Drの四方山日記: 2008年4月アーカイブ

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521.jpg 大都会はもちろん地方へ行ってもコンビニ並に見られるのが「ファミリーレストラン」である。時代の波と共に米国から入ってきたフランチャイズ方式のベーカリーレストランが全国に展開し、若者や日本の家族には絶対的に受けていた。
しかし、多くあったファミレスも「デニーズ」、「すかいらーく」、「神戸屋」など店舗も少なくなってきた。以前は売上高が年々向上していたが、ここ数年は減少傾向にあり、昨年は3.3パーセント減に落ち込んだ。その理由は中国の食材問題の影響で食品の値上げによる消費心理の冷え込み、若者がデートに誘いにくい、禁煙のレストランが多くなった、子どもがうるさくてゆっくり出来ないなどである。
しかし、私に言わせれば一番の大きな原因は日本人の飽き性である。いい言葉で言えば好奇心がうせたということである。
米国の場合はあまり味にこだわらないため安ければ入る傾向があるが、日本人は意外と味にうるさいため飽きられてしまったようだ。ここへ来てファミレス、コンビニ、大型スーパーなど外食産業市場の動向が大きく変わってきたのも事実である。安いものを作って雰囲気さえ良ければ流行るという考え方は外国に通用しても日本人には通用しないようだ。
さて、次にどんな展開が起こるだろうか。ある意味では興味深い。
参考資料:日本テレビ「スッキリ!」 より

Drの四方山日記(521)

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520.jpg 世界各国で聖火リレーの妨害が相次いでいる。日本の長野でも聖火リレーが行われたが、一体何の騒ぎかと言いたい。オリンピックは世界の平和の祭典であり、スポーツを通じて世界が一つに繋がる唯一のイベントである。そのオリンピックが今や商業化し、開催国の発展・繁栄が約束されると思っていること自体にも問題があるように思うのは私だけだろうか。いや、こんな状況を見れば聖火リレーなどどうでもいいと感じる人が多いと思う。

以前このブログでモスクワオリンピックに関して私の考え方を記述させてもらったが、事件や騒動が起こる度、詳しい事情を把握しないまま世界中で情報が独り歩きし今回のような事態になってしまう。
確かに中国政府がチベットに対して行った行為は決して許されるものではないことは誰しもが分かっている。こういう問題はオリンピックに関連して取り扱う類のものではなく、世界中が集結して協議し、対応する国際連合が乗り出してやるべき問題である。その一番肝心な国連がこのチベットの問題に何も口を出さないことはその存在価値を疑わざるを得ない。もはや無用な組織であり、単なる米国を始めとする友好国の都合のいい組織にすぎないものになっているように思えてならない。その証拠に米国は何も抗議行動を取らないではないか。

日本での聖火リレーは厳重な警備の甲斐もあって多少の小競り合いがあったものの、無事終了した。今後は同じような問題が起こった時は、無理に世界中で聖火リレーなどせずに、直接開催国にもって行く方が平和の祭典にふさわしいと思う。このゴールデンウィークに中国を訪れる予定にしているが、現実の中国の情勢を知る上で絶好の機会としたい。

Drの四方山日記(520)

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 昨年の正月インドを訪れた際、色々な寺院に野良犬が沢山いた。インドの野良犬は殆どが狂犬病にかかっていると言われ、人懐っこい感じがして外国の旅行者がなでようとして噛まれ、命を落とすことが多くあるようだ。
私が訪れたときもあちこちに痩せ細った野良犬が出没し、物ほしそうに我々に近づいてきたことがあった。しかし、インドへ行ったら野良犬にだけは絶対に触ってはいけないし、うっかりしっぽなど踏んだりでもしたら大変だと聞いていたので気をつけていた。
がその野良犬たちがなんと赤ちゃんの命を救ったというから驚きである。22日、インドの東部ビハール州の村で捨て子にされた女の赤ん坊が泥の中に置き去りにされていたものを三匹の野良犬が異常に吠えて住民らに知らせた。それも犬たちは置き去りにされている赤ちゃんの周囲の泥をどけて、吠え始めたというから素晴らしい。
インドでは野良犬は馬鹿にされているが今回のお手柄で野良犬たちも人間たちにいくらか近づけたようで良かったのではないだろうか。
話は変わるがインドでは稼ぎ手となる男児は大切にされる傾向があり、女児はあまり大切にされず捨てられたり、子どものいない夫婦に引き取られたりするのも珍しくないという。インドもIT産業を始めとする工業の発展は著しいが、一般庶民の生活はいまだ豊かではなく、家畜や犬などを飼っていくのが大変でその結果捨てられて今回の犬たちのように野良犬が増え続けているようだ。
参考資料:ロイター通信 より

