2007年4月アーカイブ

 最近の40代や50代は何となく元気がないように感じる。その原因は年齢と共に低下する男性ホルモンの量に関係するようだ。男性ホルモンはストレスの影響を受けやすく、ストレスを受けることで活力を失わせるようだ。ある実験によると活性型男性ホルモンを調べるのに、唾液中のテストステロンはアンドロゲンの中に存在しジヒドロテストステロンやアンドロステンジオンなどと共に働く。ストレスがかかるとこれらの活性が低下し、肉体的、精神的および食的均衡を失って、健康のバランスを崩し生理活性がなくなってくる。
 ストレスとは心身に負担を与える環境や、刺激に適応しようと働く心や体のひずみをいう。ひずみを起こさないようにするには、ホルモンの分泌を活発にしてやり代謝を高めなければならない。ホルモンは体内にある細胞でしかつくられない化学物質で、約70種類存在するといわれている。ホルモンはギリシャ語で「呼び起こす」「興奮や刺激をする」という意味を持つ。男性の場合はテストステロンの分泌が重要であり、約95%が睾丸の中で、5%が副腎の中で合成されて分泌されている。さらにその分泌量は脳からの命令でコントロールされている。また、テストステロンはコレステロールと筋肉を強化するためのたんぱく質を摂取することによってつくられる。そのコレステロールの摂取が不足してくると代謝が減り、テストステロンの分泌ができなくなって元気を失ってくる。若さを保つためにはこのテストステロンの役割が重要である。昔から自分の体形や健康は自己責任と言われている。外見も健康も自分で努力し守るより他に方法はない。その点どうも最近の40代50代を見るとストレスのせいか健康志向が低下し、運動不足および不規則な食生活に陥って、健康な体を失いつつあるようだ。もっともっと40代50代に元気になってもらって日本の社会をうまくコントロールしていって欲しいものだ。
参考資料:読売新聞 毎日新聞 healthクリック

健康コラム

yomoyama01.jpg

293.jpg 今、上映中の映画に『ロッキー』がある。無名の俳優シルヴェスタ・スタローンを一躍スターダムに押し上げた映画で、世界中を熱狂させた。そのシリーズも1作目が上映されてから30年の間に5作作られ、今回の6作目は完結編として製作されたものだ。

 『ロッキー』といえば私が留学中にアメリカで観たのが最初である。当時留学生活でくたびれ果て苦しみぬいていたときにこの映画を観賞し、再びやる気を出したのを昨日のように覚えている。また映画も去ることながらテーマ音楽も素晴らしく、曲を聴くたびに胸が熱くなりやる気を起こさせてくれる素晴らしい映画だった。
ストーリーは単純であったが、何となく『ロッキー映画』を観ると当時のことが思い出され自分自身の励みになり、何か魂を奮い立たせてくれる。スタローン自身も『ロッキー』や『ランボー』で演じることで自分自身の若い頃とだぶらせて人生を乗り越えてきたのではないだろうか。ちょっとマンネリ化でありながら30年間もみんなの心の中に残り続ける映画も珍しいのではないだろうか。

今の時代、辛いとすぐに諦めてしまい辛抱がないといわれている若者が多い中、この主人公であるロッキーは殴られても殴られても辛抱強く相手に食い下がり最終的に勝利をするその姿は、我々団塊の世代だけではなく若い世代も何か感動を覚えるものがあるのであろう。まさにロッキーは“人生はタフだ”を地でいった人物である。
今回の『ロッキー・ザ・ファイナル』はスタローン自身監督・脚本・主演の3役を努める最後の映画になるのではないだろうか。
その熱い魂をスクリーンに甦らせるため、現役世界王者を相手ボクサーとして登場させるという熱の入れようである。さぞかし白熱のリングファイトを見せてくれるのではないだろうか。熟年ボクサー・ロッキーに声援を送りたい。

Drの四方山日記(293)

yomoyama01.jpg

 鹿児島県・奄美大島で野生化したヤギによる食害で生態系がくずれ、土砂崩れによる赤土が海へ流出して珊瑚礁に悪影響がでている。
また海上保安庁のヘリポートがつかえなくなったり、特別天然記念物で「遺存種」として大切にされているアマミノクロウサギに被害がでたりして、地元集落のみならず自然環境にも影響している。
 野ヤギが草地を食べつくすと乾燥化が進み希少な昆虫や両生類の生息区域まで脅かされ、この島にしか生存しない「個有種」や「固有亜種」の絶滅にもつながりかねない。では何故こうもヤギが繁殖したのか、それはこの島ではヤギは大切な食料であるため古くから農家ではこれを飼育していた。特に40年前ごろから労働者の高齢化が進みヤギの世話ができず、放し飼いや逃げ出したヤギが島の南部の畑を食い荒らしたりして、さらに西端の曽津高崎灯台付近に移動して野生化した現在この区域だけで300?500頭も生息しているという。

自分たちのために飼育して育てたにもかかわらず、人間のご都合主義で放し飼いにし、有害鳥獣として猟友会が捕獲してしまうやり方は私には理解しにくい。無断で殺せば動物愛護団体からクレームがつくし、捕獲するにもいちいち県から捕獲許可を取らなければいけないとなれば島民にとっては大変である。家畜か野生かを判断するのは難しく県も頭を痛めているようである。しかし、島民にとって重要な食料源だとすれば早めにしっかりした対策を取って欲しいものである。それがこの美しい奄美大島の生態系を守ることに繋がること。

Drの四方山日記(292)

yomoyama01.jpg

291.jpg どうやら最近の若者、特に日本の高校生の「出世意欲」が低いということが日本青少年研究所の調査で分かった。この調査は日本・アメリカ・中国・韓国の高校生を対象に、進路・人生目標・職業意識など将来について実施された。

