Drの四方山日記: 2008年8月アーカイブ

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594.jpg 今回の日本チームの中で唯一酷評されているのは野球とマラソンである。
野球にいたっては私は始まる前から金メダルを取るのは無理ではないかと思った。その理由はプロ野球選手とはいえ、出場者が一流ないし一流半の選手で固められていたからである。
確かにWBCでは奇跡的に優勝を勝ち取ったが、このときは打のリーダーがイチロー選手、投のリーダーが松坂選手、そしてなんと言っても監督が世界の王貞治氏であったからである。
今回のチームは過去の一流選手である星野、山本、田淵氏ではあるが、どう見ても世界では無名である。ましてや超一流選手が大リーガーに行った現在のプロ野球界ではこういう選手しか選べなかったのは、ひん弱といわれても仕方がない。
韓国のように超一流選手で固めたチームが最高の力を発揮して優勝を飾っても決しておかしくない。その違いは実力もそうだが、国を背負っているという気持ちが大きく今回の結果に出たのではないだろうか。
中国は今、大気汚染や食品問題が取り沙汰されている中の五輪は当然、そのことを頭に入れて本番前のトレーニングをするべきところ、まじめな日本選手は毎日屋外で練習したため、体の不調が起こってもおかしくない。

マラソン選手にいたってはつい無理したため古傷が出たり、コンディションをおかしくした結果が今回のざん敗になってしまったのではないだろうか。
もっと陸上競技連盟も考えて選手を送るべきである。

日本選手団の福田団長が今回の五輪の総括会見を行っていた。その中でやり玉に上がったのが、プロ野球選手で固めながらメダルを逃したのは「プロ野球選手が集まってんだからちょいちょいと練習すれば勝てるという甘い考え方が問題だ」とバッサリ。
「5つ星ホテルに泊まり、練習らしい練習をしないで勝てるのか。やはり代表選手は選手村でチームジャパンとして同じ釜の飯を食って練習して強い連帯感を持たないと勝てない」と批判していた。私も同感である。
次のロンドン五輪の教訓になればと願ってやまない。
Drの四方山日記(594)

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593.jpg 北京五輪が開催されて3日後に私はギリシャに発ったが、ギリシャでは五輪の発祥の地だけあって毎日各局でオリンピックの放送を流していた。
わたしはホテルに居るとき五輪の放映を見ていたが、なぜか不思議に日本選手が映し出されたときは負けシーンばかりで、嫌になった。このままではいったい金メダルは取れるのだろうかと不安に思ったのを覚えている。

男子サッカーはワールドカップを重要視し、五輪にあまり力を入れていないようだ。23歳以下で編成される若いチームであるだけに世界中のスカウトにアピールする絶好のチャンスだと私は思うのに、どうもモチベーションが上がっていないようだ。

ひどかったのはマラソンと野球である。マラソンはあれだけ選手を選抜するのに大騒ぎし、高橋尚子という過去に実績ある選手をはずしてまで選んだ選手が、こんなみじめな結果になるとは誰が想像したのだろうか。
男子については、強かった時代は今や過ぎ去り二流以下に成り下がっている。最後にスタジアムに入ってきたのはなんと日本選手であった。
それに対する拍手は地元中国選手より多かった。なんと情けない。
柔道は谷選手に始まり谷選手で終わるというくらい期待が集まったが、いかんせん時代の波は強く弱冠20歳の選手に負けるという番狂わせ喫し日本人の誰もがびっくりした。
しかしママでありながら踏ん張って3位に入ったのは健闘に値する。
それぞれの選手が「日の丸を背負って」いるという意識を持って臨まないと自分の実力を現せないのではないだろうか。

Drの四方山日記(593)

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592.jpg 17日間に渡る北京五輪も開催直前まで恐れていたテロや混乱もなく、無事24日閉幕した。今回の五輪は開会式だけが華やかだっただけに何か静寂のうちに進み、何か強いインパクトもないうちに、ああ、もう終わったんだという気がするのは誰しも同じではないだろうか。
特になりふり構わぬ中国のメダルラッシュ、過剰な応援、厳しすぎる警備などまさに中国らしさが表に出た北京五輪であった。