Drの四方山日記(519)

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 昨日は野村氏の「人生の生き方」というインタビュー番組について紹介したが、その番組を見て考えてみると、最近の人間関係がどうもおかしくなっているように思える。その一つが千葉県の県立高校で入学金未納を理由に新入生2人を、晴れある入学式に出席させなかったことだ。
ただ、学費未納というだけで学校側がこういう処置を取ったことが生徒の心情にどう影響するか疑問に思う。なにか胸が傷む思いである。おそらく現場の教師はもっと悩んでいるのではないだろうか。
昔の日本ほど倫理や道徳が普及、徹底した国はなかった。それが今日のように道徳教育をおきざりにした結果が今回の学校側の杓子定規な対応になったのではないだろうか。

私の恩師の一人である佐々木将人先生がいい言葉を残されている。
「道に迷えば道を覚え、人生に迷えば生き方を覚える」と教えてくださった。
「若いときの苦労は買ってでもせよ」、「可愛い子には旅をさせよ」この二つの言葉が人間の知恵の結晶である。人生には幾多の壁がある。壁を越えるたびに成長し、壁が高ければ高いほど成長の度合いが高いという。これは佐々木先生の言葉の引用であるが、いつも先生の教えには頭が下がる思いがする。
しかし、最近テレビやラジオなどで教育者や識者が道徳・倫理不要を訴えているが、何をか言わんやである。もっと“人間愛”を大切にすればもっと素晴らしい生き方が出来るのではないだろうか。
参考資料及び引用:佐々木将人の「人生訓」 より

Drの四方山日記(518)

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517.jpg 先日、NHKのインタビュー番組「人生の生き方」を見ていて感じるものがあった。それは楽天イーグルス監督である野村克也氏が母親のことを話されていて、涙があふれるシーンを見て私もジーンとするものがあったのだ。野村氏は3歳の時、父親を亡くし、病弱なお母さんと兄の3人暮らしをしていた時、家は貧乏で家計を助けるため小学生の頃から早朝に新聞配達をしていた。配達を終えて学校に行くと校門の前で待ち構えていた同級生たちに「そんなボロッちい服を着て恥ずかしくないのかよ」と言われ、惨めな思いをした。あんまり悔しい時はそのまま家に帰って大声で泣いたこともあった。
昔は社会の格差が大きくいじめっ子がはびこっていた。ただ、現代と違うのは親も教師も毅然としていじめっ子に対応していた。
南海ホークスのテスト生となってからは月給がもらえるようになり、合宿費を差し引かれると4000円残った。そのうち1000円を家計の助けになればと母親に仕送っていた。後で知ったが母親は仕送ったお金を全て預金していた。もし息子が野球をクビになって戻ってきたときにと思って、蓄えていたというのだ。
私も恩師を通じて野村夫婦とは何回か食事をご一緒したことがある。その折、野村氏より直接詳しい話を聞いたことがあるだけにNHKのインタビュー番組を見たとき私も涙した。
野村氏が経験したように私の家庭もやはり幼少の頃の暮らしは豊かではなかった。その為、兄が毎日朝早く新聞配達をしていたようだ。
私が生まれた頃はその当時より家計がすこし良くなってきたため、そういう苦労をせずに済んだのだがその時のことを思い出した。
参考資料:NHKテレビ 産経新聞 より

Drの四方山日記(517)

