2007年9月アーカイブ

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396.jpg 秋に入り未だ暑さが続く中、夏野菜であるトマトを素材に使ったお酒がバカ売れしているという。ビールメーカー各社も力をいれ、主力商品として売り出した。トマトと言えばヨーロッパでは「トマトが赤くなると医者が青くなる」ということわざがある程、栄養価は高く、ビタミンA、B1、Cだけではなく、クエン酸、リンゴ酸など胃酸の分泌を促進したんぱく質の消化を助ける。他にリコピンという成分は心臓病やガンの原因といわれている活性酸素を消去してくれる抗酸化作用の働きが強いという。
その栄養価が高いお酒はまさに女性にとっては美容にもよく、健康志向にはぴったりという。販売当初は女性をターゲットにしていたが、実際に売り出したら男性の消費者が多く、各社は驚いているようだ。もともとトマトには体を冷やす働きがあるので、お酒を飲んで火照った体を冷やすには丁度いいようだ。男性は前立腺トラブルの予防、女性は紫外線による肌のダメージを回復させる作用が期待できる。私もついつい飲みすぎたりすることが多いのでこういうお酒は大いに利用したい。ともかくこれからは健康を考えた野菜ジュースのようなお酒が若者に限らず我々の年代にも必要だ。
参考資料:日刊ゲンダイ 旬の食材の効用HP より

Drの四方山日記(396)

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395.jpg 毎朝、出勤前に必ず見るドラマがある。
NHKの連続テレビ小説『どんと晴れ』である。このドラマは民話の郷・岩手県を舞台に、都会育ちの女性が格式高い盛岡の老舗旅館に入り、孤軍奮闘しながら“思いやり”と“気配り“を持って老舗旅館の若女将となるまでを描いたドラマである。
特に、このドラマは東北地方の民話を交えながら、運命的・神秘的で人と人とのつながりを大切にし、対照的な二つの家族の様子を描いたもので、現代社会が忘れかけていた「日本の美徳」を我々に教えてくれた。どんな困難なときでも、明るい笑顔で前向きに立ち向かうヒロインはまさに適役であった。また、脇役に日本を代表する役者をそろえたのは大成功だった。

ドラマにも登場し民話に出てくる「座敷童(ざしきわらし)」について私は、何のことかさっぱりわからなかった。東北地方の旧家では家神として信じられ、顔が赤く髪が垂れている子どもで、出没すると善いことが起こり、居なくなるとその家が衰えるという言い伝えがあるという。
うまく民話と現代をミックスして、現代人にもわかるように作られたこのドラマには何か我々視聴者の心を動かすものがある。
最近は、日本の古きよきものが尊ばれなくなってきた傾向にあるなか、相手を敬い思いやりを持って笑顔で接する『おもてなしの心』を教えてくれる物語であった。
特に最終週の「来る者帰るがごとし」では女将が旅館のみんなに言った次の言葉が素晴らしかった。
“来る者に安らぎを、去りゆく者に幸せを”の言葉がまさに『おもてなしの心』を表している。
このところNHKの連続テレビ小説は、見るものに感動を与えるドラマ作りをしているように思える。そのせいか、ここ3作(純情きらり、芋たこなんきん、どんと晴れ)の視聴率も非常に高く、素晴しい作品を作ればやはり視聴者も見るようだ。
次のドラマ『ちりとてちん』に期待したい。
参考資料:連続テレビ小説HP NHK朝ドラ情報 より

Drの四方山日記(395)

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394.jpg インターネットもいろいろな情報やショッピングなど幅広く利用することができ、今や携帯電話同様、なくてはならない生活必需品になってきている。

そこに今度新たにゲーム感覚で人間の心理や関係をコンピュータを使って分かるという「相関図ジェネレータ」が話題になっている。これは2?5人の名前を入力することによって、その人たちの人間関係の図式が作成できるというもの。入力した人同士を線で結び2人の関係が「中途半端」「不思議」「苦手」「肉体関係」などが解かるという。
まあ一種の占いゲームであるようだ。もっと細かく分析するため、生年月日を入力して「生活」「性格」「人間関係」「金運」などを占うことができるという。同じようなゲームに脳内メーカーがあるが、イマイチ根拠があるのか無いのか、隠れた関係も暴露されてしまうそうだ。この程度なら話のネタにいいが、これを機に近い将来ちゃんと根拠ある精度の高い相関図ジェネレータが出来てしまったらと思うと、人には、往々にして暴露されてほしくないこともあるもので、心配である。
参考資料:アメーバニュース より

Drの四方山日記(394)

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393.jpg 25日、第91代首相に指名された自民党の福田康夫総裁は早速、首相官邸で組閣に入った。安倍前首相の突然の辞任以来、日本の政治経済は混迷を極めていたが、何とか日本のトップだけは決まった。しかし福田首相に年金流用禁止法案、政治資金規正法改正案、イラク復興支援特措法廃止法案、さらに格差社会の是正など多くの難題・課題を抱え、果たして解決できるのであろうか。

すでに国会が始まっている中、安倍内閣が決めた大臣17人中15人を再任させて思うような政治ができるのだろうかと有識者は危惧(きぐ)している。
そこに新たに“平成の角福戦争”とも言うべき、2代続いての天敵同士である田中真紀子氏と小沢一郎氏対福田首相の攻防が時代を超えて蘇り(よみがえり)そうである。

