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先週のある日、患者さんの1人である81歳の女性の方が一冊の絵本を私に持ってきてくれた。「先生、私が“母を思って綴った本”を作ったので是非読んで下さい」と白いカバーに大きく母と題名が書かれた本だった。その時は診療で忙しく中は見ることが出来ず、お昼の時間に読んでみた。
この絵本は、自分の幼児から成人するまでの母親の姿を短編ストーリーにしたもので、自分と母親と家族をありのままの姿で描き、戦前、戦中、終戦直後の混乱期の中で母親が子供や孫に対しての愛情やしつけが分かりやすく描かれている。この本を読むとまず母親がいかに家庭の中心であるべきかを読者に訴えかけるものが感じられる。日常のたわいもない話を花や子守唄、おにぎり、良寛さまになぞらえて情感たっぷりに描かれている。その中でのある一説は私の胸をジーンとさせるものがあった。それは“母さんの漬けたタクアン”
ハラハラと雪がふる頃「もうおいしくなったかな」とおもいつけもの石をよいしょともちあげて今年はじめてのタクアンを出してくれます
ほんとうはまだ少し早いのですが、それは大みそかの夜のご馳走の一つになります
まだ少し色もうすく大根のから味の残ったあさ漬けのタクアン
あの味は忘れられません…(中略)もう母さんはいないのです
あの味をもう一度といっても無理なことはわかっています
そんな時私はもう八十才なのに幼な児のように母が恋しくなります
母さん 母さん 母さん
なん万べん呼んでも母さんはかえってきません
でも私はよびつづけたいのです
お茶わんをあらいながら せんたくものを干しながら
悲しいことがあったとき 嬉しいことがあったとき 困ったことがあったとき
いつでも母さんをよびます ちゃんと母さんはこたえてくれます
私にはわかるのです。
今はこの患者さんの母親のような女性は少なくなってきている。「親になるのは簡単だが親であることは難しい」と昔の人が私に教えてくれた。最近親とは何かをわきまえない親が増えている。子供が大人になれず身体だけ成長してしまうのは、親が責任を果たしていないからだ。この絵本に描かれているような母親が存在すれば、教育問題で揺れた日本をもう一度よみがえらせることができるのではないだろうか。
Drの四方山日記(184)
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