世相シリーズ: 2008年12月アーカイブ

S112.jpg 日本の最大企業であるトヨタやソニーなどのリストラや減収が報じられるとあたかも日本企業全体の不景気として取り沙汰されるようである。確かにわが国は景気が悪化していることは間違いないようであるが、日本企業全てが減収しているのではなく、実は増収している企業もあるのだ。その証拠に日本企業による海外企業買収が急速に拡大しているという事実をわれわれは知らなければならない。

円高騰による輸出企業が厳しい環境の中にあって、原価抑制で新製品に還元し、販売価格の改善などを背景に上方修正した企業も多くある。その代表的なのが日立製作所、住友金属工業、新日本製鉄、日清製粉などである。まさに、増収効果から前年度を上回る実績を上げている。世界経済の減速懸念は輸出数量の減少につながっている面が確かにあるが、逆に国際商品市況の大幅な下落から、収益に反映されるようなまとまった規模の原料の安値が国内企業に恩恵となっている。 

先日、NHKスペシャルで「日米関係を様々な視点から見直す」と題するシリーズ第二弾を放映していた。その中で興味深かったのは金融危機に直面し、衰退していくアメリカ経済。そのアメリカ企業を買収しグローバル競争に勝ち抜こうとする日本企業が急増しているというものだった。その先駆けともいえるのが、東芝による原発メーカー・ウェスチングハウス社の買収である。またあの倒産したリーマンを野村ホールディングスが買収したというから驚きである。その他にもマスコミには名前は出ていないが、同じように買収している日本企業があるようだ。それを日本のマスメディアはきちんと報道しない。何か日本が不景気のどん底にいるような報道を行うこと自体に問題があるようだ。

われわれ国民にとっても円高は大きな恩恵となっている。その一つはガソリン、輸入食品、原料などの価格下落である。それを忘れてはならない。

世相シリーズ112

S111.jpg 以前からよく取りざたされるのが、円高・円安の問題である。米国経済が落ち込むと日本経済が当然のように落ち込むと思われている。現実はドルが上がると円が下がり、ドルが下がると円が上がる、いわゆるシーソーの関係である。

例えば株式投資の観点から見ると円安となるとうれしいのは輸出中心の企業である。それに対し円高になると輸入を頼りにしている企業は繁栄し国民にとっても海外の製品や原料などを安く買うことができる。何よりも海外旅行が安い費用で行けるというメリットがある。しかし多くの日本人は円高=不況というイメージを植えつけられる傾向が強いようだ。

それとデフレ・インフレという言葉がある。デフレとは物価が下がるということであり、相対的にお金の価値が高くなることでもある。その反対にインフレは物価が上がると言うことでありお金の価値が低くなるということである。それなのに日本のメディアはデフレ不況だのインフレ待望などとはやし立ててしまい、インフレが経済を直撃しそのうちデフレがいいのか、インフレがいいのかわからない状況に陥ってしまう。

メディアは危機は危機として現状を正確に報道するべきである。ただ客観的視点に立った報道は私に言わせれば無責任である。なぜならこれらは国民をただ不安に陥れるだけで何も解決策にはなっていない。何か国民も場当たり的に自分にとって得になればいいが、逆に損になるとまくし立てる国民ももっと経済を勉強すべきである。

世相シリーズ111

S110.jpg 先週テレビ・ラジオなどが一斉に報道したソニーの1万6千人を超す大規模リストラの話題は日本全土を震撼させた。あれだけ世界に誇る日本最大の電機メーカーのソニーがリストラに踏み切った出来事は経済界に打撃を与えた。ソニーのみならず、IT業界の大手IBMは1千人規模のリストラを、そしてパナソニックも大幅なリストラを計画している。

