武道からスポーツに変わった柔道

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388.jpg 世界柔道選手権が9月13日よりブラジルのリオデジャネイロで開催された。この開催前に行われた国際柔道連盟(IJF)総会において役員改選が行われ、再選を目指した山下泰裕氏が落選した。IJFの執行部から日本人がいなくなったのは、日本が加盟した1952年以来初めてで、本家である日本の柔道への考え方やルールなどが世界の柔道に果たして影響力を誇示できるか懸念されていた。
事実競技が始まると、案の定、日本のエースで世界チャンピオンである井上康生選手と鈴木桂治選手が技を掛けて一本のはずが、相手の捨て身の返し技で逆に「有効」を取られ敗退した。その判断も“ビデオ判定”で決められたことは、かつてあっただろうか。柔道はいまや柔道着をきたレスリングもどきの競技になってしまったようである。

柔道とは嘉納治五郎によって創始されたもので、無手で格闘した柔術に武道精神を取り入れて体系化したもので、投技67本・固技(寝技)29本で構成され、崩し・作り・掛けを術理としてまとめ上げたものである。それが国際化により武道で言う「残心」を忘れ去る単なるスポーツ競技となってしまった。

東京オリンピックの柔道競技を思い出して欲しい。この時、ヨーロッパ王者アントン・ヘーシンク(蘭)は決勝で日本の覇者神永昭夫を押さえ込みで一本勝ちした。そのとき興奮したオランダのコーチが畳に上がろうとしたのを、ヘーシンク選手が制止した。そして柔道の精神である、“礼に始まり礼に終わる”を守った。これこそ日本の言う柔道である。
それが今や勝利が決まった瞬間、礼すらしないでガッツポーズで飛び回る選手が続出している。まさに武道精神を持った柔道からスポーツ化したJUDOに変わりつつあることを象徴した一つの出来事である。
日本柔道連盟も柔道本家としての存在意義にこだわらず、世界化したJUDOに協調した路線を歩むことが日本柔道を権威あるものとして継続させる唯一の手段ではないだろうか。
ともかく武道は武道、スポーツはスポーツとして割り切ってやることこそ世界に通用する日本柔道となるのではないだろうか。
参考資料:iza 産経新聞 フリー百科事典 より

Drの四方山日記(388)

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