デン助劇団の復活の兆し

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225.jpg ラジオを聴いていて、懐かしい名前が出てきた。1940年代後半?1973年まで浅草演芸界の代表的な劇団で、1959年よりテレビで放映され国民の人気を博した「デン助劇団」である。その劇団の顔とも言われるデン助こと『大宮デン助』のことである。40歳代半ば以上の人ならデン助といえば誰でも「ああ、ハゲ頭にぐるっとした目玉で頭をいつも回している人だ」と思い起こすことだろう。デン助がデビューした当時はエノケンや古川ロッパが華やかしき頃で、その後浅草喜劇界やテレビで一世を風靡したデン助は松竹大衆演劇の『藤山観美』(藤山直美の父)と人気を二分した有名喜劇人である。

 デン助こと大宮敏充は浅草で生まれ、歌手・田谷力三に憧れ芸能界に入り、独力でタップダンスを習得しそれを芸に26歳で一座を立ち上げ各地で巡業を始める。デン助の名は浅草に実在した経師・木村伝助の名前をヒントにし「デンとショー」を考案。1942年地元浅草に小屋を設けて風刺の効いたコントやショーを興行した。その時デン助の決まり文句であった「オレにデンとまかせとけ」が大流行、一躍名を馳せた。
戦後復員後1946年浅草・松竹演芸場に「デン助劇団」を結成、演出・脚本・主演を自らこなし、浅草演芸界の代表的な存在になった。その後デン助の影響を受けて、渥美清・脱線トリオ・てんぷくトリオ・コント55号・ツービートなどが世に出た。特に萩本欽一やビートたけしが代表的な浅草出身の喜劇人である。

 そこで再び大宮デン助を復活させようと、以前「デン助劇団」に所属していた役者などが中心に活動を始めた。この殺伐とした世の中に人情物を売りにした喜劇は、懐かしさと同時にぜひ若い人にも喜劇のおもしろさを味わって欲しいものである。今から「デン助劇団」の復活を心待ちにしている。

Drの四方山日記(225)

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