Drの四方山日記: 2008年2月アーカイブ

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490.jpg 米国立保健統計センターのデータによるとアメリカ人の身長が以前と比べると低くなっているそうだ。白人と黒人の平均身長の測定結果を欧州の国々と比較したところ、20世紀前半は米国の白人男性が最も高く平均176.5センチであったが、それがなんとオランダや北欧諸国及びドイツ人がアメリカの白人男性を追い越し、オランダに至っては男性180.4センチ、女性167.6センチにもなったとドイツのミュンヘン大学の研究グループによって報告された。100年くらいの間に世界の身長が大きく変わるのもだと驚かされる。

なぜ身長が変化するのか。その大きな理由は、諸説あるが過剰なジャンクフードの摂取や希薄化するファミリー同士のふれあいなど行き過ぎたライフスタイルにあるようだ 。米国の場合、まさにこれが当てはまる。私が留学していた1970年代はマクドナルドハンバーガーやバーガーキング、ケンタッキーフライドチキンなどのファーストフード、レストランとしてはビッグボーイやデニーズ、フォルクスなどが華やかしき頃でどこへ行ってもあった。いわゆるジャンクフードへの依存が栄養の偏りとなって身長の低下に繋がってきたのではないだろうか。
それと、今まであまり働かなかったアメリカ人が働くようになっていき、その影響で外食を促進してきたのも理由の一つに挙げられるようだ。白人と黒人の身長差は食糧事情の違いから2センチくらいの差がある。それに比べオランダや北欧の国の人たちは、環境の変化や遺伝的要因また食糧の事情から栄養摂取と健康のバランスがうまく取れた結果、身長が伸びてきたようだ。

参考資料:産経新聞 exciteニュース より

Drの四方山日記(490)

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489.jpg 1950年代一世を風靡したポラロイドカメラ(インスタントカメラ)は、この夏をもってインスタントフィルムの生産を終了するという。いわゆるアナログインスタント・フィルム事業から撤退するのだ。
1937年、エドウィン・ハーバード・ランド氏によって設立されたカメラメーカーで拡散転写法による画像と分析・光学機器を主に業としていた。彼は、愛娘が3歳の時「どうして撮影した写真がすぐにみられないの?」と、言われたのをきっかけに研究開発しインスタントポラロイドカメラを作り上げた。そして1947年アメリカ光学会で撮影した印画を画像形成したものを公開した。それ以降インスタントカメラの代名詞ともいわれるポラロイドカメラとして世界中で有名になった。
しかし、最近では急激な消費者のデジタルカメラへの移行によって売り上げが著しく減少し、経営が難しくなった。その結果、J.P.Morgan Chase社に買収され、それも2006年からインスタントカメラの販売停止を余儀なくされ、寂しいかなポラロイドという言葉が消えることとなった。

ポラロイドカメラといえば私が留学を終えて日本に帰国した頃に爆発的に売れていた、当時写真を撮って写真屋さんにフィルムを出すとだいたい3?4日くらいかかって出来上がってきたものだ。しかし、ポラロイドカメラは撮ったその場で写真を見ることができて驚いたのを昨日のことのように覚えている。
撮影後約1分半の間、印画紙から写真が出てくるまでワクワクドキドキしたものだ。その素晴らしいポラロイドカメラが時代にそぐわないのは仕方のないことだが、できれば残しておいて欲しいカメラの一つである。
参考資料:ALL ABOUT  フリー百科事典 より

Drの四方山日記(489)

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488.jpg 歳をとって当然白髪が増えてきてもそんなには気にならないものだが、最近小児(特に幼児)の頭髪に白髪が出てきたと体の悩み相談に書いてあった。小学生の白髪は私の患者さんの中にも時々見られるが、それでも数本程度である。白髪といえば40代を境に増えてくるのが普通であるが、なぜか若年層に出始めたのは驚きである。

白髪になるかどうかは人が持っているメラノサイトと呼ばれている色素細胞のメカニズムで決められる。そのメラノサイトの活動が弱くなってくるとメラニン色素の生産が低下したり、停止したりして色が脱落して着色できなくなって白髪になる。
髪は頭皮の中でつくられ、最初に毛が生えてくる時は色がつかず透明である。そこにメラニン色素が生産されると色がついてくる。つまり白髪は色がない髪の毛なのである。