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516.jpg このごろ続く値上げラッシュは家計を苦しめている。そんな中、いかにやり繰りし、電気・水道・ガス代などを節約するのかが大きな課題となってきているようだ。そんななかラジオで立つ情報を一つ、皆さんに提供しようと思う。
それは、今使っている電球(白熱灯)がもし切れて買い換える時には、電球型蛍光灯にするとより節約が出来るというものである。
消費電力は蛍光灯の方が白熱電球の約4分の1で寿命がおよそ8倍と長いため、地球温暖化の原因といわれている二酸化炭素(CO2)の排出量が減少するという。
ただし、問題は購入時の値段が“蛍光灯は電球より10倍高い”ということである。
しかし、蛍光灯は白熱電球より明るく、約75パーセントの電力消費減が期待できる。もし1日6時間点灯しているとすれば、その差は年間にして約1910円にも及ぶという。蛍光灯は消費電力が少ない上に効率がよく、寿命も長い、それに高熱を発しないという利点もあるようだ。

なにも電球の問題だけではなく電力を節約するなら色々な方面で出来ることがある。例えば、テレビの画面の映像調整を極端に明るくするより暗くしておく方が年間1210円の節約になる。
その他には、節水シャワーヘッドを取り付けることにより、ガス・水道代が節約でき年間5,000円程の節約になる。
お湯を沸かす時、底の大きい鍋を使うだけでも月、約117円の節約になるという。
まさに家計を預かる主婦にとってはありがたい話である。
話は変わるが、この頃夜遅くにウォーキングをしていて感じるのだが、ちょうど私が歩く時間は各家庭の電気が消されている事が多く、ただ街頭だけが明るくついている場合が多い。おそらくこれも無駄な電気を使わないための節約に繋がる事なのかもしれない。日本人みんなが節約に関心を持ち、積極的に取り組めばどれだけの電力が無駄に消費されずに済むのか。皆さんも是非これを機に試してみてください。
参考資料:TBSラジオ ketaの電気屋さん豆知識 より

Drの四方山日記(516)

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515.jpg 19日土曜日、診療後スタッフ全員で恩師行徳哲男先生の主催するBEの例会に出席した。今回のテーマは「嵐吹く 世にも動くな 人ごころ 巌に根ざす 松の如くに」である。
アサヒビールの中條高徳氏の傘寿(80歳)と行徳先生75歳の誕生日を祝って約300人近いBE訓練の体験者や関係者が集まった。

中條氏は陸軍士官学校の話から営業本部長として「アサヒスーパードライ」作戦による会社再生で大成功を収めた話をされた。そして今回特別ゲストとして、私と行徳先生に関係深い最後の大物政治家といわれる平沼赳夫先生が「今の永田町の政治家の姿やこれからの日本の方向性」を熱弁された。
その他、日本経営合理化協会理事長牟田学氏あるいは中国の経済界の大物などが講話された。この会は感性集団であるだけに拝聴する姿も素晴らしく“全即一”を思わせるものがあった。
515b.jpg第2部ではやはり恩師の一人である佐々木将人氏(山蔭神道宮司・神明塾塾長)の勢いある乾杯の音頭、そして私もスピーチを行って宴は最高潮に達し、その後多彩なゲストによるスピーチや余興が催された。年2回行われるBE例会は我々体験者にとっては自分の感性をよみがえらせてくれる集まりであり、行徳先生にはいつまでも逆順入仙(年齢に逆らって生きる、いいことが一杯ある)で我々をリードしてくれる恩師でいて欲しいと思うばかりである。
今、世の中は風紀紊乱や疾風怒涛な時代である。そんな時こそ感性豊かな人材を必要とする。それによって我々が愛する日本国になりうる。
Drの四方山日記(515)

