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古典落語で有名な「目黒の秋刀魚」をめぐって、東京・目黒区と品川区が張り合っている。事の発端は“目黒の秋刀魚”は「自分のところのもの」「いやそんなことはない」と本家を巡って互いに譲らず「目黒の秋刀魚」として祭りを開いている。そこに競争相手である東北の2つの漁港がそれぞれ両区を支援し、それに九州のカボス・四国のスダチもからんで“美味しい秋さんま”合戦が行われている。なぜこういうことが起こったのだろうか。元をたどれば江戸時代、徳川将軍家光が目黒に鷹狩りに来た将軍様一行が茶屋坂の農家で秋刀魚を食べた。普段は江戸城のお膳にのることのない庶民の魚である秋刀魚が殿様にえらく気に入られ、その後秋刀魚を食べたいと殿様がねだり夜の膳に入れるようにした。しかし、家来は庶民の秋刀魚は殿様に失礼だと日本橋の魚河岸から取り寄せた。将軍が口にしたのは、目黒で食べた脂ののった秋刀魚ではなかった。そこで、以前食べた秋刀魚が食べたいと再度ねだった。その時、殿様が「やはり秋刀魚は目黒に限る」と言ったのが由来らしい。秋刀魚はもともと夏から秋にかけて収穫されるものである。以前は東京湾でも秋刀魚は採れたが、今は単なる語り草になっているといっても過言ではない。時々、目黒のお寿司屋さんで秋の旬「目黒の秋刀魚」として出されるが、果たして本当かどうか私にはわからない。話は戻るが、なぜ目黒区と品川区がもめたのか。それは、江戸時代は秋刀魚の取れるところが両区にまたがっていたためである。東京になって区分がつくられたために、今回のようなもめ事が起こったようである。ともあれ全国の産地を巻き込んだ騒動は、何か秋の風情が感じられて悪くない。
参考資料:読売新聞 市場魚介類図鑑 より
Drの四方山日記(384)
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