なぜ小学生や幼児にまで白髪が出てくるのか。私に言わせればこの世の中、ストレス(精神的、食的、構造的)が多く、悩みが多いのが現状である。先天的疾患ならともかく後天的に表われる白髪はまさに現代の盲点をついた現象ではないだろうか。それを明かしていかないとますます白い頭の幼児があちこちに出てくることも十分考えられる。医療の専門家のみならず親御さんも十分に子どもたちのことを考えてあげるべきなのではないだろうか。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(488)

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487.jpg 日本の男子テニス界も松岡修造氏がウィンブルドンでベスト8に入って以来トッププレイヤーといわれる選手が出ず日本テニス協会も有望選手発掘に躍起になっていた中、彗星のごとく登場したのが弱冠18歳の錦織圭(にしこり けい)選手である。
日本テニス協会の盛田正明会長が私財を投じて設立した「盛田テニス基金」と全国からトップ選手を集めて行われる「修造チャレンジ」で鍛えられたジュニアの精鋭たちが世界に出て一流プレイヤーの試合を観たり、その選手たちと練習したりで才能を開花させている。それが今回のデルレービーチテニス国際選手権の優勝につながったのではないだろうか。

男子テニスといえば松岡修造といわれるくらいその後の男子選手はなかなか育たず今回の快挙が16年ぶりというから驚きである。久方ぶりにでた世界に通用するテニスプレイヤーであり、北京五輪は出場も夢でなくなってきた。
私の患者でもあり、友人でもある松岡修造氏が精魂込めて教え育てた選手が育っていくだけに私としても期待している。また、日本国民が待ち望んだ優勝であることは間違いない。さらなる飛躍をして「松岡修造を超えてほしい」ものである。
参考資料:産経新聞 より
 
Drの四方山日記(487)

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486.jpg 「もんじろう」(トランスメディアGP)を使えば、「先刻はかたじけなかった・・・」など武士語を簡単に変換できる。このサイトの人気が高まり他社でも携帯端末向けダウンロード辞書に「侍言葉」を200以上収録した物も発売され、若い世代に利用されている。このままで行くと若い世代のみならず中高年にも飛び火して「侍言葉」が氾濫するのではないか。昨年より『使ってみたい武士の日本語』などの著書が出版され、20代から30代の女性に好評であるようだ。ほんとに若い女性は好奇心旺盛だ。
今まで面白い言葉として大阪弁、沖縄弁、京都弁などが受けていたが、もっとユニークなものとしてはタレントのルー大柴の英語交じりの「ルー語」他「ギャル語」「練馬ザ語」などが登場している。そこにちょっと硬めの「侍言葉」がヒットしたことは遊び感覚だけでなく、失われがちであった品格さえも感じさせてくれて乱れがちな若者の言葉も修正されるので、いいことである。
さて次はどんな言葉が出てくるのか、興味深いところである。

Drの四方山日記(486)

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485.jpg この頃若者とメール交換すると時々年齢にそぐわない言葉が入ってくるのに驚かされる。なんだろうと思って読むと、どうも「侍言葉」である。例えば『異なこと→また妙なこと』や『これはしたり→これは驚いた』などが私のメールに入ってくるので戸惑う。
もちろんこれは姪っ子やその友達からのメールである。去年まではやたらと「ギャル語」が多かったが、最近のテレビの『篤姫』や映画『武士の一分』など時代劇が取り上げられて人気を博した。さらに新撰組を題材にした少女マンガ『風光る』、アクションゲーム『戦国BASARA』などが追い討ちをかけるように若者の人気をさらったことが原因の一つではないだろうか。
日本の歴史や伝統などが昔の言葉に宿っているだけに「侍言葉」が若者にウケていることはいいことだと思う。我々団塊世代の子どもの頃は、日本映画は時代劇全盛期でみんな棒を刀にみたてて遊んでいた。その時当然「侍言葉」を使っていたものだ。何か懐かしさを感じる。若い世代に「侍言葉」が浸透することは正しい日本語を学ぶ上においてプラスになるのではないかと思う。それに関わる書物も何冊もでているようだ。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(485)

