Drの四方山日記: 2008年3月アーカイブ

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506.jpg 先週の金曜日辺りから桜のつぼみが開花し、関東一円桜が咲きほこった。私も土曜日の診療後、スタッフ3人と伊豆へ旅をした。旅と言っても1日半だけであったが十分春の趣を堪能することが出来た。伊豆の海岸線を走ると山のあちこちで桜が咲きほこり、春の風情を思わせた。
我々は伊東の小室山の桜を見物した。特にここのしだれ桜は見事に花を咲かせ、訪れる人の心を和ませた。
日本の桜の起源は古く平安時代にさかのぼる。当時は公家たちの目を愉しませるものに過ぎなかったが、それが武家社会に浸透し、江戸時代の寛永年間三代将軍家光の寄進により再興の折、境内の一隅に桜を植林したことが現在にいたっていると言われている。
伊豆でも伊豆高原や大室山の桜の里は山一面が桜で覆われ、地元民や旅する人に心の安らぎを与えるものとして多くの人が訪れたようだ。我々もその恩恵に預かり、花見をすることが出来た。
梅と違い桜は“日本人の心の花”として親しまれており「ああ、春もたけなわだ」と思わせるから不思議である。まさに世間は“春爛漫”である。ただお花見となると桜の名所に一堂に集まるため、道路は交通ラッシュでたどり着くのに一苦労した。

Drの四方山日記(506)

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505.jpg 「タタ・モーターズ」は単なるインドの自動車メーカーではなく、IT、鉄鋼、電力、ホテル、食品など91社を傘下に22万人を有するグループ企業である。
2004年にはADRへ上場し、2007年の売上高は72億ドル(約8000億円)に達した。まさにインドの最大財閥であり、現在はインド経済の最重要企業として注目されている。
では、なぜこの財閥がインド1の金持ちになれたのだろうか。
それはインドのカースト制度にあるようだ。インドでは80%あまりが「ヒンドゥー教徒」でカースト制度という身分制度に縛られ、自分で自由に職業を選ぶことが出来ない。ところがこの会社の人たちはペルシャからやってきた「ゾロアスター教徒」だったため自由に職業が選べて商売することが出来た。そしてインド国内で急成長を遂げられたのと、社会貢献として従業員だけではなく国や地域に多額の寄付をして名声を上げていった。その寄付金の額がなんと25億円にも上るという。そのため国が潤いますます伸びて、現在の財閥を作り上げたと言われている。
それにしてもインドの一財閥が世界の名ある大企業を買収して伸びていくということを誰が想像しただろうか。米国もサブプライムローンで経済が冷え込んでいるだけにインドや中国、南アフリカなど新興国などが欧米や日本などの先進国に提携や買収を持ちかけるケースは今後も十分に考えられる。世の中も変わってきたものだ。

Drの四方山日記(505)

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504.jpg インドの自動車メーカー「タタ・モーターズ」が英国の高級自動車「ジャガー」と「ランド・ローバー」を23億ドル(約2300億円)で買収したというニュースが全世界を駆け巡った。我々凡人には「タタ・モーターズ」なる会社は一体どんな企業なのか興味深いところである。
1945年、商用車販売を中心に設立。98年に乗用車市場に本格的に参入した。米国自動車大手「フォード」を皮切りに2004年、韓国のNo.2と言われる「大宇」のトラック部門を買収し、2005年「MGローバー」、2006年イタリアの「フィアット」と提携。2008年タイの「ピックアップトラック」を傘下に商業車(バス・トラック)部門で急激な成長を遂げた。そして今回の「ジャガー」と「ランド・ローバー」を買収となった。その裏にはアメリカビッグ3の長びく不振がある。
そんな中急成長したインド、中国などの新興国の自動車メーカーが主役に躍り出てきて世界の自動車業界にとって脅威となってきた。特に低価格で販売する車に対して日本の自動車メーカーも、うかうかしていられない。
ともかく今の時代なんでも資本と資金力があればあらゆる部門に参入し、買収するようだ。おかしな世の中になってきたものだとつくづく思う。
我々が幼少の頃は自動車と言えばアメリカ車、成人時代は欧州車がブランドとして名をとどろかせたものである。もちろん現在我が国のトヨタ自動車が世界のトップとして君臨しているが、いつ外国の資本力で乗り込んでくるか分からない。21世紀に入ってその様相が如実に現われているのも時代の流れだろうか。
参考資料:ロイター通信 フリー百科事典 毎日新聞 より