福田首相の人物像はプライドとコンプレックスをミックスしたような雰囲気を持ち、なにか人をくったような冷たい印象を持つのは私だけだろうか。勝手な想像だが一人で食堂の片隅でご飯を食べているイメージがつきまとう。しかし、本人は自分を“平成の徳川家康”と称し、じっくり派閥を交えた自民党にしようとしているらしいが、「格差に年金、政治と金」と多くの課題を抱えた現代を何とか無難に乗り切るつもりでいるように思えてならない。よって驚きや新鮮味に欠ける布陣であることは言うまでもない。そのことから『幕の内内閣』と言われるゆえんである。
しかし、経済界や経済ジャーナリストたちは割と福田政権に期待を掛けているようだ。なぜならこれからアメリカ経済が外需依存となると、アメリカの輸出産業は販売促進宣伝などを日本に投下し、日本の輸出産業は内需拡大に迫られるから国内に資金投下しそうであり、よって日本経済は徐々に好景気となって国民所得格差問題が解決できるのではないかと期待を掛けているからだ。

また、福田首相は長い間サラリーマンを経験しているため、割と家康式でいろんな問題を解決していくのではないかと希望的観測を持っているようだ。
ただ、国民からすればもっと若くて積極的に行動し、分かりやすい政治をしてくれる人を願っているが、なかなかそうはいかない。かっこよかった安倍前首相が政権を投げ出した罪は大きいのではないか。
参考資料:産経新聞 iza  スポーツ報知 増田俊男『時事直言』 より

Drの四方山日記(393)

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392.jpg 秋分の日の日曜日、朝早く友人を含めた3人と愛犬とで静岡・御殿場にあるアウトレットに行った。先月末に訪れた時は、遅かったせいでゆっくりとショッピングができなかったので、今回は思う存分買い物ができた。
伊豆・網代の保養所で一泊し、翌朝は帰路に向けて海岸線を走った。途中、その友人の弟さんがやっている真鶴駅より10分くらいの山林にある小椋家具工房に伺った。
以前からこの家具工房についてはいろいろと聞かされていたので興味はあったが、なかなか機会が無く伺うことが出来なかった。
実際にこの工房に来て驚いたのは、まさに自然の中に建ち、玄関を抜け家へ入ったとたん中はギャラリーになっていて、来る人の目を楽しませてくれる。

この工房では、注文に応じてサクラ、クリ、カリン、タモなどの自然の木目、木肌を生かした家具を作ってくれる。同じような工房は長野県の保養所付近にもたくさんあるのでイメージはできたが、ここはちょっとユニークで変わっており、みんなが楽しめるカラクリ家具や名刺入れのシリーズ、フライパンをモチーフにしたデコレーションまでも製作するという。その楽しい家具が家中ギャラリーとなって飾られていた。
この工房は家具に限らず、素朴な手作り陶器、お土産に喜ばれる手ぬぐいタオル、ユーモラスな動物家族の置物なども販売している。何しろ時間がたつのを忘れ、子どもの世界にいるような気さえ味合わせてくれる。

弟さんである店主は自然をこよなく愛す方で、奥さんと迷い犬や捨てられた犬を大切に育て四人で好きな木工をしながら生活している。その姿は、何か理想に出会えた人間のようでうらやましい限りである。
私も海、山をバックにこれからの生活を送りたいと、ついつい憧れてしまう。
皆さんも一度機会があったら自然に囲まれたこの工房に訪れるのもいいかもしれない。
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小椋家具工房&ギャラリー椋(ムク) 

Drの四方山日記(392)

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391.jpg  朝のラジオ番組に歴史上の人物について語るものがある。
今回は「児童福祉の父」で日本で初めて孤児院を創った石井十次氏についてであった。

石井十次は慶応元年(1865)年宮崎県の田舎町に生まれ、明治11年晩翠学舎で学び、明治15年岡山県甲種医学校(現岡山大学医学部)へ入学、明治20年22歳の若さで孤児救済事業に着手し、3名の孤児を引き取り「岡山孤児院」を創設する。
その後、大阪や郷里宮崎に孤児院を創り3000人以上の孤児たちを救った。今は福祉と言えば誰でもわかるが、明治時代は福祉という言葉がなく、多くの孤児たちを救うことは並大抵のことではなかったと想像がつく。特に石井十次は単なる孤児を養育することだけにとどまらず、社会に貢献する人物を輩出するため教育院を開講した。
また、教育のために「時代教育法」を作り、三つの年代にわけた。10歳以下の少年を第一幼年時代、11歳より15歳までを第二少年時代、そして16歳から20歳までを第三青年時代とした。そしてそれぞれの時代の孤児に教育を授けた。石井十次は「天は父なり 人は同胞なれど 互いに相信し 相愛す可き事」という素晴らしい言葉を残している。
そして、今日も社会福祉事業として受け継がれているようだ。最近では彼の波乱万丈な生き方や偉業の数々をまとめられたものが、松平健主演で映画「石井のおとうさんありがとう」と題して全国で公開され、感動を呼び起こした。どんな素晴らしいことを行うにしても最初に苦難はつきもので、認められるまで幾多の努力・精進を重ねて成功に至るということを我々は忘れてはならない。
参考資料:フリー百科事典 映画「石井のおとうさんありがとう」 石井記念友愛社 より

Drの四方山日記(391)

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390.jpg 先日の世相シリーズで「百貨店も統合の時代」と言うタイトルで情報を皆さんに提供したが、今度は家電量販店業界で資本・業務提携などや経営統合が行われているようだ。
現在大手が9社あり最終的には2?3社になるのではないかと専門家が述べている。国内の家電流通の市場規模は7兆円といわれている中、2001年以降売上一位を守っているのがヤマダ電機で流通市場の17%のシェアを占めている。以前はヤマダ電機とコジマ電機の戦いだったが、今やヤマダ電機の成長は著しく、地方郊外に数多くの店舗(337店)を出店し、商品の絞込みや思い切った低価格を実行したり、店舗フォーマットを同一化したりして、1店舗当たりの設備投資をおさえ、結果成功を収めたようだ。
そのヤマダ電機に対抗するためか5位のビックカメラと7位のベスト電器が資本・業務提携をした。
また、ビックカメラは両社の連結売上高でみると既に資本提携関係にある2位のエディオンを上回る結果となった。
なにしろエディオン・ヨドバシカメラ・コジマ・ビックカメラ・ケーズホールディングズの5社の間で合従連衡してヤマダ電機に対抗しようとしている。いまや年商4000億未満の家電量販店は独自で営業が難しくなり大手に吸収されていくことは間違いないようだ。
国内家電製品の市場は年々人口の減少に伴い合併か企業提携などするしか生き残る方法がないようだ。
お互いに得意とするシステムを出し合って統合していかないと大手に潰されていく。ともかく家電量販店業界は規模を拡大に向けた大競争時代に突入してきたようだ。日本は量販店のみならず、それに提供している電機メーカーも提携・合併して生き残りをかけていて、17年前のバブル景気があったことが嘘のようだ。
参考資料:産経新聞 フシサンケイ・ビジネスアイ 日刊工業新聞 毎日新聞 より

