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奈良県高取町に真言宗で壺坂寺(正式名 南法華寺)というお寺がある。ここの本尊は十一面千手観音像(壺坂観音)で眼病に霊験あらたかであるとされ通称“目の観音さま”として昔から信仰されている。仏様の慈悲を身近に感じてもらおうと昭和58年に大観音石像、平成11年にインドの涅槃図をモデルに大涅槃石像を造立し、そして今度は釈迦如来を石像で再現するという。これが完成するとインド産の石で造られた仏像として国内最大級の規模になる。
この壺坂寺にはなぜ参拝者が多く訪れるのか。それは人形浄瑠璃や歌舞伎の舞台にも多く上演されている『壺坂霊験記』にあるようだ。壺坂寺の近くに住む目の見えない座頭の沢市と美しい妻お里の夫婦が細々と生計を立てながら生活をしていた。沢市は夫婦になって3年、お里が七つ(午前四時)過ぎになると、寝床を抜け出して夏も冬も毎日欠かさず出掛けるのを不信に思った。「きっと自分は盲目ゆえに私以外に男が出来たのではないか」と疑いを持つ。そして夫の疑いを知ったお里は驚き、夫に事情を説明する。「実は疱瘡から盲目となった夫の回復を願って毎日願をかけに観音様にお参りに行っている」とその心を打ち明けた。それを知った沢市は貞節な妻を疑ったことに対し謝り、お里と一緒にお参りをすることにし、籠もり断食やお経をあげて熱心にお参りをした。しかし、お里が帰った後沢市は「どうせ望みが叶うまい。妻の幸せを思うと自分がいなくなった方が妻への返礼」と思い、谷に身を投げてしまう。それを知ったお里は後を追って身を投げた。すると不思議に谷底に並んで伏せていた二人の前に観音様が現れ、日ごろの信仰心とお里の貞節を思い二人を生き返らせた。
と同時に、沢市の目も見えるようになった。という物語である。これがのちのち浪曲で謡われ、有名な歌詞“妻は夫を労わりつ、夫は妻を慕いつつ…”という名文句となった。現代、熟年者の離婚が多い中、この二人のように夫婦愛を全うした生き様は、今日でも手本になるのではないだろうか。
参考資料:産経新聞 壺坂時ホームページ より
Drの四方山日記(312)
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