Drの四方山日記(504)

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503.jpg 土曜日、診療を終えてから長野新幹線に飛び乗り軽井沢へ向かった。軽井沢駅では家族が迎えてくれて、夕食後にクリニックの保養所である奈良原に行った。長野の東信地方は想像したより暖かく素朴さが残り、休養するには絶好の環境である。
保養所は湯の丸高原に行く途中に奈良原温泉があり、自然に囲まれたその一角に保養所であるログハウスがある。私たち家族やクリニックのスタッフなどが利用している施設である。

長野に来て自然はもとより、何が楽しみかというと地元で取れた旬の食材をもとにつくる山菜料理やそばだ。今回も美味しい信州そばを食した。旬の野菜をてんぷらにして揚げ、そばの芽からつくったそば、朝摘んできた山菜を煮物にした料理をご馳走になった。
東京の雑踏から離れて自然一杯の長野で食べるそばは最高である。その上、天然から湧き出る温泉に浸かればこのうえない幸せである。
自然を満喫して再度人や車で混雑し、ビルが立ち並ぶ東京に帰るのは嫌になってしまう。しかし不思議なものでこの大都会にいればそれなりに住めば都になってしまうのは不思議なものである。

Drの四方山日記(503)

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502.jpg 作家の赤川次郎さんの著書が500冊を突破したということを聞いて驚いた。赤川さんといえば「三毛猫ホームズ」、「三姉妹シリーズ」、「赤頭巾ちゃんリーズ」がベストセラーでそのほかにも「セーラー服と機関銃」、「マザコン刑事」など数え上げればきりがないくらいの小説を書いている。
赤川さんは32年前の1976年に文壇デビューし、1977年にはすでに長編第一作を刊行した。軽妙でユーモラスな書き方で読む人の心をつかむ作品は、世代を問わず多くの読者を持ち、ベストセラー作家中の中でも奇才な才能を発揮している。毎年10?20冊前後の作品を世に出しているというから驚きである。現役の作家でもこれだけ書いた作家はいないのではないだろうか。
ちょうど500冊目にあたる「ドラキュラ城の舞踏会」はこの1月に出されたというからぜひ拝読してみたいものである。以前「シャーロックホームズの冒険」を読んだことがあるがミステリーでありながらミステリーっぽくでない書き方はユニークで面白い。私も15冊程度著作があるが、毎回診療の合間に原稿を書いているのでいつも四苦八苦する。たとえ本業とはいえ500冊とは途方もない数である。
今回の記録を区切りにして600、700冊と素晴らしい本を世に送って欲しいものだ。ともかく拍手を送りたい。
参考資料:読売新聞 より

Drの四方山日記(502)

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501.jpg 石原都知事は新銀行東京への税金投入が問題になっているところに加えて今度は自分の息子で画家である四男の公費支出をめぐり、やはり野党から追及をうけている。再建の見通しも無いのに経営を続け傷口を大きくしているところに今度は身内を起用して都の公費を海外出張費や絵画購入にあて、自分の肝いりで造った「東京ワンダーサイト」も一見四男の事業会社のようにすらなっているのは如何なものかと言いたい。まさに石原一族の“私物化だ”といわれてもしょうがない。
国や自治体が問題を起こすと決まって言われるのが監査がなぜしっかりやらないんだと言う人がいるが、残念ながら民間と違い国及び都道府県などの公共機関や法人では天下りや身内がなる場合が多くなあなあになり問題や事件が起こって初めてことの重大さに気付く、この体質が無くならない限り「税の私物化」はなくならない。
石原都知事に対する期待が大きかっただけに、今回のような公私混同は独裁者といわれても仕方がないと思うのは私だけだろうか。残りの都知事としての任期切れまで都民の為に“精神誠意”努めて欲しいものである。

