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180.jpg 昨日、雨と寒さの中、東京国際女子マラソンが行なわれた。この大会は来年8月の世界選手権の代表選考会になっており、世界選手権でメダルを取れば2008年の北京五輪の代表権が得られる。そこで昨年この大会で優勝している高橋尚子選手と、2年前のアテネ五輪の選考レースで高橋選手を抑えて五輪の切符を手にした土佐礼子選手との一騎打ちとなった。私が何気なくテレビをつけたらこの2人とペースメーカーの3人が映し出された。最初は外国人選手がトップで日本人選手2人がついていっているのだなあと思ったが、そうではなくペースメーカーであった。途中からペースメーカーが消え2人のデッドヒートが繰り返された。途中雨と寒さのせいか高橋選手が手袋を脱ぎ捨て30km手前ではキャップも取り去り、最後の12.195kmにかけた。しかし、無残にも28km過ぎからアメリカのボルダー合宿中で痛めた左ふくらはぎが災いし、さらに寒さで脚がしびれ37kmあたりから失速していった。まさにアテネ五輪を逃した2003年大会の悪夢を再現するような失速だった。ではなぜ高橋選手が土佐選手に負けたのか。それはレースのための準備が不十分だったことが挙げられる。土佐選手や他の選手はこの悪天候を予測し、長袖で厚めの手袋を身につけて試合に臨んだ。しかし、高橋選手は自信があったのかいつもと変わらぬ軽装で臨んだ。そこに差があったように思う。一番肝心な30km付近で雨が強くなったため手袋とキャップがびしょぬれになり、体温が奪われてエネルギーを使いすぎ、さらに追い打ちをかけるように筋肉や脚が動かなくなったところに以前痛めたふくらはぎが痛み出しペースがダウンした。高橋選手の強さは「スイング型走法」にあり、主に太ももの筋肉を使い、膝や足首をあまり動かさず狭い歩幅で脚の裏全体で着地するというものだ。膝から下をあまり振り出さなくても走ることができるところにその特徴がある。それと「関節位置覚」にあり自分の体の関節がどのような位置や方向にあるかをキャッチする感覚を持っている。にもかかわらず寒さと雨ですべてが狂ってしまったのが今回の敗因のようだ。私の見る限り31km地点の分れ目は土佐選手の揺さぶりではなく高橋選手のペースダウンにあるようだ。初マラソンの97年大阪国際以来、日本選手に負けたことのない経験を今回してしまったようだ。

 2005年5月リクルート時代から約10年間コンビを組んでいた小出監督との師弟関係を解消し、独自の「チームQ」として活動した。しかし、彼女を指導するコーチがいなくなったことで今回のような準備不足などが露呈し敗走につながってしまった。私は彼女の精神力と肉体は依然年齢を感じさせなく、他の選手を圧倒するものがあると思う。これからのレース、特に2008年の北京五輪の代表選考会では素晴らしい成績を上げてくれるものと願ってやまない。34歳にして人間の限界に挑み、己を鍛えている姿には頭が下がる思いである。

Drの四方山日記(180)

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