2007年12月アーカイブ

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(旅行4日目)
 早めに朝食を済ませホテルを出発して、トルコ観光の白眉(はくび)とも言える自然の彫刻が異形をなすカッパドキアの市内観光に訪れた。
この日は8ヶ所訪れることになっており忙しい1日になりそうだ。まずギョレメ野外博物館を訪れた。
ここには5世紀から12世紀にかけて迫害から逃れて定住したキリスト教徒が作った岩窟教会が30余り集まっていた。その中でも代表的な聖バジル教会、リンゴの教会などを見学した。

次にカイマクル地下都市を訪れた。ここは深さ55m、地下8層に分かれ、各層の収容人員は200人である。内部はまるでありの巣のような迷路になっていた。これが自然にできたと言うから驚きである。
セルベの谷、ウチヒサール、鳩の谷、ラクダの岩、3美人の岩、最後にパノラマスポットのエセンテペに行った。どれも奇岩でできており何か現代アートを思わせる幻想の世界に足を踏み入れた感じがした。

昼食はユニークな洞窟レストランで頂き、夕食はテスティ・ケバブ(トルコの壷焼き料理)だった。夜は岩山の斜面を利用して建てられた洞窟ホテルでゆっくりと休んだ。
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Drの四方山日記(454)

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(旅行3日目)
 早めに食事を済ませ、アンカラに行くため9時の飛行機でイスタンブールを出発して一時間かけ1アンカラのエセンボーア空港に到着した。早速アナトリア半島の中央に位置するアンカラ市を訪れた。市内観光ではアナトリア文明(考古学)博物館とアタテュルク廟を見学した。アナトリア文明博物館は15世紀に建てられ、大きくはないが世界に誇る貴重な発掘品を収蔵していることで有名である。中でもアラジャ・ホユク出土の青銅製スタンダードは素晴らしく夢中でカメラのシャッターを切った。

二つ目のアタテュルク廟はトルコ共和国建国の父アタテュルクの霊廟である。昼食を済ませてバスに、約290km乗って今回の旅のメインであるカッパドキアに向かった。途中塩の湖トゥズ湖に立ち寄った。そのせいかカッパドキアに到着したのは夜だった。バスの旅による疲れもあってこの日は爆睡した。
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Drの四方山日記(453)

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(旅行2日目)
 早めのモーニングコールで起こされ、ホテルを出発して2千数百年の歴史を持つ永遠の都イスタンブール市内観光に出かけた。
イスタンブールの気候は東京より寒く寒暖の差が大きいと言われている。ともかく寒い。

まず、ユネスコ世界遺産に登録されている歴史地域旧市街を訪れた。ここはかつてコンスタンティノープル城壁に囲まれていた半島区域でその中にあるブルー・モスク、アヤ・ソフィア大聖堂、トプカプ宮殿、地下宮殿などの場所を訪れた。
世界遺産に登録されているだけあってどれも雄大で華麗であった。昼食はトルコ名物ドネル・ケバブをいただいた。

午後はオスマントルコ時代の陸軍学校の建物を改装したと言われる軍事博物館を訪れた。ここにはオスマン軍だけではなく、ビサンティン、ギリシア、ロシア軍などの武具、軍装9千点を展示していて、すばらしいものであった。その中で目に付いたものが徳川将軍がスタルタンに送ったと言われる日本刀だ。見学の後オスマン軍楽隊によるメフテルの演奏を聴いた。軍楽隊はきちんと鎧(よろい)をまとい剣をかざしたものですばらしかった。夕食はナスを使ったトルコ料理カルヌヤルクを堪能した。1日で何日分も見た感じがしてぐったりした。明日に備えて早めに休んだ。
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Drの四方山日記(452)

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(旅行1日目) 
 今回はアジアとヨーロッパ両大陸が交差し歴史も人も風俗も混ざり合う東西文明の十字路トルコを訪れることにした。
以前、ギリシアに行った際一都市だけは足を踏み入れたが本格的にトルコを訪れるのは今回が初めてである。特に今回の最大の目的地であるヘレニズム時代の栄光が偲ばれるペルガマを訪れるのを楽しみにしている。