では、わが日本はどうだったかというと、今回の五輪ほど明暗がはっきりと分かれた大会も珍しい。
絶対だと言われたマラソン、シンクロナイズドスイミング、バレーボールはほとんどメダルは取れず、水泳は北島康介選手の金メダルの他に、2名が銅メダルを取っただけに終わった。
柔道は女子メダル5個に対し、男子は情けないかなメダル2個に終わるという不振であった。
野球に至ってはメダルどころか4位という不甲斐ない成績に終わったのには日本人として情けない。
それに対してソフトボール、レスリングは金メダルを含めたメダリストが多く出たのは日本中が沸きかえった。
特に銅メダルとはいえ、80年間メダルが取れなかった陸上短距離界で400メートルリレーは4人の素晴らしい力走により、堂々3位に入ったのには驚いた。全競技総合してシドニーでは5つの金メダル、アテネではなんと16の金メダルを取ったのに、今回は9個であった。

確かに総合で25個のメダルを取ったとはいえ他国に比べて日本の五輪に対する強化費は莫大なものであるということを忘れてはならない。
参考資料:夕刊フジ スポニチ より

Drの四方山日記(592)

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591.jpg どこの国でも、迷惑な駐車は嫌なものだ。それに対する取り締まりは通常、その国の警察の管轄だが中々万全とは言えず、市民がただ迷惑するだけで困ることが多い。
日本ではやっと駐車監視員(警察の民間委託)が2006年6月に制度化され、現在迷惑駐車を取り締まっている。

先週、訪れたギリシャでは市民団体(Street Panthers)が迷惑駐車に対する対抗策として違反をしている車に対して「私はバカ!!どこでも勝手に駐車する」と書かれたステッカーを車のフロントガラスに貼り、車の所有者に注意を促している。
確かに私がギリシャのアテネやラリサ市を訪れた際、道を完全に塞ぎ我々の車が通行できず困ったことがあった。
良くこれで駐車違反でレッカーされないものだと不思議に思った。
最後の訪問地アテネでは迷惑駐車と称する車になにか貼ってあったが、今から思えばあれが「嫌み」ステッカーだったようだ。

公共機関だけに任すのではなく、もはや市民団体などが率先して迷惑駐車に対して何かを行わないとどうしようもない状況に達している。通行の妨害や交通渋滞が多い中、迷惑駐車は非常に危険である。そういう意味からもこのギリシャの試みはある意味、パロディ的であるがただの嫌みでない行動だと感心する。何よりドライバーの一人一人が他の車に迷惑をかけない駐車をすることが大切である。
参考資料:exciteニュース より

Drの四方山日記(591)

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590.jpg 清原選手といえば必ず話題になるのが彼は「無冠の帝王」だということである。これだけの大打者でありながら、首位打者、本塁打王、打点王を取っていない選手は珍しいのではないだろうか。もちろん大打者の勲章である2000本安打、500本塁打、1500打点を達成しているのだから稀代の大打者の一人であることには間違いない。

デビュー以来、打者として栄光の道をたどり西武、巨人、オリックスと主力打者として迎えられてきたが、残念ながら今のオリックスでは満足のいく活躍が出来ず、なかなか良い形での引退の2文字を実行することができなかった。
清原には王貞治氏や野村克也氏、落合博光氏ほどの記録は残さなかったが、長島茂雄氏や掛布雅之氏にあるような派手さがあり、チームになくてはならない存在であった。
どうやら彼は過去の栄光を忘れることが出来ず、もう一度大打者・清原和博をよみがえらせるため、肉体改造や決死の覚悟でトレーニングをしたりして再起をかけていた。
しかし、彼は西武時代から死球に対して避けることを知らなかったため、彼の肉体は想像以上にぼろぼろになっていた。その結果がどれだけトレーニングを積んで肉体改造をしても怪我には勝てなかった。

清原選手は多くのファンを持ち、ファンに対して感謝の気持ちを忘れなかった。一見、性格はキツそうに見えるが、心はどうも人一倍優しかったことが晩年になって選手として満足のいく結果を得られなかった理由ではないだろうか。
「背番号5」の勇姿はファンの心の中に溶け込み、歴史にのこる野球選手の一人に数え上げられる。強いて言えば、昨年あたりに引退を決めていれば何もこんな惨めな辞め方にはならなかったのではないだろうか。ともかく日本のプロ野球に於いてその存在感が大きいことは間違いない。今後の清原選手の人生に期待したい。
参考資料:フリー百科事典 より

