世相シリーズ: 2008年1月アーカイブ

S63.jpg 日本人の多くは世界を知らないため自分たちの生活や環境だけからすぐ判断する。そして恵まれてない、俺はだめだ、挙句の果てに不景気が自分を駄目にしていると錯覚している。また、10代や20代は自由と平等を履き違えて、何でも自分の思うとおりにやればいいんだという意識が浸透し、道徳や倫理を無視した考え方に走って社会から排除される人たちが多くでてきている。

日本人はどこまで恵まれれば気が済むのだろうと最近思うようになってきた。豊かさを実感するためにも、恵まれない世界の国々を知ることが必要である。自分に厳しくなれば人に優しくできると先人は我々に教えた。
しかし現代の若い親たちの多くは子どもを叱ることがなく、しつけも満足にしない。ましてや思春期を迎える子どもたちに家事の分担すらさせない。何よりも怖いのは子どもたちが本を読まず、自分以外のことを考えたことがない身勝手な意識のまま大人になるため厳しい実社会では役に立たなくなる。人間は自分自身のためではなく、人のために生きることも大切である。更に自分自身の美学を選択し、生きる勇気を持ち、自分の意思で生活を組み立てていくことは最大の幸せではないだろうか。

世相シリーズ63

S62.jpg 心のストレスは文明の先端をいく先進国に多く起こるものと思っていたが、発展途上国特に封建的社会が強い国にもあることがわかってきた。

例えばイスラム教国のように複数の妻を持って生活している社会でも、同族の絆の強い共同生活の中にもストレスがあるという。健康であればすべて満足に生活できると思っていたが、実はそうではないようである。
健康であっても欲しいものが手にはいらなかったり、やりたいことができなかったり、思うようにことが運ばなかったりするとストレスに落ち入る。この状態が今の日本である。

ものがある故に人間は欲に駆られ欲しくなる。私に言わせれば“わがまま”である。
作家の曽野綾子氏は新聞紙上で面白いことを書いている。「食べるもの、寝るところ、水道、清潔なトイレ、安全正確な輸送機関、職業があること、困ったとき相談にのってくれる場所、タダで本が読める図書館、健康保険、重症であれば意識がなくても手持ちの金が1円もなくても医療機関に運んでくれる救急車、電車やバスの高齢者パス。これだけよくできた社会に生まれた幸運を感謝しないのは不思議」だという。私も同意見である。どの国に行っても必ず満足不満足がある。それを満たすことはなかなか難しいことである。しかしこの国はそれを満たすことができるのにも関わらず、不幸だと自分で思い込む。まったく日本人は勝手な民族である。

世相シリーズ62

S61.jpg 私は毎年のように外国に出かけて、いろいろな国の考え方や生活、習慣などを視察しているが、決まっていつも思うことがある。それは、「日本って国は改めて素晴しいなあ」ということだ。
それは戦争もなく平和で、物資も豊富にあり贅沢を言わなかったら食べたいものがいつでも手にはいる。動物のように風や雨に濡れることもなく家で過ごすことができるし、病気にかかった時にお金がなくても治療を受けることができる。
こんな素晴しい国に住んでいるのにも関わらず不平不満を言う輩がこの国に多く存在するらしい。ある新聞社の全国世論調査では30代から40代の40%もの人たちが自分の心の健康に不安を持っていると答えたという。

モノが豊富になれば次になくなるものは心である。それはなぜか。心と強く結びつくものはストレスである。この年代の人は自分自身が未完成ですぐに他人の生活と自分の生活を比べたり、ねたみを持ったりする。また仕事上のストレスも人一倍強く感じる年代である。
どうも私に言わせれば40歳以下の人たちは苦労が足りないように思う。あまりにも子どものときから恵まれすぎて何が普通で何が不足なのか判断すらできないためいろいろな事件や行動を起こしがちである。もっといろいろな経験を積んで完成された人間になって欲しいものである。
参考資料:産経新聞 より

世相シリーズ61

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