Drの四方山日記(390)

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389.jpg プロ野球ヤクルトスワローズの古田敦也選手兼監督が突如今季限りでの現役引退と監督退任を発表した。
古田氏はヤクルトスワローズに1989年入団し18年間名捕手としてチームの中心選手として活躍した。リーグ優勝を5度、日本一を4度経験し、シーズンMVPや日本シリーズMVPなどを受賞しプロ野球の勲章である2000本安打も達成した。
彼の場合はプロ入りが24歳と遅く、なかなか達成不可能と言われたが、不屈の精神で達成したことは見事である。
そしてもう一つ偉大であったことがある。選手会会長としての活躍を1998年に5代目会長として就任するや、プロ野球選手の肖像権を日本野球機構から選手会に移行させたり、セ・パ交流試合を実現した。また、契約更改時の代理人交渉制度やFA制度期間短縮、ドラフト制度改革など数多くのことを手がけた。
特に2004年の近鉄・オリックス合併交渉を発端に1リーグ制移行に断固反対し、12球団752名の選手を引っ張ってストライキを決行。その甲斐あって2リーグ制度が維持された。
ともかく、古田氏は選手としての実績はもとより交渉人としても抜きん出たものがあり、プロ野球界の宝として人望が厚かった。

また、選手時代には眼鏡捕手は大成しないという球界の常識をくつがえし、生涯一捕手として42歳まで現役を貫いた。その陰にはやはり選手兼監督で大成した恩師・野村克也氏(現楽天監督)の指導があったことが大きかったようだ。
また、彼はアマチュア時代にも活躍したことでプロ野球とアマチュアの交流を高め、WBCやオリンピックにプロアマ混合チームをより強固にした実績は評価される。これからも古田氏にはプロ野球界で非凡な才能を大いに発揮して活躍して欲しいものである。
参考資料:フリー百科事典 OCNスポーツESPA 東京新聞 スポーツニッポン より

Drの四方山日記(389)

K21.jpg アメリカの微生物学会が18日発表した中に、公衆トイレで手を洗う人の割合が77%で2005年に実施した調査より女性は2%、男性は9%も手を洗う人が減ったと言う。これはアメリカに限らず、日本でも同じようにトイレの後、手を洗わない若者たちが多くいるように思う。

よく高速道路のパーキングエリアの公衆トイレで用を済ませた後、普通は手を洗うが、若者たちの中にはそのまま出て行く人がいる。仮に手先を濡らしてもハンカチで拭かず、そのまま出て行くのが多いことにビックリする。
確かに家庭ではこういうしつけは当たり前のように言われているのに、実際にはやっていないことが多いようである。
我々幼少の頃は家庭や学校で厳しく教えられたせいか、今や習慣のようになっている。それは今と昔とは男も女も衛生的観念が違うせいか、ひとりがやらないとみんな同じようなことをするのが今の若者たちには、多いようである。
ただ驚きなのは女性でありながら、食事前に手を洗わなかったり、トイレで化粧はしても手をきちっと洗わない人が多いことだ。
確かに生理学的に考えれば、尿は腎臓でろ過しているため、出た直後は無菌であるが、(感染症にかかっていれば別だが)その辺を勘違いしている女性が多いのではないか。

私もいろんな国に行くが、ある国では手を洗わないとドアが開かないところがある。それほどまでする必要はないが、手を洗うことを習慣づけることが大切である。

手指に存在する菌としては大きく分けて二種類あり、一つが皮膚常在菌で、もう一つが皮膚通過菌である。
常在菌は皮脂腺、皮膚のひだなどに常在する菌でブドウ球菌などがある。通過菌は皮膚表面・爪などに周囲の環境より付着するもので大腸菌や黄色ブドウ球菌がある。昨年のノロウィルスがまんえんした時には、日本中の人が一時的に手を洗うようになった。それは自分だけではなく他人の健康のためにも絶対に必要だったからである。
ある医学者は本当に菌を落とすには石鹸で13回手もみし、泡を落とすのに13回やるのが菌を完全に消去することができるとコメントしている。実際にはここまでやらなくても手を何回か手をもんで洗うことが必要である。もし駅や公園などの公衆トイレでは、洗面所があっても石鹸や手を拭く紙やハンドドライヤーはついていないので、携帯用ウェットティッシュなどを持ち歩くのも一つの方法である。
ともかくほとんどの場合石鹸による手洗いで十分交差感染を防ぐことができると医療機関の研究で証明されている。病気にならないためにも先ず手始めに手洗いをしよう。
参考資料 時事通信 YAHOO!知恵袋 手洗い概説 より

健康コラム

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388.jpg 世界柔道選手権が9月13日よりブラジルのリオデジャネイロで開催された。この開催前に行われた国際柔道連盟(IJF)総会において役員改選が行われ、再選を目指した山下泰裕氏が落選した。IJFの執行部から日本人がいなくなったのは、日本が加盟した1952年以来初めてで、本家である日本の柔道への考え方やルールなどが世界の柔道に果たして影響力を誇示できるか懸念されていた。
事実競技が始まると、案の定、日本のエースで世界チャンピオンである井上康生選手と鈴木桂治選手が技を掛けて一本のはずが、相手の捨て身の返し技で逆に「有効」を取られ敗退した。その判断も“ビデオ判定”で決められたことは、かつてあっただろうか。柔道はいまや柔道着をきたレスリングもどきの競技になってしまったようである。

