男の美学を貫いた古田敦也

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389.jpg プロ野球ヤクルトスワローズの古田敦也選手兼監督が突如今季限りでの現役引退と監督退任を発表した。
古田氏はヤクルトスワローズに1989年入団し18年間名捕手としてチームの中心選手として活躍した。リーグ優勝を5度、日本一を4度経験し、シーズンMVPや日本シリーズMVPなどを受賞しプロ野球の勲章である2000本安打も達成した。
彼の場合はプロ入りが24歳と遅く、なかなか達成不可能と言われたが、不屈の精神で達成したことは見事である。
そしてもう一つ偉大であったことがある。選手会会長としての活躍を1998年に5代目会長として就任するや、プロ野球選手の肖像権を日本野球機構から選手会に移行させたり、セ・パ交流試合を実現した。また、契約更改時の代理人交渉制度やFA制度期間短縮、ドラフト制度改革など数多くのことを手がけた。
特に2004年の近鉄・オリックス合併交渉を発端に1リーグ制移行に断固反対し、12球団752名の選手を引っ張ってストライキを決行。その甲斐あって2リーグ制度が維持された。
ともかく、古田氏は選手としての実績はもとより交渉人としても抜きん出たものがあり、プロ野球界の宝として人望が厚かった。

また、選手時代には眼鏡捕手は大成しないという球界の常識をくつがえし、生涯一捕手として42歳まで現役を貫いた。その陰にはやはり選手兼監督で大成した恩師・野村克也氏(現楽天監督)の指導があったことが大きかったようだ。
また、彼はアマチュア時代にも活躍したことでプロ野球とアマチュアの交流を高め、WBCやオリンピックにプロアマ混合チームをより強固にした実績は評価される。これからも古田氏にはプロ野球界で非凡な才能を大いに発揮して活躍して欲しいものである。
参考資料:フリー百科事典 OCNスポーツESPA 東京新聞 スポーツニッポン より

Drの四方山日記(389)

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