それによると「偉くなりたいか」という問いには「強く思う」と答えた中国が34.4%、韓国22.9%、米国22.3%に対して日本はなんと8%という情けない結果が出た。その他の質問として、卒業後の進路は「国内一流大学に進学したい」は中国・韓国・米国は37.8%?24.7%だったのに対し日本はなんと20.4%だった。
また、職業についての回答は、以前日本の高校生の希望は弁護士・裁判官・大学教授などだったが、今はサービス業・営業など一般会社員を望む人が多いようだ。特に公務員は前回の調査では30%だったのが現在は9%に減っているという。
その理由は「暮らしていける収入があればのんびりとやりたい」や「出世して苦労するより、少し偉くなる程度でストレスがなければ良い」などで、まったく我々の年代では理解できない若者の心理である。
日本の若者は「未来志向」から「現在志向」に変わってきたようだ。一方、韓国・中国は未来に目を向けて将来設計を立てている若者が多いようだ。ただ、日本の若者が悪いのではなく「出世意欲」のない原因を作ったのは、国のゆとり教育なるものや経営者が社員に夢やチャンスを与えていない結果であり、日本企業の終身雇用や年功序列が影響しているということを先人は肝に銘じて欲しいものである。確かに日本社会は豊かになり食うに困らないし、欲しいものは手に入るし、行きたいところにいけるという 恵まれた状況にあることは間違いない。若者もそれらのことに甘んじないで自分の夢やロマンを強く持ち、瞑想することなく自分らしい生き方を貫いてもらいたい。
参考資料:毎日新聞 This Month TBSテレビ より

Drの四方山日記(291)

yomoyama01.jpg

290.jpg 昨夜、レンタルビデオ店に顔を出した。そこに、つい最近日本と米国で話題になりアカデミー賞を受賞した『硫黄島からの手紙』がずらりと棚に並んでいた。

この映画はクリント・イーストウッド監督が日本の俳優渡辺謙を主演に起用し製作された戦争映画ぐらいにしか思っていなかった。ところが、実際『硫黄島からの手紙』のDVDを見て驚いた。それは、アメリカ映画なのに日本人俳優しか登場せず、アメリカ人はほとんど出てこなかったからだ。
それもそのはず、この映画はアメリカから見た硫黄島と日本から見た硫黄島を対象に2部作として作られ、1部作はタイトルが『父親たちの星条旗』で、2部作は『硫黄島からの手紙』であった。私は2部作である日本版を鑑賞したのであった。そのせいか敵方の状況が一切描かれず、何か日本映画を観ている感覚に陥った。
それに対して1部作はイーストウッド監督に加えスピルバーグが協力して、アメリカから見た硫黄島を製作したようだ。アメリカから見ると第2次世界大戦は民主主義国家が勝利した戦争であり、6人のアメリカ兵が硫黄島の激戦地であった摺鉢山の山頂に星条旗を立て、勝利したことを強くアピールし国民的英雄となった。しかし、実際には監督は映画の中では一人ひとりの兵士の生き様、戦闘場面をリアルに描き、兵士を英雄扱いにすることを拒んだ。
なぜなら、戦争は英雄をつくるところではなく両軍が戦場で殺し合いをした生々しいものであり、いかに戦争とは修羅場であるかを強く見せたかったからだ。監督は決して戦争映画にありがちなお涙頂戴の感動映画にせず、観客にあえて涙を流させないようにし、真剣に戦争の恐ろしさを考えてもらうようにストーリーをまとめ上げた。
そのため1部作は60億円、2部作は12億円の制作費をつぎ込んだという。今まで戦争は勝利することがいかに素晴らしいかを強調し英雄扱いをしてきた。
しかし、実際には敵を殺傷することは人間そのものの心を捨てることであり、結果的には戦争を経験した人たちにとって晩年は罪悪の念に苛まれ、残りの人生は苦悩に終わる人たちが多いという。この映画を全世界の人たちが鑑賞し本当の戦争の怖さを知り、尚且つ平和とはいかに大切であるかを感じて欲しいものである。
参考資料:法学館憲法研究所 硫黄島の歴史 PHP月刊誌「歴史街道」 より

Drの四方山日記(290)

yomoyama01.jpg

289.jpg 18日(水)に長崎市長が暴力団幹部に射殺された事件を受け、新たに伊藤市長の娘婿横尾氏と元市課長田上氏などが立候補した選挙は磐石の伊藤氏の支持母体に加え、弔い合戦の構図から横尾氏が絶対有利と言われていたが、長崎市民からは「世襲批判」の声が強く出て横尾氏の票は思ったほど伸びず「市政を熟知」している田上氏が接戦の末、市長の座をものにした。

選挙戦にこういうことがあると、身内が弔い合戦として立候補し圧倒的勝利をおさめるのが我が国では通例であるが、今回の場合は身内といっても娘婿で市政のことを熟知していなかったことが敗戦の因となった。もし、妻や娘が立候補したら逆に当選していたかもしれない。選挙民は一同に「イッチョウさんなら投票したのに…」と言っていたようだ。今回の敗戦に対し、妻や娘は憔悴しきった様子で「これでは父が浮ばれません」や「裏切られた思いがします」などとコメントされていたが、伊藤市長が亡くなって一番混迷したのは長崎市民であるということを忘れてはならない。確かに市の職員が市のトップに就くことになったが「本当に市民の一人として痛ましく辛い思いをした」と当選した田上氏が述べた。人間社会は強いリーダーがいなくなると得てして支援者が他の候補に移る場合が多いようだ。そのため今回はやり直し選挙にせずたった3日間での超短期決戦に臨んだが、結果は世襲ではなく市政重視の候補者に動いてしまった。まさに冷静に判断した長崎市民の願いが通じたようだ。

 これは夕張市長選や、原発から出る核廃棄物の処分場誘致の是非が問われた高知県東洋町の出直し町長選にも同じことが言えるのではないだろうか。夕張市は地元出身である候補が当選し、東洋町では反対派の新人が当選した。やはりどの選挙区も自分たちの地元を良くしようという考えは同じであるようだ。冷静な判断で選んだ地元民の勇気に「市民の意思」を感じた。
参考資料:毎日新聞 産経新聞 時事通信

Drの四方山日記(289)

yomoyama01.jpg

288.jpg 器にはいろいろな物がある。華やかな花の香りを思わせるものやなめらかな味わいをさせるものなど多種多彩である。そこに、今度日本の代表的な陶器である「九谷焼」と「有田焼」を使った器で味わう究極のウィスキーとラーメンが登場した。