Drの四方山日記(590)

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589.jpg オリンピックは世界の祭典であると同時に特別なイベントである。
そんな雰囲気の中、競技を行う選手は並大抵ではない精神力が必要である。かつての東京オリンピックでのマラソン競技を思い出して欲しい。
外国選手に追い抜かれながらも最後は日本人としての誇りを失わずに頑張り、銅メダルに輝いた円谷幸吉選手がいる。
あるいはシドニーオリンピックやアテネオリンピックでの高橋尚子選手や野口みずき選手の日本人としての誇りを背負って走り、金メダルを獲得したのは我々日本人にとって気持ちを奮い立たせ、良かったと素直に喜べる。

今は日本人よりも韓国人のほうが誇りを失わずに全身全霊で戦っているように思えるのは私だけだろうか。
もちろん今回の北京オリンピックの競泳で2種目2連覇を達成した北島康介選手や柔道の谷亮子選手のように日の丸を背負って戦った姿はたとえ最高の成績を残せないにしても素晴らしい。
自分だけではなく家族や友人の支え、そして日本人としての誇りをかけて競技に臨んだ結果があの偉業を成し遂げたのである。他の選手もこの2選手を見習っていい結果を出して欲しい。

Drの四方山日記(589)

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588.jpg 今、北京オリンピックが華々しく開催されている。日本選手の活躍は見ていて感動すら感じる。しかし、自分の実力を出し切れずに姿を消していく選手やプレッシャーに負けて戦線から脱落していく選手がいる一方で、プレッシャーをものともせず日ごろの実力を出し切る選手がいるなど千差万別である。

オリンピックに限らず世界選手権あるいは外国との交流試合などスポーツにはいろいろな競技やイベントがある。そんな中、日本選手として誇りを持ち立ち向かう勇気は大変だろうと想像できる。
しかし、ひた向きさや優しさ勤勉さだけでは大きな試合においては生き残ることは出来ない。向上心や苦悩や困難に対して立ち向かう勇気を持たないと栄光はつかめない。
今回のオリンピックを見て、私なりに感じたのはどうも国や個人名に打ち勝てず、負けてしまう選手やチームが多くいるのではないかということだ。
たとえば、アメリカチームとの戦い、ロシアやドイツなど過去に強いと称される国とはどうも日本チームはプレッシャーに負けてしまうようだ。個人もしかりである。
もっと日本人としての誇りを持ち、かん然と自分の持っている力をぶつけてこそオリンピックに出場した価値があるのではないだろうか。
参考資料:産経新聞 より

Drの四方山日記(588)

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587.jpg 18日、現役幕内力士が大麻取締法違反(所持)の疑いで警視庁に逮捕された。
またまた外国人力士による不祥事に日本国民はうんざりしている。外国人力士が問題を起こすことは過去に何度となくあったが、今回のように現役力士が逮捕された例は記憶にない。一体角界の不祥事の連鎖はいつまで続くのだろうか。
朝青龍をめぐる一連の騒動、時津風部屋の障害致死事件など次から次に起こる問題に日本相撲協会も打つ手がない状況である。

何故こうも外国人力士が問題を起こすのだろうか。我々日本人からみても、特異な世界である角界で国が違う力士が生きていくのは並大抵なことではない。
ましてや「礼に始まり礼に終わる」ことを美徳とする大相撲の中において、外国人力士を教育していくことは難しいのではないだろうか。
確かに日本人に比べて身体能力に優れ、ハングリー精神の強い外国人の強さは誰もが認めるところである。今回のロシア出身の若ノ鵬の場合は入門以来2年あまりで幕内上位にあがった有望力士であっただけに、相撲協会の驚きは尋常ではない。
ただし、若ノ鵬の場合はなにしろ素行が悪くこれまでも相撲に負けると支度部屋備品を壊したり、上位力士に対しても礼節を重んじない態度を取ったり、関取になると部屋の個室を与えるのが常識であるが、彼の場合親方が特別マンション住まいさせたり、本人にはほとんど注意しないのをいいことにやりたい放題な事をしていたようだ。
親方も唯一の金儲けの手段だけに若ノ鵬に何もいえないのではないだろうか。
ここらあたりで相撲協会も一大決心をして入門からの教育を含めた体制作りに万全を期していかなければならない。このままではもう日本の国技は名前だけになってしまう。改革を期待したい。
参考資料:産経新聞より

