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日本の文化の一つである伝統的医療である「置き薬」がタイとモンゴルで活用されることになったというニースである。置き薬といえば「富山の置き薬」といわれるくらい日本の社会では浸透している伝統文化のひとつである。
置き薬である配置売薬の発祥は江戸時代で富山の二代藩主前田正甫公が藩主の産業として奨励したのが始まりといわれている。
西洋医薬品の約10分の1の価格で購入できるといわれる伝統医薬品は忙しくて中々医療機関にいけない人、過疎地で病院が遠距離な人、貧困で高価な薬を買えない人、また現金収入が借り入れ時しか入らない農家などの人たちのためには最高の医療である。
私が幼少の頃には、「富山のくすりやさん」である配置薬販売員が柳行李(ごおり)を背負って各家庭を廻ってきたものだ。母がよく薬箱を持ち出してきて、なくなった薬を注文して交換していたのを覚えている。そのときいつも詰め替えていたのが、“熊の胆”、“ノーシン”、“赤玉”などであった。2つ上の兄と二人で詰め替えが終わるのを待っていて、くれたのは紙風船やべエコマである。
この頃は、将来こういう職業は自然と消滅していくのではないかと子供心に思ったものだ。
しかし現代社会での根強く生き残っている状況を見るとどんな時代になっても伝統医療・伝統文化として必要なんだと改めて思った。
参考資料:北日本新聞 産経新聞 置き薬こむ より
Drの四方山日記(552)
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