地域を広範囲に区切った規格にはめた何の面白みのないものであったが、今回の「ご当地ナンバー」導入によって、地元意識が高くなるだけでなく、若者や中高年、また女性層にも受け入れられてもっともっと車を乗る楽しみや見る楽しみが増えるのではないか。

■関連サイト
・国土交通省 - 新たな地域名表示ナンバープレートの導入について

Drの四方山日記(149)

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148.jpg 日曜日のお昼、友人からおいしい料理をご馳走するから、是非来ないかという誘いを受けたので、のこのこ出かけていった。それは東京・二子玉川にあるデパート高島屋の近くのレストラン街の一角にある和食の店であった。この店は“旬を食す。清冽なり”をテーマに体に優しい創作和食を食べさせる処である。


 日本人は物質的な豊かさを得て更にそれを追い求めた結果、不健康という代償を負った。しかしバブル経済の崩壊を機に食というものが見直され、体に優しく生き生きした気持ちを満たす本当の豊かさが再認識されようとしている。この店は、ミネラルやバランスを豊富に含んだ健康な土から採れた野菜、大自然の恵みを受けたお肉や魚貝、無添加で素材にこだわった優しい調味料を使い自然本来のおいしさを追求して、ゆったりとした空間でくつろげることを大切にし、食べる楽しさ健康になる幸せをつくるという食の原点にある。

 最近は確かに量より質を追及するようになってきたが、本当に体に合った食材を使った「旬菜料理」にはなかなかめぐり合えない。このくつろぎの場所で私と友人はゆっくり語り合い、しばしの心の洗濯ができたようである。別に店を宣伝するわけではないけども、この頃は飲食店に関わらず我々医療の世界でも立派な建物や装飾に凝ったものが増えてきたが、中身が伴わないところが多いようだ。つまり、立派なお店をつくってもサービスが悪かったり、食事が良くてもお店が汚かったりとなかなか全部がそろった所がなかなか見つからない。私のクリニックの内装も世界の素晴らしい素材を使ってゆったりとしたスペースをつくり患者さんが落着けるような空間を作った。しかし、そこに働くスタッフは一所懸命努力精進をして患者さんのサービスに勤めているが、まだ満足できるものではないように思う。日本人を表す言葉に“心・技・体”というのがある。すべて満足させることは難しい。ただあきらめずに追求し本物でありたいと思っている。その意味からもこの日の日曜日は忙しい中での友人との憩いを体いっぱいに味わった1日でもあった。
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・AEN [あえん] - オフィシャルページ

Drの四方山日記(148)

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147.jpg 昨日、久しぶりに2人の友人と飲みに行った。
話をしていくうちに女性である友人が私に頼みたいことがあると言った。私が毎日この四方山日記を書いていることは知っているらしく、是非私の願いを書いてくれと哀願した。
彼女はママさんバレー(9人制)をやっていて、なぜ国体で9人制と6人制の両方をやっているのか疑問であるとのことだった。彼女曰く、実業団や国際大会はみな6人制のルールに従ってやっているのに、国体では9人制と6人制に分けられている。成年男女9人制、少年男女9人制に対し成年男女6人制、少年男女6人制で競技が行われている。なぜ同じバレーに2種目必要なのか是非調べて欲しいというものであった。また私のこの四方山話がきっかけとなり日本のみならず世界に発信してくれということだが、そんな大げさなものではないのに……。

 バレーボール(Volley ball)は女性や子供たちが気軽に楽しめるスポーツとして1895年アメリカのウィリアム・モーガン氏によって考案された。当時の競技は集まった人数を2チームに分けてボールを打ち合い、落とした方が負けという簡単なルールであった。日本には1910年頃に伝わりルールが分からないので日本独自のルールをつくった。当時は9人ではなく16人で行なっていた。またバレーボールがヨーロッパに伝わったのは日本に紹介された10年後の1920年頃であった。ただし日本と違い6人で行なうものであったという。