柔道とは嘉納治五郎によって創始されたもので、無手で格闘した柔術に武道精神を取り入れて体系化したもので、投技67本・固技(寝技)29本で構成され、崩し・作り・掛けを術理としてまとめ上げたものである。それが国際化により武道で言う「残心」を忘れ去る単なるスポーツ競技となってしまった。

東京オリンピックの柔道競技を思い出して欲しい。この時、ヨーロッパ王者アントン・ヘーシンク(蘭)は決勝で日本の覇者神永昭夫を押さえ込みで一本勝ちした。そのとき興奮したオランダのコーチが畳に上がろうとしたのを、ヘーシンク選手が制止した。そして柔道の精神である、“礼に始まり礼に終わる”を守った。これこそ日本の言う柔道である。
それが今や勝利が決まった瞬間、礼すらしないでガッツポーズで飛び回る選手が続出している。まさに武道精神を持った柔道からスポーツ化したJUDOに変わりつつあることを象徴した一つの出来事である。
日本柔道連盟も柔道本家としての存在意義にこだわらず、世界化したJUDOに協調した路線を歩むことが日本柔道を権威あるものとして継続させる唯一の手段ではないだろうか。
ともかく武道は武道、スポーツはスポーツとして割り切ってやることこそ世界に通用する日本柔道となるのではないだろうか。
参考資料:iza 産経新聞 フリー百科事典 より

Drの四方山日記(388)

S53.jpg ここ10年の東京の移り変わりは激しい。私のクリニックがある新宿南口も今や22年前に開業した当時の面影はなく、東京のみならず日本の中心地となった。
おそらく東京で一番変わった場所ではないだろうか。来年にはタクシー・バス乗り場を含めた広場ができ、そのあと新幹線のターミナル駅の設置工事に入るという。

その前に新宿を中心に渋谷から池袋までの副都心の繁華街をつなぐ東京メトロ副都心線が来年6月に開通するという。まったく驚きである。
特に渋谷駅は今まさに大改造されようとしている。
それは開通する地下鉄「副都心線」の相互乗り入れに備え、東急東横線の渋谷駅を全面的に造り替えようというものだ。
昭和31年に映画館や美容室、遊技場などを集積した、当時最先端施設として東急文化会館が渋谷駅東口にオープンした。残念ながら今は取り壊されてしまったが、その跡地から渋谷駅までの地下部分に巨大な新駅が造られるという。

この駅は長さ80メートル、幅24メートルという巨大な「卵形空間」でこれが地下に建設される。まさに“地下にある宇宙船(地宙線)”をイメージした地下深く浮遊する都市として生まれ変わる。その設計を任されたのが、世界的建築家・安藤忠雄氏である。
駅内はホームからエスカレーターを乗ると、映画によく出る宇宙船内に入るイメージで改札階に上がるよう設計されている。
それと今、温暖化問題が騒がれているが、その対策として天井及び壁面を冷却する「放射冷熱」のシステムを施すという。それは今までの換気ダクトを使った冷房に比べ、かなり電力消費が削減されるようである。
駅構内も中央部を三層吹き抜け構造にして、地下空間を開放的にするようだ。

それと、安全対策としてホームからの利用者の転落防止のための可動柵が設けられる。その渋谷駅から池袋駅まで直結する“地下の山手線”は「副都心線」のキャッチフレーズで開通することになる。
東京都西部、埼玉県、神奈川県からも乗り入れでき、改札を通らずに乗り換えができる便利な駅になる。
まさに、銀座・丸の内・六本木の都心繁華街に対抗していこうという意図があるようだ。ともかく、このところの新宿・渋谷・池袋は高層ビルなど建設ラッシュが相次ぎ、今は昔の面影すら残っていない。果たして利便性は人間の体にとっていいことなのか、近い将来結果がでるであろう。
参考資料:新宿区新聞 東京メトロ情報HP より

世相シリーズ53

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387.jpg アメリカのNPO環境団体が世界の最も汚染された都市を報告した。それによると最も汚染された地域は以下の10ヶ所で、ロシア(旧ソ連圏を含む)が4ヶ所、中国が2ヶ所、インドが2ヶ所あると報告した。
そして、その汚染された地域の共通した問題として、ぜんそくなどの呼吸器疾患、ガンや出生異常、早死などが指摘されている。

特に1986年の原発事故で世界最大の核災害によって汚染されたウクライナのチェルノブイリは最大汚染区域とされている。2番目がやはりロシアのセルジンスクで、米ソの冷戦期に旧ソ連の化学兵器を生産した重要拠点である。1930年から1998年の間に30万トンの化学廃棄物が不当処理されたため、ヒ素や水銀などでかなりの健康被害を及ぼした。3番目がドミニカ共和国で、自動車用のバッテリーによる鉛で汚染された。4番目がザンビア。ここは銅の産地で高山からの土壌汚染による被害。5番目がペルー。ここは採鉱の町として発展し、有毒な物質が放出された。6番目が中国の臨汾で、石炭産業の影響で空気が中国一悪く、気管支炎やガン患者が増えている。7番目がインドのラニペット製革工場でクロム酸塩や硫酸クロムの影響で農地用水に影響を与えたため、汚染が広がっている。

数え上げればきりがないくらいあり、世界は温暖化や環境問題で騒いでいるが、現実にこれらの都市は特に汚染が強くまともに生活ができない状況に追い込まれている。
私も多くの国を訪れているが、ロシア、中国、インド、アフリカの一部などはマスクや被り物を持っていかないと滞在できないほどである。