ここはエーゲ海の概観の中でも、イズミール、トロイ、パムッカレと並ぶ古代遺跡群の中心である。特に今私自身が没頭している医学の父「ヒポクラテス」に大きな影響を与えた古代の医神「アスクレピオス」の三大神殿の一つアスクレピオス神殿の遺跡をつぶさに自分の目で見るのが楽しみである。その他古代図書館がそっくり残るエフェソス遺跡やトロイ戦争で有名なトロイ遺跡を訪れ取材する機会はなかなかないので、今回は特に訪問するのが楽しみである。
ただ気候が、東北の青森や秋田の気温だと言うのでいわゆる完全武装して出発することにした。何はともあれ、成田空港から最初の訪問地トルコ、イスタンブールに向けて出発。
さあ明日から10日間のトルコ周遊の旅である。
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Drの四方山日記(451)

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K28.jpg 昨日は、低周波音症候群における国の姿勢について述べたが、今日は、低周波音とは一体何かについて述べていく。低周波音は人間の耳に聞こえにくい100ヘルツ以下の低い音のことである。よく、低周波音と間違えられるのは騒音である。低周波と騒音の違いは感じるメカニズムにあるようだ。

一般騒音は隔壁に対して反射吸収がはっきりしていて貫通力に乏しい。また騒音の被害としては聴力障害でもない限り、直ちに被害を自覚できる。
それに対して低周波音は、反射吸収があまりなく隔壁を貫通する力が強い。また、同じ環境下でも直ちに発症することはむしろ少なく、数週間あるいは数ヶ月の潜伏期を経過した後に発症することが多い。
発生源は自動車や重機、ビルの排気ダクト、高架橋、航空機など可動が長時間続くもので、ある周波数の音圧だけが突出した場合に被害がでやすいと言う。

同じ音を聞いても何ら体に影響がない人もいれば、影響がある人がいることが起こるので環境省もなかなか被害者として認定できないようである。通常、音は鼓膜(こまく)を通じて聞こえる(気導音)が、これとは別に鼓膜を介さず頭蓋骨を介して聞こえるルート(骨導音)がある。低周波音被害者は、この骨導音によるものと考えられる。

音響メーカーは骨伝導を利用した製品を開発していることから、この骨を介した音の伝導についても研究しているはずである。それにも関わらず、メーカーは研究成果を製品開発だけに利用し、骨導音によって起こる被害については知らん顔というのは調子がよすぎる。
現代病とはこうした科学の進歩によって起こる症状である。国がこのようなメーカーの体質を放っておくと、ますます現代病は増えるばかりだ。きちっと対処してほしいものだ。それが安心して生活できる最大の環境である。
参考資料:汐見医師公式サイト「低周波音公害を語る」 より

健康コラム

K27.jpg 近年社会問題としてマスコミに取り上げられたものに『低周波音症候群』がある。これは身近にある動力源などから発生する低周波音によって体に変調をきたすものを指す。

具体的には自動車、重機、工場の圧縮機、振動ふるい機、ビルの排気ダクト、変圧器などによって頭痛、不眠、イライラ感など不定愁訴(しゅうそ)症状を訴えるものだ。
この被害に対する研究は1976年から環境庁が理工学系の研修者や学者の協力を得て始められた。当時は騒音か振動がはっきりしないと言うことで「低周波空気振動」と呼ばれた。

1984年環境庁はこの低周波空気振動が人体に及ぼす影響について実証できなかったと発表して、その後10年たった1993年西日本で山陽新幹線「のぞみ」のトンネル突入時の低周波音の発生が問題となり、国が被害解明のため乗り出した。
1997年に環境庁が3年計画で低周波音対策指針づくりに着手、2000年には「低周波音の測定方法に関するマニュアル」を発表し、低周波音対策にもう一度乗り出したかと思いきや、実効性のある対策は取られなかった。
2004年には環境省で「低周波音問題対応の手引書」が作られ検討されることとなった。この手引書によって許容レベルの参照値が発表されたが、基準が甘かったため、基準を満たしていても被害を受ける国民が出てきている。では「低周波音症候群」とは何だろうか。
明日は、それについて述べることにする。
参考資料:産経新聞 より

健康コラム

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450.jpg 旅を終えて、アルバカーキに帰ってから私にとってアメリカのママであるJune Bickettさんにこの出来事を話した。するとJuneさんが「Mr.George KojimaがUFOについて詳しく知っているよ」と教えてくれた。
そこで早速GeorgeにUFOについて尋ねてみた。彼はアルバカーキにある米空軍基地に長く勤務し、UFOについての詳しい情報を持っていた。

それによると数年前、米空軍基地ホワイトサンドのそばで2人の異性人が拘束され1人の異星人はその場で亡くなり、もう1人はしばらくしてやはり亡くなった。
その2遺体は地下深くに冷凍して安置されているということを上官から聞いたと教えてくれた。
ただしこの事実は極秘にされ、しばらくは外部に漏らされなかったということだ。嘘か事実かはわからないが何か身震いを感じた。

