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174.jpg 日曜日の午前中ウォーキングを済ませ、お昼過ぎから神奈川県川崎市にある川崎大師(平間寺)へ参拝に出掛けた。この川崎大師は関東の「厄除け三大師」の一つで、関東一円、県外からもご利益を求めてたくさんの人たちがお参りに来る大師様として有名である。私もいろいろと悩んだり困ったりしたことがあると参拝し厄をお払いしてもらっている。


 川崎大師は870年前の大治3年(1128年)に平間兼乗という漁師が操業中に弘法大師像を偶然見つけ、持ち帰って地元のお寺の尊賢上人(高野山修行)に見せ、堂宇(どうう)に安置して、大師様を発見した漁師平間の名を取って寺号を平間寺としたという説と、「新編武蔵風土記稿」によると下平間村に称名寺というお寺があり、あるとき真言宗から浄土真宗に改宗したため不用となった本尊を多摩川へ流し、それを河口の漁師が拾い上げて安置し、そのとき村の名前が平間であったため平間寺としたという2つの説がある。これらの伝承からこの土地は漁港であったため「海上漂着」または「水上漂着」の神仏を祀る民俗信仰が厚く、地元の漁師や地域に住む庶民の寺として重宝がられた。その後寛政8年(1796年)将軍家斉が厄除け祈願に訪れ幕府から朱印を拝領したといわれている。

 もともとこの大師様は弘法大師(空海)のお寺として名を馳せ『南無大師遍照金剛』を唱えればいつでも弘法大師にお会いすることができるという説が広まり、ご利益のある大師様として庶民の心の中に生き続けている。特にご利益については兼乗が42歳の厄年に夢告により弘法大師の像を発見したことから、この川崎大師を厄除け大師と名付けた。特にお護摩焚きは梵語でホーマ(Homa)といい“仏の御心を火によって信者の煩悩を焼き尽くすこと”を弘法大師のご供養としたことから始まったといわれている。大厄を消除し家内安全、商売繁盛、病気平癒、心願成就などを開運の祈願としてまっとうするためお祈りすると大師様の上人が詳しく我々に説明してくれた。

 現在の川崎大師は成田山新勝寺、高尾山薬王院とともに智山派の「関東三山」としてみなが幸せを願って詣でている。私の家族も機会あるごとにお参りに行くようにしている。人間は困ったときの神頼みという言葉があるように、なんとたくさんの人が訪れることかといつも感心している。ともかく身も心もすっきり洗い流し新たな力を御仏によりいただき“頑張る力”を湧き立たせている。合掌!!
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Drの四方山日記(174)

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