対して、世界の最もきれいな都市としてカナダ・カルガリー、ハワイ・ホノルル、フィンランド・ヘルシンキ、アメリカ・ミネアポリス、スウェーデン・ストックホルムなどがあげられているが、これらの都市に共通しているのは、大気のきれいさ、水質、土壌の良さである。
また、もう一つの共通点が、北半球の都市で赤道から離れた場所であるということが、汚染されないきれいな都市であるようだ。
人間生まれた以上、やはりきれいな汚染されていない都市で、健康に生活したいのが共通の望みではないだろうか。
参考資料:GIGAZINE ロイター通信 より

Drの四方山日記(387)

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386.jpg 昨日の午後、テレビを通じて安倍首相の突然の辞任表明が行われた。
国民にとっては“寝耳に水”である。しかし、私は2・3日前に安倍首相が記者会見で、もし今後いかなる状況においてもテロ特措法、特に海上自衛隊の給油活動の継続をしてと強く強調していたのが印象に残っていたせいか、ああ、もうこの内閣は死に体だなあと感じ取っていたので、あまり驚かなかった。

このところの安倍内閣に対する一部のメディアによるネガティブキャンペーンは凄まじく、閣僚の不祥事などが相次ぎ、結果的には足を引っ張られる形になった。おそらく安倍首相は参議院選大敗の時点で、本当に辞めたかったのではないかと想像される。
今の非協力的な自民党の中で、戦後体制からの脱却を目指した自分の思うような内閣をつくり、憲法改正のための国民投票や教育基本法、北朝鮮拉致問題を具体化したかったのではないだろうか。
しかし、二世議員特有の曖昧路線に長老政治家たちが距離をおいたため、徐々に孤立せざるを得ない状況に置かれていった。
さぞかし無念であったろうが、最終的には国民の見つめる国会の場で論戦すらまともにせず、多くの重要法案を多数決で通したことが、国民からかけ離れた政治ととられたようだ。
その際たるものが、年金問題やテロ特措法などではなかったのではないか。
本当にこの日本の危機的現状を打破するためには、政党のみで首相を決めるのではなく直接国民投票で選び、国会議員全員が許諾してこそ真の内閣総理大臣である。その時初めて愛国心と国家意識が高まり、国民のための品格ある政治ができるのではないだろうか。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(386)

W18.jpg ドイツの西部にあるボームテ町で、繁華街の信号や停止標識をなくしたというニュースである。交通事故を減らし、歩行者が安心して歩きやすい環境をつくることを目的として自治体が決めて実行している。

なぜ急に信号や標識をなくして安心して町を歩けるのか、私には理解しにくい。
信号機や道路標識は歩行者やドライバーにルールを守らせ、道路交通の安全性の向上を図るためにあるのに、信号や標識がなくて、どうして安全効果が高まるのかと疑いたくなる。

今回のこの処置は交通専門家でオランダ人のハンス・モンデルマン氏によって考案された「Shared Space・共有空間」を全面的に取り入れたもので、これを支持する欧州連合(EU)が協力したためだと言われている。
既にオランダの北部のドラッチテンやハーレンなどいくつかの町で「危険回遊原理」の実証実験として信号や標識を撤廃したところ、町民同士が気をつけたり、お互がいゆずりあったりで交通事故や違反がかなり激減したという。
その成功例が国を違えドイツでも実行しようということになった。

確かに中国やベトナムなどアジア諸国には信号や標識がないところが多くあるがそんなに驚くほど交通事故や交通違反はない。
もともと車は増えてもお互いの注意力や判断力をもっていればそんなに事故が起こることは少ないはずである。

しかし日本国やアメリカのように自主性や協調性があまりない国では、はたしてオランダやドイツのように成功するかがはなはだ疑問である。
なにはともあれ、交通ルールを守って事故の起こらない社会が理想であることには変わりない。
参考資料 ロイター通信 デゥッセセルネット YAHOO!知恵袋 より

話題シリーズ(18)

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385.jpg 最近、親子のつながりが薄れ、いろいろな犯罪や母子のコミュニケーション不足から親子の断絶などが起こってきている。
親子の絆はお母さんのお腹にいるときからスタートし、3歳までに80%教育される。
その後の成長と共に強い絆で結ばれるのが理想である。そのためには、親も子どもと一緒に楽しむ姿勢が必要である。“楽しい時間”をたくさん経験することで子どもの個性や感受性が身につき、表現力豊かな子どもとして成長していく。それによって、強い親子の絆が深まるのである。

そこで今回登場したのが、音楽遊びを通じた親子のコミュニケーションに着目した教育法である。
親と子の相互の発達を促すため、歌う・聴く・踊る・奏でるなどを通じて親と子が触れ合いながら音楽の素晴らしさを共感してもらおうと、プロの音楽家たちがいろいろな企画にトライしている。
創造性・感受性・社会性を育てる上で音楽を楽しむことが非常に役立つ。
ヤマハ音楽振興会・音楽研究所が中心となり、子どもの成長過程で観察しようという試みが取られることになった。

それはまず生後2?6ヶ月、親が歌ったり楽器の音を出したりして子どもの反応を見る。子どもは見たり耳を傾けたり手足を動かしたりする。
6?9ヶ月になると、おもちゃを与えて子どもの反応を見る。
子どもは手を伸ばしたり触ったり口に持っていったりなどのしぐさをする。
9?12ヶ月になると、楽器を持たせたり子どもの行動を言語化したりしてくる。そして満1?1歳半で子どもは音を安定して出すようになり、親子で互いに楽器で音を同時に出し合うようになる。
1歳後半?2歳までは、親の歌う曲に合わせ子どもも一緒に歌うようになる。
そして、2歳以降は歌を同時に楽器の音を出すようになり、親にして欲しい行動をとるようになる。
このように親子間のコミュニケーション発達に非常にいい結果が出るようである。
6歳頃からはメロディーや和音を聴き取る力ができ、音楽の素晴らしさを敏感に感じ取る。
ピアノなど楽器を始めるのもこの頃からである。
また、音楽体験で五感にたくさん刺激が与えられる。
こうした親子のつながりが成長してから、昔からある日本の家族の理想的な姿が作られていくのである。それは平和で楽しい家族像につながる。 
参考資料:All About 音楽工房 産経新聞 より