しかし実際に飛行物体をこの眼で見た私にはまんざら嘘でない話であると確信した。その後日本に帰国しテレビや雑誌などでUFOのことを聞くたびにこの時の体験が昨日のことのように思い出された。
しかし事実だと話しても殆どの人に信じてもらえないので話さないようにした。それが今回なんと日本の国会で取り上げられたと聞いて、当時の記憶がよみがえってきた。果たして皆さんはこの事実をどう思われるだろうか。

Drの四方山日記(450)

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449.jpg UFOの存在については実際に目撃した人でないと真実とは言えないし、仮に遭遇したことを他の人に話したとしてもおそらく信じてもらえないのが実情である。
それを最初に、ことわらないと実際のUFOとの遭遇については単なるミステリーで終わってしまうものだ。
これは私が米国の大学を卒業しニューメキシコ州アルバカーキの医療センターでインターンをしていた頃のことだ。知り合いのアメリカ人ジェフ一家とアリゾナに向けて旅をしていた際、米空軍基地のあるホワイトサンド付近を車で走っていた。
私とジェフの3歳の娘サンドラは後部座席で寝ていた。
その時突然車が停車しジェフが大きな声で「What’s that!? 」と叫んだ。その声でビックリして目が覚めた。するとジェフが「Boone! Look at that over there!!」と空を指をさして何かを教えてくれた。
なんと3機の物体が光を放ってすごいスピードで旋回していたのだ。そのうち1機が突然我々の車の前方に近づいてきた。ものすごく大きく眼がまぶしくなるくらいの光を放っていた。そこで私がカメラを取り出し撮影しようと準備して構えた瞬間、光を放っていた物体は姿を消していた。
しかし確かに私の眼には光を放つ円形の物体が焼きついていた。そこで何が起こったのか分からないのでジェフと日本人である奥さんの和子に聞いた。
すると奥さんが私に「空飛ぶ円盤みたい」と言った。私は「空飛ぶ円盤!?」と思わず聞き返した。そんなものは空想の世界の話だと思っていたからだ。
しかし実際に遭遇してしまったのだ。ジェフによるとこのニューメキシコ州ではこのような物体がたびたび目撃されていたらしい。この日は私たちの車の他にも3台の車が停まってこのミステリアスなショーを目撃した。その後、驚くべき事実を聞いた。

Drの四方山日記(449)

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448.jpg 2005年民主党の山根議員が当時の麻生総務大臣にたいして質問したUFO問題に対して政府は18日「地球外から飛来してきたと見られる未確認飛行物体」は一切存在しないと閣議決定した答弁書で正式見解として示した。
国が初めてUFOの存在について正式に否定したものだ。しかし町村官房長官は同日午後の記者会見で未確認飛行物体についての見解について「政府答弁は政府答弁であり、私は個人的には、こういうものは絶対いると思っております」と語った。

UFOの問題は世界でも色々と物議を醸している。その中でも本格的に調査を進めているのは米国である。そもそもUFOの最初の目撃は1947年(昭和22年)6月米国ワシントン州の山麓で9機編隊をつくった怪・物体が目撃されたのが最初である。その年の7月5日にはニューメキシコ州ロズウェル近郊ではUFOが墜落するという事件が起こった。
その後世界中で、UFOは遭遇されたり目撃したりして世界中の関心を集めた。
日本では1957年(昭和32年)1月に横浜でUFOの写真撮影に成功したのが最初だといわれている。
現在アメリカ航空宇宙局(NASA)で本格的に調査に入っているという。ともあれUFOについては米空軍を始め各国のパイロットが異星人と遭遇していることは事実のようであるが、公には公表していない。次回、実際に私が遭遇した体験を伝えたい。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(448)

S60.jpg 日本人の生活に一番密着しているのが食事と医療である。食事について言えば最近の若者の主食はアメリカの典型的ファーストフードであるハンバーガーやサンドウィッチ、ホットドックなどになりつつある。アメリカの歴史は浅く70カ国以上の多民族国家であるため、料理の種類もまちまちであったが、統一された料理がファーストフードである。そのファーストフードがいまや日本の社会に浸透し、日本古来の母親の味や郷土の料理、伝統的日本料理への親しみが薄れ、アメリカ料理中心のファーストフード化してしまった。悲しいことである。