 バレーボールがオリンピックで正式種目となったのは1964年東京オリンピックであった。その時は確か私の記憶では9人制で行なっていた。日本は東京五輪と1976年のモントリオール五輪で女子が金メダル、1972年ミュンヘン五輪では男子が金メダルを獲得した。これらの活躍によりバレーボールは日本のお家芸と呼ばれた。しかし、フランスに本部を置く国際バレー連盟(FIVB)が全国際試合は6人制で行なうことを決定した。どうも日本が勝ち続けるのでルールのまったく違った6人制を導入したようである。同じようなことが他の競技にもいえる。例えば日本古来の柔道などは本来の武道から純粋なスポーツになったことでルールがすべて変えられた。またスキーのジャンプや複合競技、水泳など日本が強くなると決まって変えられるのが欧米の国際ルールである。やはりスポーツは楽しむ醍醐味があってこそ人の心を捉える。ましてやバレーボールは日本人の国民性にあった9人制は心技体のバランスが取れた競技で、見る人の心を捉えるように思うのは私だけだろうか。スポーツはフェアでなければいけない。フェアを無視したご都合主義はファンをも遠ざけるのではないだろうか。
参考資料:J.O.Cバレーボール

■関連サイト
・日本バレーボール協会 - http://www.jva.or.jp/
Drの四方山日記(147)

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146.jpg この頃国会でも格差社会のことが取り上げられ議論されている。確かに国民の間でも格差が拡大し、将来の生活に不安を感じる人が増えてきたように思う。日本より格差が大きい先進国はアメリカ・メキシコなど5カ国に過ぎないという。今まで日本の社会は中流階級が多かった。しかし、景気の低迷や高齢化社会の突入などで日本も格差が大きくなり、今やアメリカ並みになろうとしている。この状況は一般社会にも影響して、一般サラリーマンも楽しみさえ失われつつある。その最たるものが“居酒屋”である。居酒屋といえば昔はブルーカラーの労働者の憩いの場であったが、今やサラリーマンで満席になっているという。それは格差社会のせいか分らないが懐が寂しくなってどんどん安い店に流れてきているようだ。今までのヨレヨレの洋服を着た作業者は公園で何気兼ねすることなく酒を飲んでいる。これはまさに夜な夜な“のんべえ”が肌で感じる格差社会である。

 居酒屋といえばテーブル席よりカウンター席が多く客がひっきりなしに出入りし、店もあまりきれいでない、飲み物や食べ物が限定されているのが今までの定説であった。そこに頑固な親父が無愛想かつ無口であればまさに日本の居酒屋である。また1人でも行けたり、カップルや数人でも自由に出入りできるのが居酒屋である。居酒屋の俗語は「一杯引っかける」というのがスタイルである。また居酒屋の客も千差万別で知的な学者風の人、スーツ姿の上司と部下風の客、意味ありげなカップル、商店の親父っぽい連中などがいた。しかし、格差社会の影響からか日本社会も変わり、豊かで野心的な資本家階級、社会から閉塞する労働者級との間にある新中間層、それに今までの中間層であるサラリーマン層、またフリーターやアルバイトなどの低所得者層などで日本社会は形成されてきた。居酒屋へ行くとまさにこの階級社会が手に取るように分かる。今後はますます居酒屋の形態も格差社会で変わっていくのではないか。今まで親父の集まり的であった居酒屋も若い世代、特に女性たちも気軽に入れる店に変わりつつある。そのせいか、最近は年齢を問わずフランス料理を食べられるようなオシャレな店、横丁に連なる安い店、あるいは昭和のレトロっぽい造りの店などが出現してきた。格差社会が広がれば広がるほど居酒屋が繁栄してくるのではないだろうか。手頃な娯楽も少なくなった昨今、安いユニークな店で1杯飲んで憂さを晴らすのもサラリーマンの唯一の楽しみなのかも知れない。

Drの四方山日記(146)

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145.jpg昨夜診療を終えて、私の恩師の集まりに参加した。そこで驚く人物にお会いした。
元X-JAPANのヴォーカルであったTOSHIさんである。実は私自身X-JAPANの名前は知っていたが、メンバーも曲もまったく知らなかった。かつてものすごい人気があり、あの小泉元総理も公務の合間に聞くほど大ファンであったという。
X-JAPANは1979年YOSHIKIとTOSHIでバンド「ノイズ」を結成。1982年2人を中心に「X-JAPAN」をつくり、その後メンバーが入り5人のX?JAPANが結成された。派手なコスプレで若者のハートを射止め日本ロック界に様々な伝説を残した。しかし1997年大晦日をもってX-JAPANは解散した。メンバーの1人であるTOSHIさんは1991年より独自のソロ活動を開始し、1992年にはシングルでオリコン1位、アルバム2位を獲得するまでになった。彼のアコースティックな音楽は多くのファンを魅了した。特に彼独自の癒しのミュージックは、音楽関係者はもちろん多くの人々に大絶賛された。その彼も解散後、幾多の困難に出会い自分自身を失うまでに追い込まれ音楽活動を続けることが出来ない状態になった。しかし、それも何とか自分自身で乗り越え今は“詩旅”で全国津々浦々コンサートを主体に回っている。