Drの四方山日記(385)

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384.jpg 古典落語で有名な「目黒の秋刀魚」をめぐって、東京・目黒区と品川区が張り合っている。事の発端は“目黒の秋刀魚”は「自分のところのもの」「いやそんなことはない」と本家を巡って互いに譲らず「目黒の秋刀魚」として祭りを開いている。そこに競争相手である東北の2つの漁港がそれぞれ両区を支援し、それに九州のカボス・四国のスダチもからんで“美味しい秋さんま”合戦が行われている。なぜこういうことが起こったのだろうか。元をたどれば江戸時代、徳川将軍家光が目黒に鷹狩りに来た将軍様一行が茶屋坂の農家で秋刀魚を食べた。普段は江戸城のお膳にのることのない庶民の魚である秋刀魚が殿様にえらく気に入られ、その後秋刀魚を食べたいと殿様がねだり夜の膳に入れるようにした。しかし、家来は庶民の秋刀魚は殿様に失礼だと日本橋の魚河岸から取り寄せた。将軍が口にしたのは、目黒で食べた脂ののった秋刀魚ではなかった。そこで、以前食べた秋刀魚が食べたいと再度ねだった。その時、殿様が「やはり秋刀魚は目黒に限る」と言ったのが由来らしい。秋刀魚はもともと夏から秋にかけて収穫されるものである。以前は東京湾でも秋刀魚は採れたが、今は単なる語り草になっているといっても過言ではない。時々、目黒のお寿司屋さんで秋の旬「目黒の秋刀魚」として出されるが、果たして本当かどうか私にはわからない。話は戻るが、なぜ目黒区と品川区がもめたのか。それは、江戸時代は秋刀魚の取れるところが両区にまたがっていたためである。東京になって区分がつくられたために、今回のようなもめ事が起こったようである。ともあれ全国の産地を巻き込んだ騒動は、何か秋の風情が感じられて悪くない。
参考資料:読売新聞 市場魚介類図鑑 より

Drの四方山日記(384)

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383.jpg 先日、神奈川県で警察官が乗車マナーの悪い高校生を注意し、口論となって平手打ちをしたため現行犯逮捕された事件で、全国から警察官に対して同情的な電話や電子メールが300件以上集まった。警察官を視察する監察官は「かつて逮捕事案でこのように同情的な意見を寄せられたことは無い」と戸惑っている。
事の発端は4日夜、電車内で実銃を模した30センチ大のライターを他の乗客に向け悪ふざけしていた男子高校生を、同僚と酒を飲んで帰宅中の警察官が駅を出たところで、ライターを取り上げようとしたら口論となった。高校生は言うことを聞かなかったので平手で数回殴り数週間の怪我をさせ、駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。
最近の中高生を見てみると全てではないが、人の言うことも聞かない、規則も守らない、自由と平等を混同している若者が多く見られるのも事実だ。この一警察官と高校生の間でどういうやりとりがあったかは定かではないが、世間に対して迷惑や犯罪行為などがみられた場合、大人は子どもを“指導”すべきだし、“勇気”を持って注意することが必要である。ところが最近の大人は警察官や教師であっても注意しない人が多い。10代の世代と年齢を重ねた大人の差は、人生の経験、立場や考え方の違い、中高年の達観などである。今回のこの警察官の行った行為は、ある面では勇気ある行動であるが、その反面暴力を振るったことは確かにいけない行為ではあるとは思う。しかし時として10代の世代を指導する上では必要であると個人的には思っている。法治国家である日本では他人に体罰を加えることは法に触れる行為であるため、なかなか口頭だけの注意では終わらないことが多い。何しろ、今の10代の子どもたちは、家庭や学校での礼儀や挨拶、そしてマナーの教育を徹底的に受けていない為、倫理観や道徳心が非常に欠落してしまっている。そういうご時勢だけに今回のようなマナーもわきまえない高校生が悪ふざけというか犯罪に近い行為を行った時に、法の番人として許しがたく、正義感で行ったことであるだけに、普段から道義に反する言動に対して快く思っていない人たちからの思いが今回の警察官の行為に対しての同情的な意見として表れたのではないだろうか。この警察官はいわばその実行者である。
参考資料:毎日新聞 より

Drの四方山日記(383)

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382.jpg 9月3日の健康コラムで“キューバ医療”を紹介したが、医療は疾病を治す時代から半健康人を治す時代に入ってきた。
疾病にかかってから病院に行くと、必ずといっていいくらい異常が見つかる。
また、命に関わる大病で入院させられていることが、最近特に多くなってきた。これは本当の意味での医療の姿ではない。

中国に未病という言葉があるように、疾病にかかる前に治してしまうことがこれからの『理想の医学』ではないだろうか。
当然疾病にかかれば、保険は効くけれども検査・治療代でかなりの出費を覚悟しなければならない。ましてや最新医療機器を用いた場合、保険が適用されないことも大いにありうる。これでは国が医療費でパンクしてもおかしくない状況である。

そんな折、早期発見→早期治療の時代から早期発見→早期予防をうたい文句に登場したのが「歯科ドック」である。
これまで対処療法(歯の修復・修理)を中心的に行ってきたものを、ホリスティック・デンティストリー(全人的歯科医療)を目的とした「歯科ドック」があちこちで登場してきた。