Drの四方山日記(587)

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586.jpg 過去に2度ギリシャを訪問し、今回のギリシャ訪問で3度目になる。前回の4年前に訪れたときは今回と同様、オリンピックの期間中であった。
特にこのときは地元アテネ開催であったため盛り上がっていたのを覚えている。過去2回のギリシャの旅と違い、今回の視察はいろいろな意味で勉強させられる旅であったように思う。

今はギリシャに限らずヨーロッパの国々はEU連合発足以来、各国の交流が目覚しく、良い意味でも悪い意味でもそれぞれの国が変貌しているように感じた。
ギリシャもその例に漏れず、人々の食事や文化、習慣などが変わり、4年前に訪れたときとすでに違ってきていた。以前のギリシャ人は日本人までとはいかないまでも、働くことに誇りを感じていたが、最近はフランス人やスペイン人などが入り込んだ影響か、この国の人々もやたらとバケーションを取りたがり、いろいろなところで影響をきたしてるようだ。

586b.jpgヨーロッパ人はやたら休みが好きな人種が多く集まっていることは事実だが、その中でもフランス人に至っては法律で4ヶ月以上休みを取らないと労働基準に引っかかるという。
その恩恵かギリシャには多くのフランス人やドイツ人、イタリア人たちがバケーションに訪れる。それなのにギリシャも同じように休みを取るため、今までと違って経済的に支障をきたしているのが現在のこの国の姿である。
その為か今回訪れたときは、どこに行ってもエアーコンディションが入っておらず、タクシーに乗っても、レストランへ行っても暑くて体をコントロールするのに苦悩した。
ともかく暑い最中、外で食事することが多かったので、まさに暑さとの戦いであった。日本の湿気の多い暑さと違い、この国のドライな暑さはいくらか私にとっては助かったように思う。
次回また訪れたとき、どう変化しているのだろうか。

Drの四方山日記(586) 

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585.jpg 医学の聖地・ギリシャを8月10日から17日までの8日間、研修と取材のため、訪問する。
今回は三回目の訪問であり、過去に訪れた「医学の父ヒポクラテス」誕生のコス島、安息の地であったラリサ、そしてギリシャ哲学のメッカ・アテネを再度訪れることにした。

特に二度訪れて見られなかった博物館や記念館、および古代の遺跡を詳しく知るため今回の企画を立てた。11日から13日までラリサに滞在し、以前閉館していて見られなかった「ヒポクラテス記念館」を日本ギリシャ協会及び駐日ギリシャ大使館の協力で見学できる予定である。
また、医神アスクレピオス生誕の地・トリカラを訪れ、神殿跡やそれに関わる資料を見て13日にアテネに戻り、ギリシャの考古学博物館を訪れる。
特に医神アスクロピオスの棟を見学することが出来そうなので今からワクワクしている。

8月14日から15日、エーゲ海に浮かぶコス島に渡り、ヒポクラテスに関わる遺跡や施設を周ることにしている。中でもヒポクラテスの資料が集められているという「International Hippocratic Foundation」を訪ねるもが楽しみだ。
この日はキリストの祝日に当たり休館日だったのだが、日本ギリシャ協会を始めとする色々な方の協力で何とか微生物学者のDr.Charalambos Kiarisが案内人で見学させてもらえることとなった。今から期待している。今回の研修に当たり、何とか現実とすることができありがたい限りである。感謝したい。

詳しくは紀行文としてNMN世界探訪と、連載中の医学雑誌「治療」(南山堂刊)にて記述する予定である。
ぜひ、ご一読いただければ嬉しい限りである。
尚、ギリシャ滞在の四方山話は、今回お休みさせてもらう。

Drの四方山日記(585)

