健康コラム: 2007年6月アーカイブ

K17.jpg 先日、新聞のトップで報じられた記事に、次のようなものがあった。
それは病院の効率化や専門医の紹介、勤務医の労働状況の改善を考えた「総合科」なるものを新たに創設すると厚生労働省が発表したものだ。

今、日本の医療現場には日常の診療を行う開業医と、救急救命で入院と専門治療にあたる病院がある。例えば熱があったり、動悸や息切れ、血圧が高いなどの症状があっても一体どの科にかかればいいのか迷ってしまう。そのためおのずと専門性の高い病院に集中してしまうのが現状である。
また医師も過酷な勤務が強いられ、中には医療過誤や重大なミスを犯すことも最近では多発している。そこで、厚労省は的確な診断で適切な治療を施すため、新たな診療科として「総合科」を設けるという。

この科は患者さんを専門医に振り分ける診療科にあたり、いずれ開業医の多くを総合科医とし、どの医療機関にも連絡のつくかかりつけの医師として地域医療を目指すという。ただし、総合的に診察するため、能力の高い医師を養成し初診の患者さんに安心して診察を受けられる環境をつくることを信条とする。
また、今までの「3時間待ちの3分診療」と言われた医療機関の混雑緩和にも役立つように考えたようだ。
ただ、医師が総合科医になるためには、厚労省の審議会の資格審査や研修制度を設け、許可制にするという。今まで技量について制限した診療科は麻酔科しかない。

今回のこの「総合科」は西洋医学の分野での医療システムであるが、これからは西欧諸国、特にイタリアのように患者が病院に行くとまず最初に熟練した医師が診察(問診・検査・診断)を行い、その結果に基づいて患者の症状に応じて各科に振り分け、そこでもし治療が合わないと再度初診に戻り診察し直し、患者さんに合った専門科に再度回して治療するシステムである。要するに、患者さんは病院へ行けば自分にとって最も必要な治療を受けることが出来る仕組みである。但し、今回の日本の「総合科」と違い各専門科の中には外科、内科、消化器科、精神科、鍼灸科、カイロプラクティック科、理学療法科などがあり、患者さんが医師と同じ目線で治療を受けられるようなシステムになっているという。
日本も今世界中の医療制度を持つ医療を集めた「統合医療」が法制化になろうとしている。西洋、東洋、アメリカ医療を結合した病院が開設されれば、まさに患者さんにとっては夢の病院である。
いかなる医療でも人びとの“病気を治す”のが唯一の目的である。そのため原点に戻って枠組みを取り払った21世紀への医療の活性化が今の日本には必要ではないだろうか。その意味からもいって国、特に厚労省が真剣に検討し実現してくれることが患者さんのみならず医療界の人びとにとっても素晴らしいことではないだろうか。

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K16.jpg ある新聞で信仰上の理由で輸血を拒否したため、帝王切開の手術中に大量出血し輸血を受けないまま死亡したという記事があった。過去にも何度となく宗教上の理由から輸血拒否で亡くなった問題がある。
この輸血拒否による惨事は、今や世界各国で起きており現代社会においての輸血の問題は人道上あるいは救済上などで非常に難しく、何を尊重し何を優先するかは法律での解決は難しい。
古代、中世では、血液の問題は民族間のつながりを最も強く意味するものであり、他と交わることを拒否し続けてきた。それが近代社会に入り医学の進歩、発達のためには輸血は患者を救命する上で最優先され、それを行うことで命の復活を遂げてきた。

我が国では1952年に最初に輸血医療の指針ができ、医師および歯科医師による「輸血に関して医師または歯科医師の準拠すべき基準」ということになり、37年間改定されずに今日まで引き継がれてきた。
その間、輸血の理論を学ぶ機会も少なく「出たら入れる」という認識がまかり通ってきた。しかし、輸血行為は全国いたるところで行われていてそれが強いてあげれば新しい輸血療法への脱皮の足かせになっていると言えなくもない。
確かに輸血検査の進歩などは目覚しいが、輸血後の副作用や感染症が避けられないのも事実である。今回の宗教団体もこの分野を焦点に輸血拒否を行っているようである。
人間の尊厳を重んじて輸血をすべきか、はたまた輸血を避けるべきかは、最終的局面に達しないと決断できない状況にあるようだ。

K16b.jpg普通の人間の血液の総量は体重のおよそ8%と言われ体重60kgの人ならば約5リットル程度である。それがどの程度出血したら人間の命を絶ってしまうのかというと、出血前の健康状態・性別・体重・出血の出方によって異なり一概には言えないが、およそ全血量の30?40%と言われている。それから計算すると体重60kgの人で1500?2000ミリリットルの出血があると、当然失血死してしまう。
今回のように、帝王切開の手術中に大量出血した場合、輸血は当然必要になるし、それを拒否した場合死を招くことは明白だ。
法律上は本人の同意書か親族の同意書があれば問題は生じないが、医師として瀕死の患者さんを見殺しにした思いではないだろうか。この問題は当然続くだろうし、どこかで決着をつけないと必ずといっていい位、同じ惨事が起きるのは明白である。早く解決して欲しいものである。
参考資料:岩手医科大学臨床検査医学 Jehovah’s Witnesses Press Club 毎日新聞

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K15.jpg 人間の記憶の仕組みは不思議なものである。なぜなら知る前と知った後ではその人自身が違ってくるからだ。つまり、ものを知るということは自分自身が変わることである。もっと分かりやすく言うと、新しいことを記憶することは“脳が変わる”ことを意味する。人間の脳には神経細胞が1000億個以上あるといわれている。新しいことを記憶するとき、脳の中の何かが変化してくる。つまり、神経細胞の状態が変化すること。ただし、神経細胞の数は歳をとるごとに減少していくので、神経細胞を増やさせて新しい記憶をつくることは不可能である。では、記憶は脳のどこの場所によってコントロールされているのか。それは『海馬』というところで構成されている。海馬でつくられた記憶は過去の記憶と神経ネットワークでつながり、必要であると判断されれば側頭葉の大脳皮質に移行して貯蔵される。これが記憶のメカニズムである。

 人間の脳は大切な記憶をすぐに思い出させるために関連する相対的に必要でない記憶を忘れ、脳の活動を効率化しているようだ。では、記憶を強化するにはどうしたらよいか。アメリカの神経学会で先頃報告されたのが記憶に睡眠が関わっているということだ。物覚えが悪い人は睡眠が不十分であるという結果がでた。十分な睡眠をとった人は記憶がはっきりしているようだ。それはドイツの大学でも証明され、人間の脳は深い睡眠中に記憶を反復させ定着させているとみられている。大人は1日7?9時間の睡眠が必要だと訴えている。先進国であればある程十分な睡眠をとっていないのが現状である。アメリカのある大学の研究チームは電子版を通じて発表したのに、物忘れには悪いイメージがつきものである。そのためには頭の中身も整理が必要だと訴えている。確かに睡眠は脳の記憶に強く結びついていることは間違いないようだ。記憶が低下するということはアルツハイマーや認知症になる要素にもつながる。そうならないためにも十分な睡眠が必要だということだ。
参考資料:てんとう虫5月号 iza 時事通信 日経ビジネス

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