yomoyama01.jpg

633.jpg 7日、肺がんのため73歳の人生を閉じた筑紫哲也氏を偲び、私見を記載することにした。私が初めて筑紫氏の番組「NEWS 23」を見たとき、ずいぶん、事の良し悪しをはっきり言うキャスターだなぁと思った。この時間帯、他局で「ニュースステーション」というニュース番組を久米宏氏をキャスターにやっていたので、ついそちらを主に見てしまった。

久米氏の歯に衣着せぬ言い方と違い、筑紫氏のやさしさの中に言うべきことをはっきり、妥協もなく語りかけるニュースは、見る人を真剣にさせてくれた。特にコラム形式の『多事争論』は素晴らしく、私も釘付けになるほど毎回見させてもらった。

彼のジャーナリストとしての社会的発言には賛否両論があるだろうが、私は彼の一貫した報道姿勢を高く評価していた。筑紫氏は朝日新聞で敏腕政治部記者および特派員として活躍していた。1977年頃からテレビのメインキャスターとして登場した。そして1984年から4年間、雑誌「朝日ジャーナル」の編集長として活躍し、1989年10月からTBSの「NEWS 23」のメインキャスターとして迎えられた。彼は身内にも容赦なくTBSの過ちに対する厳しい批判姿勢は報道業界に波紋を起こした。

ともかくリベラルな文化人として、ニュースをきちんと国民に伝える姿勢は日本国内外に高く評価されていたようだ。また彼の独特な風貌は何か知的でありながら、やさしいおじさまという感覚を見る者に与えた。そのため若者から年配者まで男女を問わず広い層に受けいれられた。

筑紫氏は無類のヘビースモーカーで、ハイライトとマルボロをこよなく愛していた。それに対し、周囲から肺によくないので禁煙すればと勧められた。しかし彼は「一服できないと面白くない。百害あって一利なしというけれど、文化は悪徳が高い分深い。タバコは人類が発明した素晴らしい文化であり、タバコの代わりはない。これを知らずに人生を終わるのは忍びない」という持論を述べて、周囲を煙に巻いていた。ところが彼の人生を終わらせる原因になったのが、肺がんとは皮肉である。自分は人生を楽しんだし、思うように行動・発言ができたことは満足であった人生だと思うと述べていたのが、印象的であった。冥福を祈る。参考資料:毎日新聞 フリー百科事典 より

Drの四方山日記(633)

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 筑紫哲也氏を偲ぶ

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.a-beam.biz/mt4/mt-tb.cgi/1676

コメントする

2009年6月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

月別 アーカイブ

ウェブページ