歯科の主たる病気は虫歯や歯槽膿漏などの歯周病である。
これにかかると、中長期に渡って治療が必要になってくる。それを打破するため「歯科ドック(予防歯科)」は口腔内の状態をCTスキャンや唾液・細菌検査などで詳しくチェックし、その情報を元に、歯だけではなく心身の健康を維持増進しこれからの人生を快適な生活に過ごすため導入されたものらしい。
一般医療でも歯科の分野で、今や予防に限らず歯の健康体に対する治療が主流を占めてくるといっても過言ではない。
このような「歯科ドック」が多く増えることで、成長期の子どもたちや若い人たちの歯のケアおよび中高年から老人に対するケアまで幅広く適応されることは素晴らしいことだ。
近代医療に偏らない総合的な治療こそ国民が望む医療である。
参考資料:グッドスマイルネットワ?ク CT歯科検診センター 歯科ドック(予防歯科)より

Drの四方山日記(382)

S52.jpg 4日、ロイター通信は、ネパールの国営ロイヤル・ネパール航空で飛行機に技術的異常が出たことを受け、ヒンズー教の空の神をなだめるために、ヤギ2頭を“いけにえ”に捧げたと伝えた。

この航空会社は、ここ数週間いろいろな技術的トラブルで何便か運航中止になっていたため、やむをえない処置として行われたらしい。トルコ航空でもラクダを“いけにえ”にして空の安全を祈った。
しかし、どちらもヒンズー教のクルバン(犠牲)は空港内、特に滑走路には動物を安全チェックなしに入れることは規則違反で、しかも滑走路に連れて行ったということは治安上からも問題で、現在政府が調査に乗り出している。
もともとヒンズー教の国は会社設立、新居購入や新車購入などの場合は安全祈願して神に“いけにえ”を捧げるという意味で血を流す風習がある。
しかも、“いけにえ”には鶏・羊・牛・ラクダと安い順に選ぶようだ。トルコ航空の場合は一番豪華なラクダを選んだ。

ネパールは、神の住む聖なるヒマラヤの山々や登山家の憧れであるエベレストがあり、そこにインド系・チベット系・中央アジア系の30の民族から成り立つ国で、ヒンズー教徒が大半を占めている。そのため血を好む破壊の神カリー女神やイスラム教のアラーの神の赦しを得るために“いけにえ”をすることで、民族の平和や死んでから天国に行けるという教えがある。

イスラム教などは五行の戒律(かいりつ)があり、その中に一生に一度はメッカに巡礼せよというものがあり、巡礼に行かない人たちは夜明け前に起きて体を清め新調の服を身にまとい、メッカの方向に向かって祈りを捧げる。
この日は神に羊を“いけにえ”として捧げ、皆に3分の1ずつ分配されるという。
それで“神の平安と恩恵が自分たちにあるように”が賜るらしい。
古くは日本にも人柱や殉死(じゅんし)とか、人の“いけにえ”が存在した。
現代人の我々にとっては何か動物をこういうことで殺生するということは理解に苦しむが宗教は思想のみならず、人格をも変えるというものなので、よほど深く入らないと神より恩恵を受けられないようである。
参考資料:ロイター通信 トルコ航空とラクダの話 ネパールのヒンドゥー教のいけにえ より

世相シリーズ(52)

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381.jpg 安倍首相は内閣発足当時から、教育基本法の改正を最重要課題にしていて、小・中・高校の学習指導要綱に何度となく手を入れていた。そこで今回、中央教育審議会で今月4日、中学校の体育に武道を必修化する方針を決めた。
それはあまりにも中高生が学校での態度・礼儀・マナーなどが乱れているため、このままでは成人して立派に社会に通じる人間として全うできないと考えた末の結果である。

そこで、今回の改定で日本の伝統文化に触れる機会を広げるのが、ねらいであるようだ。
しかし武道の本当の目的は、心身を鍛え技を磨く稽古(けいこ)を行うことで人格を養う“伝統日本武術”から発展し、手や武器を駆使した技術体系をいう。
また、道を究めるということから、茶道・日本舞踊・芸道とも関わりを持ち、共通する心構えを身につけることにある。確かに伝統文化を教えることに相通じることであるが、武道をやるからと言って、全て礼儀・マナーなどをマスターできることではないということを文科省は理解してないようだ。

それに、武道を必修科目にするためには武道を教える教師や、行う武道場を確保する必要があり、それは並大抵なことではない。ましてや現在公立中学校の多くは授業で取り入れていないため、新たに整備せざるを得ない状況である。
武道場のみならず、武具や道着を購入するということは今の財政難の中では大変難しいことである。
どうも、国の行政は後手にまわっているように思えてならない。
我々が中学生の頃は礼儀作法や言葉遣い、マナーなどは親が家庭で教えたものである。そして集団行動をスムーズにしてみんなで協力して作業できることを学校で教えたものだ。
家庭で親が何も教えずに、全てを学校の教育にゆだねようとする考え方に問題があるのではないだろうか。そこを正さずして、すべて学校の教育として武道を取り上げるというのはいかがなものか。もう少し未来を見据えてきちんとした教育を行って欲しいものである。
それが世界に誇れる日本人をつくることにつながるのではないだろうか。
参考資料:産経新聞 フリー百科事典 武道の心得 より

Drの四方山日記(381)

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380.jpg 人口13億人をようする中国では、同姓同名者が多すぎることが原因で、誤認逮捕などいろいろなトラブルが増え続けているという。
中国政府は漢字で2,3字の名前を避けて命名にするよう呼びかけている。新華社電によると江西省南昌市の「熊偉」さんは、会社内で同姓同名の同僚に給料を間違って渡されるトラブルに何度もあった、同市で運転手として働いている「劉祖強」さんが同姓同名の犯罪者に間違われて、2度も誤認逮捕されている。また、高校生で男子の「劉芳」さんは寄宿舎制の高校に入学したところ、割り当てられたのは女子生徒の寝室だったりして、こうしたトラブルが相次いでいる。