 「九谷焼」としては人間国宝で巨匠である三代徳田八十吉氏がサントリーの高級ウィスキー「響35年」のために手作りのボトル(陶器)を製作した。ボトルの名称は「耀彩瓶碧陽」でサントリーのサン(太陽)をイメージして「光り輝く彩(いろ)」という意味合いでつけられた。価格が一本105万円で、150本限定で受注されるという。入れられるウィスキーも100万樽の保有樽の中から吟味厳選した35年ものだという。

次に「有田焼」では「究極のラーメン鉢」として材質・伝統的な形状・品質にこだわったものだ。使う人の気持ちを考えて、持った感じ、女性でも片手で持てる使いやすさ、冷めにくく収納性が高い、そしてデザインと価格を選ぶというまさに有田焼ならではの品である。これは有田の若手窯元・陶交会のメンバーで作られたプロジェクトAritaが製作したものである。今年の有田陶器市で初めて販売され、予約も含めて4000個以上の売れ行きを見せたという。

日本では料理でも飲み物でも器は大切にされ食べる人あるいは飲む人の気持ちを和らげ味わいをより良くするものとして日本古来から重要視されてきた。磁器にしろ陶器にしろ日本の技術は素晴らしく、いまやヨーロッパのマイセンやコペンハーゲンなど有名な器は日本の有田焼、九谷焼などの影響を受けているといわれている。やはりこれは日本人の伝統的文様の“美しさ”や“あたたかみ”を表したものであるせいかもしれない。これからもウィスキーやラーメンに限らずいろいろなところで日本の伝統が生きづいてくるのではないだろうか。
参考資料:産経新聞 SUNTORY うまか陶

Drの四方山日記(288)

yomoyama01.jpg

287.jpg 淀川長治さんといえば「日曜洋画劇場」の名解説で名を上げた映画評論家である。映画解説の後、名調子で「さよなら、さよなら、さよなら」と言って名残惜しそうにテレビ画面から消えていく。彼は一生独身を貫き通し、自分の好きな映画をこよなく愛し、映画人とも親交が深くまさに今で言う“映画オタク”であった。

淀川さんは芸者の置屋で生まれ、親が映画会社の株主だった影響で映画界に興味を持ち、成長してから『映画世界』の編集者として活躍。その後アメリカの映画社の社員から東宝映画の宣伝部に勤務し、雑誌『映画の友』の編集長を経て映画評論家となる。
彼を有名にしたのは1936年、当時世界の喜劇王チャップリンが来日した時、日本の映画人の代表として彼と対談したことだ。それが後のチャップリン評論家の第一人者となったことにつながる。1960年半ばに外国映画『ララミー牧場』の解説で脚光を浴び、『日曜洋画劇場』の解説者に抜擢された。死ぬ前日までの32年間、独特の語り口と名調子でファンを魅了し続けた。それが“映画の伝道師”淀川長治である。

私の恩師が淀川長治さんのエピソードを話してくれたことがある。
それは、ある日都内の映画館で行われた試写会で上映の後、サイン会が行われた。長蛇の列の中に一人の小学生がいた。淀川さんは一人ひとりサインと握手をし続けた。その小学生の順番になったときにサインの後握手をしようとするとその男の子は左手を出した。すると淀川さんは優しくその子にさとすように「僕、左手では握手はできないよ。右腕を出してごらん」と言ったがその子は最後まで右腕を出さなかった。そのため、淀川さんはその子の手を振り払って迎えの車に乗った。外国生活の長い淀川さんにとっては闘いを象徴する左手での握手は欧米では嫌われていたからだ。
その時、気になって車の後部座席から後ろを振り返ったらその子が立っていた。驚いたことにポケットから出した右腕がなかった。それを見た淀川さんは車を降りて駆け寄り、涙をいっぱい浮かべてその子を抱きしめ「坊や、ごめんよ、ごめんよ」と言い続けた。このエピソードを聞くと淀川長治さんの人柄が偲ばれる。その淀川さんの名調子が8年ぶりに一夜限りであるが“淀川ワールド”として戻ってくることは映画ファンにとっては何よりも喜ばしい限りである。
参考資料:フリー百科事典 デイリースポーツ

Drの四方山日記(287)

S43.jpg 16日米国バージニア州のバージニア工科大学乱射事件、17日長崎市長選中に拳銃で撃たれた事件、18日和歌山県で女性経営者が金銭トラブルのもつれから拳銃で撃たれた事件とこのところ相次いで起こる銃による事件には米国民ならずとも日本国民も驚きを隠せないでいる。拳銃が容易に手に入る米国では大学・高校での乱射事件は過去にも1996年以来7件も起こっている。しかし、今回のように32名が犠牲となった銃撃事件は初めてで、それも外国人による乱射事件は珍しいようだ。また、同じ時期に日本でも暴力団による現職市長の銃撃事件は同じ長崎市長であった前本間氏以来である。それも統一地方選の最中に起こったことは驚きである。

この事件の後、翌日には和歌山市でも63歳の寝具店経営者が胸などを撃たれ死亡した。
日本の社会では銃所持が厳しく禁止されているにも関わらず、このようにいとも簡単に銃規制を潜り抜けて手に入れるとは一般人にとっては信じがたいことである。特に、和歌山の事件はいわゆるヤクザが起こした事件ではなく、一般人が行ったことはただただ驚きと言うしかない。日本も銃による事件以外にも凶悪な事件が相次ぎ、それも大人から子供特に14歳未満の少年が起こす事件が多くなったことがゆるしきことである。政府も衆議院法務委員会で14歳未満の少年が起こした事件を主体に少年法改正案が可決されている。我が国でもバイオレンス的な凶悪事件が多発していることは、国民にとって“安息の場”を失うことでもあり、厳しく処罰して欲しいものである。