Drの四方山日記(501)

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500.jpg 先月の26日以来、新銀行東京の追加出資について議論がなされ、今月の11日に開かれた東京都議会予算特別委員会で野党が石原慎太郎知事に対して追及した。その内容は400億円の追加出資案についてどうするかという問題である。

すでに新銀行東京は2005年4月開業以来今年3月期決算までで累積赤字が1000億に達する見通しになった。その債権の見通しも無いのに経営を続け傷口を広げるということはもっての他と非難され集中砲火をあびた。
しかし石原都知事はそれに対する責任謝罪もなく、逆に「私の一存で全て決めてきたかのようにいわれているが膨大な組織の中で私一人の発想で行政が動くはずがない」と開き直った。もともと新銀行東京は2003年に石原都知事の選挙公約の中に「資金調達に悩む中小企業救済すること」に基づき都知事の即断で設立された。いわゆる石原銀行である。自分で設立しておきながらいざ焦げ付いてしまうと当時の責任者のせいにし、自分はあたかもアイディアを言っただけに過ぎず、いまさら私のせいにされることは不愉快だと逆ギレする。まるでわからず屋の小学生並みの発言には都民の一人としてガッカリさせられる。私も高い税金を都に収めている者としては期待が大きかっただけに腹立たしく思う。
参考資料:読売新聞 J-CASTニュース より

Drの四方山日記(500)

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499.jpg テレビを観ていたら驚いた。10代の女の子を対象とした『東京ガールズコレクション』が開催されたというニュースであった。モデル、タレント、雑誌モデルなどがファッションショーに出て、ショーで身につけた洋服を会場内でリアルタイムに携帯やPCから買うことができるというものである。
一見新しい試みだと普通は驚くのであろうがこれは既にヨーロッパなどで行われており、今年行ったトルコでも行われていた。

レザーのファクトリーで、実際にファッションショーを行いその場でモデルの着ている洋服をオーダーするというものであった。
そして隣でディスプレイされたものを購入するというシステムである。もし「一部気に入らない」とか、「もっとアクセサリーを付けたい」といったときは一部直しをしてくれ次の訪問地まで届けてくれるというものである。
実は私もファッションショーに飛び入り出演させられた。そこまでやられると一着位は買わなくてはいけないという気持ちにさせられる。
これも商魂というものである。外国をみれば日本のこれからが良くわかるということの一例である。

Drの四方山日記(499)

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498.jpg 先週初め、大阪市で発覚した59億3000万円脱税事件は日本中を驚嘆させた。金融業や不動産業など手広く事業を展開した父親が一代で75億以上の資産を残して亡くなり、娘二人がその遺産のうち約50億あまりをダンボールや菓子箱および紙袋に無造作に詰め込んで自宅の車庫に隠していた。捜査に入った大阪地検特捜部の捜査員たちは何かサスペンス映画のシーンを見させられた思いではなかったであろうか。

過去にこのようなシーンを描いた映画があった。1962年フランスの大スター、アラン・ドロンが演じた『地下室のメロディー』では、強奪し隠していた大金がプールの底から浮き上がり札束が水面を覆いつくした。あるいは強奪した札束が追跡され空港で宙に舞ったハリウッド映画もあった。
ともかく最近の世の中は映画や劇画が現実になってくることが多くて驚かされる。余談ではあるが59億円というのはどれくらいなものかと想像させられる。財務省関係者によると一万円札による一億円の重さが約10キロ相当の重さがあり、59億円だと590キロにも達するそうだ。想像しただけでもめまいがする。
これだけの大金があれば夕張市など財政が破綻したところに回せばどれだけの人が助かるのかとつい思いたくなる。この人たちの金銭感覚は一体どうなっているのだろうか。日本の社会はまさに歪んでいると言わざるを得ない。
参考資料:産経新聞 読売新聞 より

Drの四方山日記(498)