医療についても同じことが言える。日本の医療制度はもともと閉鎖的で非効率的である中、アメリカの医療資本が日本に侵入して大きな改革が迫られつつある。
もしその状況に陥ったのなら、日本の医療にもアメリカのマネージメント・システムが入り込み病院や診療所の格付けが行われ患者は病院の選択ができなくなったり、保険加入者の行ける病院を限定されたりしてしまう可能性が十分出てくる。
例えば遠方に名医がいても医療保険会社の指定した病院で治療を受けないと治療費の支払いを拒否されることも考えられる。
S60b.jpg病院側にとっても同じことが言え、看護師の人員カットや検査、薬局、研究所の縮小が行われ、満足に患者のケアができなくなったり、有能な人員が減り、残った人材の仕事量が多くなって過労から誤診やサービスの低下が起こってくることが当然考えられる。つまり医療行為の選択や決定を医師ではなくビジネスマンが管理するような状況になることを想定しなければならない。
そんな、医療サービスによる利益だけが優先されていくのがアメリカ医療のマネージメントシステムである。

4回に渡ってアメリカナイズされる日本について記述してきたが早く日本人の手によって憲法を改正し日本人による政治・経済・教育・医療などを含めた日本国憲法を設定して欲しいものである。それが日本らしい日本国を作ることであり、それが日本国民の希望であると信じて疑わない。
参考資料:みなみかぜのへや excite より

世相シリーズ60

S59.jpg 日本のアメリカナイズによって一番問題になってきたことは福祉政策の解体である。それに併走するように政治経済面でも不良債権処理加速化、法人税減税などが推し進められることにより企業が危機的状況に陥りその結果リストラが進められ、貯蓄のない世帯が23%、貧困率もアップし格差社会を押し進めてしまった。
日本企業はこの10年でリストラをしすぎた為、自前の人材を育てることができない状況に陥ってきた。それに就職難から若者の多くがフリーターとなり、不安定な雇用で非婚化が進み少子化が激化してしまった。
このままでは純血でなる日本にも移民を入れる時代になるのではないか。

2001年以降さらにアメリカナイズは進み労働力の規制緩和、庶民への増税、地方交付税のカット、企業への優遇税制などで「自己責任」という言葉が独り歩きし、国民の怒りは頂点に達していた。そこに追い討ちをかけるように小泉内閣が郵政民営化を強行した結果、増税と外国資本の参入という結果を招いた。何もアメリカナイズは日本だけではなく1980年代中南米でも行われ、アルゼンチン、ブラジルなどでは経済や政治全てにおいてダメージを受けた。その結果ブラジルでは国益を守るためアメリカとの貿易協定に非協力的になったり、アルゼンチンのようにアメリカ離れによるクーデターが起こる国も発生した。

日本も国民主体の政治・経済・教育を改革していかないとアメリカの属国になりかねない状況に追い込まれている。医療分野におけるアメリカナイズは明日述べることにする。
参考資料:日本インターネット新聞Jan Jan 加瀬英明News Letter より

世相シリーズ59

S58.jpg 冷戦終結後アメリカは「世界のアメリカ化」に乗り出した。特にクリントン政権では軍事力に物を言わせる経済面金融面でのアメリカ化は凄まじく、新自由化主義を貫いた。
世界をアメリカのビジネスルールによって支配し舵取りをしていった。その名残が日本である。
日本はアメリカの安手手法に惑わされ経済のみならず、文化でもアメリカに陶酔していった。それがゴルフであり野球、映画、テレビ、ディズニーランド、ファーストフード、ファッションなどである。生半可に氾濫し一種のアメリカのコピーと成り下がってしまった。

さらに96年頃より毎年のように突きつけられた年次改革要望書によって徹底した規制緩和やM&A(ハゲタカ)正社員のリストラなどあらゆる方面において改革を迫られた。それも小泉政権下においては竹中平蔵金融担当・経済財政政策担当大臣によって市場経済が推進され日本全土をまさにアメリカナイズしてしまった。いわゆるアメリカ資本主義を至上主義とする洗脳が行われる形になった。
その結果、企業利益優先の激化、所得の格差拡大、国民の個人主義化が島国日本を変えてしまった。
参考資料: 加瀬英明News Letter より

世相シリーズ58

S57.jpg 先週の14日(金)長崎県佐世保市で37歳の男が散弾銃を乱射して数名の死傷者を出した。これは以前の日本では考えられないような事件である。もしこういった事件が起こったとすれば暴力団絡みの事件が通常である。まさに日本もアメリカ同様バイオレンス化しているといっても過言ではないようだ。