 その彼が我々仲間に昔の出来事、現在の心境を語ってくれた。その中で彼は「有名であったがすごく孤独であった。化粧をして髪を逆立てて頑張ったが自分たちは凄く虚しかった。特に自分自身は何かに閉じ込められた状況に追い込まれた。メンバーに対してではなく自分たちグループを取り巻く環境に嫌気がさしていた。そのせいでX-JAPANの活動にはあまり満足するものはなかった」と話してくれた。しかし自分自身を何もかも捨てたときにいろんなものが見えてきて、またいろんな人たちとの出会いが自分自身を見つけるのに最高のものであった。一時は宗教にかぶれたとか変人であるとかまったくの嘘が広まり、世間の目が自分に対して変わってきたのに気付かされた。しかし、彼は負けなかった。“純粋さと明るさ”を失わずに頑張り、自分のやりたいことを自分の足でやれるということを自覚した。そのため福祉施設や学校、刑務所、少年院などを回り、癒しのミュージックを彼たちに歌って聞かせた。その数なんと6000ヶ所を回って奉仕に尽くしたという。その話を聞いて参加した仲間はみんな涙した。また彼は何でも人のせいにせず、あるいは劣等感を持つことから自分の存在を否定しないように生きてきた。彼の家族も彼の芸能界の活動や地位を好み活躍することがお前の幸せと植え付けられた。有名になることがいかに孤独で虚しいかということが分かった。そのため健康でいなければと必死に耐えた。彼がたどった約27年のすべてを我々仲間に語ってくれたことに感動すら覚えた。話の後、彼の愛用のギターを片手に「遥かなる自分」と「君はいないか」の2曲を熱唱してくれ、歌い終わったあとあまりにも彼の歌の余韻に酔いしれ、声すら出ない感動に押しやられた。まさに心が一つになった状況である。これからは彼の健康管理を私が担当することになりそうだ。
素晴らしい癒しのミュージックを日本のみならず世界に羽ばたいて歌い続けて欲しい。素晴らしい出会いに感謝。
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・Toshiさんのオフィシャルサイト - 癒しのコンサート

Drの四方山日記(145)

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144.jpg 7月頃から、やたらと赤い車に「X」の形をした傷を付ける事件が多発している。それも神奈川県川崎市に集中しているようだ。県警の調べでは7月に3件、8月に6件、9月に7件と計16件起きたという。傷も長さ20cm(一辺の長さ)くらいで「X」のみを付ける悪質なもので、夜間の一般住宅の駐車場や賃貸駐車場などに止めてあった車が主に狙われた。それも赤い車に限定している。なぜこうも赤い車が狙われ、それも「X」形の傷が付けられるのか。ちょっとミステリアスである。

そういえばミステリアス小説に『Xの悲劇』(エラリークイーン著)というものがある。加害者はその主人公になったつもりなのか。ともかく映画やテレビ、劇画を真似たつもりでいるのであろうか。ともあれ住民にとっては由々しき問題である。そういえば私も以前赤というかえんじ色の車に乗っていたことがある。この車はちょっとクラシック調だったせいか、クリニックの前の路上に停めておいて、 十円玉のようなもので傷つけられたことが何回もあった。ひどいときは車を半周傷つけられ大変な費用がかかって修理したことを覚えている。こういうことをする人間の真意を疑う。加害者は面白半分かねたみでやるのか知らないけれども、やられた人間にとってはまさに癪に障る事件である。今回の被害に遭った主婦も「何で赤にこだわるのか。気持ちが悪いので早く捕まって欲しい」とコメントしている。私も被害に遭った人間として許せない行為である。

 最近世の中は殺伐としているせいか、今回のような陰湿な事件が多く発生している。刷新された安倍内閣成立を契機に、今回のような事件が一掃され明るい社会になるべく日本という国をつくって欲しいものである。

Drの四方山日記(144)

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143.jpg この頃、巷での若い人の会話が耳障りでしょうがない。目上に対する言葉の使い方がどうも適切でない。尊敬語、謙譲語、丁寧語がまるででたらめな使い方をしているように思えてならない。学校で何を勉強しているのかと疑いたくなる。タイミング良く敬語に対する具体的な施策として、文部科学省が指針を発表した。
 今回の「敬語に関する具体的な指針」として中山文部科学相が諮問機関である文化審議会の文化審議会敬語小委員会に「敬語指針」に答申するよう指示した。特にこの小委員会に所属する国語分科会に審議するよう要望した。