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497.jpg 日本人にとってお互いの情報交換のために名刺は欠かすことのできないものである。そこに新たにユニークな「食べられる名刺」が登場した。それは落花生に気持ちを込めたメッセージを刻印し、相手に伝えるというものである。もちろん落花生以外にも印字はできるがユニークさからいえば落花生に社名・氏名・電話番号を刻印するのが面白いし、相手の意表を突く。
このサービスは昨年12月、お祝い事のお赤飯を炊くときにつかう小豆一粒一粒に、気持ちを込めたメッセージを印字したことが始まりであるようだ。なにも落花生だけではなく米や豆、乾麺(うどんやパスタ)にも刻印可能というから驚きである。お中元、お歳暮それにノベルティーなどにも用いるのもいいのではないだろうか。
ピーナッツを使って宣伝するのはよく居酒屋の箸置きや会社の休憩室や応接室などにコーヒーなどと一緒に置いて来訪してくる方に味わっていただくのも宣伝効果としては良い。
今は、何でもアリの時代だからこういう方法も自分を売り込んだり相手にインパクトを与えるには効果抜群である。
参考資料:excite news より

Drの四方山日記(497)

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496.jpg もし自転車の三人乗りが容認されたとしても、果たして今のママチャリで対応できるのだろうか。前と後ろに幼児を乗せて、なおかつショッピングバッグをも付帯して安全な運転ができるのだろうか。安全性を考えたら警察庁も安易に容認できないはずである。
もし大きな事故を起こした場合、行政が責任を取れるのだろうか?また自転車を売った店が責任を取るのだろうか?などの問題が必ず生じてくる。「自転車協会」としても非常に難しい問題ではないだろうか。
例えば警察庁から要請されている事項は「重心を低くしてぐらつきをなくし転倒をしづらくしたり、三輪車にする」である。この通りやれば当然今までの価格より値段が上がることが考えられる。ましてや都心部の狭い道路を走行するには不向きである上に、機動性が悪いとなれば主婦たちは進んで新しい自転車を買うだろうか。疑問である。それこそ我々の税金を使って支援するしか方法がない。

自転車も今までのあやふやな規則ではなく自動車やバイクのようにきちんとした交通ルールを設けつつ、子育て支援をしていくべきである。

Drの四方山日記(496)

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495.jpg 昨年10月愛知県新城市の市道で67歳の男性が高校生の運転する自転車に衝突して、死亡するという事故が起こった。今までも全国で自転車による事故はあとを絶たず今や社会問題にまでなっている。
今年の2月に従来の2人乗りの禁止に加えて、携帯電話をかけながらの運転、傘を差しながらの運転などの行為を違反としたばかりなのに今度は自転車の3人乗り(6歳未満の幼児対象)は容認するということはどういうことなのか理解に苦しむ。
この国の行政(道路交通法)は一体どうなっているのか、少子社会の育児支援や女性の社会進出の観点から容認しようという考え方は分かるが、お母さんたちの強い要望やNPO団体組織による圧力で方向転換するのはいかがなものか。子育て中の母親の方々の要望に答え、きちんと検討しようということなら警察庁、都道府県公安委員会、有識者などで検討会を組織し、どうすればベストかを審議し決定していくべきではないだろうか。どうも日本の行政はその場主義で判断することが多いように思えてならない。
参考資料:産経新聞 毎日新聞 より

Drの四方山日記(495)

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492.JPG 今年に入ってからは天候が一定せず、寒かったり暖かかったりと気温の変化が著しく変わって、健康をキープするのが大変である。クリニックにも体の変調を訴えて来院される方が跡を立たない。
しかし3月に入り少しずつ気温も高くなって春らしい陽気が続いてきた。これから暖かい春になってきそうなのは嬉しいことだ。
気象庁の3?5月の3ヶ月予報によると平均気温は全国的に高く、暖かくなりそうだ。梅の季節が終わり桜の季節に入ってくる。なにか荒んだ気持ちも青空とともにスッキリとし、仕事にレジャーに気持ちを駆り立ててくれそうだ。こういう季節がやはり日本人には一番いいようだ。
私も時々近くの公園や川辺をウォーキングをしながら季節の移り変わりを楽しんでいる。これからは小鳥のさえずりや桜の季節に入るので何か心がウキウキしてくる。
皆さんもぜひ散策して春を間近に近づいた春を満喫してください。