90年初期のバブル崩壊後あらゆる方面で日本はアメリカ的社会に移行してきたようだ。いわゆるアメリカナイズである。もともと日本は終戦後占領軍の日本統治で、アメリカのGHQの対日政策が実施された。その政策が3R、5D、3S政策である。
3RはRevenge(遺恨)、Reform(改組)、Revive(復活)で対占領政策の基本的原則とした。5DはDisarmament(武装解除)、Demilitalization(軍国主義の排除)、Disindustrialization(工業生産力の破壊)、Decentralization(中心勢力の解体)、そして最後がDemocratization(民主化)である。
5Dの補助政策として第一がセックスの解放、第二がスクリーン(映画・テレビ)の活用、そして第3がスポーツの奨励である。
この3Sを3Rの基本原則とし、5Dの潤滑油政策として大いに奨励した。GHQに反したものには公職追放を行ったようである。またこの政策が後の日本を骨抜き(墜落・退廃・意気地のなさ)にし、今の日本がアメリカナイズされる大きな原因になっているようである。
参考資料:安岡正篤著「運命を作る」 加瀬英明News Letter より

世相シリーズ57

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447.jpg 昨日から偽装事件の“ワースト3”について述べているが、その3位が年金問題である。
国民の老後の大事な年金を社会保険庁がオンライン化した際データの入力ミスや不備で年金が支給されないいわゆる「消えた年金」が国民を不安に陥れている。
この問題は偽装を上回る大きな問題で、国民の怒りが爆発した。一番頼りにしている国の管轄下にありながらずさんな記録管理というか、統合・整理されていない状況に何を頼ればいいのか途方にくれる。

その例に漏れず、私も若い頃から続けていた年金が留学など一時的に海外に行ったことと、書類からオンライン化された時2箇所により記録漏れが生じた。
その当時区役所管轄だったため言われるままにきちっと手続きしたのにも関わらず、そのときの記録が一切なくなった。

この世の中一体何に頼ればいいのか!?今まで市区町村で個別に管理されていた記録が、情報技術の開発が進みオンライン化されたことで、どこの地域からでも自分の記録に接続できるようになるなど、便利になるはずだった。
それが社会保険庁の計画性のない管理のために、かえって混乱を招く結果になった。文明・文化が発達することは結構だが、それによって国民が苦しめられるのは道理に合わない。

この他赤福、白い恋人、比内地鶏、崎陽軒、マクドナルド、不二家など・・・例を挙げればきりがない。これを機に襟を正してもらいたいものだ。

Drの四方山日記(447)

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446.jpg 偽装事件は今や日常茶飯事のようにマスコミを騒がせている。民放のラジオ局でワースト3を挙げたのを聞くと第1位が船場吉兆、第2位がミートホープ、第3位が年金問題であった。

その中でも最も悪質なのが船場吉兆で、牛肉のみならず地鶏、菓子、明太子など幅広く会社ぐるみで偽装していたのには呆れる。
会社のトップである社長の指示で取締役の長男が仕入れ担当の責任者として実行していたようである。ともかくごまかしや偽りの連続で、問題が発覚すると全部仕入れの担当者や専門店の責任に転嫁する悪質なものであったようだ。

2位のミートホープの場合は独裁者的社長の令で、三男の専務、総工場長、工場長にそれぞれ分担させ実行行為させていた。ばれるとやはり部下の責任にしたり、あげくの果てに100%牛肉を豚や鶏などを混ぜたミンチ肉とも分からずに食べていた消費者が問題だとする発言まで飛び出したのには“何をか言わんや”である。
逮捕されて当然であるし、塀の中で自戒して欲しいものだ。
それが国民に対しての報いというものである。
参考資料:TBSラジオ より

Drの四方山日記(446)

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445.jpg クリニックである男性スタッフに聞いてみた。すると「座ってやってますよ」という答えが返って来た。驚きである。“小便は立ってするものだ”と我々団塊の世代では当たり前のように思っていたがどうもそうではないらしい。そこで調べてみると、なんと男性の半数近くが「座りション」をしているという調査結果が出ているという。またまたビックリである。