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484.jpg 17日日曜日、第2回東京マラソンが行われた。15万6000人の応募から選ばれた3万2000人(10km走を含む)のランナーが健脚を競った。昨年、石原東京都知事の発案で初めて開催された。この基になったのは市民ランナー参加のロンドンマラソンやニューヨークマラソンである。しかし東京はご存知の通り交通渋滞が激しく6時間から7時間も主要道路を通行止めとすることは非常に難しいため関係官庁はなかなか了解せず、開催まで苦労したようだ。昨年は3万900人、今年はそれよりも1000人ほど多いランナーが走った。
私もテレビを観ていたのだが、いくつか気になることがある。
今回の東京マラソンは北京オリンピック代表選考を兼ねていて、マスコミはどちらかと言うと話題の人や芸能人、アナウンサーなどを主体に映像で映していたが私としては、市民マラソンなのでもっと市民ランナーや身障者などを多く取り上げて欲しかった。
単なる人気取りではなく都民のために行うマラソンであるから、次回からもう少し考えた運営をして欲しい。
それに参加は、抽選で参加費用もマラソンで10000円、海外参加者で12000円という。ちょっと市民マラソンにしては高いのではないか。
ましてやチャリティー参加はその10倍近くだという。市民のための東京マラソンであるからもっと気軽に参加できる方法も考えなければならないのではないか。
まだまだ課題が多い東京マラソンであった。

Drの四方山日記(484)

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377.jpg 防寒グッズとしてフットウォーマー、断熱ミラーカーテン、あったかいアルミ保温シートなど多種多用のグッズが発売されている。まだまだ寒い日が続きそうなので暖房は欠かすことができない。
よく患者さんに体のどこを温めるのがいいですか?と問われる。私は逆に冷やしてはいけないところはお腹、胸や背中、足先、手先だと答える。
お腹を冷やすと腹痛や下痢を起こしやすくなる。胸や背中が冷えると首が硬くなったり時として頭痛を伴う。足先が冷えると体全体が冷えてくる。手先が冷えるとこわばりや時として痺れが出てくる。それを防止するためにいろいろな防寒グッズが研究開発され商品として登場している。
防寒グッズも大切だが普段から気候にあった服装をすることが何より先決である。そう言ってる私は冬は厚着の方だ。そして私が愛用しているのは携帯カイロである。海外に出かけても国内にいても欠かすことができない。便利な防寒グッズがどんどん開発されて使いやすくなってくれればより快適に冬の生活や活動ができることは間違いない。

Drの四方山日記(483)

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 この冬は想像したより寒く突然雪が降ったりして我々を悩ませている。しかし科学の進歩はめざましく、最近では暖まる肌着、靴下、タイツ、ブーツなど数え上げればきりがないほど防寒グッズが発売されている。
私もこの冬トルコに行った際、発熱線維で暖まるシャツやタイツを大量に持っていったので、零下の場所でも寒くなくて助かった。

今まで暖めると言えば携帯カイロばかりであったが、最近は色々なグッズが増えて助かっている。友人から聞いたが、“ハッキンカイロの復活”じゃないが、充電式、ソーラー式、コードレスカイロなど新製品が登場してきたようだ。
家電の大手メーカー三洋電機が太陽光で発電して充電できるソーラー充電器「eneloop solar charger 」やACアダプタで充電すれば500回繰り返し使える充電式カイロ「eneloop kairo」を2006年から販売している。価格も3000円前後で手ごろだ。ともかく持ち運びがよくどこでも充電できる携帯電話並みに便利に使えるものができたことは寒がりの人間にとっては嬉しい限りだ。
参考資料:産経新聞より

Drの四方山日記(482)

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481.jpg 日本映画監督の巨匠の一人市川崑さんが昨日、92歳の人生を終えた。市川さんは映画監督として日本のみならず世界からも認められ、この世界で君臨してきたひとりだ。
日本の映画監督といえば黒澤明氏、木下恵介氏、小林正樹氏そして市川崑氏に代表される。黒澤明氏が大胆で傲慢な監督であったのに対して、市川崑氏は映像にこだわり納得いくまでとり続ける監督であった。それが彼の代表作の「鍵」「獄門島」「ビルマの竪琴」「木枯らし門次郎」そして昭和39年の「東京オリンピック」の記録映画である。この映画を作ったとき、記録か芸術か論議が起こり日本中の話題をさらった。

私が市川崑さんとお会いしたのは今から約7年前、ある経営者の集まりだったと記憶する。その時、短い時間ではあったが2人でお話をさせてもらえる機会に恵まれ、映画のこと、健康のことについて話をした。その時、監督はまるで子どものような眼差しで私に語られたのを昨日のことのように覚えている。
それから数日してさっそく治療にお出でになられた。ただ監督はタバコを片時も手放せない超ヘビースモーカーのため、私に待合室でタバコを吸ってもいいですか」とお聞きになった。「申し訳ないですが禁煙なんですよ」とお答えしたら、吸いたくなったら玄関を出て、携帯用灰皿でお吸いになっていた姿を懐かしく思う。
しかし一旦映画の世界に入ると優しい眼が鋭い眼光に変わり精力的な仕事をされるからあれだけの素晴しい感動的な作品を作られたのではないだろうか。日本映画界にとっては最後の巨匠である。ご冥福をお祈りするばかりである。