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514.jpg 阪神の金本知憲外野手(40)が先週の12日土曜日、横浜スタジアムで行われた横浜戦で寺原投手から安打を打ち、通産2000本安打を達成した。ここ18打席は安打が出なくて苦労したが、ようやく40歳にして大記録を達成した。まさに苦労人金本選手ならではの真骨頂である。
広島カープの黄金時代、山本浩二、衣笠祥雄、江藤智など豪快な選手がいただけにあとから続く金本、前田智徳、野村謙二郎選手たちがなかなか大成せず、苦悩した。その中でも、金本選手はなかなか芽が出ず並の選手であったが、ウエイトトレーニングで強靭な肉体を作り上げ、スタンドまで届かなかった打球を飛ばすところまでに成長した。
しかし、年下の前田選手にレギュラーを取られたことがきっかけとなり、努力に努力を重ねた結果、広島のクリーンアップの一人になった。2000年には「打率3割、30本塁打、30盗塁」を達成し、世間をあっと言わせた。広島カープには偉大な先輩の鉄人・衣笠選手がいて、その影響か彼も骨折や捻挫を繰り返しながらも連続フルイニング出場を続け、「平成の鉄人」と呼ばれるようになった。
彼が目標とした選手に清原和博選手(現オリックス)がいる。彼のがむしゃらな生き方に影響を受け、金本自身も熱いハートを持った男と言われるようになった。確かに彼の2000本安打達成はプロ野球史上3番目の高齢であったが、肉体はまだまだ若く400本塁打や連続フル出場1300回も夢ではない。清原ほどの派手さはないが阪神のみならず球界の“アニキ”として若い選手の手本になって欲しい。くれぐれも“おじさん”と言われないような野球人生を歩んで欲しいものだ。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(514)

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513.jpg 日本の三銘うどんといえば「四国の讃岐うどん」、「上州の水沢うどん」、「北国の稲庭うどん」である。そのうち「稲庭うどん」は品質が悪くブランドイメージが落ちてしまうという状況に追い込まれている。それは大手コンビニの「ローソン」の子会社である100円ショップが売り出した「稲庭平打饂飩(うどん)」という商品の影響である。商品コストを安くするため、麺を幅広く薄くして売り出したことで “味が悪いうえにのどごしが悪い”と消費者からクレームがついたのだ。そのため300年以上の歴史を誇る稲庭うどんのイメージが悪くなってしまっている。
それに対して地元秋田の協同組合はこの件の対応に苦慮している。
何故これだけ全国に知れ渡っているのに今まで商標化されていなかったのか不思議である。よって誰でもこの名称が使えるため今回のように組合未加盟の業者がどこでも製造できて「品質の落ちた、のどごしの悪いうどん」が売り出されることになる。今回もその盲点をついて大手企業が低価格で売り出すことになってしまったようだ。
300年の伝統がありながら、7年前にやっと協同組合を設立したこと自体が伝統の味を守る産地としてはちょっと理解に苦しむ。
香川の讃岐うどん、群馬の水沢うどん、長崎の五島うどん、山梨の吉田うどん、そして三重の伊勢うどんなども品質の高い、そして味を落とさないうどん作りをして欲しいものである。私もうどんが好きでよくうどん屋さんに行く。伝統ある美味しい稲庭うどんを提供して欲しいものだ。
参考資料:秋田県稲庭うどん協同組合 産経新聞 より 

Drの四方山日記(513)

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512.jpg 離れシリーズの2番目は「テレビ」である。最近の日本の若者たちはテレビから遠ざかる傾向にあるとマスメディアが報じている。
ある新聞によると、昨年の日本の地上波テレビ番組で最高視聴率が40%を超えたものは1つもなく、30%を超えたものも7回しかなかった。
1979年には最高視聴率が30%を超えた番組は1864回あったという。特にゴールデンタイムの視聴率がここ20年くらい急激に落ちているようだ。その大きな理由が「つまらない番組が多い」というものであった。確かに最近の番組は「低俗で見ていて不愉快」「暗いニュースばかり報じている」など挙げればきりがないくらいだ。
特に、10代の子どもたちにとっては何もテレビを観なくてもネットで情報を得ることが出来るのでテレビはいらない、勉強(受験)が忙しくてテレビを観る時間がない。それよりもゲーム、インターネット、携帯電話など他に興味を感じるものが多くあり、テレビを観る必要がないようだ。20代・30代も同じようである。これも大きな時代の変化といえる。

私も以前は夜しかテレビを観られないのでDVDを予約して夜中に観ていたものだが、最近の番組は内容が単純で何か感動するものがなく観ようという意識がなくなり、チラッと観て消してしまう場合が多くある。
これからの時代、ラジオと同じようにテレビを観る人たちは固定され、他に新たなアイテムが登場してくるのではないだろうか。これも時代の流れというものである。
参考資料:朝鮮日報 テレビルネッサンス より