その理由が「立って小便するより座って小便した方が飛び散らないし掃除の手間が省ける」ということらしい。何か奥さんの掃除の手間を減らしているためだけのように思えてならない。しかし大都市の30代から50代の男性に調査したところ、49%が座ってすると答えたという。過去の調査では平成11年には15%、16年には30%の「座りション」のスタイルの人がいたらしい。特に最近の若い世代は座りションに抵抗がないようである。これも女性上位の表れかもしれない。おそらく家庭では座り、外出先では立って小便をしている人が多いのではないかと想像される。これも時代の流れなのか。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(445)

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444.jpg 茨城県ひたちなか市の空き地で行方不明になっていた73歳の女性が30時間後に無事保護された。ここまではどこにでもある話だが、実はこれはびっくりするような出来事で、なんと犬がこの女性の毛布代わりになり、ぴったりと寄り添い凍死しかけた女性を救ったというのだ。その女性は認知症にかかっていて、行方不明になっていたらしく捜索願も出されていたようだ。

またこの犬、首輪は付けているものの鑑札がないと「野良犬」として処分をされてしまうのが通常である。しかし、さすがに人間を救ったとなれば殺すわけにいかないというのが人間の情だ。
幸運にも、救った犬も前日からいなくなっており、飼い主が心配していた矢先の今回のお手柄に、飼い主は喜びと同時に無事でよかったと胸をなで下ろした。

因みにこの日の夜は、隣接する水戸市内でマイナス2.2度を記録するなど、この冬一番の冷え込みであったと言からよくぞ二人とも!?無事であったものだ。
最近、人間化して家の中でぬくぬくと過ごす犬が多い中、昔の犬のように外を駆けずり回る強い犬でよかったと改めて思わせる出来事であった。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(444)

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443.jpg ドラマに出てくる3人の女優は現実社会でも独身・死別・孤独を味わいながら女の性を生きてきた。その人生経験を生かしてドラマのキャラクターを生々しく演じたことで、視聴者にリアリティを与えた。
3人が見ている者にまさに同世代の女性たちの一つの有様を演じたというか、その人自身であるかのように思うほど迫力のある演技である。セリフひとつひとつが自分と重なり合うほど素晴しいドラマで見ていて男である私も涙した。
最近のドラマは10代20代のものが多く、何か心に残らなくあまり見る気がしない。それを今回は40代にカメラを向けたことは、今中高年の女性たちが悩み苦しみながら生活を維持している。確かに雑誌では40代女性ファッション誌も創刊されているが、電波というかテレビではなかなかドラマとして作られなかった。
民放でできないことを国営放送とも言えるNHKが取り上げることは視聴者にとっても良いことではないだろうか。
現実でありがちなことをドラマで描いて教えることはこれからの人生の生き方に参考になるのと、視聴者が自分の問題としてストーリーに入り込めるようなドラマを数多く作って欲しい。これからも大いに期待したい。

Drの四方山日記(443)

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442.jpg 週末の土・日曜日は来年から始まる連載の原稿書きに精をだしていた。ただ性格的に一日だらだら原稿を書くのは好きでないので、合間にウォーキングや犬の散歩をした、またテレビを観たりして頭を休めると、また新しい発想が生まれてくるので私にとってその方がいいようである。
その合間に観たテレビドラマ『ひとがた流し』が素晴らしく、久しぶりに感動した。
そのドラマは以前何回かブログで取り上げたNHK土曜ドラマのひとつで、40代の女性3人の友情を描いたものだ。
そのドラマに登場する3人の女優は、やはり40代という役柄にぴったり当てはまったキャストであった。
以前50代女性を主役にしたドラマ『魂萌え!』が人気を博しただけあり、今回も期待の一作だ。

3人の主人公のうち、2人が母子家庭でテレビ局のアナウンサーにフリーライター、3人目は、子連れ再婚した女性と、まさに生きていく姿を現実に透視したように描かれていた。

そのうち、1人はアナウンサーとして仕事一筋に一生懸命に30代を駆け抜け、40代という折り返し地点を迎えたところでメインキャスターという長年の目標に到達しようとした矢先、乳がんにかかった。
それを高校時代からの親友である二人が、それぞれ離婚・再婚・出産・子育てという人生を経て助け合い強い絆を作っていくというドラマであった。
まさに女たちの生き様を画面を通じて描いているように感じた。
参考資料:NHKHPより

Drの四方山日記(442)

