「喜びも悲しみも幾年月」の灯台守が姿消す

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 1957年映画『喜びも悲しみも幾年月』の舞台にもなった長崎県沖の女島灯台が12日、最後の有人灯台としての役割を終えすべて自動化されることになった。長年にわたり航路を見回り続けた灯台守約3337基のすべての灯台が、姿を消して自動化されることになった。

 灯台といえば必ず思い出されるのが巨匠木下恵介監督の『喜びも悲しみも幾年月』の映画である。一組の灯台員夫婦を主人公に日本各地の灯台を9ヶ所25年間に渡る生活を描き、日本全国を感動の渦に巻き込んだ物語で何度となくリメイクされた日本映画の大作である。

 灯台とは「航路標識」全般をいい、海上保安庁所属でその保守管理をしている。仕事としては実際に船に乗るものと乗らないものに分けられ、乗らない場合は灯台やブイ及び機械の不都合があれば夜間や荒天時での出勤もあるようだ。灯台守は船舶の安全航行になくてはならないものであった。しかし時代と共に有人から無人の自動化になったため姿を消すことになった。

最後の職員滞在灯台となった長崎県西部の男女群島女島は五島列島の南西約80キロに位置する絶海の孤島で灯台は海抜108メートルの屏風が浦の絶壁の上に建られており、映画のシーンでも冬場や台風での業務の辛さや厳しさが観る人々の心を動かしたものである。特にこの女島は日本初の公衆電報取扱いの電信局が置かれた灯台でもあったという。

175.jpg長い歴史の中には戦前、戦中、戦後の波乱に富んだ出来事も多くあったし、いかに灯台守が重要でありや大変であるかが映画を通じて我々国民に訴えかけたか、その功績は計り知れない。私が『喜びも悲しみも幾年月』を最初に観たのは小学生の頃であった。当時長編大河映画として大変な人気があったし、役者もさることながら若山彰の歌った「おいら岬の灯台守は…」は未だ私の心に強く残っている。

Drの四方山日記(175)

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