Drの四方山日記(494)

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493.jpg このタイトルを見ると、「嘘だぁ!?」と、誰しもが思いたくなる。このニュースが発せられたのは最先端技術を有するアメリカだというから驚きである。マイアミで行われたカンファレンスで電子メールに関する議論が行われ、その結果メールはもはや時代遅れで後進的であるという意見が多く出たという。
その中の一人であるGoogleのエンジニアであるMr.Kevin Marksは「電子メールはもはや場違いの古いアイディアだ」と語った。さらにMarks氏は「電子メールは一部のユーザー間ですでに過去のものとなっている。若い世代のユーザーはすでに電子メール等は使いたがらない」とし、それに変わるものとしてソーシャル・ネットワーキング・サービス(日本でいうmixiなど)を利用したりして安全性を確保しているようだ。
その理由の一つとして、あまりにも増え続けた迷惑メールが大きく影響しているようだ。それによってある有名な電子メールプロバイダーの機能停止が相次いでいる。電子メールがなくなるかというのではなく、電子メールはあくまでも大学や銀行などへの通信手段として今後は使い続けられるようであると指摘している。

我々団塊の世代にはインターネットのみならず携帯電話すら覚えるのが必死であり,やっと覚えたと思ったらそれはもう古いと言われ、また新たな挑戦を強いられ全く頭がパンクしそうだ。これも時代の流れであり致し方なのかも知れない。
参考資料:CNET JAPAN より

Drの四方山日記(493)

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492.jpg 桃の節句といえば女の子の節句と誰もがすぐに連想できるくらい日本人の社会に浸透している。
昔から日本には五つの節句(七草がゆ、桃の節句、端午の節句、七夕祭り、菊の節句)があり今日まで伝わっている。その中でも桃の節句(ひな祭り)は女の子の厄除けと健康祈願のお祝いとして、お七夜やお宮参りと同じく女の赤ちゃんの健やかな成長を願う行事として行われためが現代まで継承されている。
しかし、最近は住宅事情や日本人としての自覚が薄れたのか積極的に日本古来の儀式というか行事をやらない家庭が多くあるのはとても残念だ。
我が国には先人が教え伝えた素晴らしい節句があるのだから、親が率先して行えばそれが子に伝わり、子がまたその子に教えて日本のよさを知ることになる。このことで若い世代の人間形成に役立ただせることにつながり、世界に誇れる“日本の美徳”として後世まで言い伝えられることは間違いない。
その意味からも地域や学校など教育の場でも日本古来の行事を子どもたちに語り伝えてくれればと思う。もちろん気持ちの問題ではあるが、あまり簡素化せずにきちんと日本の節句をお祝いして欲しいと願うばかりである。

Drの四方山日記(492)

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491.jpg 世界の身長の推移については理解できたが、我が国ではどうか。
成人男性の身長について面白いデータがある。それは縄文時代から現代までの平均身長の変遷は次のようになっている。

縄文時代は平均身長が158センチであった。それが古墳時代では163センチ。江戸末期から明治時代前半は平均身長がなんと約155センチと最も低くかったというデータがある。その後、100年の間に現代人は食糧事情の改善も手伝って身長が急激に伸び、1970年ごろには平均身長が165センチくらいになり現代では平均身長は172センチ前後、女性は159センチと伸びてきたようだ。もちろん身長については遺伝的なものが大いに関わってくるが、それだけではなく食糧問題や家庭環境も身長が伸びた要因の一つである。

しかし、このまま欧米人並みに日本人の身長は伸びていくのだろうという希望的観測があるが、実際には日本人の構造的機能から言えば平均身長は1970年代以後生まれた日本人では止まりつつあり、そろそろ限界にきていると専門家が述べている。
身長も大事だが肥満を元とする体重の方にもう少し目を向ける必要があるのではないだろうか。

Drの四方山日記(491)

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