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441.jpg 謝罪のしかたについてはいくらかお分かり頂けたのではないだろうか。
しかし、現実はどうも企業や行政の不祥事においてはいまだはっきりしていない面が多いように思われる。その一つが責任の取り方である。
今回の防衛省の守屋事務次官のようにちょっとした不祥事が起きても平然とその席に座り込んだり、あるいは他の官庁に移動して居座るのをみても、どうも日本の行政上問題が多いようである。政治家や公務員幹部もしかりである。どうも自分がよければ他人がどうなろうとも知ったことではないという無責任的な考えがまんえんしている。これは大昔から行われている悪い習慣である。
この際、謝罪とは何か、反省するということはどういうことなのかもう一度行政も企業も見つめなおす時期に来ているのではないか。それとどうも気になるのはこういうことに対する取材方法である。
確かに事件の容疑者や不祥事などの関係者は悪いことは悪い。しかしそれは裁判所など司法が裁くものであって、一テレビ局が善悪を裁くものではない。それをどうも履き違えているのが今の現状である。見苦しい取材は見ていて不愉快である。きちっと報道機関はその事件や問題について報道してくれれば十分、分かることである。
それが、国民がマスコミに期待していることである。

Drの四方山日記(441)

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440.jpg そもそも日本の行政を司る政治家や官僚がいい加減な謝罪をするから国民は当然のごとく同じことをすることが「禊を終えた」と勘違いするところに問題がある。謝ったから水に流すというのは日本人独特の考え方である。日本のように謝ればすべて帳消しという考え方はいかがなものか。この観念は国際的には通用しない。
では世界ではどうか。欧米では裁判などで過ちをはっきりと認めないと謝罪はしない。中国は謝罪というよりやたら説明責任をとろうとする。お隣韓国では割りと日本に近く、頭を下げて謝罪会見をするが、ただ日本と違うのはトップが一人で謝るのが通例であるようだ。特に世界では謝罪=責任をとる、ということを重要視し言葉ではなく行動を表すことが謝罪と考えている。
日本では謝罪するときによく使う言葉は「世間をお騒がせして申し訳ありません」である。これは人と人の関係性が優先される、まさに古来からある世間や人間関係が主体である神道の考え方である。それに対してイスラム教やキリスト教を信じる国では謝罪の相手はあくまでも神である。こういうことをはっきりさせて本当の謝罪とは何かを問わなければならない。
参考資料:R25 より

Drの四方山日記(440)

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439.jpg 今年に入って不二家の偽装問題を皮切りにミートホープ、白い恋人、赤福、船場吉兆など出るは出るわ、まさに日本は偽装列島と化している。そのたびに謝罪会見が行われ、社長を筆頭に幹部がずらりと並び、「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げるのが恒例になっている。企業や行政は当たり前になってきているが、いまやスポーツ界、芸能界でもひたすら頭を下げ続ける謝罪会見が多い。それに対してマスコミは何か天下を取ったように大騒ぎして取材する。肝心の国民はしらけきっている。全くいい加減にしろというのが我々の心境である。
特に大相撲の朝青龍の不祥事に対する反省の態度や弁は何をいわんやである。大相撲の横綱としての品位を傷つけたことに対して非を認め、自ら進んで頭を下げるべきものではないだろうか。親方をはじめ周りから頭を下げろと言われて下げてるだけでは本当の改心になっていないと思うのは私だけだろうか。それと同じことが言えるのが、亀田興毅・大毅兄弟である。彼たちはまだ若いと許されるところがあるが、しかしもう20歳を迎えようという大人であるのであるからもうそろそろ自分のしたことに対して責任を取るべきではないだろうか。

Drの四方山日記(439)

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438.jpg 昨日、かつて私を指導して育てて頂いた経営塾の恒例『合同研修会&イヤーエンドパーティ―』が東京・市谷で盛大に行われた。
今回のメインゲストは99%が赤字経営の花業界にあって、希少な黒字経営で全国展開している青山フラワーマーケットを運営する、(株)パーク・コーポレーション代表で44歳の若手経営者・井上英明氏による『成功より成長』という表題の講演を聴いた。

その中で井上氏は特に経営をしていく上で必要不可欠なのは “チャレンジし続ける”“成功し続ける”“貢献し続ける”の3つの要素であると説かれた。
お客様満足、期待に応える、マンネリ化を防ぐを社員に徹底的に教えて任せることをモットーに実践したことが成功に繋がったと熱っぽく我々聴衆に語ってくれた。

次に経営塾塾頭・飯塚保人氏が『2008年 経営戦略心得』と題して経営道について分かりやすく講演され、改めて経営とは何かを考えさせられる話であった。
その後、私の恩師である行徳哲男先生の講演を聴き改めてグッとくるものを感じた。