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584.jpg 「天才バカボン」「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」など少年から大人まで愛された漫画家赤塚不二夫氏が先週の2日亡くなった。なにしろのんだくれでギャグを飛ばし、周りを楽しくさせてくれる天才ギャグ漫画家でもあった。
これだけ破天荒な生き方をした人間なのに、彼を愛する人たちが漫画家だけではなく著名人でも多くいたのは何故だろうかと思いたくなる。

出す作品はいずれも大ヒットし、何本もの連載を抱える多忙な漫画家であった反面、タモリやたこ八郎など芽が出ない人たちに光を当て、漫画を通じて芸能界にデビューをさせたり、自分の弟子たちの面倒見もよく、今をときめく「釣りバカ日誌」の北見けんいち氏、「ダメおやじ」の古谷三敏氏など多くの漫画家の面倒をみたという。

顔からは想像もつかない御仁である。彼自身、手塚治の世界に引き込まれ、漫画を目指し上京して石森章太郎氏に師事し、東京・豊島区の「トキワ荘」に住み若手漫画党を結成して第二次漫画時代を作った。その中の一人に藤子不二雄A氏がいる。

実生活もかなり破天荒であったようだ。また、彼の猫好きは有名で自ら芸を教えてCMにまで出演させた。世の中にはいろいろな御仁がいるが彼ほどパロディーの上手い人はいないのではないだろうか。
底抜けに無邪気な人柄でみんなに愛され、最後まで庶民を笑わせてくれた。謹んでご冥福を祈る。
参考資料:産経新聞 フリー百科事典 より

Drの四方山日記(584)

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583.jpg 今年の夏は昨年と同じく異常気象をともなう猛暑である。各デパートやショッピングセンターなどでは納涼コーナーが作られ大盛況のようだ。
家電量販店でもオリンピックを見越して大型テレビなど大量販売を見越していたようだが、この猛暑の影響でエアコン、扇風機など暑さをしのぐ商品の売れ行きが良く、各店で品薄の状態が続いているようだ。

そんな中、明るい話題を一つ。横浜赤レンガ倉庫で「あいすくりん博覧会」なるものが開催されている模様だ。全国各地から出品されたご当地アイスを一度に味わってもらおうというイベントである。
もともと横浜は日本でのアイスクリームの発祥の地とされている。明治2年、あの勝海舟の部下であった町田房蔵が横浜の馬車通りで氷と塩に牛乳、卵、砂糖をミックスして作ったものが日本で最初のアイスクリームであったと言われている。
今回は横浜の発祥の食文化をコンセプトにしたため、アイスクリームとビールにスポットを当てたようだ。
特にアイスクリームは各地方から出品・販売されるため、地方独自のものが多く種類も「豆腐アイス」「牛タンアイス」「うなぎアイス」「イカ墨アイス」「コシヒカリアイス」「本わさびアイス」「白海老アイス」「八橋アイス」「焼酎アイス」などなんと100種類以上のご当地アイスが集合し、実演販売を行っている。
中には外国からの出品であるトルコの有名なアイス「ドンドルマ」などが味わえるということでたくさんの人が押し寄せている。暑い夏には最高のプレゼントではないだろうか。
参考資料:フジテレビ 地域ブランドNEWS より

Drの四方山日記(583)

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582.jpg 江戸時代の浮世絵版画の巨匠であった東洲斎写楽の肉筆画がギリシャ・ケルキラ島(コルフ島)で見つかった。戦後、絵画、陶器、浮世絵など日本美術の代表する作品が海外に持ち出されることが多かったようだ。
特に浮世絵師・写楽の作品は少なく、彼自身デビューしてから10ヶ月の間に150枚しか製作しておらず、その中でも28枚の作品が秀逸な作品であったようだ。
その中の一つ「仮名手本忠臣蔵」の一番目を描いた肉筆画であり、美術家でも注目された作品であったようだ。それがなんとアルバニアとギリシャの国境に近い島で見つかったというから驚きである。
どうもギリシャの外交官であった人間がこの作品を収蔵していたらし。なにしろ写楽はヨーロッパではレンブランド、ベラスケスと並ぶ、三大肖像画家として美術研究家の中でも評価が高かったようだ。その写楽の作品が見つかったということは日本にとっても謎の多かった写楽の実像に迫る大きな手がかりとなるようだ。
こういう作品はわりと贋作が多いものだが、この作品は真筆であると国際額実調査団が鑑定した。
そういえば、私が留学したアメリカのパーマー大学の博物館には東洋の美術品が多く収蔵・展示されているが、その中にやはり写楽や葛飾北斎、北川歌麿、歌川広重などの浮世絵師の版画の作品があったのを覚えている。日本の素晴らしい浮世絵師などの作品が海外の美術館に行くとよく見かける。2年前に訪れたロシアのエルミタージュ美術館にも有名な浮世絵が展示されていた。国の宝とも言える美術品がどこの国で収蔵・展示されていても見学する人の気持ちを楽しませてくれれば、美術品としての価値があるのではないだろうか。
参考資料:読売新聞 産経新聞 より