 米国の事件の裏には容疑者である韓国人留学生の動機の裏側にはいろいろと複雑な事柄が絡んでいるようだ。私も留学の経験があるので留学生の気持ちはそれなりに推測できる。言葉の問題、友達の問題、生活の問題などがうまくクリアできないときはおのずと孤独になり、心の鬱屈からいろいろな奇行を取るものである。
今回の一件はガールフレンドとの感情のもつれから、今まで溜まった鬱憤が爆発したことが凶行に走ったようだ。ただ、違う国に留学する以上はそれなりの覚悟で望まなければならないが、現代の若者のように甘やかされて育った人間は厳しい現実社会についていけなかったのではないだろうか。ともかく、どんな理由であれ銃という凶器を振りかざして人の命を危めたり死傷させることはあってはならないことである。もっと常日頃からストレスを溜めない人生を送って欲しいものだ。
参考資料:時事通信 西日本新聞 msnニュース より

世相シリーズ(43)

yomoyama01.jpg

286.jpg 近年、日本の首都・東京も様変わりしてきたようだ。ゴールデンウィークや休祝日ともなると都民や東京近郊の人のみならず、地方からも多くの人達が車や電車などで遊びに来る。昔は正月やお盆や大型連休ともなるとみんな地方に出て行ったものだ。それが10年位前から逆に地方から東京に観光に来るようになったのは驚きである。何故こうも様変わりしたのか。それは東京の国際都市としての開発によるところが大きいようだ。
東京湾で開催予定だった世界都市博が1995年青島都知事(当時)によって中止されたことに始まる。その広大な敷地が宙にうき、いかに有効活用するかということで生まれたのが、「お台場」である。
そこには住居・インテリジェントビル・ショッピングモール・アミューズメントパークなどを備えた今までにない複合都市が建設された。その後、恵比寿ガーデンプレイス(1995年10月)、汐留シオサイト(2002年12月)、六本木ヒルズ(2003年4月)、表参道ヒルズ(2006年2月)、新宿バルト9(2007年2月)、ミッドタウン(2007年3月)、そして4月27日にオープン予定の新丸ビルが続く。
これだけ近未来の複合都市が建設されるといやおうなしに人が集まるのが自然の流れというものである。

昔は東京の観光名所といえば東京タワー、皇居、銀座、浅草などであった。その後も新宿、渋谷、池袋が観光やショッピングなどの中心地であったが、若者が中心の原宿(竹下通り)やお年寄り原宿の巣鴨(地蔵通り)が多くの観光客を集めた。
しかし、近代化により現在の複合都市やアミューズメントセンターなどに集まるようになってきた。この先一体どの方向に進むのか誰にもわからない。ただ、一つ言えることは国民にとって東京はいつまでも有意義で楽しめ、そして憩いの場であって欲しいものである。

Drの四方山日記(286)

yomoyama01.jpg

285.jpg 落語家でタレントの林家正蔵師匠が、東京国税局の税務調査を受け襲名披露のご祝儀などの一部2,200万円が所得隠しであるとして指摘された。過去を含めると申告漏れは1億2,000万円に上るという。
昔から芸人はお金には無頓着といわれ、過去にも芸能人の脱税は幾度となく指摘されている。今回の林家正蔵師匠の場合も、芸の世界の“常識”が世間の“常識”では通用しなかったようだ。記者会見でも正蔵師匠は「芸人の古い仕来りでお金にはルーズだった。襲名披露の祝儀の一部を申告するのを忘れていた。どーもスミマセン」と釈明していたが、そんな問題では済まないのが一般社会である。

 もともと、落語のご祝儀は東京(江戸)と大阪(上方)では随分違い、東京ではお座敷芸や武家屋敷などに呼ばれ落語の一席を披露していたが、上方では商人の町らしくストリートパフォーマンスが主流であった。しかし、落語については大阪の方が東京より派手さを誇っていた。
 昔、襲名披露は余興なるものが一切なしで世話になった一部の人を呼んで乾杯し、出席者に弁当やお酒とつまみを出した程度であったが、現在は襲名披露のために寄席興行と称してホテルや大きな会館を使って人を大勢呼び、落語を披露してパーティ形式で行っている。特に林家正蔵師匠の場合、“こぶ平”時代にテレビ・ラジオなどマスコミでタレントとして活躍していた上に、父であり人気落語家であった故林家三平の弟子でもあったので、普通の落語家と違い「林家正蔵」という大看板を襲名したため、地元浅草での大掛かりな余興や全国での襲名興行披露パーティが行われ大量の祝儀が入ったようだ。本人は仮装・隠蔽行為をするつもりでなかったと言うが、日本の社会では法律というのが存在する以上、国民が税金をきちんと払うのが義務付けられていることを忘れてはならない。芸人だからといって税務署は甘くは見てくれない。まさに、「どーもスミマセン」である。
参考資料:産経新聞 毎日新聞 落語家のご祝儀経済学

Drの四方山日記(285)

yomoyama01.jpg

284.jpg 第16回統一地方選挙が昨日告示された。
96市長選と310市議選、それに東京の13区長選と21区議選がスタートした。地方選といえば国民にとって最もその土地に浸透した選挙であり、市長選および東京特別区では直接仕事や生活にも関わってくる。地元にとってはかけがえのない選挙である。ましてや、大きな政府(政府規制)から小さな政府(市場信頼)に移行しつつある現在の日本社会においては、今回の統一地方選は重大な意義を持つ。

 私も親戚の者が東京・区長を2期勤め3期目に立候補したため、その出陣式に出席した。東京の下町でもあるこの区は、区民が一番馴染みやすい場所である神社の境内で行われた。多くの支持者や各党議員および区議選立候補者が駆けつけ、まさにこれから始まる選挙戦の激しさを予見させるものがあった。
今回の選挙は、宮崎県 知事選の東国原氏(そのまんま東氏)の当選以来脱政党色が強く与野党相乗り候補が減り、無党派層の獲得に躍起である。立候補者も最近は女性が増え全体に占める比率は7.6%と過去最高になった。その他タレントやプロレスラーおよび元スポーツ選手などが立候補している。
選挙は地位や学歴など経歴だけにこだわらず平等に立候補できるため、有名人や知名度の高い人が立候補して選挙が行われても決して不思議ではない。ただ、北海道夕張市のように財政再建市政都市で行われる選挙では、候補者の公約や経歴というよりは経費削減による選挙候補の廃止やポスター節約などに重点を置き、本当に市民のために働いてくれる候補者を選ぶべくマニフェスト中心に行われるという。