Drの四方山日記(481)

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480.jpg 10日夜、韓国の国宝第1号である南大門(崇礼門)が何者かの放火で全焼した。南大門は14世紀末、李成桂朝の王宮(景福宮)の城壁の4大門のひとつとして建立された。現存する朝鮮王朝最古の木造建造物として国宝に指定されている。昔はこの門の両側に城壁があったが、1907年日本の皇太子 (後の裕仁天皇)が大韓民国を訪問した際、街路整備のため城壁が撤去され現在の門だけが残された。1934年日本が朝鮮に設置した朝鮮総督府時代に朝鮮の主要文化財保護のため国宝に指定した。
確かに韓国の国宝ではあるが年配者にとっては日本が勝手に決めた国宝であり日本統治時代の烙印であるとしてあまり面白くないのも現実であるようだ。
私も10年前韓国健康美容セミナーに招かれ講演に行ったことがある。その際「南大門」を訪れた。街の中心部にあるこの大門は何か韓国を印象付けるものとして私の脳裏に焼きついた。その文化財放火が韓国の70歳の年配者の犯罪と知り、何か昔の日韓関係を呼び起こすように思えてならない。どんな過去の関係があるとしても、世界遺産やその国の文化財が消失することは世界の損失に繋がる。残念でならない。

Drの四方山日記(480)

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479.jpg この程大手ビール会社であるアサヒとベビーフードの和光堂がこの程共同開発したお茶が発売された。もともとアサヒ飲料のブランド茶「アサヒ十六茶」に子どもや赤ちゃんでも飲用できる「十六茶」を商品化したようだ。もちろん乳幼児向けなので、ノンカフェインでハト麦や大麦、ゴマや小豆など16種類の素材をブレンドしたもので大人が飲む十六茶に比べて苦味が少なく乳幼児でも飲みやすい味にしたという。
和光堂は今まで1歳半までの乳児向け商品が多かったが、今回のように3歳児までの幼児向け商品を出すのは初めてということだ。
赤ちゃんの飲み物といえばミルクと決まっていたが、今回のようにお茶などを飲用できることは子育てをやる母親にとっては力になるのではないか。これを機に安全で味のいいドリンクをどんどん開発してくれれば、赤ちゃんが発育するにしたがって大人の飲み物に自然と溶け込めるのではないだろうか。今回の商品のように赤ちゃんだけではなく高齢者向けのおいしい十六茶を販売しても良いと思う。より美味しいドリンクを赤ちゃんに!!
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(479)

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478.jpg なぜこうも「ミリメシ」がうけたのだろうか。その背景として戦闘糧食には国の文化や食が反映され、何か知的な感じがすることが若者に限らず全ての層に支持された結果であるようだ。
最近は“メシ”という言葉がやたら使われる。例えば、イタリア料理を「イタメシ」、タイ料理を「タイメシ」、イギリス料理を「英メシ」と呼び、日本でも「名古屋メシ」などと呼んでいるようだ。それをもじって「ミリメシ」と名づけた。

もともと戦闘糧食は戦場で兵士が食べるもので、保存性や携帯性を第一に考えて作られている。我々素人は戦闘糧食といえば乾パンやビーフジャーキーのような干したものを想像するが、実際の戦場では然にあらず、兵士にできるだけ美味しいものを食べて欲しいと各国の軍隊では個性豊かな糧食が作られ、戦場で命のやり取りをする兵士のせめてもの心の癒しになっているようだ。
戦争は兵士にとってはストレスが溜まるものであり、自分自身を見失うことが多い。そのためにも主食・副食だけではなくメンタルに良いキャンディ、ガム、チョコレートなどといったお菓子を疲れ果てた兵士のために与えている国もあるようだ。
ユニークなのはイタリアのようにパスタやマカロニ、肉のパテなどを使った料理を出しているところや、イギリスのように上品にティータイムなるものが設けられている国もある。寒冷地である北欧ではカロリー補給を主体にしたボリューム食をだしている。まさに各国の食文化を垣間見るようだ。
これらの各国の食を利用した「ミリメシ」は飽食や過食で困っている日本人にとっては絶好の食事かもしれない。それが「ミリメシ」のブームを起こしているようだ。
参考資料:日刊 勝ち組スポーツより