Drの四方山日記(512)

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511.jpg 最近、日本の食卓に魚料理があまりのぼらなくなってきた。その代わり肉料理が並べられることが多く、子どもの多い家庭ほどその比率が高いようだ。
2006年の水産庁が発表した「水産白書」によると日本の食卓では肉が魚に取って代わってきたと報告している。それによると、2005年では魚介類の年間一人当たりの消費量は12.7キロで、過去40年間で20%あまりの低下である。それに対して肉類の消費量は同期間で2倍以上の12.6kgに達しているといわれている。

なぜこうも魚離れが進んだのであろうか。その大きな原因は主婦にあるようだ。特に若いお母さんたちは魚介類の調理をしたがらないようだ。
その理由は、「調理が面倒だから」「魚の骨を取り除くのが面倒だから」「魚介の調理法を知らないから」「魚の臓物を抜くのが嫌だから」「生臭いのが嫌だから」などの理由で調理をしないお母さんが多くなったせいである。
中には魚焼きグリルを洗うのが大変だからというお母さんまでいる。
調理をするのが大変だろうと鮮魚業者がわざわざ魚を切り身にして店頭に並べても、若い主婦は手に取ろうともしない。そのせいで自然と子どもたちの口には入らなくなり、魚離れが起こってきたのである。

日本は四方を海に囲まれた島国で、私たちの祖先は雑穀と共に魚介をタンパク源として摂取し、お米と共に生活の中になくてはならない存在であるはずだ。それに魚は脳を活発にし、血液をさらさらにする。そして骨を丈夫にする優れた食品である。それなのに成長期にある子どもに与えないのでは、どこで成長に必要な栄養素を摂るのであろうか。
もう一度お母さんたちは考えるべきではないだろうか。私たちが小さい時は、肉類はめったに口には入らなかった。そのせいか、あまり太った人がいなかった。それなのに肉類の消費が多くなると、子どもといえども今騒がれている生活習慣病になりかねない。
もう一度子どもの成長を真剣に考え、魚主体の調理にすることを考えるべきである。
参考資料:水産白書、47 News、食育講座 より

Drの四方山日記(511)

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510b.jpg 桜もあっという間に咲いて、庶民が楽しむ間もない内に散ってしまったようだ。しかし私は今年の桜をしっかりと堪能することが出来た。それは日本全国12地域の桜が一度に観られる場所を見付けたからだ。
その場所とは東京・多摩森林科学園である。この森の科学園は全国各地の桜が保存され、その数なんと1700本にもなる。JR高尾駅から徒歩10分という便利さもあって関東一円から桜を見物しに沢山の人たちが訪れる。

日曜日、お昼前に高尾に住む、留学時代の後輩の家に集合し、彼の奥さんの手作り弁当をリュックに背負い5人でピクニック気分でこの森の科学園へ出掛けた。
都会のけん騒を忘れて自然の中に咲きほこる多くの桜を観ながら散策するのは素晴らしく、春の陽気を体いっぱい満喫した。
桜がたくさんあるから観に来てはとの誘いであったが、もう桜も終わりなのに葉桜でも観るのかなあと思っていたが、さにあらずこの森の樹木園の針葉樹と広葉樹と一緒に咲く桜は訪れる人の心を和ませてくれる。東京にも桜のみならず四季折々の花が観られるところがあることを知った。毎年訪れたいところである。誘ってくれた後輩家族に感謝である。
参考資料:多摩森林科学園ホームページ より

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Drの四方山日記(510)