Drの四方山日記(582)

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581.jpg 最近はどこのホテルや会館に行っても「バイキング料理」である。好きな料理を好きなだけ食べる「バイキング」は今や幅広い世代で支持を得ているようだ。

そもそもわが国にはじめて「バイキング料理」が入ってきたのは50年前の1958年のことである。東京・帝国ホテルで日本最初のバイキングレストランがオープンし、話題を集めた。
肉、魚、野菜などの料理が食卓に並べられ、自由に取り分ける北欧の伝統料理は日本人にとって今まで見たことのない夢の料理であったという。
ただ、あまりにも豪華すぎて昼は1200円、夜は1500円。当時このホテルの宿泊料が1800円であったというから驚きである。しかし、連日行列が出来るほどの大盛況だったという。

確かに「バイキング料理」は好きなものを自由に楽しめるが、その反面、食べもしないのに食べ放題というだけで山盛りにしたお皿をいくつも自分のテーブルに集めてしまう。なかには仲間で行って大量に取ってきて突っつきながら食べ散らかす光景は誰が見ても格好良く見えないし、恥ずかしさすら感じられる。
私も海外に行くと朝食や夕食がよくバイキングになることが多い。貧乏性のせいか食べもしないのにやたらに盛ってきて妻に怒られたものだ。
ヨーロッパでは取ってきた食べ物は残さないということがバイキング料理のマナーである。
しかし、普段食べられないものが食べられるという好奇心から日本人はお皿いっぱいに盛って半分も食べないうちにまた次を取りに行こうとする。そのせいか過食しすぎて体にとってもあまりよくない。
このままではメタボリック症候群をあおることになりそうだ。
最近の会社は社食にバイキングを用いたり、学校の給食に採用しようという動きがあるようだが、栄養が偏ったり肥満を助すする要素があるので、私は止めたほうがいいように思う。食事は腹8分目が体には最もいいことをお忘れなく。
参考資料:産経新聞 週間マナー美人 より

Drの四方山日記(581)

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580.jpg 昨日から自然災害の話をしているが、この豪雨は富山や滋賀県など以外にも、関西の神戸にもあったようだ。
特に都賀川の被害では地元住民が大きな痛たでを被ったようだ。
なぜならこの川は谷崎潤一郎の「細雪」や戦時中から戦後にかけてベストセラーになった純愛小説「天の夕顔」の舞台になった川だからである。

一時はごみやヘドロで川底が汚れ、ドブ川と称されたが、30年前より地元住民による清掃活動や修復により鮎の稚魚を放流するまでにきれいになった。地元の子供たちが川でノビノビ遊ぶ憩いの場として利用されていた。
その川が突如として水かさが増し、子供や老人の命を奪った。全くもって恐ろしい限りである。

毎日、テレビや新聞などでこういう被害を聞いても他人事だと思っていたが、それがなんと29日、東京都内に突如として激しい雷雨があり、30分程度で40ミリの雨が降ってきた。
私も仕事を終え、ダンス教室に行こうと車を走らせていたら、ちょうど15分位たった頃、突如としてカミナリとともに大雨が降り、あっという間に道路が川になった。
この夜は国立競技場で五輪サッカー壮行試合、日本対アルゼンチンの試合が行われた。私がこの競技場の横を通ったときはさほど降っていなかったが、その後すぐに豪雨になり試合が中止されたようだ。
自然災害は予期せぬ状況で起こるので全く“怖い”の一言である。

Drの四方山日記(580)

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