なぜこうもトラブルが多く起こるのか、それは名前の付け方にあるようだ。
中国人の名前は典型的には漢字1文字の姓と漢字1文字または2文字の名から成り、父方の姓、その父系血族の同世代に共通である漢字、子に特有の漢字の順に表記される。
つまり、2文字または3文字による名前であるため、同姓同名が生じるのである。
中国では元来姓は父系の血統を示すので、原則として夫婦別姓であるが、女性は結婚に伴って夫の姓を名乗ることがある。よって2文字の復姓が使えるため、おのずと名前が同名になることが多い。
それに、中国は人口が多いせいか、姓名の“重複率”が高いため、どうしても犯罪に限らず、いろいろな面でトラブルが多いのは仕方がないかもしれない。

また、韓国の場合は中国の影響を受けて、漢字2文字または3文字からなる。しかし金、朴、李、崔、鄭の5種類でなんと55%を占めている。その中でも金さんは圧倒的に多いので、同姓同名が起こりうる。
ベトナム人は最も多い3つの姓で90%を占める。我が国の場合は苗字の種類は20万とも言われ、世界でも類を見ない苗字の多い民族とされる。よって同姓同名は少ない。
参考までに、ドイツではすでに存在する名前は受理されない。フランスはナポレオン時代には新生児の名前は誕生日ごとに決められた聖人の名前からチョイスされる。

中国の話に戻るが、他にも「張偉」さんは29万人、「王偉」さんは28万人全国にいる。また2004年のアテネ五輪および今回の大阪での世界陸上で110M障害走で金メダルを取った「劉翔」さんは既に1万8000人も同姓同名者がいるという。まったく驚きである。
参考資料:産経新聞 フリー百科事典 新華社 より

Drの四方山日記(380)

K20.jpg 最近、キューバ医療が世界のマスコミを賑わせている。そのきっかけを作ったのが、何かとアメリカのブッシュ大統領と物議をかもしているあの異端児マイケル・ムーアの映画『sicko・シッコ』である。そして、全米のみならず世界が俄然注目しだしたのがキューバ医療である。

大都市から過疎山村まで全国各地どこでも医療を受けられる上に盲腸、ガン、心臓移植に至るまで手術代から治療費が全てタダになる。また世界のどこにもないワクチンを作り出す最先端技術まで持つ、嘘みたいな本当の話がキューバの医療である。国のGNPが低く生活が楽でないのになぜ充実した医療を受けられるのか。誰しも不思議に思うのも当たり前である。
キューバではそれは哲学の違いと言っているが、本当の理由は、ソ連崩壊後の経済危機を観光とハイテク製品の輸出、パソコンネットの設備の充実などで克服して、今や年12%という驚異的な経済成長を続け、若者の勤労意識を高めたり、格差社会の是正、高齢化社会の対応そして医療福祉の充実を図り成功をなしえた結果だ。
キューバと言うと、どうしてもカストロによる革命というイメージが先行するが、年老いたカストロ革命後、打った最後の一手が職のない若者を雇用しての「もったいない運動」の実践と高齢者のための介護を含めた福祉の充実、ベネズエラなど南米の開発途上国への医療支援であった。

 現代社会では病気(病理的疾患)にかかると高い医療費が必要になってくる、しかし病気になる前の段階で治せば、難なく治すこともできるし、高い医療薬や治療代が必要としなくて済むという利点がある。そこをカストロ率いるキューバが自然医学をたくみに用いて行ったのがキューバ医療である。理想的な医療を実践し、古代の医学の父「ヒポクラテス」の唱える環境と天候、食事を中心とした自然にのっとった医療とあい重なるものがある。
これからは近代医療が停滞し、代替医療が発展して両者を合わせた統合医療が理想的な医療になってくる時代が到来するであろう。その走りともいえるプライマリ・ケアを中心とするキューバ医療こそ、今崩壊する経済の救世主になるのではないだろうか。日本もいずれその方向に向かっていかなければいけない時代が到来しているようだ。

健康コラム

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379.jpg 最近、インターネットを見ているとブログがやたらと多くあるのには驚く。
私も日曜・祭日以外は毎日ブログを更新している。

ブログといえば毎日の出来事をインターネット上の日記帳につづり、閲覧者に読んでもらうことが目的であるが、なぜ、こうもブログはうけるのだろうか。
やはり、誰でも自分のホームページ感覚でブログを公開できるようになったのが、第一の要因ではないだろうか。

ブログと一言にいっても色々とある。
個人では、ここのケーキが美味しいなど日常での日記やミクシーなどのSMSが多いと思うが、最近では企業のプロモーションで使ったりしている。ご存知の通り私は、日本や、世界のニュースを自分なりに噛み砕いて誰にでも分かるよう簡単にコラムとして書いている。
そのかいあってか、最近徐々に閲覧者が増えて励みになっている。
だが、いくつか気をつけなくてはいけないことがある。
例えば、他のサイトや新聞などを情報源にした時は、参考文献として必ず載せる。
それに、写真などを使うときは、モチロン本人の承諾を得ている。
文書中では、極力誹謗中傷や個人を特定できる文書は避けている。

芸能人のHPから顔写真や文書をコピーしたり、誰にでも簡単にできるようになった分、肖像権や著作権の侵害、それに個人情報に触れることもたたありブログを書く人は個人も含めマナーや良識が必要だということだ。

ブログは2005年3月末時点では国内の利用者はのべ335万人であったが、2007年の今日では782万人に達しているという。このまま行くと、近い将来はどれくらいの人がブログを行うのか未知である。ただ掲示板同様、ブログによって人を傷つけたり犯罪やいじめにつながったりたりすることのないように、提供する人は良く認識して欲しいものである。それが誰もが閲覧して楽しめるブログである。
参考資料:総務省 iza より

Drの四方山日記(379)

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