 日本中でもはや不景気から財政困難に陥っている市町村が多い中、地元民のために親身になって働いてくれる人を選び本当の政治をして欲しいものと強く感じる。国政が頼りにならない現状ではまさに地方政治・行政が我々国民に左右するので、冷静な清き一票を投じてくれることを願ってやまない。
参考資料:産経新聞 読売新聞 時事通信 より

Drの四方山日記(284)

yomoyama01.jpg

283.jpg 電車を乗る前、新聞や雑誌などを買おうとして一度は利用するものに「キヨスク」がある。その「キヨスク」が首都圏のJR駅でまったく見なくなってきた。「キヨスク」といえばわずか2畳のスペースに約800種類の商品が並ぶ店である。その語源はトルコ語で「あずまや」を意味し、日本では「清く、気安く」をモットーに電車を利用する客に喜ばれている。年配の人にとっては「キヨスク」は売店員との会話とふれあいを楽しみにしている人も少なくない。その「キヨスク」が今現在首都圏の3分の1が臨時休業しているという。その理由は店舗を経営するJR東日本の子会社が人員整理と称したリストラを過剰に進めた結果、逆に販売員が十分確保することができず、休業店を出さざるを得なくなった。「東日本キヨスク」によると1都3県の560店舗のうち185店舗が休業し、現在375店舗になっている。これもどんどんなくなり今では近郊の駅にも拡大しているようだ。
「キヨスク」といえば我々中高年から若い世代まで利用している。若い世代はスポーツ新聞や缶ジュース・雑誌などを買い、中年男性は冷えたビールやおつまみ・栄養ドリンクなどを買い、若い女性はエチケット用品や携帯用の化粧品を買い、子供もチョコやガムなどお菓子類を買う。便利で手ごろな価格の「キヨスク」は駅利用者にとってはなくてはならない店なのに、そのお客を無視した運営で消えることは、誰しもが不満に思うにない。もう一度きちんと再開のメドを立てて従来のように活気ある「キヨスク」を復活して欲しいものだ。さもないと、この現象が首都圏のみならず地方にも拡大されることが危惧される。

Drの四方山日記(283)

yomoyama01.jpg

282.jpg アメリカ大リーグで11日、レッドソックス対マリナーズ戦がレッドソックスの聖地フェンウェイ・パークで行われた。この試合は松坂投手がアメリカに来て日本人と初めて対戦するゲームで、それも日本のプロ野球が生んだ最高のスラッガー・イチローとの初対決でボストン中が注目した。両雄は昨年のWBC「王ジャパン」のMVPとチームリーダーであり、世界一となった功労者である。松坂はイチローとの対戦を7年間待ち焦がれていた。そのため松坂はイチローとの個人対決だけに集中し、あとは何とか乗り切れるという安易な気持ちでいたため、マリナーズのクリーンアップや同じ日本人選手城島に打たれ3点を失った。それが勝利打点となって初の黒星を喫した。確かに「平成の名勝負」に値するものであるが、野球の鉄則である勝利を忘れた投球は超一流投手である松坂大輔にしては平常心を失ったとしか言いようがない。レッドソックスのフランコナ監督は、松坂には好意的であったがチームとしては大きな代償を払ったようだ。「彼にとっては毎日が勉強だし、人間はミスをするので仕方がない」とコメントした。それは大輔がチームにとって特別な存在であることを物語っている。これからイチローに限らずヤンキースの松井選手とのビッグ対決が待っているので今回の試合を糧にもっともっと大きく飛躍して欲しいものである。それが日本人のみならず大リーガーファンを魅了させることになる。

Drの四方山日記(282)

yomoyama01.jpg

281.jpg 3月25日午前、日本海の能登半島沖で発生した震度6(M6.9)の地震で大きな被害を受けた石川県輪島市で、災害後輪島市の名物である朝市が再開し一時は30店ほど減っていた露店も、地震前とほぼ同じ150店が軒を並べた。
この朝市は全国でも有名で、とりたての鮮魚やタラの芽など季節野菜の他、海鮮そうめんや漆香茶など多種多様のものが並び、年間90万人の観光客が訪れる一大イベントである。

この地に関わらず北陸地方は昔から情が深いところで生活のための物々交換が行なわれていた。その規模が大きくなって朝市に発展していったようだ。
元気のない年寄りが多い中、この地の“朝市おばさんのパアー”は健在のようだ。
また震災後、観光産業や伝統工芸も大きな打撃を受け、一時は旅館のキャンセルが続いて復興の目途が立っていなかったが、現在は27軒中15軒が営業を再開した。何しろ日本でもこの地は温泉街としても最大で、年間100万人から200万人近くの観光客が訪れる「和倉温泉」の「加賀屋」も何とか開業の見通しがついてきたようだ。
また、伝統工芸で全国に知られる漆器「輪島塗」も大打撃(被害額10億円)を受け、一時は再開も難しかったが、「世界に通用するブランドを復活させたい」という組合員の強い願いで再開した。その他の産業もほとんど復興したようだ。
私もこの地震が起きたときは生まれ故郷(富山)だっただけに心配したが、被害能登に近い湾岸地域のみであったのが唯一救いであった。今まで最も地震のなかった地域だっただけに日本国民は一同に驚いた。

Drの四方山日記(281)

yomoyama01.jpg

280.JPG 女の子の人形として親子3代に渡って可愛がられ、今なお根強い人気を保っている「リカちゃん」人形はその時代のアイドルであり宝物であるようだ。
何故こうも人気を博しているのか調べてみた。それはリカちゃん人形が単なる着せ替え人形ではなく、それを持つ少女にとっては姉妹のような存在であるからのようだ。
また、『リカちゃん』には生活がありファミリーを持っている。つまり、1つのストーリーがあるのである。
『リカちゃん』は1967年、玩具のメーカーであるタカラが生んだ日本初の立体的着せ替え人形で、当時着せ替え人形は紙人形に衣類を重ねて遊ぶものだった。しかし、タカラは研究に研究を重ね、安全でソフトで気軽に遊べる人形としてソフトビニールを用いた1/6ドールを作り上げた。
そして、そこに魂を入れ名前・年齢・家族・学歴・職業・生活などストーリーを決めたもので、それが日本の社会に受け入れられ女の子にとってはなくてはならない存在になった。
特に、日本人らしい身長と顔立ちで親近感が沸くように作られ、2003年には販売数がなんと5.000万体を越えた商品である。