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509.jpg 五輪が開催されるたびに何か政治の力が働き、我々が考える五輪とは違う方向に進んで行くように思うのは私だけだろうか。
国際ジャーナリスト組織では、「スポーツを愛する一人としてスポーツ選手を人質に取って圧力をかけるのは良くない。人権無視の北京で政治指導者達を満足させるためだけの見世物である開会式は問題だ。アジアの大国、日本の首相の欠席は大きな意義がある」と述べている。
現状のままで五輪開会式に参加するなら中国政府の暴挙を黙認することと取られかねないという危ぐから判断してはかつて日本のモスクワ五輪のボイコットと同じことになってしまう。ただ問題は米国、特にブッシュ大統領の出方次第で日本をはじめ、ヨーロッパなど友好国に影響を与えるということだ。
この結果次第によっては米中の関係がギクシャクしてしまうことは当然考えられる。
確かに政治的には中国のチベットに対する騒乱は問題ではあるが、こと五輪についてはスポーツの祭典であるということを忘れてはならない。
五輪精神はアマチュアリズムに則って政治や経済などに絡まないはずなのに最近の政治、経済を含めた商業化された祭典こそ問題である。
毎回、五輪開催を誘致するにあたってはもう少し国状をきちんと調査して決めて欲しいものである。私も5月に中国の九寨溝・黄龍に行く予定を立てていたがチベット問題で外務省の危険情報通達により青海省・甘粛省・四川省に入れなくなった。これも世の中の流れかもしれない。

Drの四方山日記(509)

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508.jpg 中国が北京五輪開会式に天皇、皇后両陛下の出席を要請していた問題で政府はこの要請を承諾しない方針を決めた。
その大きな要因は中国製餃子中毒事件、東シナ海のガス田共同開発問題とチベット騒乱などだ。チベット暴動による中国政府の対応のまずさから、ヨーロッパをはじめアジアの国々の北京五輪開会式ボイコットがにわかに浮上してきた。それに、ドイツ、ポーランド、チェコ、エストニア、スロバキアなどの首脳が欠席を表明した。また、追随してか英国チャールズ皇太子が不参加、フランスも不参加を検討している。そこにきてインド代表チームを努めるサッカー選手が聖火リレー走者を辞退すると発表した。あとは、大国アメリカの出方である。
これでは1980年のモスクワ五輪の二の舞ではないか。あの時はソ連のアフガン進行に抗議し、アメリカが先頭に立ち西側諸国を抱き込んで五輪への参加をボイコットした。日本もアメリカの友好国であったために不参加という苦渋の選択を迫られた。
最終的には参加国数は80カ国に留まった。皮肉なことにその4年後のロサンゼルス五輪は140カ国に上った。もともと五輪競技は政治と関わりなくアマチュアリズムを重要視した世界のスポーツの祭典であったはずである。にも関わらず政治の関わりが強く今では商業化していることは否めない。
参考資料:道草オンラインマガジン 産経新聞 イザ より

Drの四方山日記(508)

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507.jpg 我々は土曜日の夕方過ぎに目的地である網代の保養所に到着した。若いスタッフ達が伊豆の美味しい魚、特に「活き造り」を食べたいという希望から今回の旅が実現した。
やはり伊豆で食べる鮮魚は活き活きとして美味しく、私を含めて若い人はペロリと平らげた。
翌朝、我々は海岸線を一時間近くウォーキングを楽しんだ。途中、昔からあるお茶処“好日庵”に立ち寄り、スタッフと一緒に茶室で、作法を重んじる茶道のしきたりに戸惑いながら、お茶を頂いた。
午後から伊東の小室山の桜見物をしてから真鶴半島にある磯料理で有名な“うに清”に立ち寄った。彼らの希望を叶えるため、舟盛り一杯に盛られた活き造りを頼んだ。真鯛、うに、あわび、サザエ、アジのたたき、伊勢海老などの大盛りであった。その他、魚介料理や美味しい海の幸が入った味噌汁など、彼らは想像した以上の料理に戸惑いながら腹いっぱい頂いた。特に活き造りの真鯛にはスタッフは舌鼓を打った。
私も彼たちの美味しそうに食べる様子を見てるうち、ついつい過食をしてしまった。そのせいか、次の朝までお腹が膨れて、起きるのが大儀であった。若い連中と旅すると、自分の年齢を忘れて大胆に行動してしまうから不思議である。特に春ともなると気分がいいせいか、全てにおいて行動範囲が広がるようだ。ともかく春を満喫した週末であった。

Drの四方山日記(507)

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