最後は、講師を交えてイヤーエンドパーティ―(懇親会)が行われ、一年の出来事や疲れを忘れさせてくれる楽しい一時となった。
経営をしていくということは大変難しく10年20年継続して初めて信用というブランドがついてくるのである。これからも、中小企業の踏ん張りに期待したい。

Drの四方山日記(438)

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437.jpg 横綱・朝青龍の不祥事による問題で日本相撲協会が混迷している中、一人の最年長力士が土俵を去った。その力士の名は一ノ矢(46歳)で相撲界初の国立大出身の異色力士として入門時脚光をあびた。
その一ノ矢が何よりも好きな相撲を引退して結婚するというめでたい話題が誌上の片隅に載っていた。
ただこの力士は今“時の人”となっている。朝青龍と同じ高砂部屋で彼の教育係として入門時から相撲のノウハウや四股の踏み方まで教えていたというから驚きである。一ノ矢の相撲に対する考え方は「相撲は科学。やればやるほど面白い」と学士力士らしいものである。
相撲は強さだけではなく、“心・技・体”がそろわないと相撲界の最高位に立てない。ただし朝青龍は別である。ただ好きで相撲取りになっても素質や力がないと関取にはなれない。

一ノ矢の場合はその両方を持ち合わせていなかったのか、最高位が東三段目6枚目で、幕下まで上がることはできなかった。そのため交際中の女性と結婚できなかったようである。
それは関取でないと結婚できないという各界の内規があり、好きな相撲をとるか結婚をとるかで迷ったという。日本古来の相撲界ならではの出来事である。
奇しくも24年前に初土俵を踏んだ九州場所で引退を決めた。引退後も相撲界に残り、新妻と共に新たな人生を送るという。本当に相撲好きな力士であった。
参考資料:週間文春 より

Drの四方山日記(437)

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436.jpg 12月1日(土)診療を終えてからスタッフの一人と患者さんのグランドプリンスホテル赤坂で開かれた「25周年記念&CDデビューパーティ」に参加した。
この集いは飲食店を25年の長きに渡り続けたことを記念して開かれたもので、多くの常連さんや支援者が出席して盛大に開かれた。また、25周年と同時にオーナーである吉田明美さんが50代にして歌手デビューをはたすというもので、何か会場が華やいだ雰囲気に包まれた。
7曲の素晴しい歌声に魅了されたのももちろん、25年間お店を継続してきたことが吉田オーナーには感無量のものがあったようで、歌いながら涙をこぼされていたのは印象的だった。

436b.jpg一言で25年といってもその歳月は長く、継続してお店を経営するということは大変なことだ。因みに、私も28年一筋で診察にあたってきただけに、彼女のたゆまぬ努力と精神力は素晴らしいものを感じた。
彼女のCD2曲は“初代 明美”(はつだいあけみ)の芸名で全国に販売されるという。
団塊の世代が第一線から退いていく中、新しいものに挑戦する姿は見ていて感動すら覚える。
ますますの発展と歌手としての活動にエールを送りたい。

Drの四方山日記(436)

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435.jpg 私の大胆な提案であるが、日本代表監督に今なおJリーグで活躍する40歳の現役選手三浦和良を据えると言うのはどうであろうか。
彼は世界のクラブチームの8チームで活躍した実績がある。まさに世界各国のサッカークラブを渡り歩いた先駆け的存在だ。
若手にとって手本とされることはもちろん自ら先頭に立って声をだし、精力的に動く姿勢は日本代表選手に大きな影響を与えるのではないか。
世界のトップクラスのチームでの経験や体験は貴重である。その生きたサッカーを直接伝授しながらチーム作りをこころざせば民族的身体からくる弱点を克服できるのではないか。

例え2010年ワールドカップで敗退しようが、次の2014年のブラジル大会には堂々と世界の強豪と互角に戦えるチーム作りをできるのではないか。
三浦選手が今なお現役を続けざるを得ないのは、日本サッカー協会が彼の引退の花道を作らないことにあると思う。
中田英寿氏のワールドカップでの引退の花道、ラモス氏や木村和司氏のように引退試合を行って過去の業績をたたえてやるべきである。
それで選手としては一つの区切りをつけて、指導者として日本サッカーをリードしていく存在になってほしい。そのときが日本人の手による本当の強いサッカーになりうるのである。
それが次の世代である中田氏や宮本氏など世界の舞台で活躍した人たちがそれを引き継いでくれるのではないか。日本サッカーの飛躍を期待したい。

Drの四方山日記(435)

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