「リカちゃん」には香山リカ(女優の香山美子に由来)という名前があり、5月3日生まれのおうし座で白樺学園に通う小学5年生という設定で作られた。
血液型はO型で現在精神科医である。その他将来から家族の経歴まで完全に設定されている。まさに完璧な生きた人形である。

今の『リカちゃん』は5代目で、初代は瞳の中の星は1つ。2代目は靴底に磁石がつけられ歩行もできる。3代目は頭とボディが変更されスラッとした体形をしている。4代目は3代目にいくらかのバリエーションをつけたもの。5代目は今までのリカちゃんよりわずかに背が高く作られている。
以上のように「リカちゃん」は日本の女性なら一度は手にする人形であり、それはあたかも人間のような存在でもある。時代は変わってもこの「リカちゃん」人形は日本の女の子に生き続けるのではないだろうか。夢を与えるレディ・ドールである。
参考資料:フリー百科事典 知泉Wiki より

Drの四方山日記(280)

W10.jpg テレビを観ていたらすごく興味がある番組をやっていた。それはNHK福祉ネットワーク(教育番組)で、毎回身近で深刻化している問題についてシリーズで放送しているものである。
1回目は「生活保護を受けられない」と題しワーキングプアの苦悩を描いたもの。2回目は「生活保護が減らされる」で誰が高齢者を守るのか。3回目は「セーフティネットの再生のシナリオ」である。そして今回は「フィリピン人介護士がやってくる」と題し、世界に先駆けて老齢社会に突入した日本に介護士が集まるかどうかという内容であった。2000年に20万6000人いた介護士が現在20%減少し、16万5000人になっているという。その原因は辛い、暗い、収入が少ないなどを理由に日本の若者が避けてきたためである。そこで日本人に代わる外国人としてフィリピン人に期待しているようだ。

日本の介護の現場は10人の患者に対し介護士が5人だという。しかし、夜は20人の患者に対し介護士が1人で対応するという状況に追い込まれている。そこで昨年9月、日本とフィリピンとの間で経済連携協定が締結された。その内容はフィリピン人介護士600人を日本に受け入れるというものだ。これはフィリピン政府が再三日本に介護士受け入れを求めてきたことがきっかけだという。しかし、実際にはいつから受け入れが始まるのか、それに対する具体的日程などはいまだ決まっていない。
番組ではフィリピン人介護士の受け入れ前と受け入れ後をどのようにするかを、追跡取材を交えながら放映していた。その中で介護学校では日本語中心の教育が行われ、即日本に受け入れられても現場で苦悩しないような訓練を行っていた。
ただ、受け入れのための条件が3つある。
1つ目がフィリピンで4年制の大学を卒業、2つ目がフィリピンの国が定める介護士の認定を受けること、3つ目が来日後日本において介護福祉の資格を習得することを満たして採用するということだった。日本人介護関係者がフィリピン学校を視察した際、ある男性の介護士生に質問を浴びせた1つに、日本の女性のお年寄りに男の介護士が拒否された場合どう対処するかというものがあった。その介護士さんは誠意を持ってあたり介護の必要性を強く語りかけ、何とか受け入れられるよう努力すると答えていた。つまり本人の心掛けしだいということを強調していたのが印象深かった。それに2つ目の学校では介護学校を卒業したら、世界のどの国でやりたいかの問いに圧倒的に多かったのが、なんと日本ではなくカナダだった。その理由は日本ほど条件が厳しくないし、2年間勤めるとカナダでの「永住権」が得られるというものである。

ともかくこれから10年間日本は50万人の介護士が必要になってくる。果たして日本とフィリピン両国で締結されたとおり、フィリピン介護士がわが国の救世主となってくれるかどうか心配である。
参考資料:福祉ネットラインNHK より

話題シリーズ(10)

yomoyama01.jpg

279.jpg 8日の日曜日に田舎の中学時代の同級生10人と水元公園界隈と葛飾・柴又帝釈天に行ってきた。
朝11時30分に常磐線の金町駅に集合し、バスで水元公園まで行き下車。その足で水元公園を散策しみんなで和気あいあいと昼食をとり、その後再度水元公園の自然を満喫してまだ満開の桜を見物した。
次に公園から10分くらいのところにあるしばられ地蔵をお参りし、バスで今回の最終目的である葛飾・柴又帝釈天に向かった。私は東京にいながらバスに乗ることもほとんどなかったので、田舎を思い出させられた。ましてや、気心が知れる友人たちとおしゃべりをしながら乗車するバスは、都会での雑踏を忘れさせてくれるものがあった。
バスに乗車して20分足らずで映画「男はつらいよ」の寅さんのふるさと柴又に到着した。
さっそく、全員で帝釈天(題経寺)をお参りした。帝釈天は東京の東部・葛飾区と千葉県松戸市との境を流れる江戸川沿いにあり、300年前寛永年間に開創されたといわれ日蓮宗経栄山と号し、千葉県の中山法華経寺の門末として建てられた。
このお寺は総欅造りの二天門や大鐘楼と本堂である帝釈堂がある。ここには200年前に発見された坂本尊が祀られ、当時の日敬上人がこの本尊を背負い飢饉、厄病の江戸の人々に拝ませ、利益を授けてられて今日まで庶民の信仰が続いているという。

お参りの後、裏手の道を数分歩いたところに大正ロマンを思わせる建物があった。この建物は地元の有力者山本栄之助翁の住宅として建てられ、当時の時代精神を反映した和洋折衷の家屋と純和風の庭園が見事に調和し地元のみならず訪れる人の心を和ませてくれる。
この「山本亭」の門前に寅さん記念館がある。寅さんはご存知のように「男はつらいよ」シリーズ(48作)で日本映画界にその名を残したことを記念して建てられたものである。私は既に数回来ているので見学しなかったが、初めての人は見学して感動したようだ。

