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朝のラジオ番組に歴史上の人物について語るものがある。
今回は「児童福祉の父」で日本で初めて孤児院を創った石井十次氏についてであった。
石井十次は慶応元年(1865)年宮崎県の田舎町に生まれ、明治11年晩翠学舎で学び、明治15年岡山県甲種医学校(現岡山大学医学部)へ入学、明治20年22歳の若さで孤児救済事業に着手し、3名の孤児を引き取り「岡山孤児院」を創設する。
その後、大阪や郷里宮崎に孤児院を創り3000人以上の孤児たちを救った。今は福祉と言えば誰でもわかるが、明治時代は福祉という言葉がなく、多くの孤児たちを救うことは並大抵のことではなかったと想像がつく。特に石井十次は単なる孤児を養育することだけにとどまらず、社会に貢献する人物を輩出するため教育院を開講した。
また、教育のために「時代教育法」を作り、三つの年代にわけた。10歳以下の少年を第一幼年時代、11歳より15歳までを第二少年時代、そして16歳から20歳までを第三青年時代とした。そしてそれぞれの時代の孤児に教育を授けた。石井十次は「天は父なり 人は同胞なれど 互いに相信し 相愛す可き事」という素晴らしい言葉を残している。
そして、今日も社会福祉事業として受け継がれているようだ。最近では彼の波乱万丈な生き方や偉業の数々をまとめられたものが、松平健主演で映画「石井のおとうさんありがとう」と題して全国で公開され、感動を呼び起こした。どんな素晴らしいことを行うにしても最初に苦難はつきもので、認められるまで幾多の努力・精進を重ねて成功に至るということを我々は忘れてはならない。
参考資料:フリー百科事典 映画「石井のおとうさんありがとう」 石井記念友愛社 より
Drの四方山日記(391)
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