 文化庁が全国の16歳以上の男女3500人を対象に国語世論調査を行なった。その結果日本語の乱れの多さが懸念された。例えば「怒り心頭に発する」が正しいのに一般社会では74%の人が「怒り心頭に達する」と間違って使っている。また、慣用句として「愛嬌を振りまく」を「愛想を振りまく」と混同して使われている。面白い例として美化語の「お」の使い方がある。「弁当」「菓子」「酒」「茶碗」の使い方をめぐって調べたところ、女性の3/4が「お」を付けて話しているのに対し、男性は1/4の人しか使わなく、男女差がはっきり表れた。また社会生活を営む上で敬語を適切に使えた人が92%に達しているものの、難しいと感じている人が66.7%もいることが分かった。

 また今回の答申の中には「常用漢字」も入っている。1981年に1945字を設定して以来手をつけずに来たため、現代のパソコンや携帯電話などの情報機器が急激に普及し、現状では対応ができなくなってきているようだ。それと逆に急速に減っている文字の手書きがある。確かにIT産業の普及から手書きの機会が失われたり書き取りができない若者が多いのも確かである。そして「大切な文化」として後世に残すため漢字の習得法も検討されている。書くということは五感を使い脳を活性するという利点があり、国としても早急に対策を立てないとますます若者が書いたり読んだりすることが減ってくると懸念される。どうもこの国は切羽詰らないと施策を講じないようである。

Drの四方山日記(143)

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 昨日、かつて私の研究会の会員であった先生が新しく研究・指導する会を発足した。
それはパーフェクトクラニオロジー協会という脳脊髄液(CSF)をコントロールして体を活性化し病気を治し若さをよみがえらせるというものである。以前、私自身が研究していたものを更に臨床を踏まえて理論づけたCSFプラクティスを完成させたテクニックである。

 創始者によると、人間は頭が大きくなると息が吐けない。通常は息を吸うとほんのわずかであるが頭が大きくなり、息を吐くと頭が小さくなる。しかし、人間はCSFの流れが悪くなると頭部が大きくなって頭蓋骨が前後・左右に縮小や拡張がスムーズにできなくなり、脳が圧迫を受けて小さくなって脳の疾患などが出てくるという。人間は骨盤(仙骨)と頭蓋骨の動きによって脳脊髄液を上げたり下げたりして情報伝達やホルモンを活性及び内臓機能を高める。もし骨盤の中心である仙骨がロックされ、頭蓋骨の歪みやズレが生じると、脳脊髄液の流動が減少して循環を悪くして自律神経や血液が鬱滞する。それを治すことによって脳圧は正常化し各部位の異常が解消して、頭蓋骨の影響で歪んでいた背骨が調整される。すると種々の刺激が伝わりやすくなりリンパや毛細血管が増殖して脳脊髄液が散って体の調整がなされて内臓の機能や細胞が活性されていく。

 この治療法の研究がより進んでくると糖尿病の血糖値の減少や脳性小児麻痺、脳疾患、脊髄疾患など後天性のものだけではなく先天性の疾患にも対応できることが可能になってくる。薬物や外科的手術をしなくても治療が出来るとなれば患者に苦痛を与えずに済み、これは素晴らしいことである。この治療法のベースは米国の代替医療(自然医療)のオステオパシィーとカイロプラクティックの理論や100年以上の研究や臨床におうところが大である。これからの21世紀の医療は西洋医学であれ、東洋医学であれ、あるいは自然医学であれ“原因より結果”を重んじることになる。それぞれの医学分野での研究が総合して完成されれば今まで不可能であった疾患や現代社会に多くみられる「がん」「糖尿病」「アトピー性疾患」などにも十分対応できる統合医療ができるのではないかと期待を抱かせる。
人間は体だけの存在ではなく、そこに心が通い、生命のエネルギー(活力素)が全身くまなく循環して初めて、生命が自然の中で生かされるのである。今回の脳脊髄液の研究はホリスティックな考えで言えばまさに“全人的医学”といえるのではないだろうか。
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・パーフェクトクラニオロジー協会 - http://blog.goo.ne.jp/csf_practice
Drの四方山日記(142)

2009年6月

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