そろそろ夕方に近づいたので柴又の界隈を抜け帝釈天の参道に出た。参道はこの日の「桜まつり」のせいか多くの参拝者で大賑わいだった。茶屋の団子を求める人、お土産屋で縁起物を買う人、寅さんの産湯である御神水を汲む人などで埋め尽くされていた。特に、参道の呼びこみでなんとなく立ち寄る情景はまさに下町ならでわである。
1時間位店を覗いた後、予約してある帝釈天・二王門傍の川魚料理屋に入った。美味しい料理とお酒に酔いしれて時の立つのを忘れた。
やはり気心が知れた田舎の同級生たちとの語らいは、我々に一時の“安らぎ”を与えてくれたようである。
参考資料:Town Net  歳時記 葛飾柴又HP より

Drの四方山日記(279)

yomoyama01.jpg

 数年前のNHK及び民放の不祥事から始まりメディアの放送とは何か、また不祥事の再発防止をするにはどうしたらいいのかと国や放送業界の第三者機関BPO(放送倫理・番組向上機構)で検討されている最中、関西テレビの「発掘!あるある大辞典?」の捏造問題が発覚し行政処分の対象になっている。そこにきて今回TBS情報バラエティー番組「サンデー・ジャポン」の街頭インタビューにやらせがあった。さらに輪をかけるように、またまたTBS系番組「新SASUKE 2007」の収録中にタレントの男性が脱臼する事故が起こり、これを警察に届けず野放しにしたことが問題になった。調査委員会が調べたところによると、他にも収録中に4人が骨折するなどの重軽傷をおっていたことが判明した。一体まともな番組制作をするため働く人にモラルというものがあるのだろうか。今まで放送局が番組を作るときは自局の会社で製作していたが、今はほとんど下請けのプロダクションに任せているためほとんどと言っていいくらいチェック機能が果たされず、それを上に報告しないで野放しになった状態が現在の放送メディアの姿である。政府もやっと思い腰を上げ、国会に放送法改正案(総務大臣管轄)を提出した。

NHKをはじめ各局が放送するということは、これだけ電波が発達した日本の社会ではいやおうなしに国民生活へ影響が出てくることは目に見えている。もっと作る側の道徳・倫理を踏まえた番組製作をしてほしいものである。アメリカの場合はFCC(連邦通信委員会)のように政府から独立した委員会がつくられ、各放送局の番組内容をチェックしているようだ。確かに日本も昭和50年放送法の設立と同時に電波管理委員会がつくられ放送局を所管していたが、GHQの指導で長く占領体制に置かれていたため、半ば機能していないのが現状だった。その後旧郵政相に引き継がれ現在に至っているようだ。日本も早く事実でない放送に対する規制を行って欲しいものである。
参考資料:産経新聞 毎日新聞 時事通信

Drの四方山日記(278)

S42.gif 親が育てられない赤ちゃんを匿名で受け入れようと『赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)』なるものが熊本市のカトリック系の病院で設置されることになった。
それを許可した熊本市長が記者会見で、『現実に置き去りにすることが多くあり、最終手段としてこういう施設が必要である。いわば命を守るための避難処置である。使われないことがベストであるが、仮に使われる事態があっても「救われる命があった」と捉えたい』と述べた。
確かに自治体では「医療法上の基準に達しているが、直ちに法令に違反するとはいえない」と申請を許可したらしい。しかし、日本人の多くの人は育児を放棄して荷物のように置き去りにする行為は許される行為ではないと考えている。いわゆる捨て子は1つの犯罪に値するものではないだろうか。確かに最近の若い母親は自分の子を養育することが出来ずに、やむを得ず子供を置き去りにすることが多くなってきたのも事実である。
今回の一件で『赤ちゃんポスト』の設置が決まった病院の院長は、『医学上の立場から命の尊厳を重要視し、赤ちゃんと母親の幸せにつながるよう努力したい。しかし、出来れば捨て子する前に相談をして欲しい』と述べている。

 ヨーロッパではカトリック系の教会および病院で同様のものが設置されていることは確かにある。その代表的な国がドイツである。今回の『赤ちゃんポスト』のモデルになった『ベビークラッペ(赤ちゃんの扉)』や『ベビーネスト(赤ちゃんの巣)』がドイツでは存在している。
2000年にハンブルグの児童福祉団体によって設置され、現在ドイツ国内だけでも80ヶ所あるという。もともとヨーロッパでは古くから修道院などに同じような設備があったようだ。私が3年前ギリシャエーゲ海のロードス島に聖ヨハネ騎士団の修道院跡を訪ねたとき、現地のガイドが「育てられない母親が修道院の中に捨て子として置いていく場所がある」と私に説明してくれたことを思い出される。このようにヨーロッパ諸国にも数多く同じようなものが設置されていたようだ。

 ヨーロッパと日本はもともと宗教も違い、考え方も正反対に近いものがある。
安倍総理が言うように匿名で子供を置き去りにすることは許されない行為であり、政府としてもこうしたことを認めることはないとキッパリ述べている。
私はこのことに議論する前に母親が赤ちゃんを生む以上は責任を持って夫とともに養育をして欲しいと切に思う。それは日本の長い歴史からこの国独自の道徳・倫理観からきているものであり、よその国がうまくいっているからといって場当たり的な方法を用いることは間違っているのではないかと思うからだ。もちろんいろいろな意見はあるだろうが、もっと児童福祉や児童養護施設などと協力体制で出来るものに対して自治体や国が慎重に認可して欲しいものである。それが子育ての本当の姿ではないだろうか。
参考資料:時事通信 産経新聞 毎日新聞 朝日新聞社広告局オピニオン より

世相シリーズ(42)

yomoyama01.jpg

277.jpg 最近、豪華客船のよるクルージング(船旅)が中高年層を中心にブームになっている。クルージングというと富裕層たちの娯楽と相場が決まっていたが、今や2007年問題ではないが、団塊の世代を中心に若者たちにも広がってきているようだ。一度船旅を体験するとどうも病みつきになるらしく、半数以上がリピーターになるといわれている。

