世相シリーズ: 2008年6月アーカイブ

S85.jpg 今回の殺傷事件を見ていると何か米国のバイオレンス事件を彷彿とさせる。米国ではハイスクールまでは両親がしっかり育てればそれ以降は完全に独立させ、成人になってからは自分のことは自分で考え行動する。そして自分の生活を作っていくのである。中にはその生活すら出来なく、挙動不審になる人間も多く出てくる。その延長線上に非行や犯罪が起こってくるのである。

私も留学してみて感じたことであるが、同じ年代でも育ってきた環境や教育が良く、指導者に恵まれた人たちはみんな豊かで幸せな家庭をつくる人間が多いが、逆の場合は貧困や引ったくり、それに泥棒あるいは麻薬に走る人が多いということを感じた。私自身も全く言葉、習慣などがわからない世界で大学に通っただけに強い精神力を養うことが出来た。それが今日に生かされていると思う。
その意味からも、もっと先人たちが若者を指導していくことがこの国には必要ではないだろうか。
今回のように事件が起こってから対応するのではなく、もっと国自体が日本の若者に対して生きがいのある働きが出来る環境を積極的に作り、指導してこそ今回の事件の反省はとなるのではないだろうか。

日本は平和ボケしすぎて、生活をする上で不自由さがなさすぎる気がする。
欧米など多くの国々では、人々は毎日を必死に生き、生活をしている。そのため、余計な事を考える暇がない。
この国はその反対現象のようで、精神的に悩むことが多く、神経を侵し、うつ的な人間を作り出しているように思えてならない。
昔のように勉強につけ、仕事につけ、汗水たらしてやることに誇りを感じてほしいものだ。それが、お互いを思いやる人間関係を作っていくことにつながる。

世相シリーズ85

S84.jpg こんな事件を起こすとマスコミをはじめ、心理学者などの有識者は一同に「キレた」「育ってきた環境が問題だ」「幼児性をもった自己中心主義」と指摘する。
確かに一理はあるが、その前にもっと我々が考えなきゃならないものはこのような事件に走らせたプロセスである。
人間は優秀であれば、自分の将来に対して夢を持つ。その夢が実現しないと何かに頼ろうとする。今回の場合、容疑者はインターネットに救いを求めた。なぜならネットの掲示板は顔が見えないだけに自分の思うことを書き込み、流すことが出来る。それが自分のひとつのストレス解消であった。
この容疑者は勉強やスポーツが出来ただけに自分の才能を磨き、それを活かせればきっと裕福になれると思ったらしい。
しかし現実は厳しく、働いても賃金が増えない、いわゆる「ワーキングプア」の現象に嫌気がさし、社会の冷たさに直接触れてしまったために人格が変わってしまったようだ。
その結果、「自分はもう駄目なんだ」という無力感から今回の行動に走ったのではないだろうか。彼をこういう人間にさせた背景にはもちろん両親の離婚問題があるが、それ以上にこういう若者をうまく受け入れられない社会にも問題があると思う。

世相シリーズ84

S83.jpg 8日(日)、昼ごろテレビを見ていたら突然テレビ画面にニュース速報が入ってきた。ああ、また何か事件や事故が起こったのかなあと思っていたが、なんと無差別殺傷事件だった。真昼間歩行者天国で賑わう東京・秋葉原に突然暴走したトラックが人ごみに突っ込み、歩行者三人をはね、さらにトラックを降りた容疑者は両刃で殺傷能力の高いダガーナイフで通行人ら17人を殺傷した。
この事件を知るとマスコミは容疑者を集中攻撃し、あたかも極悪人に取り扱う。確かに、凶悪犯罪ではあるが犯罪に対する報道の前になぜこういう事件が起こったかという背景を問いなおしてみるのが大切ではないだろうか。

この容疑者は青森県内有数の進学校で知られる青森高校を卒業し、岐阜県の中日本自動車短大に入り、将来は自動車エンジニアになって世界のトヨタ自動車に就職することを夢見ていたようだ。
しかし、それも思うように就職できず、三年半、派遣社員として3つの会社を渡り歩いた。そして故郷である青森に戻り運送会社に運転手として働き始めた。
このときはアルバイト採用であったが、彼の勤務態度は真面目で何のトラブルもなく、会社も皆勤であったという。
それに対し、会社は彼を正社員として昇格した。ところが両親の別居から離婚問題に発展し、彼の生活を脅かした。
その結果、家庭環境が冷え切り孤独感を深めるのに至った。そして真面目に働いた運送会社を辞めてしまった。その後、静岡県の自動車工場で派遣社員として勤務していたようだ。
参考資料:スポーツ報知 東奥日報 産経新聞 より

世相シリーズ83

S82.jpg 自動車を乗車するのに安全性を考えたらシートベルトの着用が必要であることは誰もが分かっているのだが、実際シートベルトは固くて圧迫感のあるものだけに、運転席と助手席に義務付けられた時は全ての運転者が好んで着用はしなかった。
それは到底快適に運転することができる代物ではなかったからである。それを今日のように95%の人が着用するまでに何年かかったかと言いたい。
どうも日本の行政は何か事が起こってから実施するのがほとんどである。

今回の義務化も交通ルールを守らない運転者による度重なる悲惨な事故が多発したため、警察庁もやむを得ず義務化に踏み切ったようだ。特に事故時の後部座席同乗者の致死率は非着用者が着用者の約4倍に増えたこと。その大半が後部座席者が前方に飛ばされ、重傷を負うことが多発した為だと言われている。
後部座席者が安全で快適なドライビングをするためには着用時の圧迫感があまりなく、装着していても容易に動けるベルトを開発してほしいものだ。

ある自動車メーカーは着用時の快適性を向上させるため、低フリクションシートベルト(シートベルトの端部と中央部の織りピッチを最適化した織り方)を開発し、柔らかく曲がりやすいベルトを製造し、着用時の圧迫感を約20%低減させたものを実現した。

ともかく、行が事を実施するなら準備を万全にして行うのが筋なのではないだろうか。
それをやって初めて車に乗る人の順法精神が活かされるのである。

世相シリーズ82

S81.jpg 6月1日付で自動車の後部座席のシートベルト着用が義務付けられた。ただし、行政処分の対象になるのは当面高速道路での非着用に限定される。
運転席および助手席での着用を決めた時も当初はやはり高速道路の非着用限定であったことを覚えている。
私としては、警察庁の行うことは理解に苦しむ。
本気で改正道路交通法で着用を義務化にするなら高速道路に限らず最初から一般道も義務化にすべきである。
それと義務化するなら自動車メーカーがシートベルトに関する最も安全で快適性を作り上げてから実施するべきである。なぜなら私もそうであるが、着用したくない理由は着用時シートベルトが固くて不快感と圧迫感があるからである。
自転車2人のり禁止の時も親子で乗車するのはよいといい、それでいて実際にはそれに適応する理想的自転車は作られておらず、今からコストを考えながら自転車メーカーが製造するという後手に回る。
今回の後部座席シートベルト着用も同じで、これから自動車メーカー各社が乗車するのに最適なものを改良して製造に入るという。
あるメーカーにいたっては3年かかると発表しているのには驚かされる。
まったく何をか言わんやである。本気で義務化するなら全て着用を徹底して欲しいものだ。
参考資料:産経新聞 より

世相シリーズ81

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