三浦和義容疑者はともかく不可解な人物である。この事件に際し法律や保険金に関するものを徹底的に調べ上げ、自分のものにした。その結果警察の追及を巧みにかわし最終的に無罪を勝ち取った。普通はこれで一件落着のはずだが、2003年と2007年に万引き事件を起こし、逮捕されるという落度を犯した。その際、宮城刑務所に2年間収監され、刑務所の処遇改善を求め暖房設備や本の購読数を増やさせたりするなど、法律に詳しいところを見せつけた。出所後人権と報道の問題で本を出版したり、講演したりと活動したようだ。また、多くの冤罪事件の救援活動に力をいれ奔走したりもした。
一連の活動からしてこの怪奇極まりない人間性は我々には理解できない。やはり摩訶不思議な人物であることは間違いない。これからまた長きに渡って裁判が米国で行われていくだろうと想像できる。果たして彼の悪運的博識が海の向こうで通用するのか興味深いところである。
ただ日本と違い裁判は陪審員制で行われるので彼の涙がどこまで陪審員の心を動かせるのか、人生の半分以上を司法との闘いで過ごす人物も珍しいのではないか。
話題シリーズ
23日土曜日、あの三浦和義元被告がサイパンに旅行中殺人容疑で身柄を拘束されたというニュースが飛び込んできた。“三浦和義”と言えば「ロス銃撃・殴打事件」が思い出される。確か1981年後半、米国ロサンゼルス市内で三浦容疑者の妻一美さんが頭に銃撃を受け約一年の闘病生活の末死亡、その時一緒にいた夫三浦容疑者も負傷したという事件である。その時テレビのブラウン管を通じて彼の悲哀、嘆き、号泣が観ている人の心を打った。