クルージングの魅力はその豪華さだけでなく、空の旅とは異なり時間や体力をセーブでき、一流ホテル並みの部屋で過ごしながら世界中を旅行できるところにある。
今までは熟年者には人気を博していたが、最近は大小の船舶が増え、コースも今までのアラスカ、地中海、カリブ海、エーゲ海、南米クルーズに加え、シンガポールの船会社が出す『スタークルーズ』の3泊4日日本―韓国の旅や『パシフィック・ビイナス』、『スーパーレオ』のアジアクルーズの激安・短期クルーズまで登場して、気安く若者や中高年も利用できることから利用者が急増したらしい。
とはいっても豪華客船でいくクルージングはいまだ価格は高く最高のものは2000万円位するという。クルーズの人口はアメリカでは1000万人いるのに対して日本ではわずか15万人しかいないのが現状である。
誰しも昔のタイタニック号やクイーンエリザベス2世号、クリスタルシンフォニー号の豪華さにあこがれ、今はカーニバル・ディズニーやロイヤルカリアンのようなエンターテイメントや多種多様な近代設備を満載したメガシップに夢とロマンを求めている。
私も人生の最後を最高のクルーズで旅を締めくくりたいものである。

Drの四方山日記(277)

K10.jpg 2日の海外からのニュースに興味深い記事があった。それはAとB、AB型の赤血球をO型の赤血球に変える酵素の開発にデンマーク・コペンハーゲン大やハーバード大などの国際研究チームが成功したというものだ。これまでの研究でB型から0型への転換は、コーヒー豆(カネフオラ種ロブスタ)から抽出した酵素を用いる方法として研究開発され、臨床試験まで進んでいるが、未だ実用化にいたっていない。またA型からO型への転換も試みたが成功していなかったのが現状である。

 通常赤血球の表面は、毛のような糖鎖で覆われ、その糖鎖の先に結合している糖の種類によって各血液型A,B,ABに分かれ、何も結合していないのがO型である。もし、結合している糖の種類が違ってくると輸血するときに拒否反応が生じるため、O型以外の赤血球はおのずと輸血対象が限られる。O型の血液は、緊急時など患者さんの血液型が不明な時や他の型の血液が不足した場合、他の血液型の患者さんに輸血できる。但し少量または緊急時のみに限られる。今回の酵素を使っての血液型の転換が実用化されれば、不足気味のO型の確保が容易になるのと輸血用の血液の血液型の偏りをなくすことが出来るので大いに期待が持てる。
最近は地震や水害などの災害時や非常の場合でも輸血は非常に必要になり、有用になるので日本もますます研究開発に努力して他の血液型の転換に成功して欲しいものだ。
参考資料:時事通信 読売新聞 

健康コラム

yomoyama01.jpg

276.jpg 最近、いろいろと問題の多い新幹線にとって明るい話題が入ってきた。
それはJR東海に東海道新幹線と同じ名前の双子の姉妹が入社した話で、今JRのみならず全国で話題になっているようだ。お姉さんの望(のぞみ)、妹さんが光(ひかり)という名前である。通常はこういう名前がついていると親が鉄道員で子供にいろんな夢を託して名前をつけるものだが、今回の場合はまったく偶然であったという。
望さんは幼稚園の頃から新幹線の運転手になりたかったという希望を持ち、光さんはまず窓口でひかりの切符を売り、行く末はひかりの運転手になると強い願いを持っていたらしい。2人は都内の短大を卒業し、めでたく希望が叶いJR東海に入社することが出来た。特にこの2人は運転手を目指す「プロフェッショナル職」で採用された。まことにめでたいことである。
人間は小さいときに大きな夢を持つがなかなか叶えることが出来ず挫折する場合が多いが、この2人は強い信念のもと見事夢を叶えたのである。JR東海のみならずこれから専門職を目指す若者に大きな希望と光を当てたのではないだろうか。JR東海もこの2人にのぞみ開業記念式典においてのテープカットをプレゼントするという粋な計らいをしたようだ。
新幹線も2001年より新幹線電気軌道総合試験車「ドクターイエロー(923形)」を走らせ、安全で安定した輸送を心がけることは素晴らしいことであり、今まで遠方は空に頼っていた輸送もこれからはますます地上においてもより安全になってくるため、新幹線を利用する我々国民にとっては嬉しい限りである。

Drの四方山日記(276)

yomoyama01.jpg

275.jpg 昨日桜一色の中、全国各地で総一地方選挙遊説が行われた。東京では「日本の首都の顔」を決めるべき3選を目指す石原慎太郎氏を始め、“ストップザ石原都政”を掲げて闘う浅野史郎氏、吉田万三氏、黒川紀章氏、ドクター中松氏など有力候補が唾ぜり合いを繰り広げている。
しかし、最近の選挙は選挙カーや街頭演説によるものが少なくなり、今や電話攻撃からインターネットの動画投稿サイトを使った政見放送に変えられ自由に見られるものになった。

これも無党派層や若者をターゲットに置いているせいかもしれない。また、選挙公約も「マニフェスト」による方法が多く取られ、候補者の主張を表すのには分かりやすくなった。これもそのまんま東氏(東国原英夫・宮崎県知事)の選挙法に真似られたもののようだ。
「首都の顔」を決めるまであと1週間。各陣営とも必死なようだ。一番有力な石原氏は医療費助成など福祉政策の向上を訴え、対抗馬である浅野氏は震災対策や教育問題あるいは五輪誘致中止などを訴え、吉田氏は都政の私物化の即刻中止、税金の無駄遣いの削減、暮らし優先および憲法を都政に生かすなどを強く訴えている。

おそらく今の情勢では石原氏が2期8年を土台に各党の支持層を広げ、無党派層の6割近くを取り込むのではないかといわれている。浅野氏も善戦はしているが今一歩届かないのではないかと私は想像する。しかし、若い世代や無党派層が考えを変えて浅野氏に投票すれば、ひょっとして逆転する可能性も十分秘めているのではないだろうか。ともあれ決定するのは6日後の日曜日で、全ての人に棄権することなく清き1票を都政のため、いや国の首都のために投じて欲しいものである。
参考資料:毎日新聞 読売新聞 産経新聞 より

Drの四方山日記(275)

2009年6月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

月別 アーカイブ

ウェブページ