Drの四方山日記(478)

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477.jpg 先日、世相シリーズで「アメリカナイズしていく日本」というタイトルでコラムを書いたが、今度は軍隊の食事「ミリメシ」がグルメ族の間で評判を呼び、今や「ミリタリーグルメ」として女性を含め幅広い層にうけているようである。

昨年まで若者や中年の女性層に人気があったエクササイズDVDソフトで爆発的売れ行きを誇ったのが『ビリーズブートキャンプ』である。
陸軍の訓練法を取り入れたエクササイズ法で2006年よりネットコミュニティーで火がつき、テレビで紹介されてブームになった。

今回の火付け役は『世界のミリメシを実食する』という本で12カ国のものを比べて、味や食感をカラー刷りで分かりやすく解説したものだ。
読者がその国の食文化や歴史的背景に触れる極めつきの書であるらしくマニアだけでなく一般の人や女性にもうけたようである。
今はこの続編として自衛隊の食事を主体とした『続・ミリメシおかわり!』が出版され大ヒットとなった。次に玩具メーカーの大手セガが防衛省に納めているメーカーと提携して全国のゲームセンター150店舗でクレーンゲーム機(UFOキャッチャー)の景品としてミリメシを導入して爆発的な人気となり、品切れが続出し生産が追いつかないようである。そのせいかインターネット・オークションではかなりの高値で取引されているようだ。
今の時代何が売れるか分からない。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(477)

476.jpg 3日早朝より前線を伴った低気圧が本州の南側を通過した影響で、近畿から東日本にかけての太平洋側の広い範囲で雪が降り、東京都心で3cm、八王子で9cm、関東近郊で5cmから10cmの積雪を観測した。その影響で転倒による骨折など負傷者も多く出たようだ。

何と言っても大都会は雪に弱い。雪が1日降っただけで鉄道の運転中止、飛行機の欠航、高速道路の通行止めなどが多発し、多くの利用者の足を止めた。
また大雪の影響でラクビー競技、青梅マラソン、中央競馬会のレースの中止や延期が相次いだようだ。ともかく2日から3日雪が降り続くだけで交通が殆ど麻痺状態になる。これが大都会の姿である。

私が生まれた雪国では5cmや10cm積もったくらいで交通などは麻痺しないし、通常通りの生活をしている。なぜこうも大都会は雪に弱いのだろうか。その1つはあまりにも緻密化された都会では1つシステムが狂うと全てスムーズに働かなくなり生活が脅かされるからだ。もちろん年に数回しか降らない雪には特別な対応ができないという事情も分かるが、これだけ近代化された大都市ではもっと効率のいい対応ができないものかと不思議に思う。
やはり科学の力では自然をコントロールできないのかと改めて考えさせられるばかりだ。

Drの四方山日記(476)

475.jpg 納豆といえば水戸と思っていたが、もう一ヶ所「納豆発祥の地」があるようだ。その場所は秋田県である。秋田県の納豆はこだわりのある高級納豆で、1959年に古屋福治郎氏が国産の良質な大豆を使って、木材を薄く切った「経木」に包んで発酵・熟成させた製法のものだ。日本一高い納豆、日本一うまい納豆として知られている。秋田の納豆は源義家がわらに包んだ煮た大豆が納豆になったことから発祥した。
今度はその秋田県の、納豆製造の大手企業のヤマダフーズと秋田県立大学とが共同開発した「スティック納豆」を、東北と関東の大手コンビニで販売した。

この納豆は今までの発泡スチロール容器に入ったものではなく、「スティック包装納豆」を基本に一般消費者向けに開発したものである。普通の納豆は密封包装すると納豆菌の発酵でガスが発生し袋が破裂するという問題が多かったのを受け、納豆の酵素を失活させる製法を開発、最近では単身世帯や独身者、特に男性をターゲットにご飯一杯分にちょうどいい量(35g)をスティック状パッケージにした便利なもので、保存も9ヶ月間できるという。

毎日食べる者にとってはとても便利であるし、旅行やハイキングにも手ごろに持ち歩けるので助かる。昔はわらで包んだものや薄板で包んで上にからしをピッと乗っけたものがあったが、今回のようにスティック状になった納豆の開発は素晴しい。東京のコンビニに売り出したら早速食べてみたい。
やはり納豆は日本人の食生活になくてならないものである。
参考資料:産経新聞より

Drの四方山日記(475)

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