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 近代化する東京で唯一昔の面影を残す街、浅草で衰退していた『大衆演芸』が六区で復活する。
戦後テレビがまだ一般家庭に普及していなかった時代、浅草は国内最大の興行街として繁栄していた。昭和30年代ごろは芝居や映画の劇場は30館以上あったが、昭和40年代を境にこれら産業は斜陽し、一時は「木馬亭」「浅草演芸ホール」など5館まで減少していた。

もう一度浅草の『大衆演芸』を明るくしようと大衆演劇である「大勝館」を復活させたのを機に「浅草演芸ホール」の改装、「フランス座」の色物寄席などが復活した。
ここはかつて渥美清やビートたけしが無名時代に活躍したところでもある。
また、上方の演劇である「浅草花月劇場」が吉本興業によってやはり復活するという。もう一つ、前にブログで紹介したデン助劇団も復活公演を計画している。

それに今度つくばエキスプレスの浅草駅が六区につくられた。
244.jpg若い世代から高齢者までをも取り込み、かつての賑わいを取り戻すことは間違いないようである。面白いものでテレビの普及で『大衆演芸』も衰退した後、これが逆に若い世代のテレビ離れを呼び、再び大衆演芸が見直されてきたということは時代の流れを感じさせられる。

私も20代前半に浅草に1年住んでいたことがある。その時よく浅草六区周辺を友人とたむろして『大衆演芸』を楽しんだものである。
その浅草六区が再び実演活発化して復活することは、演芸をこよなく愛する我々にとって喜ばしい限りである。

Drの四方山日記(244)

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