これらは米国の金融不安に端を発する景気悪化の影響が国内のデジタル家電市場に現れた結果である。このままでは東芝、沖電気、パイオニアなど中堅メーカーなどにも飛び火し、これら一連の不景気が日本の中小企業にも影響しリストラの余波は続くだろう。そのせいかこのことは毎日のようにマスメディアで報じられている。しかし、果たして日本は本当に不景気なのであろうか。

世界金融不安で円高が続いているが、それは輸出企業には確かに逆風となる。この間まで原油高、穀物高で資源輸入国である日本は不利であると報じられてきた。そのため何か輸出が不調となった今、輸入までも同じように考えられ、あたかも日本の経済全体が混迷を極めているという情報は果たして正しいのだろうか。現実は報道とは異なり、日本にも利益を上げている企業があると言うことを忘れてはならない。誤った報道の原因の一つには円高と円安の勘違いがあるようだ。
参考資料:産経新聞 JanJanニュース

世相シリーズ110

S109.jpg 朝、ラジオで興味あるニュースを聴いた。それは「火葬場」についてである。日本では人が亡くなると99.7%火葬される。そのため火葬場が必要になっている。現在、日本には1566箇所の施設が稼動している。しかし、日本の死亡者数は年々増え続け、2007年の死亡者人口は約108万人で過去最高だったという。今は死亡者数は出生者数を上回り、今後ますます日本の人口が減少していくという状況にある。

火葬場が満杯で火葬が出来ないという苦情が多く寄せられている。特に大都市東京では大きな問題となり火葬場を増やさないと大変なことになる。ただ問題は火葬場の設置場所である。火葬場を造るにしても「自分の住んでいる隣や近所に出来るのは嫌だ」と歓迎されない迷惑施設となっているのが現状である。

1つの火葬場を造るには約40億円必要だと言われている。それでも造らざるを得ない切羽詰った状況にある。そこで、考え出されたのが「斎場・火葬船」構想である。海に船を浮かせそこで一切の葬儀を行うという方法である。これならば誰にも迷惑はかけないし交通渋滞にもならない。それに何よりもいいのは建設費用が約20億円と安く地上で造る半分の金額で出来るようだ。

私の義理の両親が亡くなったときも火葬場が満杯で3日くらい葬式が出来なかったのを覚えている。田舎だと手早く葬式が行われるが、大都市ともなると人口が多いだけに簡単に天国に行かせてくれないようだ。死ぬのも楽ではない。
参考資料:TBSラジオ より

世相シリーズ109

S108.jpg 12月1日から最高裁から一斉に裁判員候補者への通知が始まった。以前からこの制度が導入されるとは聞いてはいたが、果たして日本の社会にうまく溶け込むのか心配していた。アメリカのように70カ国以上の人種が集まっているところの場合はそれぞれの国の考え方があるため、裁判の公正をはかる上において、どうしても陪審員制度が必要であると思うが、日本のように単一民族で成り立つ国の場合は果たして司法の中に必要なのかどうか疑うところである。

なぜなら日本人は倫理観や道徳心を持ち、人情や義理を重んじるため、自分をコントロールしてまで、人を裁けるのか疑問である。弁護士や検事の話術や言動が巧みであればついついそれに乗せられ有罪か無罪の判断に影響が出てくるのではないか。アメリカのように、Yes or Noをはっきり言える国民ならばいいだろうが、日本人の場合、情にほだされついつい力のある裁判員に、追随してしまうのではないだろうか。

それと日本とアメリカでは考え方や思想は正反対のところがあるため、判決に際し戸惑って、自分の意思と違う行動に出てしまう可能性もある。また裁判員になったことで守秘義務が課せられるため、自分を違った方向に追い詰められてしまうかもしれない。

この制度は継続していくことによって、日本の社会に徐々に浸透してくると司法府は考えているように思われる。しかし現実はおそらくうまく馴染まず、判決においていろいろな問題が生じてくるように思えてならない。実施することが決まった以上、少し馴染まないからと言ってすぐに止めることになっては、税金の無駄遣いになってしまうということを忘れてはならない。

世相シリーズ108

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